第29話 笑顔
生田から、まことが福岡を飛び立つ前日に起こった出来事を知り
まことは食事の手を止めた。
「そっかー、そんなことがあったんだな・・・」
まことは右手で後頭部を掻きながらなんと言おうか考えた
「うん、生田話してくれてありがとう。
でもまあ、昔の事だし気にしなくていいよ」
まことはそう言って笑ってみせる。
「・・・ごめんね。
本当はあの時、佐倉さんにちゃんと携帯返せてたら・・・」
「あーー、いいってそういう重苦しいの。
俺正直そういう空気苦手だから。
佐倉にも言ったけどさ、時間は進むから面白いんだよ。
あの時あーしてたらってのはさ、そういうの思うのは勝手だけど
それで時間が戻ることはないんだから、進もうぜ」
「・・・うん。
ありがとう・・・」
「ってか、このパスタうまいね」
まことは話題を変えようと料理の味について話し出した。
生田はそうだねと言ってパスタを口に運ぶ。
「そういや、生田って今なんの仕事してるの?」
二人はパスタを食べながら、世間話を続けた。
食事を済ませるとまことは会計のレシートを持って生田に内緒で会計を済ませた。
「まことくん、私出すよ」
生田が財布を取り出そうとすると
「あー、いいよいいよ。
メシうまかったお礼って事で・・・」
会計を済ませたまことは
「そうそう、佐倉の実家の部屋番号教えてくんない?」
と生田に問いかける。
「ちょっと、会っときたいなって思ったんだけどメール返ってこなくてさ」
まことはそういうと苦笑いを浮かべた。
「佐倉さん家は205号室だよ、場所は分かる・・・?」
「大丈夫だよ、生田ん家と同じマンションでしょ?
この間送った時に気づいたんだけどな」
まことと生田はカバンをもち、店の外に出る。
雨が降っていたのか、店の外の道路は軽く濡れていた。
「傘、いらなかったな・・・」
「そうだね、ちょうどご飯食べてる時に降ったんだね」
「生田、俺タクシー捕まえるから一緒乗ろうよ、帰るっしょ?」
「え、でもまだ電車あるよ?」
時計は20:00を指している。
平日の月曜日、仕事帰りのサラリーマンは多いだろうがまだまだ電車は動いている。
「いーのいーの、俺人が多い電車って嫌いなんだよねー。
それになんか、早く佐倉に会わなきゃいけないきがするんだよね・・・」
まことがそういうと、目の前にタクシーが止まる
「お、ラッキー。
ほら、生田乗ろうぜ」
タクシーの扉が開き、まことはそのタクシーに乗り込む。
生田もまことに習い、タクシーへ乗り込んだ。
二人を乗せたタクシーは生田の実家があるマンションへ向かって走り出した。
タクシーは無事、マンションの前に止まる。
「今日はありがとう」
生田はそういうとマンションの扉を開ける。
「佐倉さん家、ここの2Fだから」
生田はそういい、エレベーターの「↑」ボタンをおす。
「あ、俺エレベーターはいいや。
階段で行くからさ」
まことはそう言って階段を登り出し、
「生田、ここまでありがとうな。
また今度な。
おやすみ」
と言って急いで階段を登った。
撮影が終わってから、
まことは佐倉に何度か電話やメールをしたが返信が返ってきてなかった。
ー 嫌な予感すんなー
階段を登りきり、部屋の扉が並ぶ廊下を進む。
ー 205は・・・ここか
廊下の突き当たりの角部屋が205号室だった。
ピンポーーン
まことはチャイムを鳴らす。
すると
ガッシャーーーン
205号室の中から何かが割れる音がした。
「やめて、お母さん!」
そして、佐倉の声が部屋の奥から聞こえた。
「え、佐倉・・・?」
まことは声の主が佐倉と知り、目を見開く。
ピンポーン
チャイムを鳴らし、扉を叩く。
先ほどの何かが割れる音も佐倉の声もしないが、
まことのチャイムにも反応はない。
「おい、佐倉!
・・・いるのか?」
まことは少し大きい声を出し、中にいるであろう佐倉へ声をかける。
ドアを叩いた手をドアのノブにかけると、
鍵がかかっていなかったのか、扉は簡単に開いた。
「・・・・」
悪いと思いつつ、まことは開くドアをゆっくり開ける。
がしゃーん
また、何かが割れる音が聞こえた。
「お母さん!
