二章 墓荒らしと連続する殺人 2—2


「おれの見たものなんて、世界から見れば、ほんのひと握りだよ。世界は、とてつもなく広いんだ。おれたちのおどろくようなものが、数えきれないほどあるんだ」


そう言って、少年のように目を輝かせていた威。


魚波の肩を抱いて、威が言った。


「なんだかわからないが、この村には、大きな秘密がある。魚波。おまえは、その秘密のもたらす苦しみを、一身に受けている。そんな気がする」


ハッとして、魚波は威を見あげた。


もう何もかも話してしまおうか。


威なら、きっと、わかってくれる。


魚波の正体を知っても、バケモノと、ののしることはないだろう。


だから——


魚波が口をひらきかけた瞬間だ。


威が言いだした。


「帰ろう。みんな心配してるぞ」


威が立ちあがるので、しかたなく、魚波も立ちあがった。


家へ向かう道すがら、話そうかやめようか、言うなら今だと、しゅんじゅんした。迷ってるうちに、自宅につく。


戸口で父に頭ごなしに怒鳴られた。


「魚波。何しちょうか。外は危ないだろうが。一人で、ほっつき歩くだねが(ほっつき歩くんじゃない)」


魚波も、カッとなった。


「親父になんか、指図されえ覚えないわ」


「なんだあ? おまあ(おまえ)は、親に向かって、その言いぐさは」


「わが一男のこと知らんとでも思っちょうか?(夕方まで知らなかったが)」


目に見えて、父の顔色が変わった。もぐもぐ言って、だまりこむ。


そのすきに、魚波は屋内に入った。


土間をあがってすぐが、いろりのある家族の居間だ。夕食のしたくをして待っていた母や妹が、あぜんとしていた。


魚波は、ふすまをあけ、奥の六畳間に入った。兄妹三人の寝室だ。


ふすまの向こうで、雪絵と父の声がした。


「魚波にいさん。どげしたの? 出てきてごしない」


「いいが。もう、ほっとくだ」


その夜は眠れなかった。


夜になって妹たちが入ってきたときには、寝たふりをしていた。


油断すると涙が出そうになる。


これから、いったい、どうしたらいいのだろう。


この家では、もう暮らせない。


やはり威と村を出るしかないのか。


でも、威は、まだ村で探しものがあるようだ。


考えながら、フトンの上で、てんてんはんそくしていた。


真夜中、ふすまの向こうで、かすかな物音を聞いた。いろりの居間からだ。いそうろうの威が、そこで一人で眠っている。


耳をすますと、どうやら、きぬずれの音だ。


ちょっと、かわやへ行くだけなら、寝巻きのままでいい。着物を着替えるのは、おかしい。


もっと遠くまで出ていくつもりなのだ。


魚波は起きあがり、ふすまをそっと、ひらいた。


すきまから、のぞく。


思ったとおりだ。


威が色あせた藍染の着物をまとい、帯をむすんでいる。家人を起こさぬよう、忍び足で土間へおりる。


魚波は、そろりとフトンをぬけだし、あとを追った。


今日も月が明るい。


しばらく威をつけたのち、魚波は走りよった。広い背中に、とびつく。


「どこ行く? 威さん」


「あッ」と声をだしかけて、威は自分の手で口をふさいだ。それから、ニカリと白い歯を見せる。イタズラが見つかった子どもみたいな顔をして。


「ああ……天の岩戸がひらいたか。たのむよ。ナイショにしてくれ」


「どこ行く? 威さん」


「ええと……」


「どこ行くかね?」


ひっつき虫みたいに、へばりつく。


威は魚波の顔を見て、ため息をついた。


「……まいったなあ」


ぼそぼそ話していたときだ。


隣家の裏口から、アクビしながら銀次が現れる。かわやへ行ったあとなのだろう。


あぜ道で話す魚波たちを見て、悲鳴をあげた。キツネか亡霊か、はたまた村にひそむ殺人鬼だとでも思ったらしい。


