三章
三章 巫子えらびと消えた死体 1—1
1
あわただしい一週間だった。
早乙女の死に始まり、祭、三件の殺人。
さらに山狩り。
かつてないほど、村は混乱に包まれている。
誰が、なんのために村人を殺しているのか。
誰が、ということは、わかってる。吾郷だ。しかし、なんのためかがわからない。
自分をすてた、かつての恋人を殺したことで、吾郷の目的はとげられたはずだ。
なのに、なぜ今になっても、次々と村人を殺すのか。
吾郷が捕まれば、そのわけはわかる。
山狩りは大々的におこなわれた。
村じゅうの男が二手にわかれ、東西から、はさみうちにしていった。
威嚇(いかく)射撃をまじえながら、シラミつぶしに探しまわること、八時間。
しかし、日の暮れまで捜索しても、吾郷は見つからなかった。これで発見できないなら、吾郷は、すでに裏山にはいない。
いちおう、まだ吊り橋に見張りは立てられている。が、村人の大半は、吾郷は尾根づたいに他村に逃げたと考えたようだ。
ただ、これは台風の目だ。
こののち、さらに荒れ狂う嵐がおとずれる前の、つかのまの安穏——魚波には、そんな気がしてならない。
何かが魚波の心にひっかかっている。
おトラ、それに寺内が殺されたことの意味。
嵐は思わぬ方向からやってきた。
一男の妹の一子が祝言をあげた。
百さいも年上の子持ちのやもめ男と。
巫子どうしとはいえ、誰が見ても『巫子』逃れ。
それを境にして、心配していた問題が浮上した。
『巫子』選抜問題だ。
魚波たちのもとへ、とつじょ、龍臣から呼びだしがかかった。魚波と雪絵に屋敷へ来いという。
その時点で、用件はわかっていた。
行ってみれば、一男がいる。勝もいる。何人かの年上の男女も。
もちろん、全員、生まれながらの巫子だ。
ほかには、村の長老たちが集まっていた。
広間に入ってきた魚波たちを見て、長老たちは顔をしかめる。威がついてきていたからだ。
龍臣が代表して言いはなつ。
「悪いが、これは村の重要な話しあいだ。威さん。あんたを中に入れることはできない。今はえんりょしてくれ」
こう言われることは予想していた。
魚波は事情に通じてない威に代わり、先手を打った。
「そのことだ。うちの雪絵は威さんと、内々に祝言すましたけん。神社の巫子にはなれんですが。お許しが出たら、すぐ式もあげえです」
龍臣が苦りきった顔をする。
「……どいつもこいつも。まったく」
「そのかわり、わは逃げん。巫子でもなんでも、なあます。このまま雪絵は帰らしてごしない」
「一男と同じこと言うなあ。わかった。雪ちゃんは帰れ」
龍臣の承諾を得た。
魚波は、ほっと胸をなでおろす。
「魚波にいさん……」
涙を浮かべる雪絵に、ほほえみかける。
「いいけん。早に行くだ。村を守るのは巫子に生まれたもんの役目だ。長男のわが、やらないけん(私がやらないといけない)——威さん。雪絵をお願いします」
一大決心で言ったのに、そこへ門前から、かけてくる足音。引き止める下男をふりきって、庭から、ちょくせつ、やってきた。
銀次だ。
この場のふんいきを見て、銀次は事態をさとった。
「わは反対だけんね。巫子がよそ者と夫婦になあだなんて。前代未聞だが。そぎゃんこと、ゆるされえわけないですが?」
魚波はあきれはてた。
まさか銀次が、ふられた腹いせに、雪絵をおとしいれるとは。
「銀さん。あんたは雪絵にふられたなが(ふられたのが)悔しいだけだないか」
銀次は青ざめ、ひきつった顔で言い返してくる。
「わは村のために言っちょうわ。吾郷のこと、見さっしゃい(見てみろ)。よそ者は何すうか、わからん」
「そもそも、吾郷が、あぎゃん(あんな)ことしたのは、恋仲の早乙女さんと引き離さいたせいだがね。最初から二人の仲、ゆるしちょったら、違っただないか?」
魚波が強く主張すると、長老たちも考えこんだ。
魚波は、さらに主張する。
「そうに(それに)、威さんは吾郷とは違う。何があっても人殺すような人だない」
劣勢の銀次は声をふりしぼる。
「そぎゃんこと、わからんがね。ほんのこと知ったら、欲に目がくらむかもしれん。おぞなって(恐ろしくなって)逃げえかもしれん。こな(こいつ)に、今ここで、村のこと全部、話せえか? 話せんなら、信頼しちょらんってことだ」
銀次が変なこと言いだすので、長老たちは、あわてる。みんなが、いっせいに威の顔をうかがった。
威は事の成り行きをおとなしく見守っている。
この村に秘密があることに勘づいている威だ。とうぜん、気にはなっているはずだ。
が、そういう態度は、おくびにも出さない。てんで、ちんぷんかんぷんという顔をしてる。
そういうところ、じつに世慣れてる。
「もういいけん」と言ったのは、長老の将一だ。
これ以上、こうふんした銀次の口から、村の秘密が暴露されては大変だ。追いだしにかかる。
「銀次も雪絵も威さんも出ていくだ。ここからは、わやつだけで話す」
両側から下男につかまれた銀次は、最後の抵抗をした。
「おかしいがね。なんで『巫子』逃れとわかっちょう、よそ者との結婚なんか、ゆるすかね。悪い前例になあわ!」
銀次、おまえは、ほんに男らしくないなあ。こないだ(このあいだ)のこと、あやまらかと思っちょったども、もう謝らん——と、魚波は言ってやろうとした。
しかし、それより前に、はるかに痛烈な平手打ちがお見舞いされた。雪絵だ。雪絵はハラハラと涙をこぼしながら断言する。
「わは『巫子』逃れなんかだない。威さんといっしょになれんなら、わは『巫子』になる」
銀次は青くなった。
しかし、魚波はさらに血の気が引いた。
これでは、せっかくの苦労が水の泡だ。雪絵を『巫子』にしないための算段だったのに。
将一が告げる。
「誰を巫子にすうかは、わやつで決める。みんな、帰えだ」
魚波たちは全員、屋敷から追いだされた。
魚波は悔しさに歯ぎしりした。
自分が犠牲になってでも雪絵だけは守ろうと思った。そうすることが威の幸せでもあるから。威と雪絵には幸せになってもらいたい。
(早乙女さんの代わりだ。女が選ばれえだないか。一子は祝言あげたけん。えらばれえとしたら……)
そう思うと、腹が煮えくりかえる。
「おまあは最低だな。好きな女、苦しめえのが、おまえの気持ちか。そぎゃんもん(そんなもの)、恋でもなんでもない。自分が可愛いだけだ」
魚波がどなると、銀次は肩を落とした。
消沈する銀次を見て、魚波は気づいた。
銀次は雪絵をおとしいれたかったのではないのかもしれない。ただ、威との結婚をやめさせたかったのか。できることなら、自分との縁談を戻して……。
銀次は、とつぜん、ボロボロと両眼から涙をこぼした。
魚波は威と雪絵に、さきに帰るよう、手ぶりで示した。二人がいなくなると、銀次のとなりにならぶ。
「しょうがないが? 人の気持ちばっかりは、どげしようも(どうしようも)ないけん。あれで雪絵は、きこ(強情)なけんね。いったん決心したら、誰にも止められん。おまあも、もう、あきらめえだ」
「ナミさん……」
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