僕と王とお姉さんと

 潮風が気持ちのいい甲板の上で二人の男女が黄昏ていた。

 二人はカップルと呼ぶにはぎこちなく、友人と呼ぶには親しみが足りない。


「タケルのやつ、奴隷商人に売られるって一番悲惨だな」

「そんなことないと思うけど。私なんて風俗だよ、風俗」


 青年は、海を眺めながらこの先の島にいるであろう少年を思い浮かべてため息を吐く。

 隣の女性は整った顔に陰を差して憂鬱そうな表情を浮かべた。


「あんたはトイレ掃除やらされてただけじゃねえか」

「うう……店長が『幸が薄そうで、ついでに胸も薄いからテクニック身につけるまでは掃除でもしてて』なんて言うから……」

「掃除してどうやってテクニックを身につけるんだよ」


 色気のある目、高く通った鼻、薄い唇。そしてモデルのような高い身長にスレンダーな体型。

 これでモテなければおかしいが、彼女の不幸を呼び寄せそうな暗い雰囲気が薄幸の美人を通り越して胡散臭さを演出していた。ついでに彼女はどんくさくもある。


「AVとか見てた」

「そうか、偉い偉い」


 青年はテキトーに女性を宥めながら、再び海の向こうを見た。


「……タケちゃんのこと考えてるの?」

「まあな。あのバカ、『素敵な再就職先! アットホームな現場です!』なんて文面に惹かれて売られたからな。珠子と同じでオタンコナスだよ」

「ちょっと! 私はオタンコナスじゃないよ!」


 ぷんすかと怒る女性、珠子を鬱陶しく思いながら青年――田神 倫(たかみ りん)はタバコに火をつける。


「まさかあいつの行き先が、あいつの夢見た島だったとはな」


 倫はジパングと呼ばれる島の話を、目を輝かせて話す友人の顔を思い浮かべた。


「タケちゃんにとっては不幸中の幸い、だったのかなあ」

「どうだろうな。奴隷を必要としてる島なんて、碌なものじゃないと思うぜ」

「それは心外だなあ」


 後ろから声をかけられて、倫は警戒の色を浮かべながら振り返る。島へ向かう船には、物騒な雰囲気の輩がいたことを倫は気に留めていた。

 しかし、振り向いた先にいたのは白いワンピースに身を包んだ少女だった。


「……どちらさまだ、あんたは」

「ボクはボクだよ。それより、あんまり島のことを悪く言わないで欲しいな」


 少女は倫の質問に答えにならない答えを返し、手を大仰に振って倫の言動を咎める。


「島の出身か? まあ、悪かったな。そこに売られちまった知り合いがいたもんで」

「タケルくんのことかい?」


 少女の一言に、倫の目つきが鋭くなる。珠子は少し人見知りなので倫の後ろに隠れて様子を伺っている。


「……話を聞いていたのか?」


 少女の盗み聞きを咎めたつもりだった。しかし、少女はおかしそうに笑いながら首を振る。


「違う違う。ただ、知っているだけだよ。異国の王よ」

「異国の王?」


 少女の言葉に、倫は怪訝な表情を浮かべる。

 倫は特に王家の家系でもないし、祖国の象徴的存在とも関わりがない。


「ああ、安心しなよ。タケルくんは元気にやってるからさ」

「タケルと知り合いなのか?」

「ただならぬ関係だと言っておこう」


 少女のその言葉に、珠子がキャーと黄色い声を上げる。

 しかし、我に返ったのか顔をしかめた。


「あれ、タケちゃんって確かおっぱいの小さな子には興味なかったと思うけど」

「お前の貧相な胸を見てるからな。姉の顔を思い出して嫌なんだろ」

「ねえ、ひどくない? ひどくない!」


 珠子が倫の肩を掴んでガクガクと揺らす。同じサイズ感の仲間として、珠子は少女から共感的理解を得ようと倫の肩口から顔を出す。


「あれ……いない」


 少女は既に、甲板から姿を消していた。







 朝。

 目が覚めると、僕はクソみたいに汚い部屋を目の当たりにして唾を吐きたい気持ちに駆られた。

 横を見るとアニクが気持ちよさそうに寝息を立てていて、その隣では大量の領土を占拠して動けるデブことスカンディアが爆睡している。


「昨日掃除したばかりなのに、どうしてここまで汚くなるんだろう」


 ここで夜通し宅飲みをしたからに違いない。

 僕は転がっているビール缶などをまとめて袋に入れた。


 僕がこの街に来て、一ヶ月ほどが経とうとしていた。


 僕はいま、アニクの家に厄介になっている。家と言っても貧乏の中の貧乏、キングオブボンビーが居座る廃ビルのようなマンションの一室に居候させてもらっている。

 アニクは、面倒見のいいやつだった。

 僕を子分にするとか弟分にするとか、わけのわからないことを言っているが家に住まわせてくれたり仕事を回してくれたりする。

 これで女の子でも紹介してくれたら兄貴と呼ぶこともやぶさかではないのだが、その旨を伝えたら「女は自分でつかみ取るもんだ」と言われた。


「アニク、起きてよ。スカタン、ほらマンガ肉が落ちてるよ」

「んお、朝か」

「んほおおお、マンガ肉食べたいでござる!」


 スカタンとは、スカンディアのあだ名である。

 言語共有装置バベルは固有名詞をその音のままに訳してくれる。

 幸い、スカタンは悪口ではなくあだ名と認識されたようで彼を問題なくスカタン呼ばわりできるのである。


 スカタンはザ・オタクという感じの脂ぎった男で、僕の故郷の漫画文化が好きらしい。

 とても気持ち悪いのにアニク並みに強いので腹が立つ。


「はい起きたね。君たちも掃除してよ」

「タケル氏! マンガ肉は!?」

「ジャータにスカタン燃やしてもらったらできるんじゃないのかな」


 上手に焼いてくれることだろう。


「お前ら、朝からうるせえなあ」

