帰還 ~バーガー作り名人の居場所~

賢者テラ

短編


 今日はなんか、相談事があって来たんだろ?

 何、オレの顔を見たら、もうどうでもよくなったって? ハハ。

 家族は大丈夫かって? 確かに、このショッピングモールに来るのに家族はついてきてるけどさ。昔からの友人に会う、って言ったら奥さんが 「子どもとテキトーに楽しんどくから、好きなだけ話しといで。男のお喋りは、女ほど長くないでしょ?」 って言ってくれてさ。

 だから、お前が時間とか、家族のことは気にせんでいい。

 家内の口癖は、「そんなこと気にしないの!」 だからな。

 ま、つもる話もあるから、ゆっくり腰を落ち着けて話そうや。



 ここでいいかい? ちょうど、席もすいてるし。

 このハンバーガー屋、けっこうイケるだろ? オススメだぜ。

 なんたってさ、オレが昔ここでバイトしてたからさ!

 ……え、ハンバーガー作ってたのか、って? まぁ、オレの印象ってそんなもんだろうな。接客より、中でハンバーガー作ってるタイプだよな、どう見ても。

 それは認めるよ。でもさ、意外だろうけどオレ、これでも接客やってたんだぜ、接客! レジで、客の注文をさばいてたのさ。

 おお、思い出した。もうひとつな、驚くべき思い出話があるんだ。

 暇つぶしに、聞いてみるかい?

 お前との付き合いは、大学のころからだよな? 今から話す内容は、高校生の時にここでアルバイトしてた時のエピソードだから、お前は知らないよな。



 バイトを始めたころはさ、仕事覚えるのに必死で、自分がまずしっかりすること以外は意識が向かなかったさ。でもな、ある程度仕事も覚えて周りが見えてくるようになった頃、やっとほかの店員のことを意識するようになった。

 ウマの合うやつ合わないやつ。イヤな上司 (社員さん) と、結構話せる上司。でもさ、一番オレがびっくりしたのはさ、「アネゴ」 というあだ名で呼ばれる、ある年上の女子大生店員だった。

 一言で言ってさ、こんな美人は初めて見た。テレビや雑誌で見ることはあってもさ、現実ではなかなかないね。

 クラスの中で一番かわいい子に憧れたりするだろ? そういうクラスナンバーワンレベルじゃなくってな、もう全国区レベルよ。オーラが違ったな。

 でも、見かけによらず、これが気の強い女だったんだよ。物言いがハッキリしててさ、社員さんに対してでさえ、納得のいかないときには食ってかかってたな。

 そういう、アネゴ肌な気性だったから、ひねりはないがまんま 「アネゴ」 っていうニックネームで呼ばれていた。本人も、それで気を悪くするふうでもなく、その呼ばれ方を受け入れていた。



 オレが接客ってのも、お前にとっちゃ意外だっただろうけどさ、もっと意外なのはさ……このアネゴが、接客じゃなかったんだよ!

 おかしいだろ? めっちゃ美人なのを、接客に当てないなんて!

 でも、オレはやがて、なぜアネゴが接客じゃないのかを納得することになる。

 彼女はさ、厨房でハンバーガーのパティ(肉)を焼いたり揚げたりして、ハンバーガーを作る担当だったんだ。それがさ、彼女はピカ一の技術を持ってたんだ。その手際のよさと正確さ、そしてスピードは、社員さんも一目置くくらい神がかっていたのさ。

 そっか、こんな美人でも接客に回さない理由はこれか、と思ったね。アネゴは、厨房にいてもらったほうが神がかった活躍をする。

 アネゴは、このバーガーショップにはなくてはならない大事な存在になっていたんだ。みんな彼女の実力を褒め、頼りにもしていた。



 日々のバイトの休憩タイムやお昼のまかないタイムとかに、アネゴとはよくペアで休憩になった。

「アンタ高校生?」

 そう話しかけられたのをきっかけに、いろんな話をするようになった。

 オレはさ、実は接客に回されたけどバーガー作るほうがよかったんだ、って告白した。そのほうがオレの性分に合ってるんだけどな、って。

「ワタシはね、最初から厨房志望だったの。最初店長はえっ、て顔してたけど、今ではそれが良かったって思ってくれてるみたい。じゃあさ、いつかアンタに仕事教えてあげるよ。私だって、いつまでもここで働くわけじゃないしさ——」

 そんなことまで言ってくれたので、うれしくなった。

 そのうち、私から店長にアンタの要望を言っといてあげるよ、とまで言われたが、そこはさすがに年下でも男としてのプライドがあったから、「いや、それは自分でちゃんと言いますから」 って断ったな。

