感動がまた味わえるのにうってつけの人

ちびまるフォイ

感動に妥協とモラルは不必要

『Feeling For you』ことFFは感情共有SNSとして話題になっていた。

妊娠中の友達が暇つぶし先を探して見つけたらしい。


「ほら開いてみて」


「見た感じ写真とかが掲載されてる普通のSNSじゃないの?」


「いいから。投稿を開いてみてよ」


友達に進められるままに投稿の1つを開く。

とある登山家が登頂を果たしたときの感動が体に押し寄せた。


「すごい……! なんかものすごい達成感があるんだけど!?」


「驚いた? ほらもう一度、投稿の写真を見てみてよ」


「なんだろう……自分が撮った写真みたい。

 この写真を見ると登頂できたときの嬉しさが湧き上がってくる!」


「でしょーー。これなら外出できなくても観光名所を見たときの感動も体験できるの。

 この体だから最近は旅行いけないけど、これでだいぶ退屈してないのよ」


「教えてくれてほんとーーにありがとう!!」


私はすっかり他人が提供する感動に心を動かされ続けた。


旅行を行ったときの素晴らしい風景。

最高にテンションのあがる映画を見終わったときの気持ち。

とろけてしまうほど美味しいものを食べたときの感動。


あらゆる感動が投稿されて、とくにランキング上位の感動は何度リピートしても飽きない。


「ああ、こんなの自分ひとりの人生じゃ味わえなかった!

 こんなにもたくさんの人の感動を体験できて最高!!」


お手軽に最高の感動を共有できるなんて幸せものだと感じた。


けれど、自分で達成したわけでもない他人から得られた感動は飽きやすかった。

ティッシュのように消耗していくうちに、すっかり感動に肥えてしまった。


「はぁ……なーんか、最近の投稿はパッとしないなぁ」


最初の方で上位ランカーの「人気の感動投稿」をあらかた味わってしまい、

ときたま発生する「トレンド感動」を巡回するばかり。

新鮮味という底上げはすっかり失われてしまった。


「最初はあんなに感動できたんだけどなぁ……」


クリア時には感動したRPGを周回するような。

自分のどこかで最初期の感動をまた味わいたいと思う気持ちが湧いていた。


「記憶……消せないかなぁ」


 ・

 ・

 ・


数日後、私は記憶研究所へと訪れた。


「君が記憶を消したいとうちに連絡してきた人かね?」


「はい。また新鮮な感動をどうしても味わいたくて。

 ここに記憶を消去する装置があると聞いてきました」


「正確に言えば記憶を消す、というわけではない。

 我々ができるのは記憶の移動だけなんだよ」


「どういうことですか?」


「これから君の頭に、"記憶のない状態の記憶"を移動させる。

 それで記憶をない状態を作り上げるんだよ。

 戻りたくなったら、前の記憶を移動させればいいだけだからね」


「なるほど。それじゃさっそくお願いします」

「ためらいゼロなんだね」


リボルバー型の記憶移動装置を額に当てて引き金を引く。

弾に込められていたまっさらな記憶が、自分の頭を上書きする。


「ここは……?」


「君は記憶を失ったんだよ。記憶を失う前の君からメッセージだ」


「……私は感動を味わいたくて記憶を失ったんですね」


「試してみては?」


感動共有SNSにアクセスして既読アイコンが付いている投稿を見た。

記憶を失った体に感動が舞い込んでくる。


「……どうかな?」


「感動はしたんですが……不思議です。

 いつかどこかで見たようなデジャブ感があります」


「覚えていないのに?」

「はい。体で覚えているんでしょうか……」


自分の記憶を移動させた弾丸でまた自分をぶち抜いた。

抜けていた記憶を取り戻してからは徒労感がどっと押し寄せた。


「はぁ……失敗です。記憶を消せばまた新鮮な感動を味わえると思っていたのに

 実際は記憶がなくても、一度体験したらもう新鮮味ないんですね」


「まあ、記憶を失っても自転車が乗れる場合もあるからね」


落ち込んでいると友人から連絡が来た。

切羽詰まった内容を見てすぐに病院へと連絡した。



数時間後、元気な赤ちゃんが病院で生まれた。女の子だった。

友人は救急車の手配やら夫への連絡やら手回ししてくれたことをいたく感謝していた。


「ほんとうに、ほんとうにありがとう! おかげで助かったよ!」


「ううんいいのよ。でもどうして私に連絡したの?」


「夫だと仕事で連絡取れないときあるし。

 それに、連絡取るのもしんどかったから

 短いSOSだけで察せるのは親友だけと思ったもの」


「なんか気恥ずかしいね」


「それより、赤ちゃん抱いてみる?」


友人は生まれた赤ちゃんを抱っこさせてくれた。

小さくてまだ何も知らない無垢な存在がただ愛おしかった。


「どう? 可愛いでしょう?」


「うん……うん……すごく……」


「え!? ちょっと、泣いてるの!? なんで!?」


「私も嬉しくて……つい」


「産んだのは私なんだけどね。でも嬉しいよ。

 自分のことみたいに感動してくれるんだね」


私はこくこくとうなづいた。



「この子、まだ感動に触れていないでしょう?

 この体ならきっとまた新鮮な感動を味わえるに決まってる。

 そう思ったら嬉しくてたまらないの」



私は赤ちゃんの額に記憶移動リボルバーを押し付けた。

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