だが、次の瞬間、魚波と威だと気づいた。


「……なんだ。おどろかせんでごしないや。ナミさんかあ」


威は逃げるように歩きだす。


魚波も追う。


すると、何を思ったか銀次も、ついてきた。


「二人で、どこ行くかね? 怪しいがね。女のとこでも行くだねか(行くんじゃないか)」


「そぎゃん(そんな)ことだない」


「じゃあ、どこ行くかね?」


さっき、威にした攻撃を今度は、そのまま自分が食らってしまう。


聞いていた威は急に、おかしくなったようだ。声をあげて笑いだす。


「もういいよ。二人とも来たければ来いよ。そのかわり、誰にも絶対、言わないでくれよ」


何をするつもりなのか、東へ向かっていく。


魚波は、はたと気づいた。


東には墓地がある。


早乙女の棺おけが軽すぎたことに、威は疑問をいだいていた。それをたしかめに行くつもりだ。


つまり、墓荒らしである。


「威さん。いけん。いけん。それだけは、いけん(いけない)。巫子の墓なんか、あばいたら」


魚波の言うのを聞いて、銀次もギョッとする。


いっぺんに目が覚めた顔になる。


「そうはいけんわ。ナミさんの言うとおりだ」


銀次も必死に止める。


威は立ち止まった。


両袖に、とりすがる魚波と銀次を交互に見て、首をかしげた。


「なんで二人とも、そんなに止めるんだ? やっぱり、あの柩のなかに、秘密があるんだな?」


そうと知って、だまって引きさがるような威じゃない。魚波と銀次をひきずるようにして、墓所へ向かっていく。


銀次が、思わず口走った。


「威さん! そぎゃんことしたら、あんた、殺されえぞ」


威が、また立ち止まる。


「……誰に?」


銀次と魚波は返答につまる。


まさか、村人に——とは言えない。


巫子の……早乙女の遺体は、ふつうの状態じゃない。村の最大の秘密だ。


その死体をあばこうだなんて、そんな禁忌をおかした者には、ようしゃない制裁がくだされる。


魚波たちが、すくんでいるうちに、威は歩きだした。もう墓所の入り口が見えている。月夜にススキ野がゆれて、ものすごい迫力だ。


「お願いだけん。威さん。わは威さんを、そぎゃんめに、あわせたくない」


引き止める魚波の手を、威はふりきる。が、急に身をかがめた。つられて、魚波と銀次も姿勢を低くする。


人魂でも出たのだろうか。


それとも、成仏しきれない早乙女の霊か?


うかがうと、墓地に先客がいた。


しかし、早乙女の霊ではない。男だ。


吾郷だろうか。


早乙女の弔いをどこかで見ていて、かつての恋人に別れを告げに来たのか?


魚波は目をこらして、男の姿を透かし見た。


月明かりに背中だけが見える。


よく見れば、男は手にクワを持っていた。


ザクザクと土をほる音。


墓をほりおこしているのだ。


先客の目的も、威と同じだった。


威が吐息のような声で、たずねてくる。


「あいつが吾郷か?」


魚波は首をかしげた。


背の高さは吾郷と同じくらいだ。けっこう高い。でも、服は着物だし、顔も見えない。


「もう帰えか」と、銀次は、いくじのないことを言う。あるいは威に墓荒らしをあきらめさせるためかもしれないが。


しかし、威は賛成してくれない。


「でも、あれが殺人犯なら、ほっとけない」


「応援、呼んできたがいいがね。吾郷なら刃物、持っちょうが」


ゴチャゴチャ話す声が、さすがに墓荒らしの耳に届いた。


「誰だッ?」


男が、こっちをふりかえる。


月明かりをあびた顔は、吾郷ではない。


あれは墓守の寺内だ。


寺内はクワをふりあげ、向かってくる。


威に腕をつかまれて、魚波たちは逃げだした。

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