25話 精神強化


 新しいおもちゃを見つけた私は、すぐにでもファビエ王国の王都に行きたかったのですが、私は王都の場所を知りません。

 エレンは知っているでしょうか。


「エレン。ファビエ王国の王都の場所を知っていますか?」

「うーん。詳しくは知らないなぁ。テリトリオはファビエ王国じゃなかったからなぁ……」

「そうですか」

「ごめんね。力になれなくて」

「そんな事はないですよ」


 エレンも知りませんか。

 これは困りましたね。


 私がどうしようかと考えていると、アレスさんが深刻そうな顔で「レティシアちゃんはイメージで魔法を使うと言っていたよな」と尋ねてきます。


「そうですよ。魔法というのは頭の中で想像して、火なら火をイメージして魔力を練り上げ現象を発現させます。初級魔導士ってよく詠唱を使うじゃないですか、あれは詠唱を使って魔法のイメージを固めているんですよ」


 相性などもありますから、イメージだけがすべてではありませんけどね。

 アレスさんはそれを聞いて、私を縋るような目で見てきます。


「レティシアちゃんは魔法で人の記憶を操作できるか?」

「事細かい記憶操作でなければ可能ですよ。昔に盗賊相手に使った事がありますから。ただし、その時に使ったのは記憶を全て消すという魔法ですけど」

「それなら、マリテの記憶を改ざんして欲しい」

「改ざんは難しいというか、不可能に近いですね。でも、どうしてですか?」


 理由が理由なら、少し考えてもいいんですけどね。


「それにお二人は仲もいいですし、別に記憶を触らなくてもいいと思うのですが……」

「あ、あぁ……」


 アレスさんは、マリテさんからタロウの記憶を消してしまいたいそうです。

 それは、他人に穢されたのをどうこう思っての事では無くて、二人きりでいる時にタロウに襲われた恐怖で取り乱す事があるそうです。マリテさんは愛した人であっても男性と二人きりという状況に怯えてしまっているそうです。


「俺もマリテをずっと支えていくつもりはある。いや、支えて見せる。けれど、マリテが苦しみ続ける姿を見ているのが辛いんだ」

「ふむ……」

 

 アレスさんはマリテさんの事を本当に愛しているからこそ、苦しみから解放してあげたいのでしょうね。

 しかし、記憶の改ざんができたとしても、根本的な恐怖が消えるわけではありません。

 もし可能であれば、身体も綺麗にしてあげたいです。

 そちらの方はエレンにお願いすればどうにかなりそうですが、記憶をどうするかを考えなければいけません。


 子供を作るという行為の事は本で読んだ事があるのである程度は知っていますが、詳しくは知りません。

 ギルガさんには娘さんがいるので詳しく聞いてみましょう。


「ギルガさん。マリテさんはタロウに襲われたと聞きましたが、子供を作る行為の事ですよね。その場合どこが傷つくのですか? エレンと二人で本を読んだ事はあるのですが、挿絵が無く秘部だのなんだのぼかした書き方だったので良く分かりませんでした。詳しく知りたいです」

「ちょ……い、いや……お、お前!?」


 しかし、ギルガさんはあまり話したそうにしません。

 何故でしょうか?


「ちゃんと教えてください。そうじゃないとマリテさんを治療できないじゃないですか!」

「え? ど、どういう事だ?」


 私はマリテさんをタロウに襲われる前の体に戻す治療をしたいと説明します。

 するとギルガさんはリディアさんを呼びます。


「なんですか?」

「お前……経験はあるか?」

「は?」


 ギルガさんはリディアさんにコソコソと何かを話した後、殴られていました。

 どうしてでしょう。


「あ、ありません!!」

「し、しかし、知識はあるんだよな?」


 ギルガさんはもう一発殴られていました。

 リディアさんのギルガさんを見る目がゴミを見るような目になっていました。


 焦ったギルガさんはリディアさんに私が考えている事を説明します。

 するとリディアさんの顔が真っ赤になり、「だ、大体の事は分かります」と言いました。

 それで、ギルガさんはリディアさんにエレンとマリテさんに説明して治療してくるように言いました。


 リディアさんが二人を連れて二階に行った後、頬を腫らしたギルガさんが「酷い目にあった……」と少し涙目になっていました。

 一部始終見ていたドゥラークさんは、「トキエちゃんがいなくて良かったな。もしいたら、親父のセクハラ現場を見せられて、親子関係にひびが入っていたかもしれねぇなぁ」と笑っていました。


 

