それから彼女は、度々僕に『生嫌悪』の話をした。毎度毎度、唐突に、何の脈絡もなくその話を──した。


「例えるとしたらね、何か得体の知れないものを食べてしまった時の感覚が近いと思うの」


「得体の知れないもの?」


「そう。消費期限が切れたお惣菜とか、よく分からない場面で出された衛生面が危うそうな料理とか。そういうのを食べてしまった時の、よくは分からないけどとりあえず体内から追い出したい、あの感覚」


「……それが、君にとっての『生』だって?」


「そうよ」



 ──僕に、彼女が抱える感覚を教えてくれたり。



「この間、死ねないって言ったわよね」


「言ってたね」


「あれね、とりわけ『生』が穢らわしく感じた日に、試したことがないわけじゃないのよ。でもダメだったのよね」


「た、試したの……!?」


「ええ、試したわ。──でもね、よく考えたらそもそも私、『生』が穢い、『生』を吐き出したいと思うだけで、別に死にたくはないのよね。ちっとも死にたくない」


「違うの?」


「全然違うわ。『生』でいたくないことと『死』になりたいことは、まったくの別物。それを履き違えちゃいけないわ。……本題に戻りましょう。あのね、試したんだけれど――『死』を目前にして、怖いとか、死にたくないとか、そういう本能的な恐怖――それを感じている瞬間が、いつ如何なるどんな時よりも、『生』で。最高に気持ち悪かった。……あれに耐えられないから、どんなに『生』が気持ち悪くても私は死ねないし、死なないわ」


「そう……なんだ」



 いつかの僕の疑問に答えてくれたり。



 ──彼女のそんな話に、困惑がないと言えば勿論嘘になる。彼女は手を変え品を変え、色んな例え話を僕にしてくれた。それでもそれが『生』というものに適用されるという点においては、僕は微塵も理解することができなかった。


 ただ僕は、僕なりに、そんな彼女も好きであったのだ。至極単純な感情として、彼女には生きていて欲しかった。だから、こうして、到底理解の難しい話であろうとも僕にしてくれることは、僕の知らない間に僕の知らない感覚を抱いて彼女が死んでしまうよりも、ずっと良かった。彼女がこんな話をしてくれたという事実が、僕にとっては大切だった。


 或いは、彼女に生きていて欲しいと思うことは、僕の身勝手であろうか。あれだけ『生』を嫌った彼女に、生きていて欲しいと願うことは、強要することは、僕の我儘以外の何物でもないのかもしれない。分からない。考えれば考えるほどに分からなくなった。


 確かなのは、彼女が死んだら僕が悲しいという、きっと彼女には安っぽいと言われてしまうであろう、しかしごく当たり前で、しかもとても大きな質量を持った感情だけだった。

 彼女が『生』でいたくないと零す度に、酷く悲しい気持ちになる。彼女がそんなふうに思うことが、悲しくもあり、悔しくもあり、寂しくもあり、僕にはどうしようもないのが申し訳なくもあり──それらが入り交じった感情が、喉元をせり上がってくる。我儘かもしれないと、エゴかもしれないと、頭では分かりながらも、巨大な感情が零したインクのように滲んでしまうのだ。

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