第5話 今の僕

 いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、く、じゅう。

心のなかで十の数まで数える。それから、ゆっくり空気を吸い込み、鼻に息を通す。


感情を抑えるのに最も効率的で、有効な手段だ。


悲しみ。怒り。憎しみ。嫉み。妬み。哀しみ。怨み。無念。不安。恐怖。憎悪。嫌悪。恥。軽蔑。殺意。絶望。焦燥。罪悪感。後悔。優越感。劣等感。

これらのものは不要なものだ。


何故か?


これらから一体何を学ぶ?

何が学べる?


そう。

何も学べない。

そんなの無意味だ。

そんな感情を抱いている時間はとても無意味だ。

だったら他の事に時間を費やす方がいい。

他の事に脳を使う方がいい。


そうだろ?


無意味なことに脳や時間や心を費やすくらいなら他の事に使うさ。


でも。

これらの感情をバネに頑張る。とか、学ぶとか、そういう経験も必要だとか言う奴がいる。

そういう奴は只のドMだ。


だってこう考えているから。

喜び。嬉しい。楽しい。優しい。面白い。感謝。愛しい。心地好い。安心。

これらの感情からは、必ずしも何かを学べる訳ではない。


でも。


悪くはない。

そう思う。


これらの感情だけで生きていく事は悪くない。狡くも、贅沢でもない。


マイナスな事を考えるより、楽しいこと、気分が良くなる事を考える方が有意義だ。



辛いことがあるからこそ、達成感をより味わえると言う人達はいるけれど。

僕は。

僕は辛さ何て味わいたくない。

もう、十分なんだ。


過去に味わった辛さに怯(おび)え、萎縮(いしゅく)して……そんな風に生きたくない。

僕は、僕だ。

怯え、萎縮して生きるなんて負けた気分になる。


僕は、負けない。

負けたくない。

僕に辛さを味わわせた奴等(やつら)なんかに。

あんなにも卑怯で、下劣な奴等なんかに。

あんな奴等に負けるなんて、奴等以下の人間になった気分になる。


そんなのは嫌だ。


僕は生まれたときから僕だ。

僕は僕を受け入れて生きていく。

誰かのために生きるなんてしたくない。

僕は僕のため生きたい。


僕は自由だ。

誰かの顔色を窺(うかが)って生きていく人生なんて嫌だ。

僕は誰かに縛られたくない。

僕は僕にも縛られたくない。


僕は誰かを縛りたくない。

僕は誰かに顔色を窺われたくない。



僕は、矛盾しているのだろうか。

悲しみや怒りや憎しみをバネに、今の僕はできているのだろうか。



僕は。


僕が無駄だと言った感情を抱いて出来上がった。だってあの感情を抱いたことがあるから。ならばあれらの感情を否定するべきではないのかもしれない。


ああ。

僕はただ、ただ生きていきたい。

長生きをしたいわけではないけれど。

僕は僕として、過去の僕を受け入れて。


過去に囚(とら)われず、"今"の僕を生きるんだ。

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