暗黒を纏う男
俺がここに来てから随分経つ気もするが、もしかしたら、この前だったのかもしれない。
あの夜、俺は追われていた。
何もかもから見放されて、
何もかもを見放して。
親父の顔は知らない。
お袋はいつもヒステリックに俺に当たり散らした。
「アンタさえいなければ」と言われ続けてきた子供の気持ちがわかるか?
熱を出して不安な夜に、独り冷たい布団に
どれだけ抱きしめられたかったか。
俺が何も努力しなかったなんて誰にも言わせない。
それでも学校でも職場でも全てが裏目に出ただけだった。
軽んじられて、裏切られて、踏みにじられて。
歯車は狂い続けた。
そうして、あの夜、俺は全てから逃げ出した。
身体も心も限界でボロボロだった。
未来?そんなものはひび割れて砕け散っていた。
暗闇を走って走って、
自分が何処にいるのかわからなくなった時に、その深淵に辿り着いた。
だから俺は飛び込んだんだ。
いや、墜ちたのか?
気がつけば此処にこうして
俺の周りを濃い闇が覆っていた。
闘争的な気持ちは嘘のように無くなっていた。
ただ、ただ、寂しかった。
ああ、俺は……欲しかっただけだったのに。
でも、誰も与えてはくれなかった。
誰も愛してくれなかった。
『おまえは、愛そうとしたのかね?』
声が、した。
耳をすませないと聴こえないくらいの
声、は、でも、不思議に穏やかに響いた。
「愛してくれないものを、なぜ愛さなくてはならないんだ、俺が!」
声は少し悲しそうに
『ああ……おまえは、知らないのだね。
愛されるから愛するのではなくて、愛したいから、人は愛するのだよ』
『可哀想に……誰も、おまえに幸せの見つけ方を教えてはくれなかったのだね』
声はそれだけ言って、途絶えた。
「おい! 待てよ!! 言うだけ言ってそれだけかよ!」
俺の言葉は闇の中に吸い込まれるだけだった。
その時、小さく
それから、女の歌声が細く流れてきた。
どこか懐かしいような切ないような……
夜ヲ想ウ、ウタ
あれから俺はずっと考えている。
あの声が言ったことを……。
愛するということを……。
時々、あの歌声が細く流れてくる度に、俺は微笑んでいる自分に気づく。
そうして、ほんの少しだけ、想うことの意味を知る。
そんな時、なぜか俺の周りの暗黒は仄かに透きとおるんだ。
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