第12話

 突然、風霧さんが言い淀む。

 それまでの流れるような物語が速度を落とす。


 それまでとは雰囲気が変わる。

 何か言葉を探すように目を泳がせてから、やや戸惑いを声音に乗せながらさらに続ける。


「それは、小学生になって5年が経とうとした時の事でした。突然のことで、少女も少年もただ呆然ぼうぜんとするしかなかったのです。誰が予想したでしょう……まさか、彼の両親が死んでしまったなんて、そしてそれ以降少年は目に見えて周囲との関係をたち始めました。それでも少女は毎日彼の家に行きました、少しでも彼の気持ちを楽にするために、毎日毎日」


 そこで言葉が詰まり、風霧さんの口から小さな嗚咽おえつが漏れる。よく見ると目には涙が溜まっている。


「か、風霧さん……」


 もう、言わなくてもいい、そう言えればどれだけいいだろう、どれだけ今この胸の痛みが楽になるだろう。

 しかし、風霧さんは俺にその言葉を言わせてはくれなかった。


「大、丈夫です……これは私の罪に対する罰なんです」


 そう言って、目を拭って再び震える声で語り出す。


 一際潮風が強くなったような気がした。


「……しかし、さらなる事件が起きたのです。学年が6年にさしかかろうとする時の事。突然彼女の父が転勤することになったのです。少女は両親と共にその地を離れるとこになりました。それが意味することも与える影響も分かっていながらもそうする以外に道がなかったのです……」


 もう言い逃れなどできない。


「…………」


 俺もそこまで勘が悪い訳では無い。中盤辺りから分からざるを得なかった。これは実話だ。それも登場人物がここにいる。この場に集められていて、幻想や妄想ではなく彼女の捉えた過去の出来事の全てなのだ。


 そうして不幸にも俺が予想した通りのストーリーだった。


 やはりどこかで覚えていたのだろう。ついさっき立てた仮説に過ぎないのに昨日考えたことよりもしっかりとはまり違和感を感じなかったのは、やはり自分の中にその経験、過去があったから。


 いつからか行かなくなった海も、俺自身が行かないように自ら誘導していたのだ。


「少女は、私は……とてもとても後悔しました。早く少年の元にその街を離れてから常に頭の片隅にはその事が張り付いていた。そして願いが通じたのか再びあの街に帰ることになった。しかし幸運には不幸、希望には絶望かが付きまとうのです。自分がしたことの代償はとても大きかった。それこそ私自身が傷ついてしまうまでに……」


 そうして風霧さんは再び嗚咽を漏らしたかと思うと今度は完全に泣き出してしまった。


 ここまで言われてわからない馬鹿でもないし知らないふりができる薄情者でもない。それでも、泣いてる彼女にに何をすればいいのかが俺にはわからない。伸ばしかけの手は戸惑いの中で行ったり来たりを繰り返す。


 でも、今の話のおかげで全てが繋がった。今まで不鮮明で不明瞭だったものの全てが繋がった。

 自分が忘れていた過去。消してしまった過去。無かったことにした大切な記憶。


 そして、自分が逃げたせいで1人の少女に深い傷を負わせたこと。


「……ごめん、辛い思いをさせた」


 なのに出てきた言葉はぎこちなく、なのに上辺からこぼれた言葉でしかない。なぜか自分のした事の重さを理解していないように軽く他人事。


 そんな自分がほとほと嫌になった。よく考えてみれば全て、とは言わないが彼女が泣いているのはほぼ俺のせいなのだ、なのに自分のせいで傷つけた少女を、頬を涙に濡らす女の子1人をなだめることも出来ない、かける言葉すら見つけられない。そんな自分の不甲斐なさを痛感する。


「ほんと、情けないよな……」


 1人の女の子にこれだけのことを、こんなにも自分を追い詰めるまでに罪の意識を植え付けていたのに当の本人は全てをなかったことにしてしまっていた。現実の直視を恐れて逃げていた。


「う、うわぁぁぁ〜~」


 彼女の泣き声は痛いほどに俺の胸に突き刺さる。ここで何もしないことこそが本当の逃げ。

 何かが俺の背中を押す……ような気がした。


 今度は素直に手が伸びる。俺に触る資格があるのか、そんなことは分からない。どちらかと言えば、いや確実にそんな資格は無いはずだ。


 でもそれでも今、この状況で彼女をなだめられるのは、悲しみの中から救い出せるのは俺しかいない。なぜか信じて疑わなっかた。

 黙って、頭を撫でる。それくらいしか出来ない。

 僕には力がない、だから逃げたのだ。自分の過去から運命から、自ら記憶をなかったことにして心の奥底に鍵をかけてしまい込んだ。

 全て俺の弱さが起こしたことなのだ。だからこそその落とし前はきっちり付けないといけない。


「……本当に、ごめん」


 自分のためにも彼女のためにもこの気持ちはここで伝えておかないといけない。


「……でも、俺はもう風霧さんを忘れない。たとえ何があろうとも、俺は絶対に忘れない。絶対だ」


 彼女は驚いた表情を浮かべる。


 そして次には涙の跡を残したままの赤い頬をこちらに向けて微笑ほほえんだ。


「……あっ」


 何かに気づいた彼女が声を上げ、空を指さす。


「桜……の花びら」


 彼女が駆け出した先には花びらが舞っている。ヒラヒラと宙で踊る花びら。


「ねぇ、踊りましょう?」


 振り返った彼女から白く華奢な手が指し伸ばされる。


 その場の雰囲気でその手を取ってしまったがこれまでの人生で踊ったことなどない。


「安心してください、私も踊ったことはないですから……でも」


 俺の顔を覗き微笑む。


「なんか踊りたいんです。おかしいですね」

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可憐に舞い踊るは君と花 翠恋 暁 @Taroyan

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