第30話 東京タワーの見える景色

『当機はまもなく着陸態勢に入ります。ー・・・・』


添乗員さんの優しい声。

飛行機のアナウンスを耳にして、俺はうっすらと目を開けた。


ー もうすぐで着くのか・・・


福岡から東京までは飛行機で2時間弱。

短いようで長いその旅路で俺は仮眠をとっていた。


飛行機で仮眠をとると妙に足がむくれる。

俺はパンパンに晴れた両足を摩りながら窓から映る景色を眺める。


まだ空高く飛んでいるので景色といっても目の前に雲と空があるだけ。

目線を下ろしても一面の海。


東京を象徴するものはまだ見えてこない。


「ねえ、まこと。

 なんか耳が変な感じなんだけど」


隣に座っていた佐倉が自分の耳を抑え耳の以上を訴えていた。


「お前、飛行機乗った事ないんだっけ?

 空気圧の変化で耳の鼓膜の中が膨張してるんだよ。

 こうやって鼻つまんで軽く息を耳に送るようにしてみ」


俺は軽く息を吸い、自分の鼻をつまんでから吸い込んだ息を耳に送る。

どうやら俺の耳も膨張していたらくし、プゥーという音と共に音声がクリアに聞こえるようになった。


「わ、すご。」


どうやら佐倉も症状がよくなったらしい。

それから少しして、俺たちが乗った飛行機は無事に滑走路に着陸した。


着陸して添乗員さんが降りる準備を促すと周りの人たちは一斉に立ち上がり、

準備が終わっている人は通路に、上の物入れに荷物を入れていた人たちは自分の荷物を取ろうとしていた。


「ねえ、まこと、私たちも降りる準備しなくていいの?」


「いいんだよ。

 飛行機の扉はそんなにすぐ開かねえから、周りがで出したら荷物取ればいいさ」


「ふーん、そういうもんなんだ・・・」


「ここで急いだって対して時間のロスには何ないよ。

 それより、このあとどうする?

 まだ昼過ぎだし、一回俺ん家行って荷物置いたらメシでも行くか?」


「まことの家って空港から近いの?」


「空港から出てるモノレール一本で20分ぐらいかな」


「それって近いの?遠いの?」


「まあ、近いほうかな?

 東京っつっても広いからな」


俺は携帯を取り出し、地図アプリを起動する。

口で言うより地図で見せた方が早いだろうと思ったからだ。


「ここが今俺たちが空港な。

 んで、この東京タワーのこの辺りが俺んち。」


携帯ごと佐倉に渡す。

佐倉はその地図を見ながらこれテレビで見た事ある名前だと言って地図をなぞる。


「・・・もしかして、まことの住んでる地域って都会?」


「港区は一応都会だな。

 部屋からは東京タワーも見えるぞ、ちょっとだけな」


「うわー・・・。」


「・・・なに引いてんだよ」


「だって東京ってワードだけでもこっちはドキドキしてるのに、まさかの港区ですよ。

 田舎もんからしたらハードル高すぎ・・・」


佐倉は口をへの字にして困った顔をしてみせた。


「悪かったな、田舎もんが背伸びして都会に住んでてよ」


俺は佐倉から携帯を取り上げ、あっかんべーとしてみせる。


そんな会話をしていると飛行機の扉が開いたのか、通路に立っていた人たちがぞろぞろと前に進み出した。


「ほら、荷物持って降りるぞ」


通路側に座っていた佐倉を立たせ、

俺は上の荷物入れに入っていた佐倉のボストンバックを取り出す。


他の人に習って、飛行機の通路を歩き2時間弱乗っていた飛行機から降りる。


10月の東京の気温は少し肌寒く、福岡ではあまり活躍しなかった上着がようやく役に立った。


「さっきも言ったけど、一回帰ったらメシ行くついでに必要なもん買いに行くけど

 佐倉どっか行きたい場所ある?」


空港のロビーを歩きながら、周りをキョロキョロを見渡す佐倉。

まるで小さな子どもがテーマパークに来たような行動に俺は笑いが止まらなかった。


「ちょっと、なに笑ってるのよ」


「いや、だって

 27のいい歳した大人が目輝かせてキョロキョロしてっから・・・

 あっはははは」


俺は笑いが止まらず、腹を抱えた。

周りのビジネスマンたちはそんな俺のことを一瞥して関わらないようにそっぽを向く。


「しょうがないでしょ、今まで遠出なんてあんまりしてこなかったんだから」


「悪かった、で?

 どっか行きたいとこある?」


俺が問いかけると佐倉は少し考えた。


「・・・秋葉に行ってみたいかな」


「秋葉って・・・

 お前の必需品はあの薄い本かよ」


俺はまた込み上げてくる笑いをなんとか抑えた。


「そーじゃなくて!

