第7話 理不尽な存在

 村の入り口のかがりのほかに、かりがともっている場所が一か所ある。夜も深まるころだというのに、男はまだ起きていた。長年、森の近くにんでいると何か感じるものがあるのだろうか。ところどころへこんだつくえの上で、およそしつわる醸造酒じょうぞうしゅであろう、どろどろとした液体えきたいを飲んでいると――。

 ドアをたたく音がする。男は、妻子さいしを起こさぬよう気をくばりながらとびらを開けた。

「カルロス、 に入ってもいいか?」

「エーガス、今は無理むりだ。おれ以外はている。外で話そう」

 すっかり年期ねんきが入った男――カルロスが、あごでるような仕草しぐさを見せながら、うしに扉をめる。自分より、も、がたいも大きいカルロスに正面しょうめんに立たれ、エーガスは気圧けおされたように半歩ほど後ずさった。

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 カルロスにはじめて会った人々は、かれ言動げんどうに、人をたばねる素質そしつを感じるらしい。この前、村長そんちょう不在ふざいの時、初めて村をおとずれた役人やくにん一目散いちもくさんにカルロスのところに行ったのをエーガスは見かけた。目つきのするどさや、その落ち着いたふるまいが、一家いっか背負せお風格ふうかくを感じさせるのだろうか。

 たしかに、役人に相対あいたいしている時のカルロスのは、いまエーガスが見ている男の眼よりずっとすごみを感じさせるものだった。あの役人は、カルロスが常日頃つねひごろからあんなむずかしい顔をしていると思っているにちがいない。

 だが、こうしてき合ってみると、カルロスには一見いっけんしただけではわからない、意外いがいな一面があることに気づく。

 厳格げんかくなだけでは人にしたわれることはできない。あごのざらざら加減かげんが気になるのか、ひげ頻繁ひんぱんに引っこいてははじいててる、その落ち着きとはかけはなれた姿すがたは、エーガスに、カルロスが村の子どもたちにかれている一因いちいんを感じさせていた。

「ほう、ルーツがねえ。毛をたくさんつけて帰ってきたと。……そうあせることでもないと、おれは思うが。成長期せいちょうきの子どもなら、ごく普通ふつうのことだろう。いままでが大人しすぎたんだ。うちのリカルドなんか、どこであそんでるのか。昨日きのうも、服をやぶって帰ってきたぞ。右ひざのとこ。まったく、いくつになってもわんぱく坊主ぼうずだよ」

「だが、カルロス。おさは、ルーツが今までも、毛をつけて帰ってきていたことを俺にかくしていた。なにかまだ、村にとって不都合ふつごう秘密ひみつにぎんでるんじゃない ?」

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 エーガスが言うと、カルロスはひげを三本まとめて引っこいた。

おれには、おさの考えることは分からん。分からん以上、長の出方でかたについてとやかく言うことはできん。が、たしかに、クシーヴは油断ゆだんならない危険きけんけものだ。一対一いったいいちでもやりあえないことはいが、獲物えものとしてクシーヴを見るには、こっちが数で上回っていなけりゃならん。同数どうすうでは怪我けがをすることがままある。それが、数十匹すうじゅっぴき分の毛となると……やつらがれでいる時に出くわしたら、たまらんなあ。るつもりが、こっちが奴らの夕飯ゆうはんになっちまう」

「そうだ、だから俺は早いうちに村総出そうでたたこうって言ってるんだ。わかってくれ」

 カルロスはまた髭を引っこ抜こうとしたが、すでにそこには若干じゃっかん赤くなった皮膚ひふのこっているだけだった。わりに眉毛まゆげが三本抜けた。

「しかし、いますぐにというのは、あまりにも性急せいきゅうすぎるんじゃないか。朝まで待つべきだ。夜はあぶない」

「カルロス! それじゃおそい、奴らが森のおく深くまでげちまう。視界しかいわるい夜の森より、土地勘とちかんのない森の奥でむやみやたらに動き回る方が、ずっとあぶない。そうだ ?」

 カルロスが眉にばした手は、エーガスによって止められる。

「それこそ魔獣まじゅうに出くわす可能性かのうせいだってある」

 エーガスは、魔獣という言葉ことばを口にするさい緊張きんちょうしたようにつばんだ。

「村に近い場所ならば、魔獣 に出会わないとでも?」

 魔獣、という言葉にカルロスも敏感びんかん反応はんのうする。

わりに合わない話だ。村の存亡そんぼうでもかかっているならともかく、そんな不確定ふかくてい情報じょうほうだけで、お前のあんに乗るやつるとは思えんな」

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 カルロスは承知しょうちしかねる、と言いたげにうでを組んだ。

「もし、ほんのわずかでも、魔獣まじゅうに出会う可能性かのうせいがあるというのなら、これほどわりに合わない仕事もい。けもの由来ゆらいすぐれた身体能力しんたいのうりょくを持ちながら、人様ひとさま特権とっけんであるはずの魔法まほう使つかう。そんな生物の長所ばかりをんだ、おそろしい、理不尽りふじん存在そんざいかくむ森に、わざわざ見通しの悪い夜にむなど……自殺じさつ志願しがんもいいところだ。獣の十匹や、二十匹。魔獣に出くわすことを考えれば、たいしたことでもないだろう。さけ飲んでわすれちまえ。忘れて一晩ひとばん、ぐっすりるのが一番だ」

「わかってくれ! 俺は従弟いとこをあの獣にころされてんだ。もしかしたら今回のクシーヴはそいつらかもしれ 

 カルロスはだまった。それからエーガスのまわりをグルグルと回った。

「エーガス、おれはいまからりをするのに反対はんたいだ。だが――、」

 カルロスは、反論はんろんしたそうなエーガスをしとどめる。

条件じょうけんがある。まず、俺以外のやつらを説得せっとくしてこい。さっきは自殺だの、何だのと茶化ちゃかして悪かったが、二人では本当に、にに行くようなもんだ。

 次に、夜に狩りをするならお前が先陣せんじんを切れ。もちろんお前は危険きけんさらされる。だが、一番だっているやつ集団しゅうだんの中にいるとあぶない。前の奴を無理むりやり突撃とつげきさせかねない。行けると思ったらっ走れ、少しでも危険を感じたら引け。判断はんだんはお前の自由だ。たとえお前が突撃しても、危険そうなら俺は引く。

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 最後さいごに――、これはりには関係かんけいないが、ルーツのことをどう思っているか、おれにも聞かせろ。毛を見ただけでき立つような何かを、ルーツから感じたのか知りたい。お前は本当にクシーヴのれをおそれているのか? それとも別の何かを恐れているの ?」

 エーガスは、ねむってしまったかと見紛みまがうほど長い間、下を向いてだまりこくっていた。ようやく顔を上げたかと思いきや、また地面 に目を落とす。何か言いにくいことでもあるのか、そのり返しでちっとも話を切り出さない。だが、此方こちらから協力きょうりょくを願い出ておいて、理由は話せないというのはあまりにもすじが通らないと思ったのか。ためらいがちな調子ちょうしではあったが、やっとのことでポツリと重い口を開いた。

「なあ、カルロス。ルーツって人間なんだよなあ。いや、ありない話なんだが。俺にはあの大量 の毛が、一匹のクシーヴのものかのように思えたんだ」

 カルロスは、エーガスが すままにさせていた。

 は、原っぱで横になった時についたんだろうって言っていた。だけど、あの毛は今まさにけ落ちたみたいに鮮麗せんれいな毛だった。一本一本がいさましく、言うなれば剛毛ごうもうで、クシーヴの ってあんなに太かったか? あれじゃまさに、魔獣まじゅうじゃねえか。

 もし、もしだ。ころんでいた時以外にあの毛がついたのだとしたら、あいつは――、ルーツは、魔獣みてえなやつと会っていたことになる。俺らが、何人いてもれない魔獣が、この近くにいることになる! そんなやつと森ん中で会ったら……。なあ、カルロス。俺の見間違みまちがえだよなあ。魔獣を目の前にして、あんなひょろいルーツが生きて ってこれるわけないもんなあ」

 エーガスは重要じゅうような事ではないかのように言ったが、かれ背中せなか言葉ことばは震えてい 

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「ああ、あれはただのクシーヴだ。何の心配 もない」

 カルロスはそう言うと、エーガスの背中 をポンポンと叩いた。

 エーガスは無言むごんうなずいた。それから二人は、村中の男を起こしに夜のやみの中へと えていっ 


 その夜のりは、ほとんど成果せいかをもたらさなかった。ルーツが会っていたクシーヴが魔獣まじゅうなのかけものなのかは、結局けっきょく分からずじまいで、大人たちにとっては真相しんそうやみの中。わずかな獲物えものを片手に、男たちは消化不良しょうかふりょうのまま、朝焼あさやけとともに村に戻って来たらし 

 らしい、というのは後から聞いて知ったからである。つかれがまっていたのか、ルーツはあれから一昼夜いっちゅうやあいだねむつづけ、起きたときには外は真っ暗だった。

 村では、ルーツが眠っている間に、討伐隊とうばつたいのことが話題になっていた。村中の男が総出そうで夜通よどおし森の中をさがし回り、たった二匹しかクシーヴを狩れなかったことは、だれ怪我人けがにんが出なかったこともあり、なかわらい話のように語られていた。元から大量たいりょうのクシーヴなんていなかったんじゃないか、と言う者もいた。

 しかし、ルーツにとってクシーヴの数なんかは問題もんだいではなかった。

 その二匹 の中にサーズがいるかもしれない。

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 ルーツはもちろん、サーズが生きているとしんじていた。が、日をるたびに自信じしんらぎ、ルーツは、もしかしたら、から始まる妄想もうそうに、てもめても苦しめられるようになっ 

 直接ちょくせつ、森のはずれまで行ってたしかめてこればいい。そんなことは何度も考えた。サーズは、ルーツが森の外れにくるといつも姿すがたあらわしてくれる。でも、

 ――なかったとしたら?

 討伐隊とうばつたいは、森の中でクシーヴのれに出会えなかった。だが、単体たんたいで行動しているクシーヴをたまたま数体ころした。はからずもその偶然ぐうぜんが、ルーツを森の外れから遠ざけ 

 ルーツは一人でごす場所ばしょうしなった。そのことがルーツを数奇すうき運命うんめいに引きんだのかはわからない。ただ、ルーツがこれをに、他の子どもたちとごさねばならない状態じょうたいかれたことだけは、たしかである。








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