第5話 アウェー戦/タチムカウ〜狂い咲く人間の証明〜



「……やっぱ、流石に厳しいんじゃないか、これ」

 舞台袖でジョージが呟いた。

 ツアー三本目となる中浦西高校は中浦学区内における唯一の女子校であり、その実体はお嬢様高校である。偏差値は学区内トップを常に維持し続け、音楽の時間には必修科目であるピアノとお琴とヴァイオリンの音色が校内に響き渡るという。

「ロックの『ロ』の字もねえ……」

 翔子がこの学園のパンフレットを軽く読み上げると秀樹は呟くように突っ込んだ。

「……ま、アウェーであることは確かね。……多分、一筋縄ではいかないわよ」

 翔子がまるで脅しでもかけるようなトーンで秀樹たちに言った。「何か策でもあるの?」

 それを聞いて秀樹はフッと鼻で笑った。三人の視線が秀樹に集まった。秀樹は言い放った。

「何もない。ノープラン」

 翔子はずっこけた。澪とジョージは軽く笑った。

「そうだと思った」

 澪は軽く頷き言った。

「ま、秀樹ならそうだわな」

 ジョージは天井を仰いだ。

「俺は思うにこういう場合、何かかにかと理詰めで考えるよりその場の勢いでばーっと歌ったり喋ったりする方がいいと思うんすよ。長年のカン、ってやつ?」

「長年って……。あたしらまだ結成二年目だけどね」

「ていうか、そのせいでめちゃくちゃ失敗したこともあるしな」

「あ、あったあった! あれでしょ? あたしらのファーストライブ!」

「懐かしいなぁ……。秀樹一人がバカみてえに緊張してな。MC全部すべってやんの」

「ちょいちょいちょい! 緊張してたのはお前も同じだっただろうが! なに記憶改ざんしてんだ!」

 秀樹はジョージに食って掛かった。それを翔子はたしなめた。

「はいはい落ち着いて。もうすぐ幕があがるわよ。

 ……とにかく、秀樹がそういうんなら任せるわ。どんなステージになっても、後悔だけはしないこと。いい?」

「分かってるって。先生」



 開演を告げるブザーが鳴るのと同時にステージの幕が上がり、ジョージはバスペダルを踏みしめた。重低音が鳴り響く。秀樹はギターを掻き鳴らしながらマイクに向かって出鱈目に叫んだ。客席前方にいる極少数のファンが歓声をあげるものの、全体の反応はやはり悪い。秀樹はそれを瞬時に悟った。

 当初の予定ならばそのまま一曲目に入るところだったが、秀樹はとっさにここでMCを挟むことを思いついた。ステージで流れる時は一瞬。迷っている暇はない。秀樹はそれを目配せでジョージと澪に伝えた。それを汲んだ二人はCの音でブレイク。ステージ上の音はピタリと止まった。

 観客からは僅かにだが拍手の音が聞こえていた。しかし、まだ足りない。秀樹はギターから手を話して両手でマイクを掴んだ。

「どこまでアウェーなんだーーーー!」

 秀樹は正面に置いておいたスピーカーに片足を置いて客席を指さした。

「どうして! なんでこの学校には、女子しかいないんだーーーー!?」

 場内に笑いが起こった。秀樹が間を置くと次第に拍手と歓声が起こる。

 その後秀樹ははっと気付いたような顔をすると、

「……あ、女子校か。ここ」

 笑いが数段大きいものになった。秀樹は畳みかけるならばここだと思った。

「オーケーオーケー西校のみなさん、学園祭楽しんでいる中ね、急に変なバンドが出てきて、ちょっと困惑しているかと思います。なのでね、ちょっと自己紹介の方をしたいと思います」

 そういうと秀樹は少し後ろに下がってジョージと澪に目配せをした。少しトーンを落として「はいせーの」と言うと、

「うぃーあーー!?」

 右手を肩の辺りに構えて、

「すたーーーまいんーーー!!」 

 思い切り突き出した。急に振られた二人は微妙に手を上げるしかなかった。

「ちゃんとみんなやってよー。打ち合わせしたじゃん」

 秀樹は二人に悪態をついた。

「多分それ秀樹の頭の中でしかやってないと思うよ」

「なんも聞いてないことを急にやりだすんじゃねえ」

「あれ、うそ!? 言ってなかったっけ!?」

 このグダグダは三人の計算のうちだった。MCの中でギャップを作り、笑いを生み出す。何度もステージに立つうちに秀樹がその中で得た黄金パターンであった。また、それを知る二人はあえてグダグダを演出したのだ。