「うるさいのはスカタンだけだよ」

「タケル殿ォォォ! さっきからひどいでござる!」


 スカタンの声が狭い部屋に響く。

 ついつい彼のことを侮ってしまうが、本気になると酒飲んだアニクや僕なんかお話にならないくらい強い彼。

 ここは機嫌を取っておかなければならない。


「ごめんごめん、今度プイキュアの絵描いてあげるから」

「んほっ、約束でござるよ?」


 スカタンは脂ぎった顔を笑みで歪めた。

 ちょろいもんである。僕は絵がそこそこ上手いので、薬物のバイヤーで無駄に金のある彼にイラストを売りつけることで小金を得ていた。


「ところで、今日は何か仕事ある?」


 僕の主収入はアニクの仕事の手伝いだ。

 街に来て間もない僕は信用がない。スカタンですら、自分の仕事の手伝いはアニクやジャータを伴わないと僕に任せない。


「そうだな……王のところに行くぞ。どうやら、大事な話があるらしい」


 王という言葉に僕とスカタンはビクッと反応する。


 アニクの言う王とは、魔窟の王。貧民街の王と侮ることなかれ。

 この街でも数人しかいないクシャトリヤの階級を持つ者。

 絶対者、英雄、勇者。人外の力とも称される圧倒的戦闘力、知力を持つ者たち。

 それこそがクシャトリヤである。


「何の用事なんだろう」

「さあな、行ってみればわかるだろう。俺に話した時は真剣な顔してたからな、デカい勢力とやり合うのかもしれねえ。覚悟固めとけ」


 僕はアニクの言葉に、魔窟の王との初対面を思い出していた。


 あれは街に住むことを決めた次の日のこと。

 あの衝撃的な日の出の出来事から数時間後のことである。







「お前に紹介したい人がいる」


 日の出の女神を見てから二度寝して起きてから。

 アニクが真剣な表情でそう告げた。


「え、巨乳のお姉さん!?」

「あんた燃やすよ」

「ひい! 違うんです!」


 ジャータが吸っていたタバコを僕に押しつけようとするので、僕は速やかに土下座した。

 この女、タバコは吸うわ胸の谷間をジッと見ると刺青っぽいのがチラチラ見えるわで、アウトロー女マンすぎる。


「これからある場所へ向かう。俺らの故郷だ」

「故郷って、ここじゃないんですか」

「この街はデカいんだよ。この街自体も故郷だけど、アタシらが育ったのはこの街のもっと奥」


 アニクとジャータの言葉で、勘の鋭い僕はある場所が思い当たる。


「ああ! 魔窟ってところですか」

「そうだ。そこの王に……魔窟の王に合わせてやる」


 なんとなく僕は田舎のヤクザみたいなものを想像してしまう。


「この街は結構危ないからね。後ろ立てがないやつはすぐに毟られるよ」

「タケルは玉切り取られて変態のおもちゃが関の山だろうな」

「なにそれこわい」


 アニクとジャータの脅しに、僕は青ざめる。

 最悪の街である。


「だから、王に顔見せて知り合いになっとくんだよ。王の知り合いってだけでビビッて手を出さないやつもいるからな」


 ジャイアンがすごくなったバージョンみたいな感じだろうか。


「なるほど……」

「話は早い方がいい。ほれ、行くぞ!」


 アニクは僕の腕を引っ張って歩き出した。

 その力はとても強く、僕の腕が引っこ抜けそうになるほどだ。痛い痛い痛い。


 アニクに連れられ街の奥とやらに向かう途中。

 屋台の並んでいた夜市の風景は、寂しい景色に変わっていく。

 入り組んだ道。道を挟んで干してある洗濯物。人が住んでいるのか定かではない寂れたアパート。


「この辺りの寂れっぷり……さすがは貧民街」

「何言ってるんだ。魔窟はもっと先だぞ。こんなもんじゃねえぞ魔窟」

「あら……」

「まあ、ここも王の領域ではあるがな」


 この文明人が去ってから原始人が間借りしたみたいな寂れっぷりのアパート群がアニクの生まれ育った場所かと思ったら、違ったらしい。

 アニクはずんずん進んでいくので、僕はびくびくしながら後をついて行った。


 やがて、アパートが消え去る。

 アパートが消え、小屋のようなものが並んだ区画に移る。

 歩いていると、大きな川が見えてきた。濁った川だ。

 そこには釣り竿のようなものを垂らし死んだように横になる人や、洗濯をするおばさんがいる。


「ここもひどいな。馬小屋みたいなのしかない」

「まだ木造だからマシだ。ここからもっとひどいぞ」


 この上、というか下があるのかと思うと辟易とする。


 ずんずん歩くアニクを追ううちに、据えた臭いが充満してゴミだらけの場所になってきた。

 人が住んでいるのか定かではないが、ビニールシートでできたテントらしきものがいくつか見える。それ以外の人間は、野外で死んだような目で転がっていた。


 僕はキョロキョロと辺りを見回すと、ふと白いものを見つけた。

 それは僕があの船で出会った――。


「あ、あれは! き、君!」


 不思議と、急に声を上げて飛び出した僕をアニクやジャータは追わなかった。

 僕は走る。ゴミ山を乗り越えて、怪しげな植物を売っている老婆のセールスをかわして。


 ついに、あの白いワンピース姿を捉えた。

 彼女はそこの角を曲がる。

 僕も角を曲がった。


「君! あの船にいた……あれ?」


 そこには、あの少女はいなかった。

 その代わりに、炊き出しのようなものをする謎の女性がタバコを吸っていた。

 その女性はチューブトップのようなもので胸を覆っただけの扇情的な姿にジーパンという出で立ちで、褐色の肌は眩しいしチューブトップから漏れ出るおっぱいは神々しいわで僕はまじまじと彼女を見つめてしまった。