 年上の女性を好きになるという、初めての体験をその時にした。



 ある日のこと。オレは高熱を出して倒れた。

 夕方からバイトのシフトが入っていたオレは、心苦しくも店長に休ませてほしい旨の電話を入れた。

 その時は、オレの抜けた穴をだれが埋めるのか全然気になってなかった。

 体調も戻ってバイトに復帰した時、ビックリするような事実を知る。

 なんと、あのアネゴが接客に立った、というのだ。

 オレの休みの連絡を受けた店長が、ちょうどそばにいたアネゴに 「お前が接客とかしてみるか?」 と言ったらしい。しかし、それは冗談では済まされなくなった。

 アネゴの瞳に、メラメラとした炎が宿ったようだったと、あとで店長は言っていた。

 厨房担当でも、オーダーの略称は覚えていて使いこなせるし、特に問題はない。

 休んだのがオレだということに、アネゴがその気になった理由があると独りよがりにも想像すると、なんだか胸に甘酸っぱい気持ちが広がったよ。

 とにもかくにも、アネゴは初接客だったわけだが、これが大好評。

 マンガみたいに単純な展開だが、アネゴの接客に長蛇の列ができた。



 気を良くした店長が、アネゴに頼みに頼み込んだ結果、接客を続けることに同意した。

 その後も、アネゴの人気は赤丸急上昇。もうね、ショッピングモールの人気者さ。

 さらに、とんでもないことに事態が発展した。

 たまたま、近くで映画のロケがあって、スタッフがここに食事をとりに来た時、アネゴが目に留まったらしい。芸能事務所にスカウトされてしまった。

 アネゴはどちらかというと乗り気じゃなかったが、映画関係者に説得されたのと、店長が行っといで、あとのことは気にしなくていいよと言って 「男気」 を見せたので、彼女は急展開にも上京して、レッスンを受けながら機会を見て芸能界デビューをすることになった。



 さみしくなった。

 アネゴがいないバイト先は、一時火の消えたような雰囲気になった。

 でもさすがは店長。皆を盛り立てて、皆も元気を出そうと頑張り、ショップはもとの活気を取り戻した。アネゴの神業はもう見れなくなったけれど、彼女の指導を受けた後輩がしっかり厨房を守っている。

 残念ながら、オレはついにアネゴにバーガー作りを教えてもらう機会を失った。

 アネゴを失ったオレは、彼女のいない厨房に行きたいという思いが萎え、結局仕事に慣れた接客という位置にズルズルと居座り、半年が過ぎた。



 アネゴを、TVで見かけた。

 バラエティー番組でオレたちもよく知っている有名俳優の横に座り、笑っていた。

 オレはチェックしていなかったが、某ドラマで準主役で出演し始めたことを知ったが、録画してまで見る気にはなれなかった。アネゴのことは好きだったし、晴れ姿を見たいとは思ったが、オレの中の何かが、「やはり見たくない」と叫んだ。

 それはさ、とっても複雑な感情だったよ。

 がさつなオレだから、それを的確に表現できる言葉を探せない。

 その後2、3作ほどドラマには出たみたいだが、その後ぷっつりとTVで見なくなった。

 オレが進んでチェックしようと思わなかったせいもあるが、それにしては突然すぎるほどアネゴの名前をTVで聞かなくなったので、どうしたんだろうとは思った。

 それでも、オレは詳しい情報を追わなかった。

 できるだけ、忘れようとした。



 オレがシフトでバイトに出た、ある日。

 従業員は客の入る入り口からは入らず、裏の従業員用の出口から出入りする。

 そこで、ゴミ出しをしようと各部署のゴミをかがんでまとめていた時、人影が差したので見上げてみると、そこに驚くべき人物がいた。

 オレは、わが目を疑った。

 アネゴが……立っていた。

 泣きそうな顔で。

 そういう状況って、どう反応するのがベストなのか分からなくって、苦し紛れに一言だけ。

「ど、どうして……」

 言葉をみなまで言えなかったが、質問のニュアンスを察したアネゴは、うつむき加減に答えた。

「やっぱりさ、私の得意なのはハンバーガー作りで、でもって一番落ち着く居場所はここで——」

 そこでいったん言葉を切り、アネゴはオレの顔をしっかり見てこう言ったんだ。

「それにさ、何より約束は守らなきゃいけないじゃん。まだ、アンタにバーガー調理伝授してなかったでしょ。その約束が、ずっと気にかかってたのよね」



 僕は鈍感なほうだとは思うが、芸能界でいろいろあったんだろうと察した。

 苦しいこともあったんだろうな、と察した。

 でも、これだけは信じた。僕の知っている強いアネゴは、負けて逃げてきたんじゃない。そうじゃなくて、ここをこそ一番の居場所と認め、選んで戻ってきてくれたんだ。そしてそれは何より喜ばしいことじゃないか——。

 そうは思ったが、やはりこう聞かずにはいられなかった。

「ホントに、ここで……いいの?」

 アネゴはこう言った。



「そんなこと気にしないの!」

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