外に誰かいるから、本当にやめて・・・」
玄関の向こうで、佐倉が床に倒れ込んでいるのが見えた。
まことは思わず、佐倉の名前を叫んだ。
声を聞き、佐倉は玄関の方を見た。
「まこと・・・
なんでここに・・・」
佐倉は絶望と安堵が入り混じった顔を浮かべた。
「佐倉、お前なに、どうしたんだよ」
靴を脱ぎ、廊下を進んで佐倉の元へ歩み寄るまことが目にしたのは
今にも手に持った茶碗を佐倉へ向けて投げようとしている母親の姿だった。
ー え、佐倉のおばちゃん・・・?
まことが佐倉の母親を視認した瞬間、母親は佐倉へ向け茶碗を投げつけた。
「ちょっ・・・!!!」
まことは佐倉の前へ達、母親が投げた茶碗をキャッチした。
「なにやってんだよ、おばさん!」
突然、結衣以外の人物が目の前に現れた事に母親は驚いた。
「あんた、誰よ!
なに勝手に人ん家に入ってきてるのよ!
そこどきなさいよ!」
佐倉の母親はまことの登場に驚きはしたが、怒りはまだ収まっていなかった。
「どけねーよ!
佐倉のおばちゃんだろ?
なに自分の娘に茶碗投げつけてるんだよ??」
まことは佐倉の母親を説得しようと声をかける
「自分の娘・・・?
こんなやつ、私の娘じゃないわよ!
ここまで育ててきたのに勝手に仕事やめやがって!
しかも、私の娘と旦那を殺したのは、
こいつなんだから!!!!!」
佐倉の母親はどんどんと暴力的な言葉を次々にまことに浴びせた。
ー 佐倉がこの人の娘と旦那さんを殺した・・・?
まことは佐倉の母親の言葉を理解しようと脳内で復唱しながら考えた
「って事は佐倉の妹と親父さんじゃねえか。
・・・佐倉がそんな殺すなんてことするかよ」
まことは一生懸命考え、言葉をこぼす
「こいつが殺したのと同じだよ!
だってこいつは疫病神なんだから!!!」
佐倉の母親はそう言って台所にあったあらゆるものをまことに投げつけた。
幸い、凶器と呼べるほどのものは飛んでこなかった。
佐倉はまことの後ろで耳を塞ぎながら震えていた。
「やめて・・・
まことにそれ以上、言わないで・・・」
微かな声で佐倉は母親に訴えた
「まこと・・・?」
母親は佐倉の言葉を復唱し、合点が言った顔を見せる
「あーーー、あんたがまこと・・・
女のくせに男みたいな格好して
・・・気持ち悪い!」
母親の怒りの沸点が湧いたらしく、佐倉への攻撃から
初対面であるまことへの攻撃に変わった。
「なに?
あんた今さら出てきて・・・
うちの疫病神に惚れてんのかい?
女同士で気持ち悪いわね!」
だんだんと佐倉の母親の言葉はセクシャルの話に変わっていた。
まことは黙って聞きながら、後ろで泣く佐倉を見つめる。
ー 惚れている・・・か
佐倉から目を離し、母親の方へと向き直る。
「・・・」
「なんだい?
図星で何も言えないのか?
ええ?」
どうやら、佐倉の母親はアルコールが入っているらしい。
まことを指差す右手が震えていた。
まことはゆっくりと佐倉の母親の元へ歩み寄る。
「な、なんだい?
私に手をあげようってのかい?!
言っとくけどね、私に手を出したら警察に言ってやるからね!!!」
佐倉の母親は近寄るまことに向けて、ついに凶器を向けた。
「だ、だめ!
まこと!止まって!!!」
母親は出刃包丁をまことに向ける
「・・・・」
まことは出刃包丁を前にしても歩みを止めず、
母親の近くまでいく
「俺を切る覚悟があって、切っ先向けてんのおばさん?」
少しづつ殺気を漏らしながらまことは
目の前に出された出刃包丁の柄をはたき落した。
「・・・俺を殺す気が無いなら、俺に切っ先を向けんなよ」
静かに怒りを込み上げさせるまこと。
その怒りに気づいたのか、佐倉の母親は手放した包丁を拾おうとせず
自分の身を守るポーズととって見せた
おそらく、今まで佐倉にしか怒ってこなかったのだろう。
自分より弱い相手の前では強気でいられる生物。
反逆を頭に入れていなかったその生物は初めて強者からの殺意に当てられ
まるで自分が被害者のように振る舞った。
「そ、そいつが悪いんだよ!!!
