二章 墓荒らしと連続する殺人 3—1

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家に帰ると、とつぜん、父が言いだした。


「雪絵。おまあは、となりの銀次と祝言あげえだ。明日には結納すうけん」


ああ、やはりという気が、魚波はした。


よその女房に隠し子を生ませるような父でも、娘は可愛いのか。


銀次には二つ違いの兄がいる。いかにも、『巫子』逃れだ。まだ兄も未婚なのに、次男の銀次に急いで嫁がせるなんて。


そういえば、今日の祭のとき、しきりに銀次が父のわきについて、なにやら長々と、くどいていた。


銀次は、ずっと雪絵を好いていた。


ここぞと、村人の特権を活用してきたのだ。


雪絵を社にも、威にも、うばわれる前に。


しかし、雪絵には青天の霹靂だ。ショックをかくせない顔で、ちらりと威を見る。


「……なんで急に、そぎゃんこと言うかね? やだけんね。わは、まだ嫁には行かん」


「おまえの年なら、嫁に行くのが、あたりまえだ」


「やだったら、やだ! 絶対、行かん」


おとなしそうに見えるくせに、雪絵も、あんがいガンコなとこがある。言い返して、家をとびだしていった。


威が追いかけていく。


魚波も追おうとした。が、父に呼び止められる。


「魚波。おまあも誰か、いい人はおらんか(恋人はいないのか)。おらんなら、穂積の梅子は、どげだ? 梅子なら、見ためも年も釣りああが」


梅子は竹子の妹だ。今年、十八になる。だから、外見は、魚波と同じくらい。釣りあうと言えば、釣りあう。


魚波は、ふくざつな気分になった。


昨日、あれほど言い争ったのに、いちおう父は魚波のことも案じているらしい。


一男と一子が父の隠し子なことは、父の態度でわかる。けれど、それとこれは別なのか。


熊谷の女房のことは一時の気の迷いだったのか?


それで、ひょっこり、一男たちができてしまったのか?


父の考えていることが、まるで、わからない。


「……そぎゃんこと、オヤジに心配されえことだない」


言いすてて、雪絵を追った。


さがすまでもなく、雪絵は裏庭にいた。が、声をかけることはできなかった。


雪絵は威と抱きあい、くちづけをかわしていた。


雪絵が威に恋情をいだいてるのは知っていた。


巫子だから幼く見えるが、じっさいには二十四の娘だ。子どもじゃない。


三年、同じ屋根の下で暮らしていれば、とうぜんの成り行きだ。


なのに、なんだろう。


この胸の動悸は?


威が雪絵と結婚して、ずっと家にいてくれたらいいと、自分でも望んだことだったはず。


それなのに、いざ、その現場を見ると、魚波は動揺した。


そっと、その場を離れる。


ふらふらしながら近所を歩いていると、どこからか泣き声が聞こえた。


近ごろ、この村は、どうなっているのだろう。


あっちでも、こっちでも、泣いたり怒鳴ったり。


みんな、普通じゃない。


魚波は自分の感情だけでも持てあましてるのに、他人の感情にまで、かかわっていられない。早々に退散する。がーー


「ナミさん!」


呼び止められて、いやいや、ふりかえる。


庭さきで泣いてるのは、竹子だった。


魚波は泣いてる幼なじみをなぐさめる気分ではなかった。なのに、竹子は庭から、とびだしてきて、魚波の背中に、すがりついてきた。


「ナミさん。梅子といっしょになあで?」


そのことか。


どうやら、すでに父は穂積家に打診していたらしい。とはいえ、なぜ、それで、竹子が泣くことがあるのか。


「わは梅子とは、いっしょにならん。親父が勝手に言っちょうことだ」


「だども、梅子は大喜びでおうずね(大喜びでいるわ)」


「梅ちゃんには悪いだども、わは、その気はないけん。そげ言っちょいてごせ(そう伝えてくれ)」


竹子の涙は、しだいに、かわいてきた。


けれど、なんだろうか。


なんとなく期待するような目で、魚波を見あげている。魚波が立ち去ろうとしても、たもとをつかんで放さない。


「竹ちゃん……」


放してくれと言おうとした。


そのやさき、竹子が口をひらく。


「梅子のことは『巫子』逃れだが? ナミさん。誰でもいいなら、わではいけんか?(わたしでは、ダメ?)」


また変なことを言いだした。


もう、みんな、何を考えてるんだか、さっぱり、わからない。


「竹ちゃん?」


「わではいけんか? ナミさん。ずっと、おまえさんが好きだった」


竹子の瞳から、ふたたび涙があふれてくる。


魚波は完全に意表をつかれた。


自分の胸に、とびこんでくる幼なじみを、この夜、初めて見る人のように、ながめた。


女の涙は値千金という。


澄んだ涙をポロポロこぼす竹子は、たしかに、これまで見たなかで、もっとも美しい。


が、その涙は魚波の胸には訴えてこない。


そんなことより、さきほどの威と雪絵のくちづけが、目の奥に焼きついたように離れない。


ああ、こんなこと気づきたくなかったと、魚波は思う。


「……ごめん。竹ちゃん。竹ちゃんのことは好きだ。けど……わは結婚すう気はないけん」


「ナミさん……」


「巫子に選ばれたら、わがなる(私がなる)。竹ちゃんは、いい人といっしょになって」


一度だけ、竹子の肩を抱いた。


竹子は完全に勘違いしたと思う。


涙にうるんだ瞳に、甘い色と悲しい色が、まざりあったから。


きっと、魚波も竹子を好いていて、それでも村の役目のために、身を引いたと考えただろう。


それでいい。


これで竹子は、あきらめがつく。


魚波から解放される。


今は苦しくても、しばらくすれば、新しい恋をする。今度こそ、竹子と同じ時間を生きてくれる夫と、あたたかな家庭を築くだろう。


おかげで、魚波も気持ちの整理がついた。


竹子の肩を、そっと押し、自宅へ帰らせる。


竹子が家のなかに入るのを見て、魚波も自宅へ帰った。


家では、父と雪絵たちのあいだで口論が始まっていた。


いろりばたで、威と雪絵が、ならんで正座している。父と母が正面に対峙していた。


菊乃は奥の六畳間に押しこめられている。ふすまのすきまから、のぞいていた。


父は諭すような口調で言う。


「威さん。あんたが、がいな(器の大きい)人だいうことは、よう知っちょう。あんたが、この村のもんになって、雪絵といっしょになあなら、娘はあげますわ。


そげじゃないなら、雪絵はやれん。約束どおり、銀次と祝言あげさせえけん」


「でも、雪絵さんは、こんなに、いやがってるじゃないですか」


「だけん(だから)、あんたが貰ってごすのが一番だないか。なんで、『うん』と言ってごさんかね」


どうやら、父は雪絵の結婚相手に、こだわりはないらしい。銀次でも、威でも、かまわない。要するに雪絵が結婚さえできればいい。


どちらかと言えば、雪絵と威の仲はみとめていて、できることなら威に、もらってほしいのだ。


なのに、威が応じようとしない。


いつになく、威の歯切れが悪い。


「それは……」


「待っちょう家族がおるけんかね?」


「……それも、あります。うちは父が亡くなっていますから。長男のおれが母や弟妹の面倒を見ないと」


父が語気をあらげる。


「じゃあ、雪絵のことは遊びかね? 田舎者だけん、どげでもいいとでも(どうでもいいとでも)思ったかね?」


しかし、威は落ちついて言いきる。


「雪絵さんとは、まだ深い仲じゃありません」

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