 あの少女のことは頭から飛んでいた。


「……なぜこんなところで炊き出し。そして目隠し」


 女性は目隠しをしていた。

 美しい癖のある金髪の間からは角のようなものが見えて、またコスプレイヤーかと僕はうんざりした気分になった。

 その代金としておっぱいをガン見することとする。なに、彼女は目が見えないはずだ。


「おい、お前。あたしの胸ばっか見てるけど、消すぞ。それから魔窟のクソガキとかじゃないね?」

「ひい! 違うんです!」


 女性は脅すような口調で僕に近づいてくる。ゴミがその辺に転がっているが、目隠しをする彼女の足取りに迷いはない。


「なんだ、ビビってんの? 何しに魔窟に来たのさ」

「ええと、王に会うとかで女の子見つけて居ても立っても居られず……」

「説明が下手だねお前は」


 ぺシンと僕は頭を叩かれる。

 軽く叩かれただけだけど、脳が揺れるような感覚に陥る。気持ち悪い。


「ううっ、痛い、ひどい」

「あれ、おかしいね。今ので気絶するか目回して嘔吐するくらいはなるかと思ったんだけど」

「ひ、ひどい!」


 そんな凶悪なビンタだったのか。

 ジャータと似ているようで、それ以上にアウトローなこの女性と関わりになりたくなくて距離を取る。


「そんな離れなくても。こっちが声かけてやってるんだから、楽しそうにしなよ」

「むちゃくちゃだ……」


 お姉さんがずいっと近寄る。

 あ、そんな顔を近づけられると童貞の僕には刺激が――。


「ねえねえ、あんまりタケルのことをいじめないでおくれよ」


 僕に顔を寄せる女性を、少女のほっそりとした腕が牽制していた。

 彼女はまさに、僕が追いかけていた少女だ。


「……あんたのお気に入りってわけかい」

「話が早くて助かるよ、ヴィー」

「気安く名前で呼ぶんじゃないよ」


 少女の言葉で、ヴィーと呼ばれた女性は引いた。


「タケルも、あんまり無茶しないでおくれよ? この人はとても怖い人だからボク、心配したよ」

「えっと、ありがとう……僕、君に名乗ったっけ」

「ああそうだ、タケル。ヴィーの手伝いでもしたらどうかな。キミが不躾な視線を彼女に送った詫びとしてね」


 少女が指さす先は、謎の炊き出し。

 僕がそっちに目線を向けて戻すと、少女は消えていた。


――またね、タケル


 そんな声が聞こえた気がした。


「……なんだったんだ、彼女」

「お前も厄介なやつに目をつけられたね。それはそうと、手伝ってくれるんだって?」


 ヴィーの顔――いや、ヴィーのの顔には含みのある笑みが浮かんでいた。


「は、はい」


 嫌だとは言えなかった僕は、炊き出しの準備を手伝わされる。

 それは想像を絶する苦労だった。


 僕は意外と料理が得意だ。放浪癖のある両親の代わりにオタンコナスな姉、パチンカスな兄のために料理を作っていた僕は家庭料理に限るが、それなりに料理ができる。


「野菜はこんなもんでいいか」

「あ、あの、包丁とか――」

「ちぎって煮たら何とでもなるよ!」


 あまりにもぞんざいな食材の扱い。


「この肉……うん、大丈夫だな。あたしが食べるわけじゃないし」

「まさか腐――」

「煮たら何とでもなるよ!」


 紫のポツポツがあるお肉を初めて見たり。


「塩は多めだな。味が薄い食事は食事じゃない」

「血圧の高まりを感じるんですが」

「煮たら何とでもなるよ!」


 見ているだけで高血圧になりそうな量が鍋に入れられるのを、ただ見ていることしかできなかった。

 僕は水を足したり、できるだけ肉から危なそうな部分を切り離したりすることでこれを食する誰かに貢献した。


「……よし、完成だね」

「料理とか食えればいいとか思っててすいませんでした……すいません」


 確かに、この炊き出しの何かは食えなくはないと思う。

 見た目も普通だし。

 だけど、怪しげな肉と大量の塩が人間を逆にクッキングしてくるような恐ろしさを僕は感じていた。


「ほれ、この紙皿によそう準備しな」

「え……というか、これ誰に」

「いるでしょ、いっぱい」


 僕はヴィーのお姉さんに指差され、顔を向けた。

 そこでは、子どもが、お年寄りが、腕の無い男性が、包帯で顔を覆った女性がわらわらと集まってきていた。


「これは……」

「魔窟の住人だよ。掃き溜めのゴミみたいなもんさ」


 あんまりな言い方であるが、僕はその言葉に密かな愛情のようなものを感じた。


「うわああああ飯だあ! ヴィー姉ちゃんの飯だ!」

「孤児院総出で行くぞ!」


 活発な子どもたちが謎のフォーメーションを取りながらやってきたり。


「ヴィーちゃん、今日も良いおっぱいしとるの」

「おい、このジジイは手皿でいいからな。熱々なやつを頼む」


 僕にとっての師匠を見つけかけたり。


「ごめんな、姐さん」

「いつも、すみません」

「馬鹿、気にするんじゃないよ」


 ヴィーのお姉さんが隻腕の男性や包帯の女性に手をかざすと、和らいだ表情になっていた。


 やがて、炊き出しの鍋は狙ったかのように空っぽになった。

 僕は炊き出しを捌くのに手が千本になったかのような動きを発揮してしまったため、疲労困憊である。


「……随分、慕われてるんですね」

「ふん、飯が食いたいだけだよ。あたしも気まぐれでやってるだけさ」


 ヴィーのお姉さんは照れもせず、何でもないことのようにそう言った。

 彼女は僕の頭を掴んでガシガシと髪を乱すと、一枚の紙を差し出した。


「これをやるよ」

「……これは?」

「ちょっとしたおまじないの紙さ。持っていたら、良いことあるかもね」


 その紙にはデフォルメされたヴィーのお姉さんが描かれている。

 か、かわいいだなんて思っていないんだからね!

