二章 墓荒らしと連続する殺人 3—3



朝方、うとうとしていた魚波は、タイコの音で目覚めた。山狩りが始まるのだと思い、眠い目をこすりながら起きあがる。


ふすまの向こう。六畳間は、まだ静かだ。


そのなかで、威と雪絵が抱きあって眠っている。


そう思うと、胸が縮れたように痛い。


魚波は急いで着替え、外へ、とびだした。


だが家の前に出てみると、タイコの鳴る位置が、おかしい。


八頭家からではないような?


まちがいない。もっと近くから聞こえる。


ともかく、走っていった。


となりの家から銀次が、かけだしてくる。


「ナミさん。もう聞いたかいね? わと、おまえさんは兄弟になあが」


銀次の声は、はずんでいた。ウキウキして目が輝いている。


かわいそうに。


銀次は自分がふられたことを、まだ知らない。


「銀次。その話だけど……」


言いかけたところへ、道夫や秀作がやってきた。


しかたなく、口をつぐむ。


タイコが鳴っていたのは、八頭家より南の車田家だ。年上の巫子、勝の家だ。庭さきで、わあわあ泣く男の声が聞こえる。


タイコをたたいていた龍臣が、ぼそりと、つぶやいた。


「おトラさんが殺された」


「え? おトラさん?」


あまりにも意外だった。


昨日も祭で、楽しげに勝と、おどっていた。


あのトラが殺された。


「でも、なんで、吾郷が、おトラさんを……」


「それは、わからん。たぶん、食い物でも探して、うろついてるとこを見られたんだろう」


「だけん、はやに(早く)山狩りしちょったら、よかったに」と、銀次は言うが、そんなわけにはいかない。


魚波は、たしなめた。


「祭はしてしまわな、肉が日持ちせんだろう」


「あ、そげか」


銀次は、はしゃいだように自分の頭をたたく。


よっぽど浮かれている。


早く、そっちの誤解も解いてやりたい。


しかし、みんなの前で失恋を公表されるのは、銀次も喜ぶまい。


龍臣が言う。


「吾郷は夜中のうちに村に入ったかもしれない。山狩りの前に、各自、家のまわりを調べてくれ。気をつけろよ。絶対、一人にはなるな」


魚波たちは引き返すことになった。


そのとき、車田家の生垣のなかが、ちらりと見えた。


魚波は、すくんだ。


血まみれになったトラを抱きかかえて、勝が泣いている。


あたりは血の海だ。


トラの遺体は腹が切り裂かれている。


早乙女と同じ、凄惨な死体。


違いは首が、つながっていることぐらい。


吾郷は、いったい何がしたかったのだろう。


ただ姿を見られただけなら、そこまでする必要はない。トラは巫子ではないのだから、胸をひと突きすれば、ことたりる。


あれでは遺体を切り刻むことじたいを楽しんでいるかのようだ。


勝の泣き声が胸に刺さる。


寺内と怪しかったトラだが、勝は心底、トラを愛していたのだ。


魚波は、れんびんで胸がつぶれそうだ。


だが、自分の恋に夢中の銀次は、帰路につく道すがらも、浮かれている。


「ナミさん。昼メシのあと、親父と二人で結納に行くけんね」


魚波は、あわてた。


「銀次。その話はなかったことにしてごしなはい。雪絵は威さんと夫婦になあけん」


さッと銀次の顔が青ざめる。


さすがに、かわいそうで見ていられない。


魚波は顔をそらした。


「なんだてて(なんだって)?」


銀次の、とがった声が聞こえる。


「雪絵は威さんのことが好きだが。そのぐらい、見ちょれば、わかるだろう。威さんに村のし(村人)になってもらって、所帯、持たせえけん。悪いだども、銀さんは、あきらめてごせ」


とつぜん、魚波は強く肩をつかまれた。


おどろいて、銀次をふりあおぐ。


銀次は鬼のような形相をしていた。


「そぎゃんこと……約束が違あがね」


「口約束だけだったが。正式に結納かわしたわけだない」


「こっちは、そのつもりだったに。自分やつの都合で、勝手に決めて、ズルイだないか」


嫉妬に狂った目で追いつめてくる。


魚波も必死だ。


「ズルイのは、どっちだ? 雪絵が威さんのこと好いちょうの知っちょって、親父のこと言いくるめただないか。正々堂々と勝てんけんだろ? 男らしくない」


銀次はカッとなった。手をふりあげてくる。


しかし、魚波は、ひるまず見返した。


すると、急に手をおろし、銀次は走っていった。


言いすぎただろうか。


片思いになったことは、銀次が悪いわけじゃない。


自分の好きな人が、ほかの誰かを愛している。


それが、どんなにツライことか、魚波だって知っている。


男らしくないとまで言ったのは、ひどかった。


次に会ったら、あやまっておこう。


銀次が許してくれるかどうかは、わからないが。


ことによると一生、口をきいてくれないかも。


家に帰ると、威と雪絵が起きだしていた。


世の中に、こんなに幸せな人間がいるのかという顔で、たがいを見つめながら茶漬けをかきこんでる。


それを見て、魚波は決心した。


自分は銀次のように、嫉妬に狂うのはよそうと。


苦しいけれど、二人が幸せならいい。


威も、雪絵も、どちらも大切な人だから。


魚波が家族の前で、龍臣の伝言を話していたときだ。


ふたたび、外が、さわがしくなった。


わあわあと、さわぐ声が、村のどこかから聞こえてくる。


魚波は外へ、とびだした。


今度は威もやってくる。


声は東のほうから聞こえてきた。墓所の方角だ。


そういえば、寺内とトラは、何かしら秘密を共有していた。


トラの死には、なんらかの形で寺内が関係しているのかもしれない。


大勢の村人が墓地に集まっている。


近づいていくと、話し声が聞こえた。


「二人とも、やられちょうが」


「もう助からん。ゆんべ(夕べ)のうちだないか」


などと。


魚波は人だかりのする寺内の家のなかをのぞいた。


寺内夫婦は殺されていた。


ふすまのあけはなされた夫婦の寝間に、死体は、ころがっていた。


例のごとく、眉間を銃で一発。


そして腹が裂かれている。はらわたが引きずりだされ、むごい死体だ。


(首が切り落とされちょらんのは、巫子だないけんか)


おトラと同じだ。


トラが殺された夜に、寺内夫婦も殺された。


トラと秘密の会話をしていた寺内が。


無関係であるはずがない。


でも、なんのために三人は殺されたのだろう?


姿を見られたからという以外に、何か理由があるはずだ。


その理由が、なんなのか、魚波にはわからないが……。

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