 ・・・まぁ少しはそれもあるけど。」


「佐倉は本当にそういうの好きなのな」


「人の趣味に文句つける気?」


「別に文句は言わねーよ。

 趣味は多種多様あるから経済が回ってる訳だからな。

 ・・・まあ今日は秋葉に行って、必要なもんは適当に上野あたりで調達するか」


佐倉と一緒にいると、他の人と違って会話が途切れることがない。

途切れたとしても会話のない状態に居心地が悪くなることもない。


長く離れていたといっても、学生の頃に感じた心地よさは今も変わらないことを俺は実感していた。



空港からモノレールに乗って浜松町の駅に降り立つ。


「こっから東京タワーが見えるだろう?」


駅を出て、大通りに出ると東京のシンボルが目に映る。


「あれが東京タワーかー・・・」


佐倉は自分の携帯を取り出し、写真のシャッターを押した。


「言っとくけど、

 もっと近くに行くからこの辺で撮ってもあんま意味ないよ?」


「記念だからいーの!」


「・・・はいはい。

 ほら、行くぞ」


観光気分が抜けない佐倉の荷物を抱え、俺は先に歩き出した。


大通りを東京タワー方面に歩き、大きな交差点を2つ過ぎる。

緑色のコンビニを左手に曲がって1Fに弁当屋が入っているマンションが俺の今の住居だった。



1週間前、福岡に帰省するために

キャリーケースを持ってエレベーターを降りた時は

まさか佐倉とこうやって

二人でこのエレベーターに乗り込むとは思ってもみなかった。


エレベーターに乗り込み、6Fのボタンを押す。

ゆっくりと上昇するエレベーターの中で俺は自宅の鍵を取り出した。


やがて俺と佐倉を乗せたエレベーターは6Fに到着し、ちーんという音と共にエレベーターの扉が開く。


「ここ、左に行った先の605号が俺の部屋だから」


俺の後ろにピタッとついて歩く佐倉に説明しながら歩く。


「ちなみに下のオートロックと部屋の鍵は別だから。

 合鍵は作っとくから、出来るまでは一人で勝手に出て行くなよ」


俺はそう言いながら、自宅の玄関の鍵を開け扉を開ける。


「うわー、マンションも綺麗だけど中も綺麗だねー」


佐倉は初めて入る家を空港の時のようにキョロキョロと見回す。



「一旦荷物置いたら、まずは必要なもののリストアップな。

 買うもん決まったら出かけるぞ」



佐倉の荷物を寝室兼仕事部屋に持ち込み、俺も佐倉と同居するにあたって必要なものをリストアップする。


さすがにタバコはもう部屋で自由に吸うわけにはいかない。

ベランダに置く用の灰皿を買わなければいけない。


あとはベッドをどうするかだ。


今はシングルベッドを使ってはいるが、

さすがに佐倉と二人で寝る気なんてさらさらない。


「二段ベッドでも買うか・・・」


俺がリビングで買い物リストを書いていると、

荷物を置き終わった佐倉が顔を出した。


「二段ベッドって、今のベッドじゃダメなの?」


「・・・・あのな、シングルベッドじゃ狭すぎだ。

 だいたい恋人でもねえのに同じベッドに寝るのはおかしいだろ」


「昔はよく一緒に寝てたじゃん?

 それに・・・」


佐倉は何か言いたげな表情をしたが、黙ってしまった。


「・・・?

 何がそれになんだよ?」


俺が聞き返しても『それに』に対する返事は返ってこなかった


「それは置いといて。

 私、だいたいのものは持ってきたからあんまり追加で買うものないよ。

 まぁ、強いて言えば・・・下着と服かな。

 持っては来たけど、そんなに枚数もないし・・・」


あの日、佐倉の母親とバトルした日から佐倉は実家に帰っていない。

簡単な旅支度はさせたものの、ボストンバッグに入る量は限られている。


俺はちょっとの罪悪感を感じ服は何着かプレゼントしようと思った。



「じゃあ、まずは秋葉に向かうか。」



俺はリビングのテーブルの上に放置していた車の鍵を手に取り玄関へと向かう。

佐倉が自分の後ろをついて来ているのを確認して玄関の扉を開け、俺たちはまたエレベーターに乗り込んだ。



このマンションは地下に駐車場がある。


歩いてどこかに行く時は1Fのボタンを押すが

遠出する時や細かく街を移動する時には車を使うのでB1Fのボタンを押す。


7F分降りたところにある駐車場はひんやりしていて気持ちがいい。


エレベーターから少し離れたところに止まっている黒のワンボックスが俺の車だ。



遠隔操作で車の扉を開け、佐倉には助手席を促す。


「そういや、佐倉って免許持ってんの?」


「うん、ペーパーだからあんまり運転は得意ではないけど・・・」


「ペーパーってことはこれから慣れたらガンガン運転できるってことだな」


「あ、今私のこと運転手にしようと思ったでしょう?」


「・・・・ばれた?」


そういうと佐倉はバレバレよと言って笑い、俺も笑って見せた。



こんな風に二人で過ごす時間が来ることに俺は心の底から感謝した。





車を少し走らせ銀座を抜けたあたりで一本の電話が鳴った。


運転していた俺はその着信に気付かなかったが、


その電話の主がのちに小さな嵐を連れて来るこを

この時の俺は微塵も感じていなかった。

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笑顔をもう一度 くろ @kurokami

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