第6話 ツアーファイナルへ


「あー、ついに来たな最難関」

 中浦西高校でのステージを終え、中浦北高校へ向かう車内で、ジョージが呟いた。

「今のは来るって意味での来た、と北高をかけて言ったの?」

 秀樹がジョージを振り返り言うと、その頭を思い切りはたかれた。

「いてっ……まあ確かにあの有名なヤンキー高校だもんな……。なんか問題とか起こんないといいんだけど」

 はたかれた所をさすりながら秀樹が言うと、その隣の澪が言った。

「確かに……。でもま、MCで下手なこと言ったりしない限り大丈夫じゃない?客イジリとかしなければ普通に盛り上がってくれそう」

「だといいけど・・・・・・なんだろう。なんか嫌な予感がするんだよな」

「嫌な予感?」

「三人ともー、そろそろ着くわよー。降りる準備ー」

 ジョージが聞き返すのと同時に祥子は三人に言った。車は大きく左折して校門をくぐった。はーい、と三人の声が揃う。言いながら秀樹は、左折する瞬間に対向車線からパトカーが来ていたのを視界の端に捕らえた。そういえば北高はこの奥に大きな駐車場があるのにやけに手前で駐車するんだな、と秀樹は思った。

 

 

「北校のみなさん、こんにちわああああ!!」

 秀樹がマイクに叫ぶと、ステージを揺るがさんばかりの歓声が響いた。

「おお、元気いいなもういっちょ、こんにちわああああ!!」

 更に高まる歓声。それが鳴り止むのと同時に、

「いかりや長助かよ」

 澪が冷静に突っ込んだ。会場に笑いが起こった。

「いやあ、なんかやってみたくなっちゃってさ。気持ちいいよ、これは。僕らさっきまで中浦東、南、西と回ってきましたけれどね、皆さんの歓声が一番です。ダントツです」

 拍手と歓声が軽く起こった。

「こういう所はね、本当、やりやすい。何やっても盛り上がってくれるもん」

 先程より大きく歓声と笑い。それが止むのを確認すると、秀樹はギターを持ち直しながら叫んだ。

「じゃあ、この調子で盛り上がれるかーーー!?」

 大きな歓声。それから秀樹は「もっと盛り上がれるかーーー!?」と二回繰り返すとすぐさま曲のイントロを弾き始めた。歓声は更に強くなる。流れるように一曲目に入った。秀樹が歌い始める。

 秀樹の声はマイクを通してスピーカーから、そしてギターの音はシールドを通してアンプから、熱気ほとばしる客席へ怒濤の如く放たれる。その音は観客の叫声と混ざり合い、熱気が更に高まっていく。

 三人にはもちろん三ステージ分の疲れがあった。しかしライブが始まればそんなの関係なかった。脳内麻薬はドバドバと放出され、疲れはどこかへ吹き飛んでいく。歓声はとどまるところを知らない。そしてそれは客席が盛り上がった分だけステージ上にもフィードバックされた。ジョージのドラムが少し走っている。いつもならばそれをたしなめるように全体を調整する澪のベースも、今はその流れに身を任せているようだ。

 間奏に入って秀樹のギターソロ、からのジョージのドラムソロ。二番に入ったその時だった。

 秀樹は会場後方のドアを開け、フロアに入ってくる二つの人影を見た。いや、演奏中に人が入ってくること自体さほど珍しいことではないし、それだけならば目に留めることはない。問題はその二人の出で立ちだった。

(……警察!?)

 三人は同時に気付いた。しかしだからといって演奏の手をとめることはできなかった。今は曲の最中なのだ。

(でもなんで警察がここに? ……この観客の中に犯罪者が? それとも俺たちがなんか悪いことしたってのか?)

 秀樹は演奏しながら頭を巡らせた。考えても曲はドンドン進んでいく。そして二人の警官もまた、北校の生徒を掻き分け前へ進んでいった。初めは後ろから割り込まれ、怪訝そうな顔を浮かべる生徒達だったが、誰もがその出で立ちを見て驚きながらも道を譲った。

 そうこうしていくうちに二人の警官の前にはモーゼの十戒が如く人波の切れ目ができていった。

(……お、おい、どうする? 俺たちなんか悪いことしたか?)

 秀樹はアイコンタクトで横目の澪に尋ねた。

(わっかんないよ。とりあえず続けるしかないよ)

 しかしそのアイコンタクトは秀樹に届かなかった。秀樹は澪のその後ろーー舞台袖に立つ祥子を見ていた。不審に思った澪もまた後ろの舞台袖を振り返った。

 顔面蒼白で汗を垂らしながら、警官を一心に見る軽音部顧問の姿がそこにあった。

「……いや、そんな漫画みたいな焦り方する? 普通」

 秀樹は思わずギターから手を離した。拡声器から声が聞こえてきたのはその時だった。その声を聞いて他の二人も思わず楽器から手を離した。

「……あ、あーてすてす。ちょっとそこの君達、ステージ中悪いんだけど、グランドに停めてあるハイエースって君達のだよね? あの車について至急聞きたいことあるんだけどいいかなー?」