 ギルガさんのおかげでマリテさんの体の事は問題ないでしょう。

 あ、エレンが治療魔法を使えば、マリテさんがエレンの聖女の力に気付くかもしれません。カンダタさんに話をしておきましょう。



「事後報告かよ」

「そうですよ。だから、アレスさん達に口止めしておいて下さい。私はマリテさんの記憶の事を考えなければいけませんので」

「お前も一緒に来い。全員で話し合った方が良い案が出るかもしれない。……しかし、お前が人を救おうとするのは珍しいな。天変地異でも起こるか?」

「失礼ですねぇ。どつきますよ」

「じょ、冗談だ。今後の話もしたいからな全員を集める」


 勇者の話が一段落し、それぞれが割り当てられた部屋に帰っていたので、カンダタさんが女性陣を除く全員を食堂に集めます。


「集まってもらってすまんな。アレス、サジェス、ロブスト、今から話す内容は絶対に口外しないと約束してくれ。もし、守れないのであれば、この部屋から出てくれ」

「もし口外したらどうなる?」

「私が殺しに行きます」


 サジェスさんが当たり前の事を聞いてきたので、当たり前の答えを返しておきます。


「うっ!? そ、それほどの話なのか?」

「あぁ。レティシアが勇者を狙う理由にも関係がある」


 カンダタさんはエレンの治療魔法の事を話します。

 その内容に脳筋戦士さんは理解できていませんでしたが、アレスさんとサジェスさんの二人は驚愕していました。


「レティシアちゃんが規格外なのは魔法の話で十分理解していたが、まさかエレンちゃんにそんな力があったとはな……」

「分かっていると思うが、口外はするなよ」

「わ、分かっています」


 エレンの魔法を説明した後、私は記憶の改ざんについて何か案がないかを聞きます。


「要するに、記憶を消す事は可能なんだな」

「はい。でも、人の頭の中を見る事はできませんから、消すのならすべての記憶を消す事になります。もちろん、それでは意味がないとは分かっていますよ」

「すべてを消すとどうなるんだ?」

「赤ちゃんと同じになります。言葉を忘れ、何もできなくなりますよ。以前、私を攫って売ろうとした盗賊に使った時はそうなりました。人買いに差し出したのですが、売れないとボヤいていました」

「お、お前、そんな事もしていたのか……」

「はい? 売られかけたので売り返しただけです」


 人に何かをしようとしたらそれをやり返されても文句は言えませんよ。

 私も人や魔物を殺す以上、返り討ちで殺されたらそれはそれでしかたないと思っていますし。


「記憶を消せないんじゃ、マリテはずっと苦しむのか?」


 脳筋戦士さんは悔しそうにします。

 アレスさんも俯いています。

 その時サジェスさんが一つの案を提示します。

 

「可能かどうかは分からないが、記憶を消す事ができないのであれば、マリテの中のタロウへの恐怖心だけを消す事はできないか?」


 恐怖心を消し去るですか……。

 記憶と一緒で感情の一部を消し去る事はできません……。

 でも……。

 良い事を思いつきましたよ。


「ふむ。精神強化をしましょう。心が強くなればいいのです」

「精神強化?」

「マリテさんは優しい女性です。だからこそ、自分が好きでもない男に襲われて、マリテさんの心には恐怖心とアレスさんへの罪悪感があるのでしょう。故に、心が弱ってしまいタロウの事を考えたりすると、恐怖に繋がってしまうのです。けれど、精神を強化しておけば、思い出したとしても乗り越えられるかもしれません。もちろん、恋人であるアレスさんやお仲間であるサジェスさんと脳筋戦士さんの協力も必要になります」

「マリテの事を支えるのは当然の事だ」

「あぁ、私にとってもマリテは可愛い妹のようなモノだ」

「俺も同じ気持ちなのだが、なぜ俺だけが脳筋戦士呼びなんだ?」


 脳筋戦士さんは複雑そうな顔をしていましたが、知りません。


「ここからはマリテさんには秘密にしておいて下さい」


 私がそう言うと、この場にいる人達が真剣な顔になります。


「マリテさんの精神に細工をします。精神を強化した結果、タロウと対峙した時にマリテさんには恐怖では無く憎悪という感情が生まれます。あ、マリテさんは優しい女性なので、そこまで大きな憎悪を発生させないでしょう。でも、確実に憎悪の感情が生まれます。その憎悪を私が感知できるように細工をします。私はそれを感知した瞬間にマリテさんの傍に転移して、タロウと殺し合います」

 

 私は、エレンが嫌な気持ちになった時にすぐに駆け付けられるように、魔法を開発しておきました。

 当然エレンにも了承済みで、その魔法をかけています。

 その結果、どこにいてもエレンの存在を感じる事ができます。

 これをマリテさんにも使っておけば、マリテさんがタロウと出会ってしまっても気付けるでしょう。


「そんな魔法があるのにも驚きだが、レティシアちゃんは転移魔法が使えるのか?」

「今は使えないのですぐに開発します。何度か実験すると思うのでいちいち驚かないでくださいね」

「あ、あぁ……」


 話を聞いている全員は驚いています。

 確かにこの世界には転移魔法はありますが、魔法陣間でしか転移はできません。

 でも、それではマリテさんの所に行けないので、ちゃんとした転移魔法を開発する必要があります。


「レティシアちゃんは、そこまでマリテの事を思っていてくれたんだな。ありがとう……」


 アレスさんは立ち上がり頭を下げます。

 それに続いてサジェスさんと脳筋戦士さんも同じように頭を下げます。


「あ、はい」


 マリテさんの事も考えていたのですが、私には別の目的があります。

 それは誰にも話していないので……。


「レティシア……お前の真の目的は勇者タロウだな」


 ギルガさんが呆れた目で私を見ています。

 何故かバレてしまいました。


「そんな事は無いですよ……といっても信用してくれなさそうな目です。そうです。私の獲物は勇者タロウです。マリテさんには餌になってもらいます」

「「「え?」」」

「とはいえ、自分から会いに行けとは言いませんよ。そんな事する必要はありません」

「どういう事だ?」

「勇者タロウの事は良く分かりませんが、もしかしたら前に襲ったマリテさんを再び襲おうとするかもしれません。そうなった時のための保険ですよ……」


 聖女の力を失ったマリテさんには接触はないかもしれませんが、あり得ない話ではありません。


 その後、マリテさんは治療を終えて、私が精神強化の魔法をかけた結果、タロウの話をしても取り乱す事はなくなり、アレスさんと二人きりになっても大丈夫でした。

 アレスさんとマリテさんは抱きあって泣いて喜んでいました。

 私の目的は勇者タロウですが、たまには良い事をするのも気分がいいです。

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親友が酷い目に遭いそうなので二人で逃げ出して冒険者をします。 ふるか162号 @huruka162

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