第2話

 ぼんやりと意識が浮き上がってくる。

 見慣れた天井が視界に入る。


「トライ!大丈夫?何か悪い所無い?」


 赤く腫らした目を見れば先程までどの様な心境だったか手に取れる。


「大丈夫だよ、母さん。兄さんは?」


「お兄ちゃんは今教会で治療を受けてるの、少し時間がかかるかも知れないって言っていたわ。」


「、、兄さんは無事なの?」


 わざとでは無いにしろ後悔が苛む。

 その気持ちを一心に体を起こす。


「まだ体が!待ちなさい!トライ!」


 その言葉を背に受けるが、無視して教会に走りだす。

 トライは呼吸を乱しながら走る。それは走っているからだけでは無かったかもしれない。

 教会まではあっという間に到着し、一瞬の躊躇を押しのけて裏手にある療養所の扉をそろり・・・と開けた。


 そこには神父様と父さん、ベットに腰を預ける兄がいた。


「トライ、無事だったか。体は問題無さそうだが、、」


「トライ、、、泣かないで?僕はピンピンしてるよ!ほら!」


 サムズアップして微笑んでくれる兄の姿。

 少しの安心と大きな不安が、さらに目元を濡らす。


「、、にいざ、ん、、怪我は、、足じゃないか、、」


 あっと間の抜けた表情の兄に僕は深い愛情を感じる。


「あなた方家族の姿は、何よりも尊い。神は必ずご覧頂いているはず。気を落さないで下さい。」


 袖で顔を拭い大事なことを聞く。


「怪我は大丈夫なの?」


「全然!大丈「ツヴァイ。」、、、ぶ、、」


「トライは昨日青年したんだぞ、大人として見てやれ。」


「そうか、そうだね。誕生日だったもんね。うん。トライ聞いてほしい、昨日の出来事を話す。」


 それは昨日の僕が倒れた後にあった事、そして兄の容態。


「、、、ってな事があった。僕の右足は内側から魔術回路が焼け焦げていて、神経が切れていたから筋肉を動かす事が出来ない状態だよ。でも王都の大教会に行けば完治の見込みはあるそうだ、でもその魔法は閉じた傷には効かないらしく、それまでは傷を塞がない様に「スロウ」の魔法をかけ続けないといけないし。血は流れ続けるせいで、出血量を見て期限を付けないといけない。「キュア」の魔法じゃ血は作れないから「エナジー」の魔法で栄養素を取り込み体で血を作るしか無い。全て加味した上でのリミットが一ヶ月という所だね。」


 半分くらいしか理解出来なかったが、これだけは分かった。

 王都まで馬で一週間かかるから後二週間以内にここを出ないと間に合わないという事、 それと大教会に御布施するお金がおそらく相当な金額になるだろうという事。


 簡単に言えば、兄はもう一生歩く事が出来ない。


 ああ。ああああ。僕のせいだ。あの時少し力んでしまっていたかも知れない。指先が光った時。きっとあの時の光に当たったんだ。僕から出た光で兄から足を奪ったんだ。。。。。。。。でも、しょうがないよね。わざとじゃ無いし。そもそも僕の属性は空と気だあんなの出来っこ無い。そうだ違う!僕じゃ無い!悪くないんだ!信じてほしい!!あの時兄さんは何か焦っていた!汗を流しているのを見たんだ!父さんに言えば分かってくれるかな?伝えなきゃ!この事を!


「分かったんだ!今いっぱい考えて分かったんだ!兄さんが自分で魔法を足に打っていたんだ!僕は立っていただけなんだ!違うんだ、違う僕じゃ!!」


 バチンッ!!!!!


「なんで、なんで怒ってるんだよ。父さん!!」


 バッと顔を上げれば父さんの顔が見えた。


 怒っているはずの父さんは、







 泣いていた。


 心臓が頭が壊れるくらいに痛かった。打たれた頰など忘れてしまうくらいに心が痛かった。そして気付かされた、とんでもない事を言っていた事を気付かされて、打たれた頰の怒りが突然羞恥に変わる。

 僕は今ここにいるべきではない。そう感じた。

 だから走った。目からはさっきカラカラになるまで泣いたのにまだ溢れる様に涙が出る。前が見えないが歩き慣れた道、躓きながら村の中心を通り村の外に向かって走る。中央の馬車の前を掠める様に走った。

「危ねえだろぅ!!ガキィ!?」

 馬車の御者が怒鳴り振り向くが、すぐに首を傾げる?