 僕はその紙を後生大事に懐に入れる。


 その時、遠くから声がした。


「おーい、タケルー」


 アニクの声だ。

 声の方を見ると、筋肉質な腕をぶんぶんと振っている。

 近づいてくると一旦立ち止まり、目を見開いてから猛烈な早さでこちらに向かってくる。

 そして僕を通り過ぎてヴィーのお姉さんの前に来ると、とても綺麗なお辞儀をして固まった。


「ヴィ、ヴィー姐さん! おつかれさまです!」

「疲れてなんかないよ。アニク、お前相変わらず暑苦しいね」


 そしてヴィーのお姉さんがタバコを取り出すとアニクは無言で火をつけた。

 完全に舎弟っぽい態度である。


 やや遅れて、ジャータが来る。

 ジャータもヴィーのお姉さんが目に入ると僕のことなんて眼中にないようで、凄まじい勢いで走りながら僕を突き飛ばした。ひどい。


「ヴィー姐さん! ご、ご機嫌いかがですか!」

「おや、ジャータじゃないか。良い女になったね」

「そ、そんな……姐さんには敵いません」


 くねくねと体をしならせて頬を染めるジャータに、僕は絶句した。

 昨日からの短い付き合いだが、ジャータが人に媚びるような姿を見せるなんて露ほどにも思わなかった。


 ヴィーのお姉さんはいったい何者なんだろう。

 まさか、彼女こそがこの魔窟の王なんだろうか。


「姐さん、俺たちこれからこのタケルを王のところに案内しようと思ってるんですが、姐さんもどうですか?」

「姐さんが来たら王も喜びますよ」


 アニクとジャータがヴィーの姐さんに同行を熱く勧める。

 ヴィーのお姉さんは鬱陶しそうに手を振り、顔をしかめた。


「行かないよ。用もないのにラージアに会いたくないね」

「そ、そんな……」


 アニクはガッカリした様子で、ジャータは「あーやっぱりかー」みたいな表情を浮かべる。


「ほれ、さっさとお行き。あたしももう帰るから」

「あれ、ヴィーのお姉さんは魔窟住まいじゃないんですね」

「こんなとこ好んで住まないよ。それじゃ、じゃあね」


 ヴィーのお姉さんが指笛を吹くとどこからともなく牛――のようなバカでかい角の生えた巨体の動物が猛然と駆けてきた。


「モー!」

「頼むよ、ドゥパニ」


 彼女は慣れた手つきで牛っぽい何かに乗ると、帰って行った。


「うーん……何だったんだあの人」

「おい、ヴィーの姐さんに失礼なことしてねえだろうな」

「もしも何かやってたら燃やすよ」


 ヴィーのお姉さんが見えなくなってから、アニクとジャータに僕は詰め寄られる。

 ちょっと褐色の谷間を覗いたりはしたけど、失礼なことは何もしなかったはずだ。


「誓ってしておりません」

「ふうん……まあ、あんたが何かしてたら消し飛んでるだろうからね」

「確かに、姐さんに無礼働いて五体満足なのもおかしいか」


 嫌な納得のされ方をされて、僕は解放された。

 彼らの平身低頭ぶりや話す内容から、ヴィーのお姉さんは規格外の人物で僕程度アリを踏み潰すように消し去れるのだろう。

 なんとなく、そんな人物からもらった紙のことは二人に話さなかった。


 そして僕はついに、王と呼ばれる人物の根城に連れてこられた。

 王の根城は、端的に言ってゴミ山だった。

 生ゴミとか臭いそうなものはないが、廃材やよくわからない家電製品、鉄骨といった物が重なり合って奇跡的に家になったような見た目をしている。

 大きさ的には、ちょっとした屋敷だ。


 なんとなく来てしまったが、よかったんだろうか。

 ヤクザの親分みたいなのが出てきて脅されたりしたら、一般ピープルの僕はビビりにビビッておしっこを漏らす自信がある。


「……よし、着いたぞ」

「ちゃんと挨拶しなよ」


 何もしてないのに、ジャータが僕を咎めるような目で見る。

 なぜ僕はここまで信用されてないんだろうか。僕は礼儀正しく、他者への敬意に溢れているのに。


「……王よ、いらっしゃいますか」


 鉄骨と廃材でできた入口を通り、ジャータの声が中に響く。


「おう、いるぞ」


 奥から腹の底にまで響くような重低音が聞こえた。

 声を聞いただけで、僕の耳は屈服しそうになる。


 奥に進むと、僕の皮膚がチリチリと痛んだ。

 重力が倍になったかのような錯覚を帯びるほど、体が重い。


 やがて最奥に到達したのか、やや広い作りの空間に出た。

 その中央に、廃材で作った玉座にどっしりと腰かける人物がいた。

 僕は彼を見た瞬間、体が自然とような感覚に支配された。


 例えるなら、大自然の雄大さを見た時のような気持ち。あり得ない奇跡を目の当たりにした時の人間の心理。

 自然と平伏したくなる、感謝したくなるような心持ちになるのはなぜだろう。

 人は本気で感動した時、祈るような姿勢で膝を折るのだ。


 そして僕は、止まった。


「……坊主、名前は」

「反町……武です」


 王は、圧倒的に王だった。

 王故に王。そう世界に定められているかのような存在感。


「タケルか。なんて意味だ」

「武と書いてタケルと読みます」

「ふむ、良い名前だな。名前には意味がある。アニクは強さを、ジャータは……仲良くなったら聞け。そして俺はラージア。生まれながらに、意図的か偶然か王の意味を持つ」


 ラージアさんは、玉座で座っているだけなのに僕は膝をついてしまいそうなほど体が重く感じて。

 この場から逃げ出してしまいたいような気持ちにもなった。

 だけど引かない、ここで折れたら負けた気がする。僕は負けず嫌いでもあるんだ。


