逃避の愛

たいせー

第1話

事の顛末を語ろう。

完全に、完膚なきまでに叩きのめされ、崩れ去り、溶けてしまった物語に、形だけの終止符を打とう。

出来るものなら時間を巻き戻し、彼女を救いたいものだが、もうそれも叶わないのなら、私に出来ることは唯の一つだけだ。

この物語が繋がり、誰かに伝わる事を祈るだけ。

この物語を読む、未来の有る某なにがしかに、この物語が1mmでも彼女の存在が語り継がれるのを想定し、祈りながら、この事実を語ろう。

さようならは言えないが、これだけは彼女に伝えたい。

『愛している』と伝えたい。

もし、それが叶うのならば・・・


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彼女は突然現れた。


それは放課後、私が本を読んでいた時。

「ねぇ、一緒に帰ろう」

クラスでは目立たない立ち位置に居た私に声をかけてくれた『彼女』

彼女もクラスで目立っている訳では無いが、明らかに私なんかよりもクラスでのランクは高い。

忘れもしない6月12日。

制服のYシャツが湿気でべたべたと肌にまとわり付く。

鬱陶しい。

「なぜ、私と・・・?」

私は聞かずにはいられなかった。

先述の通り、彼女は私なんかよりもクラスカーストは上位なのである。

「だって・・・こんな時間だよ?」

彼女が指さした時計を見てみると、針は午後6時20分を指していた。

「今日は部活が早く終わったんだけれど、私が片付けている間に、みんな帰っちゃって・・・」

微笑んだ彼女の頰の汗が、夕日に照らされ輝いた。

「そうか・・・じゃあ帰りましょうか。」

私は橙色の夕陽を背に、彼女と帰路に着いた。


背後に視線を感じながら。


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「ねぇミライ、あのクラスの陰キャと一緒に帰りなよ」


同じ学年のバドミントン部、セリナに命令された時は、悪寒が走った。

セリナは『ボクじゃない人』を、このいじめに巻き込んだのである。

さらにセリナの囲い3人も、それを助長した。

ボクは昔から、周りの女子とは少し違うことをコンプレックスに思っていた。

この学校でも、それが理由でいじめられている。

さらに、部活でも大会のスターティングメンバーに入れていない、球拾いであるといえ立ち位置が、それを加速させている。

「ほら、ミライ!早く行けよ!あいつが可愛そうだろ!」

きゃはは。とボクを嘲笑した。


そしてボク達は、彼女にあとを付けられながら、帰路に着いた。

『ざまぁみろよ』とボクを嘲笑する夕陽を背に…


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「ただいま。」


私の言葉に返事はなく、代わりに妙に黄色い喘ぎ声が、微かに聞こえる。

母の部屋だ。

・・・母が『いた頃の』部屋だ。

3年前に母が死んでから、父は母の財産を売り払い、保険金を牛耳り、女とヤッている。

私は静かに自分の部屋に入り、帰りに買ったコンビニの握り飯を頬張り、静かにノートを開いた。

『あいつなんか死んじゃえ。』


気がついたら、時計の針は午後10時を示していた。

ふとノートのページに目をやると、そのページは真っ黒に塗りつぶされていた。

私の心の中の様に………

我に返り、そのノートを破り捨てた。

これも全部、アイツのせいだ。

アイツなんて、父親じゃない。

血が繋がっているなんて…考えたくもない。


彼女の事を思い出した。

確か名前は・・・『ミライ』

クラスの奴らの名前はいちいち覚えてないけれど、彼女は私の席に近く、よく話し声が聞こえていた。

そして彼女の友人から、彼女は『ミライ』と呼ばれていた。

彼女の事を思い出した。

胸が苦しくなり、頰が熱くなった。

色んな声が喉を掠めた。


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「ただいま」


ボクが玄関でそう言うと…

「今!何時だと思っているのよ!」

リビングから顔を出した母の手には包丁が、強く握りしめられていた。

そして襲いかかってくる

「母さんまって!!!!」

「あんたの…せいで……何もかも……

幹吉ぃぃぃぃぃ!!!」

不倫して逃げた私の父の名を叫びながら向かってくる。


「待って母さん!父さんはもう〝いない〟んだよ!」


母は『はっ』としたような顔でこちらを見た

そして「ごめんなさい・・・ごめんなさい」と呟きながら泣き崩れた。

「ボクも早く帰るようにするから・・・ごめんね、母さん」

ボクは東野圭吾の『変身』を思い出した。


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とある日、学校に行くと、私の机の中に入れていた本が濡れていた。