 そこにもう子供はいなかった。代わりに目が痛い砂埃だけだ。













「ツヴァイ。父さんは少し頭を冷やして来る。トライも悪気は無いんだ悪く思わないでやって欲しい、、、」


「分かってるよ、父さん。自分のせいだと心がパンクしてしまったんだろうね。トライには気の魔法をまずは教えないといけないかな?ハハハ」


「、、、まずは基礎だぞ」


 苦笑いする二人と居心地の悪そうな神父様が改めて談笑し始めると

 カチャリ、、、


「トライが泣きながら走って行ったけど。何があったの?」


 ピリついた赤い目のリルイと神官が入ってきた。


「神父様、お客様です。門前にいらっしゃいます。」


「あい、わかった。すぐ向かおう。足の魔法は明日またかけさせて頂きますので今日はゆっくりして下さい。

 サリス神のご加護があらん事を「「「あらん事を」」」」






 〜


「そうですね。これは誰も責められないかしら。ツヴァイ守ってあげられなくてごめんなさいね。」


「もおいいよ母さん。そうだ!昨日食べるはずだった紫芋のタルトまだあるよね!今日みんなで食べようよ!

 父さんもトライと仲直りしなきゃね!」


「おいおい。別に喧嘩してる訳じゃないぞ、、、、、、まあその案自体は悪くないな今晩みんなで兄さんの事を考えよう。」


「まだトライにおめでとうって言ってないもの!」


「誕生日の続きをしようか!」


「決まりだね!そうと決まれば、トライを探さないと。どこ行ったんだろ?」


「まあお前達は待ってろ。連れ帰って来るから。」






 〜



 浅い川に太陽が当たりキラキラと魚の影が光る。

 だいぶ落ち着いてきた。

 帰って謝りたいが、ここがどこか見当がつかない。

 どうしようか。

 昨日青年になったっていうのに、次の日には迷子だ。

 情けない。


 涙で前をよく見ていなかったのがダメだった。

 記憶を辿る。大樹があったよなぁその前は、えっと、、

 一面草原だったからなぁ。その前は、馬を横切ったなぁ。



 、、、、ん?馬?



 なんで馬?馬車か!待てよ。。


 王都へ向かわないのだろうか。

 それに乗れば王都に行けるかも知れない!

 走った方向と馬車は大体同じだったはず。

 ならこの道を通るかも知れない。少しここで待ってみよう。

 三角座りをしているとふと思い出す。

 というか僕は走って馬車追い抜いたんだよな。

 これ魔法かな。あの感覚は確か、こんな感じで。


「っっっうわ」


 ゆっくりと腰から下が淡く紫色に光り始める。

 そして、擦りむいた膝からチッチッと青白い光が出る。

 膝と膝の間が徐々にジジジジと危ない音を立て始めた時この魔法の様なものを止めた。


「これ、傷から出てるよな。」


 横に生えていた細い草を這わせて、スッと両手の人差し指を傷つけた。

 さっきの要領で手に集中する。また紫色に光り始め指先同士の間を光が走る。

 ビジンッビジジジンッ


 なんとなく小川に落ちている石に向けてみる。


 光が指先同士の以外の場所には行かない。

 じゃあなぜ兄には当たったのか、あの時は、、

 、、、っっ血だ!針で刺した時膝で支えていたから付いたんだ。

 走って何個かの石に触れて血を付ける。元の場所からもう一度指を向けると、

 ジジジジッッ!!





 バチンッッ!!!

 一番近い石が光に当たって爆ぜた。

 なんだか少し分かってきた、僕のこれは傷の付いた所からしか出て来なくって、僕の血が付いた一番近い場所に飛んで行くんだ。

 こんな魔法は見たことが無い。近い見た目は雷に似ているから、 雷魔法かな?

 じゃあ僕は 空魔法と気魔法 それと雷魔法で三つ使えるのかな。それともどれか使えなくなってるの?

 他二つの使い方が全然分からないから今は考えないでおこう。



 ガサガサ、、ドスッドスッ!!!



「ひッッ!?」


 呑気に考え混んでしまっていた。

 ここが村から離れていると言う事、

 そして外には魔獣が出る事を完全に忘れていた。

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紫紺の術者が笑ったら リト @ritwn

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