「……折れないか。強いな」


 フッと僕への重圧が消えた。


「王、冗談がきついです」

「初対面から圧かけてくなんて」


 アニクとジャータが少しだけ責めるような口調でラージアさんに言葉をかけた。

 僕はわけもわからず、目が点になる。


「えっと……」

「悪い悪い。お前を試した。電話でアニクから面白いやつがいると言われてな」


 ラージアさんは懐から近代的な携帯電話を取り出して僕に見せた。

 大柄で熊のようなラージアさんが持つとおもちゃの電話みたいだ。とても似合わない。


「はあ、そうなんですか。アニクさんが」


 僕はなんとなく、アニクを責めるような目で見た。


「いや、褒めたんだぜ? 頭のネジが何本か飛んだ戦士がいるって」

「それが褒め言葉なら世の中から悪口とか無くなると思うんです」


 僕とアニクのやり取りは置いておいて。


「がははは、お前らは仲が良いな。よっ、と」


 ラージアさんはよっこらせと玉座から立ち上がった。

 大きい。顔を見ようとすると見上げるような体勢になる。2mは確実に超えているが、その巨漢と相まって3mくらい身長があるように見える。


 不意にラージアさんが顔を近づけてきた。

 玉座から僕のところまで、一瞬でだ。巨体が猛スピードで動いたためか、結構な風圧が発生する。


「なあ、タケルよ」

「はい」

「俺の下につかないか?」


 ラージアさんの顔は真剣だ。

 この風格の人物に誘われたら、男なら舎弟になってしまうし女なら情婦になってしまう。

 僕は堪えた。僕には夢がある。


「やめときます」

「タケル!」


 僕の言葉に、アニクが非難するような声を上げた。


「ごめんアニクさん……いや、アニク。僕には夢があるんだ。冒険家になるっている夢が。この島を――クソッタレな島でも、冒険してみたいんだ」


 あの世界樹を見上げると、僕は不思議と惹きつけられる。

 恋をしてしまった少年のように、目が離せなくなるんだ。


「ラージアさん。僕はあなたを王と呼ぶことはできません。あなたは、ラージアさんです」

「……男の夢を阻むことはできねえな」


 ラージアさんは頭をかくと僕の手をガシッと握った。僕の手はプレス機で潰されたような感覚になる。


「タケル! それならお前はダチだ。アニクが世話になったようだしな」

「お、王! 俺はこいつを弟分にするつもりなんだ!」

「それは好きにしろ。お前らの間のことだ」


 ラージアさんはそう言うと、のそのそと玉座に戻った。後姿は熊のようである。

 玉座に再びドカッと座ると、もう興味を失ったかのように欠伸をした。


「俺は寝る。タケルにはこの島のことや街のことを教えといてやれ」

「王……わかった。王に任されたからには、俺が面倒みる。兄貴分だしな」

「いや、兄貴分ではないよ……」


 僕にはパチンカスの兄貴がいるので、ここに飲兵衛の兄貴まで加わったら大変である。


「それじゃあ王、失礼しやす」

「失礼します、王よ」

「えっと、失礼します。ラージアさん」


 僕らはぺこりと頭を下げて、ゴミでできた屋敷を後にする。

 ラージアさんは眠そうな目で片手を上げた。


「おう」


 一言だけそう言って、僕らを見送った。







 僕の中のラージアさんは、厳格だけど大らかで、豪胆だけど熊さんみたいでなんだかかわいい。そんなイメージがある。

 再びラージアさんのゴミでできた屋敷、ゴミ屋敷にお邪魔すると彼は玉座の前でそわそわと落ち着かない様子で立っていた。


 なんだか、服装も以前会った時と違う。

 こないだはドテラのようなものを羽織り、山小屋に住む猟師みたいな出で立ちだった。

 今日は白いスーツに身を包み、心なしかライオンみたいな髪型も整って見える。


「王よ、俺たちに何の用で?」

「王の頼みなら吾輩、何でもするでござるよ」


 アニクはその姿に疑問が浮かばないのか、平然とラージアさんに声をかける。

 僕はポカンとしてラージアさんを見ていた。


「アニク、スカンディア、タケル。よく来たな。今日は大事な日だ。お前らには見届けてもらいてえ」


 ラージアさんは珍しく緊張している様子だった。

 俯き加減で、顔が少し赤いので酔っぱらった熊のようだ。


「もしかして、アレをやられるんで」

「ああそうだ。一大決心だからな弟分のお前には見てもらいてえ。姉貴分ができるかもしれないしな」


 アニクは事態を完全に理解しているのか、ラージアさんの言葉に何度も頷く。

 僕にもこれから何が起こるのかくらい教えて欲しいものだ。

 その時、慌てた様子のジャータが飛び込んできた。


「王よ! 緊急事態とは何事ですか!」

「んほおお! ジャータたん! 今日もふつくしい!」

「ああ豚、いたの。ちょっと黙ってなよ」


 ジャータはサラッとスカタンにひどいことを言うとラージアさんの下へ馳せ参じた。

 そして彼の姿を見て一瞬で事態を察したのか、冷めた表情になる。


「ジャータ! すまねえ。女であり妹分のお前の意見が聞きたかった」

「……王よ、またですか」

「この服はどうだ。花も買ってみたんだ。いけるか?」

「悪くはないと思いますが、毎月アプローチするのはやめませんか?」


 ジャータは頭を抱えている。

 何となく僕にも、ラージアさんが女性にモーションをかけようとしているのがわかった。

 ということはアレか、告白するところを僕らに見届けて欲しいのか。


 しょうもない!