そいつが私のいうことを聞かないから悪いんだ!
こんなやつ、私の娘じゃ無い!!」
「結衣だ」
まことは母親の目をじっと見つめ
「そいつとかあいつじゃ無い。
佐倉 結衣だ。
ちゃんと名前で呼べよ」
「ああ?
名前なんて呼ぶ必要ないでしょう!
だってあいつは要らない子なんだから!!」
「じゃあ、俺が貰ってくから」
「・・・ハァ?」
「俺が佐倉結衣をもらうから。
あんたと血、繋がってないんだろう?
だったら、ここにいる理由もないだろ・・・」
まことは敢えて優しさを込めて言葉を選んで漏らした。
「なに勝手なこと言ってんだよ!
このくそやろー!」
バンっ!!!
何かが叩かれる音をきき、母親は条件反射で自分の頭を腕で守るようにガードした。
佐倉は震えていた体を抑えながら、自分の目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。
まことが右手を床に叩きつけ、
そのまま頭を床につける。
「頼むから・・・
もう結衣を離してくれ。
生活が苦しいってんなら俺が金をだす。
だからもう、解放してやってくれ」
頼む、そう言ってまことは佐倉の母親に向かって頭を下げた。
母親も怒りの興奮が治ったのか
ガードしていた腕をおろし、もう好きにしなと言ってリビングの奥へ消えて言った。
まことは母親が消えたことを確認して、佐倉の方を向いた。
「えーーっと、佐倉大丈夫?」
自分の後ろの方でうずくまっていた佐倉に声をかける。
「・・・・」
佐倉は返事をしなかった。
「あの、メールとか電話したけど返事なかったから・・・
ごめんな、急に来て俺がもらうとか物扱いしちまって・・・」
「・・・・・」
「佐倉・・・?」
まことは佐倉の返事がないことに戸惑いながら、佐倉の顔を覗き込む。
「・・・まこと、ごめん
ありがとう・・・」
精一杯の言葉だった。
佐倉はそれだけいうと、まるで子供のようにわんわんと泣いた。
まことはその姿を見て、佐倉がこれまで受けた傷の深さを感じた。
ー ずっと、我慢してたのか・・・
きっと、中学の時にSOSを発していたのはきっとこの事なんだろう。
家庭の事情が複雑だとは聞いていたが、まさかここまで絡まっていたとは思わなかった。
まことはゆっくり、佐倉を抱き寄せた。
「もう。
大丈夫だからさ・・・」
泣き続ける佐倉を落ち着かせようと、背中をさする。
「・・・・俺と一緒に、東京に行こう」
そう言ってまことは強く佐倉を抱きしめた。
「・・・うん・・・」
佐倉は小さく頷き、まことの体に抱きついた。
その日、
泣き止んだ佐倉は
自分の部屋から必要なものだけをカバンに詰めて
13年間住んだ我が家を出て行った。
二人はマンションから出ると少し遠回りしながら
まことの実家へ歩いた。
その間、佐倉はまことに今までのことを全部話した。
妹のこと、お父さんのこと。
お母さんが徐々にお酒を呑み、たまに暴れること。
その日の発端は佐倉が仕事をやめた事と
2日間、何も音沙汰なく帰宅しなかった事が母親の沸点だったらしい。
佐倉の話を聞き、まことは色々聞きたい事があったが飲み込んだ。
それでも一つだけ確認しなければいけない事があった。
「なあ・・・」
「なに?」
「さっき、流れで聞いたけど改めて聞かせて。
俺と東京で暮らさない?」
「・・・はい」
佐倉はまことの提案をゆっくり承諾した。
「東京かぁ・・・」
佐倉は空を見上げ、星空を見た。
「まことと一緒に暮らすってなんだか懐かしいね」
そういうと佐倉は笑顔を見せた。
「あ、やっと笑ったな」
まことはそう言って素早く携帯のカメラ機能を起動させ
佐倉の笑顔を撮った。
「ちょっとー、いきなり撮らないでよー」
まことの携帯を奪おうと、佐倉は手を伸ばすがまことは素早く携帯を隠す。
「だめだよ、俺はこの写真が撮りたかったんだから」
そういってまことは満面の笑みを浮かべて見せた。
ー この笑顔が見たかったんだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます