四章 金星と闇の大祭 1—2
どうやら、父は、男には、どうしようもないときがあると主張しているらしい。しかも、それを御子さまのせいにしている。
それで、魚波が納得すると思うのだろうか。
じっとり、にらんでいると、魚吉は、ため息をついた。
「おまあは、どげ思っちょうか知らんが、わは、おまえを神社の巫子にさせたくなかった。だけん……」と言いかけて、魚吉は首をふる。
「けっきょく、こげ(こう)なったか。おまえが、そうでいいなら、好きにすうだ」
父は謎の態度を見せて、一人で家のなかに入っていった。
なんだか、わからないが、魚波は腹が立った。
自分では、どうしようもないから許せというのは、あんまり身勝手ではないか。たぶん、そういう弁明をしたかったようだが?
(わは『巫子』になる。『巫子』になれば、誰とも結婚さんでいい)
むしろ、これでよかったと、ほっとする。
男女の仲が、どうにも汚いものに思えて、しかたない。
こんな気持ちで、いつか好きでもない女と結婚させられるぐらいなら、年に一度の苦痛に耐えることなど、ラクなものだ。
翌朝、正式に通達が来た。
本日より三日に渡り、巫子えらびをおこなうと。
神社の石段下の鳥居前に村民が集められ、龍臣から知らされた。一男、魚波、雪絵の順で、一晩ずつ、御宿り場にこもると。
それを聞くと、一男は魚波に耳打ちしてくる。
「ナミさん。あんたには負けんけんね」
こうなれば、一男はライバルだ。
こっちだって負けるわけにはいかない。
今御子には、ぜひにも魚波をえらんでもらわなければ。
その夜。熊谷家に迎えが行った。神主の正装をした龍臣。巫子姿の茜。村の長老たちが、行列を作って、一男を迎えに行く。
村じゅうの人間が出てきて、一男がつれられていくのを見守った。
魚波も、やじ馬にまじって、それを見送った。
順番が自分のほうがあとで、くやしい。
もしも今夜、一男が選ばれれば、魚波は『巫子』にはなれない。
一男を見送ったあと、魚波は落ちつかなかった。
おねがいだから、自分まで順番がまわってきてほしいと、祈るような思いで夜を明かした。
朝になった。
魚波は、いの一番に、とびおきて、八頭家の門前に向かった。龍臣たちが一男をつれて、もどってくるのを待ちわびる。
巫子えらびは村の重大事だ。
早朝だというのに、魚波ばかりでなく、大勢が集まっていた。
「ナミさん」と、声をかけてきたのは銀次だ。
米田家は喜蔵、八十助、銀次の兄など、一家全員で見物に来ていた。
「あんたにしてみれば、カズさんに決まあほうが幸せだね」
「いんや(いいや)。わが『巫子』になる」
「なんでかね。『巫子』は苦しいがね。まあ、カズさんより、ナミさんのほうが巫子装束は似合うと思うけど。ナミさんは巫子のなかでも、よけのこと(よけいに)ほっそりしちょうけん。おなごんこ(女の子)みたいな」
言いながら、銀次は、あたりを見まわす。
「雪ちゃんは?」
「雪絵は巫子えらびが、気が気じゃないけん。とても見物には来れん」
「まあ、そげか。威さんは?」
「威さんは、とりあえず、巫子えらびが終わあまで、ふもとの町に行ってまっちょう(行ってもらってる)。あれこれ聞かれえと、困あけん」
銀次は、ひょうしぬけしている。
「ふうん。威さんなら、雪ちゃん、さらってでも、『巫子』になんか、させんと思っちょった」
たしかに、威の性格なら。
ギクっとしたのがバレないよう、魚波は、ことさら平静をよそおう。
「だって、威さんは『巫子』が、どぎゃんもん(どんなもの)か知らんがね」
「ああ、そげか」
そうこうするうちに、龍臣たち一行が帰ってくる。
近づいてくる一男の顔を見て、魚波はギョッとした。一男の顔が、とても、ほこらしげだ。
龍臣が宣言する。
「御宿りがあった。『巫子』は、一男だ」
魚波は、うちひしがれた。
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