 え、こんな人のことを王と呼んでたのアニクとジャータ。


「そんな目をするなタケル。王の晴れ舞台なんだ」

「まあ、相手が相手だから緊張するのもわかるよ」


 僕の責めるような目が伝わってしまったのか、アニクとジャータが弁明する。

 そう言えば、相手は誰なんだろう。


「ラージアさん、その……多分告白とかするんでしょうけどお相手って」

「おう、よく聞いてくれたなタケル。俺が想いをぶつけるのは――」


 ラージアさんが大きく息を吸う。

 アニクとジャータが耳を塞いだのを見て、僕は嫌な予感がしたので小指を耳穴に突っ込んだ。


「――ヴィーだッ!!」


 大気が震えた。

 ゴミ屋敷は少し崩れ、アホのスカタンは泡を吹いて倒れた。

 僕は小指じゃなくて親指にすればよかったと後悔して、耳の痛みに耐えた。


 ラージアさんは緊張や恥ずかしさからか肩で息をしており、全速力で走った後の熊のようだ。


「なるほど、ヴィーのお姉さん」


 確かにあの強烈な性格と謎めいた人物に告白するのは難儀しそうだ。

 あの炊き出しの後、二度ほど会ったことがある。

 街の繁華街では人がモーセのように開けて道を譲っていたし、僕が見つかって頭を叩かれた時は尊敬するような目で群衆から見られた。


「おう、知り合いだったか。俺はこれからあいつに想いを伝える。まあ、見守っててくれや――うおおお! ヴィー!!」


 ラージアさんはググっと足に力を込め、なぜか天井を突き破って外に飛び出した。


「ああっ、また屋根を壊して!」

「王が告りに行くときに何か壊すの、やめてくれねえかなあ」


 ジャータが嘆き、アニクが呆れる。

 ジャータはすぐにスカタンに駆け寄り、厚みのある腹を思い切り蹴り上げた。


「こら豚! いま役に立たなくていつ役に立つの!」

「ぶひいい! 腹が痛いナリィ!」


 ころころと語尾が変わるやつだ。

 アニクはゴミ屋敷からソリのようなものを取り出すと、スカタンに括り付けた。


「ほれ、走れ。王を追いかけるんだ」

「え、吾輩、何が何やら」

「王のいつもの病気だよ。被害者が出る前に追いかけるよ!」


 ジャータはいつの間にか鞭を取り出していた。


「ほれ! はいよ!」

「ぶひいい! 癖になる!」


 ビシャンとスカタンの尻を打ち、豚のような体にエンジンがかかる。

 僕は置いて行かれるのを懸念してソリの上に乗った。

 すぐさま、あり得ないスピードでソリが動く。


 ゴミ山をかける僕たち。

 ソリを引くのは奇妙な豚。

 豚ことスカタンは動けるデブである。

 彼はジャータ曰く、軍神の加護をもらっている。


 僕はこの一ヶ月で街や、この島の不思議に少し詳しくなった。

 例えば、ここで生活している人間には階級ジャルナという種類があること。

 加護という、超能力めいた力が平然とあること。

 神に気に入られたものは、階級を問わずに加護をもらえること。


 スカタンは戦士セッテイリの階級。軍神の加護の保有者。

 その能力は風のように早く、無限とも思える体力で走ることができること。

 三人を乗せたソリを軽々と引くような、野生動物を超える剛力を兼ね備えることである。


 スカタンの動きとジャータの的確なナビゲートにより、ラージアさんの巨漢が見えてきた。

 ジャータはなぜかヴィーのお姉さんの動向をある程度把握しているらしい。

 僕が「それってストーカーなんじゃ」と言いかけたら、ソリから突き落とされそうになった。このスピードの乗り物から落とされたら死ねる。


「見つけた!」

「よし、あんま人がいないみたいだな。おい婆さん、死ぬから離れてろ」


 ジャータは鞭を一振りしてスカタンの動きを止める。ボーっとしてるお婆さんはアニクが丁寧に運んでいった。

 不穏な発言が聞こえたので、僕は既に帰りたくなっている。


「見ろタケル、今から王が一世一代の告白をするぞ」

「一ヶ月に一回くらいの一世一代ね」


 真剣な表情のアニクに、呆れるジャータ。

