三章 巫子えらびと消えた死体 1—3
威が目指してるのは、北の方角だ。
最初は、どこへ行くつもりなのか、さっぱり、わからなかった。
だが、次々に民家の前を通りすぎ、なお北へ向かうと、しだいに見当がついてくる。
これより北になると、建物はかぎられてくる。
八頭家か、滝つぼか、あるいは……。
案の定、威は神社の前に立った。
石段をのぼっていく。
「こぎゃんとこ(こんなとこ)、吾郷がおるわけないがね。吾郷が逃げたあと、村のなかは、どっこも(どこも)探したし。そのあとは祭で、社には、ずっと人目があった」
「最初の夜は、山中に、かくれてたんだろう。でも、夜祭のあとは、村人は誰も神社に近づかない。あのときなら、神社の床下に忍びこむことができた」
たしかに、今御子の正体をさぐるのは、よくないことだ。
村人は夜祭のあとから、翌朝の本祭が始まるまで、社に近づいてはいけない、おきてだ。
「でも、本祭が終わってから、みんなで社の片付けしたがね。飾りの幕もとったけん、床下なんかにおったら、みんなに見つかっちょう」
「だから、味方が一人、必要なんだ。たぶん、吾郷は、その人と話すために、夜祭のあと、神社に行ったんじゃないか」
あの夜、神社にいた人物は一人しかいない。
そんなはずはない。威の勘違いだ。
だって、あの夜、社のなかにいたのは茜だ。
茜が吾郷をかくまう理由など、どこにもないではないか。
そのあいだにも、威は石段をのぼりきった。境内の杉の大木の後ろに、かくれる。魚波も身をかくす。
そのまま、どれほどのあいだ、息をひそめていたか。何も起こらない。
「威さん……」
もう帰ろうと、魚波は言うつもりだった。
が、威は人差し指を口に押しあてる。
じりじりしながら、時がすぎるのを待つ。
やがて、足音が石段下から近づいてくる。
月光のなかに現れたのは、たしかに、茜だ。料理をのせた盆を持ってる。
茜は木陰から魚波たちが見ていることには気づかず、社の床下に入っていった。例の秘密の入口だ。
魚波は、ためらった。
その場所は、よそ者に知られてはいけないものの一つだ。
しかし、威は、ちゅうちょすることなく、床下へ入っていく。しかたなく、魚波も威に続いた。
月明かりも星明かりも届かない、床下の暗闇。
前方に明かりが見えた。
茜の持つ、かいちゅう電灯だ。
ちょうど社の前面の階段裏あたり。
二本の太い柱のあいだに、木の格子戸があった。
そこに、かんぬきが通され、錠前が、ぶらさがっている。
かたわらに盆を置き、カギをあける茜の姿が、闇に浮かぶ。
すばやく、威は、はいよった。茜のその手をつかむ。
「やはり、あなたでしたね。吾郷をかくまっているんでしょう?」
ギョッとする茜の手から、威はカギをとりあげる。錠前を外した。
魚波が背後から見ると、格子戸の内側に、床下から社のなかに通じる、ぬけ穴があった。
威が、ぬけ穴へ入る。
まもなく、社のなかで格闘の音がした。ののしり声もする。
「——威さん!」
魚波も急いで、格子戸をくぐった。
頭上に四角い穴があいていた。床板の一部が上に、はねあがっている。
そこから、のぞく。
暗闇に、うっすら、黒い人影が二つ。
上になり下になり、争っている。
「威さん!」
魚波は夢中で人影に、とびついた。
吾郷は銃を持ってる。
もしものときには、自分が威のタテにならなければ。
けれど、じつのところ、どっちが威で、どっちが吾郷なのか、わかってなかった。威も吾郷も長身で、体格が似ている。
「バカ! おれだよ、おれ。魚波、放せ」
威の声を聞いて、あわてて離れる。
しかし、そのすきを吾郷は逃さなかった。
魚波と威が仲間内で、もみあってるうちに、さッと、かけだし、雨戸をあけはなつ。
そこから縁側へとびだし、手すりをこえて地面におりたった。
もちろん、威も魚波も追った。
縁側から地面まで二メートルはあるが、こっちも必死だ。
威が、さけぶ。
「待ってくれ! 話を聞きたいだけなんだ」
石段をかけおりる吾郷の歩調が、一瞬、ゆるんだ。
その背に、さらに威は続ける。
「教えてくれ! あんた、ほんとは誰をかばってるんだ」
あきらかに、吾郷は、ハッとした。
おどろいて、立ち止まる。
そのときだ。
石段下から、誰かが、かけあがってきた。
月明かりに、にぶく光るものをたずさえている。猟銃だ。
車田勝が、猟銃を手に立ちはだかった。
勝は月光をまっこうからあびて、幽鬼のように青ざめて見えた。
形相が、ふつうではない。
復讐者の顔だ。
勝は女房のかたきを討つために、吾郷の姿を求めて、夜の村をさまよっていたのだ。
エモノを見つけた勝は、おたけびを発し、いきなり発砲した。
かすれ声をあげ、吾郷が石段に、しゃがみこむ。
「やめろ、勝さん! おトラさんを殺したのは、吾郷さんじゃない——」
叫びながら、威が、かけよろうとする。
勝が銃口をこっちに向けた。聞く耳もたない感じだ。
「危ないッ、威さん!」
魚波は威にとびついた。体ごと、ぶつかって、威を押し倒す。巫子の魚波が本気になれば、さすがの大男の威でも、かんたんには押しのけられない。
「やめろ。魚波。おれより、吾郷さんを——」
その言葉が終わる前に、一発、銃声がひびいた。
悪夢のなかのような、非現実的な感覚で、魚波はながめた。
吾郷のひたいに穴があき、つうっと血が流れだす。
声もなく、吾郷はくずれおちた。
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