夜長月の女

夜長月よながつきの最初の一日だけに、姿をあらわす女がいる。


彼女は何かを探しているようで、その日一日、夜の深淵の端から端までを歩き回る。


女の金色の髪は昔はさぞ、美しかったであろうけれど、今は色褪せザンバラで見る影もない。

深いバイオレットの瞳は光を失って久しい。

節くれだってしまった両手で探りながら、彼女は夜の深淵を歩き回る。


けれど、探し物はいつも見つからないようで、哀しそうな顔をしたまま、日が変わると消えていく。


「何を探しているんだろうね」

『何かを探してるんだろうけどね』

闇鴉たちが囁き交わす。

『わからないね』

「わからないね」


誰も知らなかったけれど、彼女が探しているのは心を開く小さな金色の鍵だった。


もうずっと昔に、

彼女の大切なひとがある日、目覚めなくなった。

原因はわからず変わらぬ姿のまま、彼は眠り続け、歳月だけが過ぎていった。

半狂乱になった彼女は森の奥深くに住む魔女を訪ねた。


そこで、彼が夜の深淵から流れてきた

” 泡の歌声 ”に魅せられて、心をいっぱいにしてしまったことを知った。

心を満たした歌声が逃げてしまわないように、彼は心に鍵をかけて閉じこもった。

ずっと歌と共にいられるように。


森の魔女から、それを聞きだした女は、何とか鍵を手に入れる術はないかと魔女に尋ねた。

長く美しい金色の髪を捧げ、多くの男達を虜にした瞳の光も差し出した。


そうして、やっとのことで聞いたのだ。

彼が心にかけた金色の小さな鍵、その時に闇鴉の一羽がそれを咥えて飛び去ったと。


だが、夜の深淵を探し出した時、女の生命は尽きてしまった。


女を哀れに思った魔女は、夜長月よながつきの最初の一日だけ、女に実態を与えた。

それから、毎年、その一日に女は夜の深淵を探し回る。


女は知らなかった。

見えぬままの目ではわからなかった。

闇鴉の一羽の首に小さな金色の鍵が光っていることを。


闇鴉も知らなかった。

光に惹かれて気まぐれで拾ってきた、この小さな金色の鍵、お気に入りのこの鍵こそ、あの女が探し続けているものだとは。


今年も夜長月よながつきの最初の一日が終わった。


女は哀しげに消え去り、


「何を探しているんだろうね」

『何かを探してるんだろうけどね』

闇鴉たちが囁き交わす。


『わからないね』

「わからないね」

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