第6話  顔

僕は、顔が嫌いだ。


何を考えているのかわかるから。

何を考えているのか伝わるから。


僕は嫌いだ。


自分の顔が特に嫌いだ。



薄情(はくじょう)で、他人に興味の欠片もないとでも言いたげなこの薄っぺらな顔が。


いつも愚痴(ぐち)や不満や文句ばかりで、不服そうなピクリともしないこの顔が。


人に何か貰ったり、されたりしても喜ぶのが下手なこの顔が。


誰とも話したくなくて、一人で自分だけの世界に浸っていたいから、誰も寄せ付けたくないと言っているこの顔が。



電車に乗っているとき、ふと気づけば視界に入ってくる、窓に映るこの顔が。


"それ"は、トンネルに入るとずっと僕のあとを追ってくる。じっと僕を見つめてくる。


でも、結局見つめているのは僕自身で。


「窓に映る"それ"が僕を見つめるはずがない。」


そう、わかっているのに。僕には視線を反(そ)らしても、あいつが僕を見つめているように感じて。


まるで僕を責めるみたいに。


やめてくれ。そう言いたいのに、そう言える相手なんていなくて。

僕を無言で責めてくるあいつが、虚像だとわかっているのに。


僕は何だか息苦しくなる。


「僕は悪くない。」

「僕は悪くない。」

「僕は……。悪くない。」


呪文のようにそう唱えてやっと僕は気を落ち着かせる。

そう、

僕は悪くない。


悪くないよね?


僕は。


僕は何もしていない。


こんな僕を。

君は、僕をどう見ているのだろう。


僕は、君をどう見ているのだろう。


僕にも、君にも、お互いの顔が見えなくて。


君は僕がどんな顔だと想像するのだろう。


僕がどんなに薄っぺらで、薄情で、不満そうな顔をしているのか。


君にはわかるまい。


だって、僕にも君の顔がわからないもの。


僕は君の顔が想像出来ない。


今、君がどんな気分で、どんな顔をしてブルーライトを浴びているのか。


寂しい?

苦しい?

楽しい?

嬉しい?

悲しい?


それとも、惰性(だせい)でこの文章を?


何だっていい。


相手の顔が見えない。いや、相手に顔を見られないのが僕にはとても。とても楽なんだ。


顔が見えない相手に何を思われようとも、何を言われようとも僕は平気さ。


だって、君は僕を知らないから。


例え知っていたとしても、ほんの一部の僕でしかないし、何よりも。


僕の顔がわからない。



そう。顔。


顔が見えなければ僕の本心がわからないだろう?


嘘つきなのか、誠実なのか。

それさえもわからない。


顔が見えていてもわからないのだから、見えなければ尚更(なおさら)わかるまい。


なのに君は僕のこの文章に踊らされているんだと思ったら、何だか可笑(おか)しい。



え?


ああ。そうさ。


僕は性格が悪い。


それは、正解。


でも、僕は本当の意味で性格の良い人なんて見たことないね。


何かしたことに対価を求めない人間が居るものか。

もし、居ると言うならそいつは偽善者だね。

知らず知らずのうちに対価を求めているのに気付いていないだけさ。


例えば、人に優しくしたとき。

見返りを求めているでしょう?


ものや、お金、行動、言葉……

その中の何かによる見返りを求めているはずだ。

分かりやすく言うと、

「ありがとう。」

とか。


もし、対価を求めていないと言うならそれは自己満足のためだ。

自分が手をかしたことへの満足感。

誰かの役にたったかもしれない満足感。

つまり、自己満足のために善行をしようとする、偽善者だ。



それでも違うというなら、よっぽど性格が悪いぞ。たちが悪い。


え?やめようよ、その話は面倒だから。

君の愚痴とか、君の意見が聞きたい訳じゃないから。


え?僕が始めたって?

うるさいなあ。

話の腰を折らないでくれ。


ああ。もう。わかったよ。

わかった。

まあ、いいさ。

僕には君の意見は関係ないから。


ごめん。

言い過ぎた。


流石にこれは言い過ぎた。


何、買い言葉に売り言葉さ。

あれ?これって逆だっけ?


まあ、いいや。


勝手に僕が一方的に、偏見を持って、僕の意見をゴリゴリにおして話すから。


え?別にいいでしょ?

君も一方的にゴリゴリに自分の意見と偏見をもってこの文章を見ればそれですむ話さ。


……あれ?そう言えば何の話してたっけ?



ああ、そう。

顔だ。


僕は、僕の顔が嫌いだ。

でもね、最近思うんだ。

幾重(いくえ)もの仮面で覆(おお)ってしまって、もう元の顔がわからないけれど。

それが僕なんだ。

僕は僕なんだ。


僕は他の誰にもなりようがないし、あの人が魅力的なのは、あの人があの人であるからなんだ。


あの人のあの性格で、あの顔で、あの人1人しかいないから魅力的なんだ。


僕は僕で、あの人はあの人で。それは絶対に変わらないから、その事についてうだうだ言っても仕方ない。


僕は自分を好きにはなれないけれど、現実を受け入れてみようかな。


ってね。


そう思ったら少し楽にになった気がするよ。



まあ、僕が自分の顔が嫌いなのには変わらないけど、考えを変えて、好きなわけじゃないけどこれも個性だよねって思うことにするよ。


じゃあまたね。

何処(どこ)にも存在しない。

何者(なにもの)でもない。

君以外の誰のものでもない。



ちっぽけな、唯(ただ)の君よ。


また会おう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

名も無き僕と君 氏姫漆莵 @Shiki-Nanato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