「まあそんなわけで、我々、スターマインというバンドです。よろしくお願いします!」

 拍手がわき起こった。場内はだんだんと暖まりつつあった。もう一押し。と秀樹は思った。

「ぶっちゃけ我々西校はアウェーかなと思って今日きたんですけど、もしかして……全然そんなことないんじゃないですか!?」

 一際大きな歓声があがった。

「もしかして、もっともっと盛り上がれるんじゃないですか!?」

 そういうと秀樹は勢いそのままにギターを掻き鳴らす。ジョージのドラムカウントに続いて澪が合わせる。

 

 正午を回って少し経った時分。この日の暑さはまだまだ続く。









「ああ……や、やっべぇやべぇ……どうすんだよおい……」

 ジョージの持つドラムスティックが手の振動に合わせてガタガタと揺れるのが薄暗闇の中でも分かった。

「お、落ち着けよジョージ……相手はたかだか数十人だぜ?それに俺たち以外にもバンドは一杯出てるわけだし……な、何も死ぬわけじゃないだろ?」

「あのなあ……俺たち以外にもたくさん出てるってとこが問題なんだろうが。見たか? 聞いたか? あのリハーサルの完璧な演奏。対して俺たちはなんだよ。結成からたった一ヶ月でこんなとこに来て。演奏できるのは「Dont,say"lazy"」とオリジナル一曲だけだぞ。しかもお前、

 何で俺たちがラストなんだよぉ……」

「あぁ言うなぁ。それをぉお……」

 ジョージと秀樹は二人抱き合った崩れ落ちた。


 STARMAINE結成後の初ライブはジョージ加入後すぐに決まった。駅前の小さなライブハウスで行われる素人参加型企画「集え未来のスター!中浦市秋のバンド大祭り(初心者歓迎)」である。

