二章 墓荒らしと連続する殺人 2—3
雑木林のなかに逃げこむ。
どうにか、寺内をまいた。
銀次が冷や汗を流しながら言う。
「あ……あいつ、何しちょうや?」
「巫子の死装束はいいもん、つけちょうけん。ネコババして売る気だないか?」
「悪いことしちょうなあ。あいつ」
威はくやしそうに頭をかきまわした。
「しかたない。今夜はもう帰って寝よう」
威があきらめてくれて、なによりだ。
しかし、今夜はあきらめても、明日には、また一人で出かけるだろう。なんとかしなければ。
(わから話してしまあべきか)
寺内が追ってくる気配はない。三人で帰宅した。
翌日は本祭だ。
魚波たちの事情なんて、おかまいなしに、早朝にタイコが鳴った。祭だ、集まれ、という合図。
村人全員で、社へ茜を迎えに行った。
それから、社では恒例のキジなべが、ふるまわれた。大人が一抱えするほどもある大なべで、キジの肉が煮込まれる。
これは年に一度の御子から村人への贈り物だ。
この風習が始まったのは、千年以上も前だと伝わっている。まだ御子が青年の姿で村を歩きまわっていたころの話である。
御子のふしぎな力を狙い、おそってくる者たちから、命がけで守ってくれる村人への、御子の感謝の気持ちから始まったのだという。
もともとは御子が自身の体の一部を切って与えていた。それが今では、こういう形で続いている。
御子は退化し、姿を失ったから。
代用の『キジ肉』だ。
昼飯時。キジなべは境内で、村人に平等にふるまわれる。椀に盛って、くばられるのをちょうだいし、アツアツをすする。
「うまいなあ。キジ肉はよそでも食べたが、ここのが一番、うまいよ」
威は肉料理が好きだ。
都会と違って、めったに食べられないから、無我夢中でむさぼってる。
「今年は、いつもより肉が多くないか?」
「威さんが、がんばったけん。威さん。わのぶんも、肉あげえわ」
「え? いいのか?」
「タケにいさん。わも、あげる」
魚波と雪絵から肉をもらって、威は嬉しそう。
「じゃあ、わもあげる」
菊乃が言いだす。
魚波と雪絵が同時にとどめる。
「菊乃は自分で食うだ」
「御子さまのご利益がああよ」
いったん、ふてくされたものの、けっきょく菊乃は自分で食べた。そうしなければならないわけを、誰よりも菊乃自身が知っている。
兄妹のなかで、菊乃だけが巫子ではない。
一人だけ寿命が短いことを。
「はあ……わも巫子に生まれたかったわ」
口をとがらせて、冗談のように、菊乃は言う。
でも、その目には、ほんのり涙が光っている。
「菊ちゃん……」
「元気だすだ。まだ機会がまわってこらんと決まったわけだない」
御子を宿せば老いなくなる。
村人であるかぎり、その可能性は皆無じゃない。
菊乃をはげます魚波たちを、威は気に止めたふうではなかった。椀のなかみに夢中に見えた。
「はあ、ウマイ。ほっぺたが落ちる」なんて言ってたくせに、ちゃっかり聞いてたのだ。
菊乃と雪絵が祭見物に歩いていくと、威は魚波にたずねてきた。
「巫子って、神社の巫子さんだろ? 生まれつきなれるもんじゃないよな。なんで、菊ちゃんはあんなこと言ったんだろう」
祭のさなかだ。境内には山と村人がいる。
そばにいた茜や龍臣の目が、キラッとこっちを向いた。
魚波は彼らの視線をあびて、苦しい言いわけをした。
「巫子になるには家柄が、ああけん。巫子の家柄に生まれたかったって意味だわね。菊乃は巫子のきらびやかな衣装に、あこがれちょうみたいだ」
「ああ、そう」
うなずいているが、ほんとに納得してくれたんだろうか。心配だ。
キジなべを食べおわると、おはやしにあわせて、村人は踊りだした。このへんに伝わる盆踊りだ。
魚波は、はやしかたで
社の縁側で鉦をたたきながら、踊る村人を見た。
しかし、今年は早乙女の死があるから、心から祭を楽しみ、はめをはずす人はいない。
なんとなく、どの顔にも憂いがひそんでいる。
ことに青い顔をしてるのは寺内だ。
落ちつかなげに、まわりを見まわしては、ため息をついている。
あの調子なら、昨夜、墓荒らしの現場を目撃したのが誰だったのか、気づいていないようだ。
見ていると、勝さんの女房のおトラとぶつかった。ふたこと、みこと、言葉をかわす。
おトラの顔が輝いたように見えたのは、なんだったのだろう。
おトラは、すぐに勝のもとへ帰っていったが、どうも気になる。
もしかして、あの二人も不倫な関係なのだろうか。
昨日までは気づかなかった。
この村は、こんなによどんでいたのか。
この日、祭は早めに切りあげられた。
例年なら日暮れまで踊りや歌が続くのに。
明日の山狩りにそなえてのことだ。
日が暮れる前に、境内の飾りをはずし、村人は片づけにかかった。
「ナミちゃん。また……また会わやね(会おうね)」
去りぎわに、茜は涙をうかべて、魚波を抱きしめた。みんなが見てるので、魚波は恥ずかしくなった。ちょっと、つっけんどんに、つきはなしてしまう。
「うん。また来年ね」
さみしげな茜の顔を見て、じきに後悔したが。
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