 目線の先にいるラージアさんは緊張した面持ちで、大きな図体の後ろに花束を隠していた。

 ラージアさんの前には、ヴィーのお姉さんがタバコを吸って座っている。


 僕たちは会話が聞こえる距離まで近づく。


「……ヴィー、お、俺の話を聞いてくれ」

「なによ」


 緊張した面持ちのラージアさんの方をちらりと見て、短い言葉を返すヴィーのお姉さん。

 吐いた煙はため息のように見える。


「これを、受け取って欲しいんだ」

「ふうん、気が利くわね。食べられる花じゃないの?」

「い、いや! すまん! 蜜が出たりするわけじゃないんだ……」


 ヴィーのお姉さんはラージアさんの言葉を無視して、花を一輪毟って口に入れた。すぐに嚥下するが、「まずいわね」と言って再びタバコに口をつける。


「すまん……食べ物の方がよかったか?」

「別に。あんたもいい加減、諦めたらいいのに」

「それはできない! 俺はお前を見た時……まるで雷に打たれたみたいだった!」


 おお、ラージアさんは情熱的だ。

 雷に打たれたとは、恋をした時の表現としてありがちだが熊のような大柄な男性が言ってると思うとギャップ萌えのような感覚が湧き上がってくる。

 そして、空気が帯電した。


「そう……雷だ。お前を見た俺は心臓が雷に打たれたように痛くなって」

「あんた、放電してるわよ」


 ラージアさんから、バチバチと電気が出ていた。

 時折、飛び出た雷がゴミ山を燃やす。ヴィーのお姉さんの横を掠めたりもするが、彼女はまったく動揺しない。


「そう、俺はその日から雷を纏うようになったんだ」


 そんなアホな。

 ラージアさんの雷は、加護のなせる業である。

 彼はクシャトリヤの階級。持っている加護は戦神、英雄神、神々の王とまで言われた神。

 その自然神としての性格は――雷神。


 アニクにも同じ神からの加護が授けられているが、彼は酒を飲まなければ異常な膂力を生み出せない。

 ラージアさんは常に英雄としての力を行使できる。雷神の化身とも言える存在だ。


 その彼が興奮するとどうなるか。

 雷が体中から吹き荒れるのである。

 髪は逆立ち、火花が散る。どこかのスーパーな異星人のようだ。


「お、俺は……俺は! うおおお! ヴィー!!」

「うるさいねえ。ドゥパニ、止めな」


 ヴィーのお姉さんが指笛を鳴らすと、立派な角をもった牛がどこからともなくやってくる。

 そして、ラージアさんに体当たりをした。

 その衝撃は凄まじく、吹き荒れる風が火のついたゴミ山を更に燃え上がらせる。


「危ない! 燃える!」


 このままでは山火事ならぬゴミ山火事になりそうなものだが、ジャータがそれを防ぐ。

 彼女は巫女。火の神の加護を得ているらしい。

 花の生命力を火に、火から花を生み出すことができる。

 ジャータはせっせと火の山を花に変えた。


「ドゥパニ、どけえ!」

「モ……モー!」


 なんとドゥパニの巨体が浮き、ラージアさんが牛を放り投げる。

 僕らの方に飛んできたので、僕らは蜘蛛の子を散らすように逃げた。


「ヴィー、俺のお、想いを……」

「お断りだよ」


 ばっさりと切り捨てられ、ラージアさんががっくりと項垂れる。

 その頭を、ヴィーのお姉さんの長い脚が刈り取る。

 ラージアさんはその場で前のめりに倒れた。


「おい、あの倒れ方ヤバいんじゃねえか」

「あれ、やり過ぎたかね」


 ヴィーのお姉さんは倒れたラージアさんをぺしぺしと叩く。

 ややもすると、地鳴りのようなうめき声が聞こえた。ラージアさんだ。


「ぐぉぉぉ、強烈なスキンシップ……」

「ポジティブ! ラージアさんポジティブだ!」

「うちの王は前向きなんだぜ!」


 ひたむきな心を持つラージアさんの姿に、僕も思わず応援したくなる。

 ジャータは呆れていた。


「ほんと、なんなんだろうね……あたしはこれで行くよ。しつこい男は嫌いだからね」

「そ、そんな、ヴィー!」


