三章 巫子えらびと消えた死体 1—2
べそべそ泣きながら、銀次が見あげてくる。
図体は銀次のほうが、魚波より、ずっとデカイ。が、うつむいて、うなだれてるので、銀次の目線は低くなる。
「わは、こぎゃんつもりじゃなかったに(こんなつもりじゃなかったのに)……」
「わかったが。まだ雪絵と決まったわけだない」
「そげならいいけど……」
銀次は鼻水をたらしながら、つぶやいた。
「わも巫子に生まれたかったなあ。そげしたら、威さんが来う前に、とっくに求婚しちょったに」
銀次も菊乃と同じことを言った。
常人には巫子は、うらやましい存在なのかもしれない。
だが、本当にそうなのだろうか。
巫子でなければ、他村の者とも婚姻できる。村の秘密を明かさないことを条件に。
人並みに年をとり、人並みに恋をして、人並みに幸福になれる。
巫子だからこそ、しばられるのだ。
(わは、自由になりたい……)
でも、足カセは日増しに重くなるばかり。
もし、神社の巫子にえらばれれば、二度と村から出ることはできない。
泣きじゃくる銀次の肩をたたき、家路についた。
家の前で、威が待ちかまえていた。
「魚波。話がある」
わかっている。巫子の話だ。
巫子は家柄で選ばれると言った魚波の言葉がウソだったことへの、釈明を求めたいのだ。
威には、もう本当のことを話すべきなのだろう。
雪絵といっしょになってもらうためには、いつかは明かさなければならないことだ。
でも、もし、それによって、威が心変わりしたら?
人間の気持ちに『絶対』はない。
今はよくても、数十年後に気持ちが変わることもある。
「そぎゃんことより、威さんは、今すぐ、雪絵と祝言あげてごしなはい。そげしたら、雪絵は巫子にならんですむけん」
「その巫子だ。ウソだったんだな。巫子は家柄で、えらばれるわけじゃないんだ。生まれつき、なれる人と、なれない人がいる。
その基準が、なんなのかは、わからない。でも、候補にあがった人には、みんな、似た特徴がある。みんな、きゃしゃで、年より幼いくらい若く見える。雪ちゃんも、熊谷の双子も。勝さんも、そうだ。おまえだって、もう二十歳にはなってるんだろ? 三年前から、ちっとも成長してるように見えないが。
なあ、教えてくれ。なぜ、巫子になれる人と、なれない人がいるんだ? なぜ、巫子の墓をあばいちゃいけないんだ? 村のことをよそ者に話せないって、なんのことだ? この村は、何をかくしてるんだ?」
「その話は、威さんが雪絵と夫婦になって、子どもの一人二人もできてからのほうがいいと思う」
威は苦笑する。
「そのときなら、おれが裏切らないから? 信用がないんだな」
「そのほうが、威さんのためでも、ああけんね。もし、全部話して、威さんの気が変わったら、わやつは威さんを殺さんならん。村の迷惑にならんように。殺さんまでも、一生、屋根裏にでも閉じこめえか」
「おれの気持ちは変わらないよ。雪ちゃんのことも、おまえのことも、親父さんも、この村の人は、みんな好きだ。村のためにならないなら、絶対に他言しない。それが、どんなに恐ろしい秘密でも。約束する」
魚波が迷っていると、今度は、威は、おどしにかかった。
「おまえが話してくれないなら、いいよ。今夜、吾郷の口から聞くから」
「えッ?」
「さっき、吾郷が一家惨殺したのも、巫子にえらばれた恋人と引き離されたからだと、おまえ、言ったろう? 吾郷なら、何か知ってる。同じ立場のよそ者のおれになら、同情して話してくれるかもしれない」
「でも、吾郷は今、どこにおう(どこにいる)かね?」
「当たりはつけてあるんだ。ただし、そのためには、ある人が吾郷の味方についてなけりゃならないんだが……」
今度は魚波が、威をなだめすかして、話してくれるよう、せがんだ。が、威は教えてくれなかった。
おかげで、その夜も眠れない。
九時半には家族全員、ふとんに入る。
まっくらななかで寝たふりをしてると、奥の六畳間のふすまが、そうっと、ひらいた。
威が忍びだしてくる。今夜も、着物に着替えている。
ぞうりをはいて、戸口から出ていくとき、いろりばたで眠る魚波をうかがった。
そのまま、立ちどまってる。魚波が起きてくるのを待ってるようだ。
魚波は、ふとんをはねとばして起きだした。ちゃんと昼の着物のままである。最初から、つけていく気で用意していたのだ。
月明かりのなかで、ニカッと威の白い歯が浮かびあがる。二人で家をぬけだした。魚波は威の背中に、ぐちる。
「威さんは、ズルイがね。わが追っかけてくと、最初から思っちょったでしょう」
「おまえも雪ちゃんも『きこ』だからさ。どうせ来るなって言っても来るだろ。大事な場面で飛びだしてこられるぐらいなら、始めから、いっしょのほうがいい」
「じゃあ、はやに行くか」
苦笑している威をせっついて歩いていく。
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