二章 墓荒らしと連続する殺人 3—3
*
朝方、うとうとしていた魚波は、タイコの音で目覚めた。山狩りが始まるのだと思い、眠い目をこすりながら起きあがる。
ふすまの向こう。六畳間は、まだ静かだ。
そのなかで、威と雪絵が抱きあって眠っている。
そう思うと、胸が縮れたように痛い。
魚波は急いで着替え、外へ、とびだした。
だが家の前に出てみると、タイコの鳴る位置が、おかしい。
八頭家からではないような?
まちがいない。もっと近くから聞こえる。
ともかく、走っていった。
となりの家から銀次が、かけだしてくる。
「ナミさん。もう聞いたかいね? わと、おまえさんは兄弟になあが」
銀次の声は、はずんでいた。ウキウキして目が輝いている。
かわいそうに。
銀次は自分がふられたことを、まだ知らない。
「銀次。その話だけど……」
言いかけたところへ、道夫や秀作がやってきた。
しかたなく、口をつぐむ。
タイコが鳴っていたのは、八頭家より南の車田家だ。年上の巫子、勝の家だ。庭さきで、わあわあ泣く男の声が聞こえる。
タイコをたたいていた龍臣が、ぼそりと、つぶやいた。
「おトラさんが殺された」
「え? おトラさん?」
あまりにも意外だった。
昨日も祭で、楽しげに勝と、おどっていた。
あのトラが殺された。
「でも、なんで、吾郷が、おトラさんを……」
「それは、わからん。たぶん、食い物でも探して、うろついてるとこを見られたんだろう」
「だけん、はやに(早く)山狩りしちょったら、よかったに」と、銀次は言うが、そんなわけにはいかない。
魚波は、たしなめた。
「祭はしてしまわな、肉が日持ちせんだろう」
「あ、そげか」
銀次は、はしゃいだように自分の頭をたたく。
よっぽど浮かれている。
早く、そっちの誤解も解いてやりたい。
しかし、みんなの前で失恋を公表されるのは、銀次も喜ぶまい。
龍臣が言う。
「吾郷は夜中のうちに村に入ったかもしれない。山狩りの前に、各自、家のまわりを調べてくれ。気をつけろよ。絶対、一人にはなるな」
魚波たちは引き返すことになった。
そのとき、車田家の生垣のなかが、ちらりと見えた。
魚波は、すくんだ。
血まみれになったトラを抱きかかえて、勝が泣いている。
あたりは血の海だ。
トラの遺体は腹が切り裂かれている。
早乙女と同じ、凄惨な死体。
違いは首が、つながっていることぐらい。
吾郷は、いったい何がしたかったのだろう。
ただ姿を見られただけなら、そこまでする必要はない。トラは巫子ではないのだから、胸をひと突きすれば、ことたりる。
あれでは遺体を切り刻むことじたいを楽しんでいるかのようだ。
勝の泣き声が胸に刺さる。
寺内と怪しかったトラだが、勝は心底、トラを愛していたのだ。
魚波は、れんびんで胸がつぶれそうだ。
だが、自分の恋に夢中の銀次は、帰路につく道すがらも、浮かれている。
「ナミさん。昼メシのあと、親父と二人で結納に行くけんね」
魚波は、あわてた。
「銀次。その話はなかったことにしてごしなはい。雪絵は威さんと夫婦になあけん」
さッと銀次の顔が青ざめる。
さすがに、かわいそうで見ていられない。
魚波は顔をそらした。
「なんだてて(なんだって)?」
銀次の、とがった声が聞こえる。
「雪絵は威さんのことが好きだが。そのぐらい、見ちょれば、わかるだろう。威さんに村のし(村人)になってもらって、所帯、持たせえけん。悪いだども、銀さんは、あきらめてごせ」
とつぜん、魚波は強く肩をつかまれた。
おどろいて、銀次をふりあおぐ。
銀次は鬼のような形相をしていた。
「そぎゃんこと……約束が違あがね」
「口約束だけだったが。正式に結納かわしたわけだない」
「こっちは、そのつもりだったに。自分やつの都合で、勝手に決めて、ズルイだないか」
嫉妬に狂った目で追いつめてくる。
魚波も必死だ。
「ズルイのは、どっちだ? 雪絵が威さんのこと好いちょうの知っちょって、親父のこと言いくるめただないか。正々堂々と勝てんけんだろ? 男らしくない」
銀次はカッとなった。手をふりあげてくる。
しかし、魚波は、ひるまず見返した。
すると、急に手をおろし、銀次は走っていった。
言いすぎただろうか。
片思いになったことは、銀次が悪いわけじゃない。
自分の好きな人が、ほかの誰かを愛している。
それが、どんなにツライことか、魚波だって知っている。
男らしくないとまで言ったのは、ひどかった。
次に会ったら、あやまっておこう。
銀次が許してくれるかどうかは、わからないが。
ことによると一生、口をきいてくれないかも。
家に帰ると、威と雪絵が起きだしていた。
世の中に、こんなに幸せな人間がいるのかという顔で、たがいを見つめながら茶漬けをかきこんでる。
それを見て、魚波は決心した。
自分は銀次のように、嫉妬に狂うのはよそうと。
苦しいけれど、二人が幸せならいい。
威も、雪絵も、どちらも大切な人だから。
魚波が家族の前で、龍臣の伝言を話していたときだ。
ふたたび、外が、さわがしくなった。
わあわあと、さわぐ声が、村のどこかから聞こえてくる。
魚波は外へ、とびだした。
今度は威もやってくる。
声は東のほうから聞こえてきた。墓所の方角だ。
そういえば、寺内とトラは、何かしら秘密を共有していた。
トラの死には、なんらかの形で寺内が関係しているのかもしれない。
大勢の村人が墓地に集まっている。
近づいていくと、話し声が聞こえた。
「二人とも、やられちょうが」
「もう助からん。ゆんべ(夕べ)のうちだないか」
などと。
魚波は人だかりのする寺内の家のなかをのぞいた。
寺内夫婦は殺されていた。
ふすまのあけはなされた夫婦の寝間に、死体は、ころがっていた。
例のごとく、眉間を銃で一発。
そして腹が裂かれている。はらわたが引きずりだされ、むごい死体だ。
(首が切り落とされちょらんのは、巫子だないけんか)
おトラと同じだ。
トラが殺された夜に、寺内夫婦も殺された。
トラと秘密の会話をしていた寺内が。
無関係であるはずがない。
でも、なんのために三人は殺されたのだろう?
姿を見られたからという以外に、何か理由があるはずだ。
その理由が、なんなのか、魚波にはわからないが……。
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