二章 墓荒らしと連続する殺人 3—2
父は完全に肩すかしをくらった。ため息を吐きだす。
「威さん。あんたが、そぎゃんふうに義理がたい、ちゃんとした人だいうことは、わかっちょうます。
だにかあに(それなのに)、なんで、いけんだ。おまあさんの実家は弟さんに継いでまあ(継いでもらう)わけにはいかんかね」
雪絵も泣きじゃくる。
「わは威さんじゃないと、やだけん。そげだない(そうじゃない)なら、巫子になったほうがマシな」
威の興味が、ふと別のことに移ったように見えた。しげしげと雪絵をながめる。
巫子になれるのは家柄で決まってるんじゃないのかと、疑問をいだいたのだろう。
マズイと、魚波は思った。
話しあう四人のもとへ近づこうとした。
が、その前に、威が口をひらいた。
何かを決心したような顔つきだ。
「三年も、お世話になった、ご家族です。本当のことを話します。信じてもらえないかもしれませんが」
威の真剣な口調。
思わず、魚波も、父母や雪絵も、いずまいを正す。
威は両手をタタミについて話した。
「父が死んだと、さきほど言いましたね。おれが十二のときでした。大震災で火事に、まきこまれたんです。
おれのすぐ下の弟は、先日、日華事変で戦死しました。伯父は満州に渡る途中、船の事故で死にました。叔母とイトコは強盗に殺されて……。
みんな、四十になる前に死にました。うちは、そういう家系なんです。先祖が呪いを受けたのだそうです。
一族に一人だけは、かならず長生きする男子がいるので、家名だけは続いています。
でも、そのほかの家族は全員、若くして世を去ります。ときには十にもならないうちに。
結婚相手も呪いをまぬがれない。
だから、雪絵さんをもらうわけにはいかない。おれといっしょになると、雪ちゃんを死なせてしまう」
魚波たち一家は、しんと静まりかえった。
威は、そんなことで、つまらないウソを言う人ではない。威が言うのならば、真実なのだ。
家族が、みんな早死にしてしまう。先祖の呪い——そんなものが、昭和の今の世にも、ほんとに存在してるのだ。
ああ、だから威は、満面で笑っていてさえ、いつも、どこか悲しげなのだ。
「おれは呪いをとく方法を探して旅をしました。先祖の住んでいた土地にも行ってみました。でも、解決法は見つからなかった。
あきらめかけているとき、この村のウワサを聞いた。
そこは、おどろくような長寿の村。村人は百をすぎても普通に畑仕事をしていると。
なんでも、不死の神さまをあがめることで、ご利益をいただいているのだと。
万病を治し、死にかけた者を蘇生する、ふしぎな力があるとさえ聞きました。
その村でなら、もしかしたら呪いをとく方法が見つかるかもしれないと思った。
たとえ見つからなくても、長寿の秘訣くらいは教えてもらえるだろう……。
そう考えて、ここに来た。
今まで、だまっていて、すいません」
頭をさげる威を家族全員で見つめる。
これは、こまったことになった。
威が求めている答えは、たしかに、この村にある。
御子の神秘の力を得れば、威も、威の家族も、呪いに打ち勝つことができる。
少なくとも病気では死ななくなる。
事故で死にかけても、たいがいは復活する。
だが、そのためには村の秘密を明かさなければならない。
父は、どうするだろうと、ながめる。
「そげなことなら問題ないが。雪絵といっしょになって、ごしなはい」と、父は言った。
今度は威のほうが、おどろいて、目をみはった。
「信じてないんですね? 本当ですよ。本当に、東堂家には呪いがかかってる。妻子も、ようしゃなく死んでいくんだ。祖母は肺病をわずらって、三十すぎで——」
「わかっちょうます。信じちょらんわけだない。そうでもいいと雪絵が言うなら、わやつの反対すうことだないけん」
ぽかんと口をあける威を初めて見た。
たしかに普通の親なら、そんな呪い持ちの男に大事な娘を嫁がせようとはしない。
たとえ話を半信半疑に思っていてもだ。
でも、雪絵なら問題ない。
雪絵は巫子だから、どんな病気でも、かんたんに治ってしまう。はしかも風疹もチフスも。おそらくは結核だって。そもそも病気にかからない。
そのうえ巫子なら、強盗に刺されても、たちどころにケガが治る。
威の妻には、もってこいだ。
「そんな……雪ちゃんや親父さんが気にしなくても、おれが気にする」
すると、雪絵が涙目で、うったえた。
「威さん。わは威さんがヤダと言ったら、今ここで死ぬけんね。そげしたら、後でも先でも死ぬのはいっしょだ」
雪絵の殺し文句に、威は絶句した。
威が言葉を失ったすきに、父が決めつける。
「じゃあ、そぎゃんことで、威さん。娘をお願いしますけんね」
威は完全に押しきられた形。
雪絵と二人で、六畳間に入れられた。
かわりに菊乃が、その部屋から、ひっぱりだされる。
今日は魚波と菊乃が、いろりの板の間に、ふとんをならべることになった。
「雪ねえちゃん。タケにいさんの嫁さんになあで?」
純真な菊乃のキラキラ輝く瞳が痛い。
「いいけん。子どもは早く寝えだ」
ふとんに、もぐりこみ、魚波は寝たふりをした。
でも、寝られない。寝られるわけがない。
きっと、今夜は苦しい夜になる。
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