 警官のはそう言いいながら今や完全にステージまでの道ができた人波の切れ目をゆっくり歩いてきた。

「あの車ねー、実は盗難届けが出てる車なんだよねー。なんかの間違いかもしんないけどちょーっとお話聞いていいかなー」

 客席が一気にざわついた。


『どういうことだ一体』

『あいつら盗んだ車でツアーしてたのか』

『なにそれ、めっちゃロックじゃん』

『バカ、犯罪だろうが』


 三人は顔を見合わせた。

「ど、どうすんだよ。確かあの車って、ショーコ先生の車、だよな」

 ジョージがたじろぎながら言った。

「確かお父さんに借りたとかなんとか言ってたけど、まさかそんな……あ、ショーコ先生」

 祥子が舞台袖から三人の元へ歩いてくるのを澪が見つけた。

「ショーコ先生。これ一体なんの間違いなの。早くあんなん追い返してライブ続けよーよ」

 澪が祥子に詰め寄りながら言った。

「……みんな、楽器を持って」

 祥子は低く、小さな声で三人に言った。

「え、それって無理矢理ライブ続けるってこと?」

 澪は不審がりながら祥子に尋ねた。

「いいえ、ここでのこれ以上のライブは諦めた方が懸命よ。私が合図したら、全員、楽器を持って東校に走って」

「……え、それって」

 二人の警官はいよいよステージ目前まで迫っていた。祥子が振り返ってそれを確認した。

「時間がないわ。みんな用意はいい?」

「……あ、あのー、俺はどうやって持って行けば」

「あんたはスネア担いでいきなさいッ!」

「ひっ」

 ジョージが小さく呻くと祥子はつかつかと警官のもとへと歩いて行った。歩いて行く途中に祥子は着ていたスーツの上着をステージ上に投げ捨てた。秀樹はその後ろ姿を見ながらなぜか脳内で「ごくせん」のテーマが流れるのを感じた。

 祥子がステージの端に向かい、警官達の前に見下ろすように立つと警官は祥子に言った。

「あ、あなたがあの車の持ち主? じゃーとりあえず免許所見せてもらっていいですかね」

「ええ、分かりました。……これがあたしの、免許所よッ!!」

 スコーン! という痛烈な音が響いた。それは祥子のトーキックが警官の顔面にクリーンヒットする音だった。

 蹴られた警官はとっさの出来事に防御できるわけもなく、鼻血を出しながら後頭部から崩れ落ちた。

 もう一人の警官があまりの出来事に困惑しているうちに祥子はスタンドに刺さったままのマイクを乱暴にひっつかんだ。

「いいかぁ! よく聞けてめえら! ここにいるポリ公は、私の車に濡れ衣を着せ、無理矢理こいつらの演奏を止めたッ!! 

 我々には、音楽を奏でる権利があり、そしてそれを楽しむ権利がある! こいつらはそれを、踏みにじった!! つまり、悪だッ! だから私は殴った!! 音楽を、ロックを、愛しているからだ!! お前らはロックを愛していないのか!? こいつらは悪ではないというのか!? お前らが今やるべきことは、なんだ!?」

 客席の北校生に向かって翔子は声を限りに叫んだ。演説が進むごとに北校生達のざわめきは激しくなっていった。そのざわめきを後方に、先程倒れた警官がなんとか立ち上がった。

「お前、さっきから何言ってるんだ、こい! 公務執行妨害で現行犯だ!」

 鼻血を抑えながら言った。そして唖然としているもう一人の警官に「おい根岸、手錠」と、肩をはたいた。根岸と呼ばれたその警官は周りを見渡し口を開けていた。

「おい、何やってんだ根岸! 手錠!」

「……ヤマさん。これ、逃げた方がいいんじゃないスか」

「ああ!? 何言って……!?」

 ヤマさん、と呼ばれたその警官は後方にいる数百という中浦北校生のギラついた眼差しを見た。ステージの上ではさっき蹴りを食らったあの女が未だ何か叫んでいた。


「お前らが今やるべきことは…………こいつらを、ぶっ殺すことだあああああああ!!」

 

『うおおおおおおおおおおおお!!!!』

 数百という咆哮が響き渡った。言わずもがなこの日一番の歓声だった。客席はその瞬間パニックに陥った。数百という人間がたった二人の人間めがけて猛突進してきたのだ。秀樹はパニックの中二人の警官の断末魔が誰かの咆哮に掻き消されていくのを聞いた。

 祥子は三人を振り返り言った。

「さ、今よ! 走って! 東校に! 早く!」

「で、でも、先生は……」

 ジョージがスネアドラムを担ぎながら言った。

「私はいいから早く! スティック忘れんじゃないよ!」

 翔子はジョージに落ちていたドラムスティックを渡した

「先生……戻ってこれるよね?」

 澪が不安げに聞いた。

「もちろん。また会えるに決まってるじゃない。ツアー、ちゃんと成功させるのよ」

 翔子は澪の頭をなでた。その瞬間先程警官が入ってきた扉から更に警官が二人入ってきた。応援をよんだらしい。「ショーコ先生」

 秀樹の中には様々な感情が交錯していた。翔子の名を呼びながらも、何を言っていいのか皆目見当がつかなかった。それを見て翔子は秀樹に言った。

「……秀樹、あなたあなたができることをすればいいのよ」

 秀樹は頷いた。

「……はい。ありがとうございます。先生」

 それを見ると翔子は満足げに、

「さ、もう本当にいかないと。ここは私に任せて。早く」

 と言った。三人はそれぞれ楽器を持った。「なんか俺だけ厳しくね?」とジョージが呟いたが二人は無視した。舞台袖の楽屋には裏通路があった。そこから外へ抜けることができるのだ。

 三人が外に出終わって扉を閉めるその瞬間、三人はステージで叫ぶ翔子の声を最後に聞いた。


「っしゃああてめえらァ!!! 覚悟はできてんだろうなァ!?!? ツアーファイナルの幕開けだあああああ!!!」

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