 ラージアさんはヴィーのお姉さんに手を差し出すが、彼女はドゥパニを叩き起こして彼(彼女?)に乗って去ってしまった。花は持って行くようだ。

 ラージアさんは少々落ち込んでいる様子だ。


「お、王……」

「ラージアさん……」


 僕とアニクが心配そうにしていると、やがてラージアさんがガバッと立ち上がった。


「……ガハハハッ、流石は俺が惚れ込んだ女よ。強く、美しい」


 笑顔でヴィーのお姉さんが去った方を向く。

 ラージアさんは、とてもポジティブだ。そして強い。


「我らが王! かっこいいぜ!」

「そこに痺れる! 憧れるでござる!」


 アニクとスカタンがラージアさんを取り囲んで絶賛する。


「よせやい……俺はちょっと街へ出てくる」

「王? 俺らもついて――」

「来るな! ちょっとなんだ、暴れたい気分なんだ」


 ラージアさん、振られたこと引き摺ってるのでは。

 のそのそといずこかへ向かうラージアさんの背中は寂しげであり、同時に爆発寸前のダイナマイトみたいな危うさも感じた。


「……あれ、大丈夫なの」

「いつものことなんだけどね。に喧嘩売るかもしれないね」

「まあ、街の人間なら荒れてる魔窟の王に近づいたりしねえだろ」


 アニクとジャータは解散解散と手を振っている。


「それでは拙者はこれにて……新作のふぃぎゅあを受け取らなければいけないので!」


 スカタンはそう言うと土煙を上げながら去って行った。素早いデブだ。


「アタシも失礼するよ。姐さんを追いたいからね」

「やっぱりスト――」

「われ呼び讃う、先頭に立てられる者、神なる祭祀の執行者――」

「ひい! 違うんです!」


 ジャータが詠唱っぽいのを初めた時点で落ちていた花びらが宙に浮いて熱気が広がり、僕を燃やし尽くそうという意思を感じたためジャンピング土下座をかました。

 ジャータはまだ僕を燃やすかどうか逡巡していたようだが、時間をロスしてはいけないとヴィーのお姉さんを追いに行った。


「そんじゃ、俺たちは……特に仕事もねえし釣りにでも行くか」

「お魚食べたいね」


 アニクと僕は、釣りに向かうことにした。

 今日のお昼は天ぷらがいいな。







 僕とアニクは、大物を狙いに船着き場の方へと向かった。

 街から少し歩いたところにある船着き場は、ある意味では思い出の場所だ。

 あの時は重石をつけられて荷物を担いでいたから遠く感じていたが、テグスだけ持って歩いていると大した距離ではない。


 やがて、船着き場が見えてくると二人の男女が歩いているのが見えた。

 こんなところにカップルで来るなんて観光目的なんだろうか。この島はそんな甘いところじゃないんだぞ。

 僕の優れた視力は、二人の輪郭を正確に捉えている。あまり自信のない記憶力が起動するまでには時間がかかった。


「あ、あれ?」

「どうしたタケル」


 なんだか、あのカップルとても知っている人のような気がする。というか、カップルじゃない気がしてきた。


「前から来るやつ、知り合いか? なんか手振ってるぞ」

「えーっと、どうだろう。あ、転んだ」


 女の方が笑顔で手を振り僕らに駆け寄ってこようとするが、何かに躓いたのか思い切り転ぶ。

 石にでも当たったのか頭がぱっくり割れ、結構な血の量が出ている。

 男が駆け寄って救急箱を取り出した。あの女の間抜けぶりと男の準備の良さ、間違いない。


「あれ、僕の姉ちゃんと友達だ」

「へえ、姉ちゃんと友達……よく来たなあ」


 アニクは特に驚くでもなく、そっけなく言った。

 僕はというと、これからの未来を思い心臓バクバクで脂汗を流していたのであった。

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僕とクソッタレ・アイランド 古代インドハリネズミ @candla

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