 その緩い催し物的な名前に反して参加バンドは秀樹達含めなぜか六組もいた。そして演奏順は抽選で決めるらしく、秀樹たちには直前まで知らされていなかった。


 …


 今から約五時間前。リハーサルと打ち合わせでライブハウスにやってきた三人は楽屋について早々PAにステージにくるよう呼び出された。

「あれ? 俺たち一番最初にリハすんの? ってことはトップバッターか。緊張するなぁ。まあラストよりマシだけどね」

 ギターをケースから取り出しながら秀樹は少し笑みを交えながら言った。正直トップバッターでさっさと終わらせるのが一番いいと思ったのだ。

 しかしジョージとみおは呼び出された瞬間、絶望した顔へと変わっていた。ストラップを肩にかけ、秀樹がそのことに気付くと、

「……ど、どしたん、二人とも」

 と尋ねた。それに澪が応えた

「秀樹、こういう、たくさんバンドが出るイベントはね、”逆リハ”なんだよ……」

 秀樹はあんぐり口を開いた。ジョージは器用に立ったまま失神していた。


 … 


 ーー五時間後、自分達より遥かに上手い演奏を二度に渡って聞かされたSTARMAINEのみなさんの舞台袖の様子ーー


「も、もももももうこうなったらやるしかないだろ! 覚悟を決めろぉ! 覚悟をぉ!」

 秀樹はジョージの背中をばしばしと平手で叩いた。

「……も、と、は、と、い、え、ば、お前が勝手に申し込んだりするからだろうがーー!」

 ジョージはドラムスティックで秀樹をべしべしと叩いた。

「痛い、痛い! それ痛い! 地味に痛いからやめて!」

 秀樹は手でガードしながらジョージと追いかけっこをしはじめた。その時だった。

「うっさい! 静かにして!」

 着替えから戻った澪の声が響いた。二人はその声を聞いた途端、ピタッと止まったのと同時に澪のその姿に目を奪われた。

 所謂ロリータファッションに身を包んだ澪がそこにいた。

「なんだかんだ言ったってあたしたちがトリなのは変わんないんだから、今頃言い争ったって仕方ないじゃない」


 その手にもつギターの赤色と同じくらい艶っぽく光る澪の口から発せられるその言葉には、何故だかいつもと違う重みがあるように感じられた。

「そ、そそそそそうだそうだ。その通りだ。今更言い争ったって……仕方ねえ!」

 勢いをつけてジョージは秀樹の背中をスティックで一発叩いた。クリティカルヒットだった。

「ってぇ!! ……だから最初っからそう言ってるじゃんか……。て、てか澪、逆に冷静すぎない? ……緊張しないタイプ?」

 背中の痛みをさすりながら秀樹は澪に問いかけた。澪は「緊張?」と呟き少し考える素振りを見せると、 

「……緊張、なのかな。これ」

 そう言って二人に向かって左腕を突き出した。ドレスの袖がガタガタと震えていた。

「あたし、今、楽しすぎて震えてんのかもしんない」

「……え、た、楽しみ?」 

 ジョージが驚きながら言った。

「だってさ、あの人混みの中にあたしらのファンなんて一人もいないし、あたしらには対した技術も、持ち歌も、なんにもない。……でも、それでも、あたしらはそこに出ていかなきゃいけない。弾かなきゃいけない。歌わなきゃいけない。立ち向かわなきゃいけない。

 ……それってめっちゃロックじゃん」



 澪が言ったその直後、澪の後ろからペンライトの小さな明かりが覗いた。

「……えーっと、スターマイン、……さん。間もなく出番ですんで、お願いします」

 ジョージは小さく「ひっ」と呻き、後ずさった拍子にコケた。秀樹はギターのフレットを強く握りしめ、指に当たった六弦がぼよよよ~んと力のない音を立てた。一瞬の間の後、澪は後ろを振り返ると、

「はい」

 と返事した。

 ペンライトを持ったスタッフはその返事を確認すると軽く頷いてまた暗闇の中へと戻っていった。秀樹はその背を目で追った。直後にスターマインの登場SEが流れた。何の気なしに秀樹が選んだ曲だった。


 タチムカウ~狂い咲く人間の証明

          作詞 大槻ケンヂ 作曲 本城聡章


 おーら ふざけんじゃねえよタチムカウ

 屍累々 タチムカウ

 むしろ犬死にの僕ら タチムカウ

 おー狂い咲く 人間の証明


 何故来たか不思議でしょ? 勝てるわけもないのに

 僕達の悲しさは あなたがたにわからない

 僕達弱いんだな 弱いから来たのだな

 犬死にと笑うんだね 誇り高き人間の証明


 あなた方は強くて 頭もおよろしくて

 リンゴでも潰す様に 僕等などは一捻りでしょう

 リンゴ売り窓の外 窓の外は春ですね

 狂い咲きのようです

 てめーら コラ なめるなよ


 僕らガタガタ震えて タチムカウ

 ビクビク怯えて タチムカウ

 僕ら負けると知ってて タチムカウ

 ボロボロ泣きつつ タチムカウ

 しかしなめてんじゃねーよ タチムカウ

 ふざけんじゃねーよ タチムカウ

 むしろ犬死にと決めて タチムカウ

 おー狂い咲く 人間の証明


「さ、行こ!」

 二人を追い抜き、澪はカーテンを開けてつかつかと光の中に吸い込まれていった。その背中を見送ったジョージは、秀樹を見ながら言った。

「ええい、こうなりゃヤケだ! 秀樹! こうなったらとことんやるぞ! 失敗したって笑われたって死にはしねぇ! 今! 俺たちは! やれることをやるんだああああああ!」

 うおおおおおお! と叫びながらジョージもまた光の中に吸い込まれていった。

 ジョージに叩かれた背中がジンジン痛い。そこに冷や汗が垂れてきて更に痛みは増す。しかし今の秀樹にとってそれはいい起爆剤の役目を果たした。

 秀樹はもう一度フレットを強く握り直すと、目映い光の中へ、二人を追って駆けていった。



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