血液で。

「え・・・?」

嫌な予感がしてミライの席に目をやると、そこにミライの姿は無かった。

皆勤の彼女が、だ。

先生によると『体調不良』らしい。

何かあったのだろうか・・・


不安が胸の中で膨らんだ。


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とある日、ボクはバド部のセリナ達に羽交い締めにされた。


「何するんだよ!」

「今日はミライちゃんの体操服を脱がしていきたいと思いま〜す」

「!?!?」

ボクは絶望した

「待って!今日は!」

「今日はぁ???」

囲い共が煽ってくる

「今日は…」

セリナが冷ややかに言い放った

「やれ。」

囲いたちがボクの服を脱がしてくる。

必死に抵抗したのだが…


「あらら〜、女の子の日だったのぉ〜」

悪意に満ちた笑顔でセリナ私を見下ろす。

「あの隠キャにくれてやりましょう。

お似合いの様だし、ね!」

やめろ…

囲いたちが、ボクのナプキンを摘む

やめろ…

そして近づく

やめろ…

走って止めようとしたが、セリナの腕が離れない。

ボクは叫んだ

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」


ボクのナプキンを持った手が、あの子の机に入った。


願いは届かない。


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帰り道、目が虚ろなミライに会った。


「ミライさん…」

「ねぇ、少し時間ある?」

「うん。あるけれ…」

私は言い切る事が出来なかった。


キスをされたからである。


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今日は母がいない。


いわゆる『婚活パーティー』に行ったのである。

「ミライさん…」

あの子は戸惑いの目でボクを見た。

「ずっと…好きだったの。」

ボクはついに、胸の内を明かした。

「え?」

「ずっと思ってたの、あなたはボクに足りないものを待ってるって。」

「私も…」

「…え」

顔を真っ赤にして、あの子は私を見た。

「私も…あなたの事が、す、好きだったの!」

「ほんとに…」

あの子がボクに抱きついてきた

「ミライ、ミライ、ミライ、ミライ!!!!!」

ボクも抱きついた。

「『アカネちゃん』っっ!!!」


ボク達はベッドに倒れこんだ。


まさか、ボクが喘ぎ声を出す日が来るとは思わなかった。

しかし、満足だった。

愛した『彼女』に、この声を聞いてもらえたから。


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「こりゃぁひでぇなぁ…」


ベテラン刑事の大林雅志おおばやしまさしは、その惨状に絶句した。

殺人事件が起こったのである。

事件の被害者は汀二郎みぎわじろう

胸部を刺されたことによる失血死。

その横に、自らナイフで喉を刺して死んだとみられる汀明音みぎわあかねが横たわっていた。

後日の鑑定の結果、汀明音の持っていたナイフと、汀二郎の傷が一致したことから、犯人は汀明音と断定された。

「いったい何があったんだろうな…」

雅志は尚も絶句していた。

「何があったか知っているかい?西村美麳にしむらみらいさん」

私は即答した。

「知りません」


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事が終わった後、アカネが言った


「私、決心がついた。

あの男を殺して私も死ぬ。」

「せっかくひとつになれたのに…」

「ごめんね、でもいつか決着をつけなければいけない問題なの…」

明音は寂しそうな目をしていた。

「そっか」


「ねぇ、ミライ!これを私だと思って持っていて!」

ボク…私はアカネからヘアピンを貰った。

「うん!ありがとう!」


それはあの夏の、もう二度と戻らない夜の話であった。


愛しているよ、アカネちゃん。


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蛇足だが、付け足しておこう。


その後、私はセリナと母を殺した。

狂気は台所にあった包丁だ。

SNSでセリナだけを呼び出した私は、そのまま前から彼女を刺した。

そして、帰宅したその足で母を後ろから突き刺した後、母の財布とへそくりを持ち出し、できるだけ離れた場所に逃げた。


あの夜から6年、私はとある田舎で農作業をしながら暮らしている。

アカネのヘアピンを髪に光らせながら。

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逃避の愛 たいせー @d2tum

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