第7話 ベイビードライバー


 ベイビードライバーを見た。純粋に楽しかった。最近変に難しい妄想めいた感想が多かったから、これはかんたんに書きたい。楽しめた点をいくつか挙げられたら良いと思う。


 まず見始めてすぐに気づいたことだが、この映画はちょっと「フォーカス」という映画に似ている。「フォーカス」は、個人で詐欺師の生業を立てていたファビュラスな女が凄腕の詐欺師に出会って逆に騙され、うまいやり方を伝授してもらい、一旦は仲間としていくつか仕事をこなすのだが……という話だ。両者の映画に共通している点は、反社会的勢力をいかにカッコよく描くかというコンセプトであり、どちらも犯罪行為を正当不当関係なくおしゃれに表現している。「フォーカス」ならスリや詐欺、ギャンブルをこなすクールな立ち振る舞いと知的なセリフの数々。ベイビードライバーの場合、これはすべてカーチェイスに集約される。銃撃戦の場面もあるけれど、これには主人公は参加せずずっと陰に隠れている。これは「フォーカス」の女主人公にも言えることだ。最後の仕事では彼女はずっと部外者だった。


 実はこの役立たずのかんじが多少なりとも主人公に含まれていることが面白さのポイントでもある。ひと昔前に俺tuee系(「おれとぅええけい」と読む)というジャンルが立て続けに書籍化されアニメにもなった。そのときにさんざん言われたことが「展開が毎回同じ」だとか「感情移入できない」だとか「都合が良すぎる」などの評価だった。これは主になろう小説という界隈(インターネット上のタダで読めるサイト)が、気軽に読めてかつ振り返らなくてもよい消費物を求めているという理由がある。そこに高度な戦略や知性は必要とされていない。とはいえ、これは消費者の側が抱える原因に過ぎず、もっと強い原因は生産者の側にある。ぼくは決して生産者が馬鹿だからと言いたいわけではない。なろう小説において、生産者は趣味の延長として小説を書いているわけだから、商業化以前に自分の書きたいものを書くという意思がある。それは趣味のお菓子作りのようなもので、よく出来たものは求めていないのだ。それゆえにクオリティが下がるのは当然だし、むしろそのような本来商業化されないはずの作品を商業化してしまう出版社の側にこそ問題があるだろう。出版社にとっては少ないリスクで利益を見込める都合のいい源泉なのだ。


 で(話が逸れたときに用いる常套句)、ハリウッド映画(この二つの映画がハリウッド映画かどうかはよく調べていないけれどたぶんそうだろう)はもちろん商業化を目的としているから、俺tuee系のような構成はしない。視聴者が入り込みやすい設定や描写をさりげなく持ち出してくる。そこで視聴者が入り込みやすい設定とは何かというと、1:批判の対象になり得る人格を持つ、2:過去に共感しやすいトラウマを持つ、3:得意分野と苦手分野を同じくらい持つ、の三つのことだ。


 2と3はよくわかってもらえるんじゃないかと思うけれど、1はすこし説明が必要かもしれない。たとえば「ベイビードライバー」の主人公ベイビー(B・A・B・Yだ)が仕事の仲間(悪い奴ら)と行きつけのレストランに行くことになってしまうシーン。レストランにはガールフレンドが勤めている。このときベイビーは一度入店を断るが、強引な黒人によって連れていかれる。それだけならまだ良いのだが、この黒人はレストランの中でもそうとう横暴なものの言い方をするのだ。しかしベイビーは明らかな無礼を働く黒人に何も言えない。見ている側としては、ここで一発ベイビーにガツンとやってもらいたいものだけれど、彼は緘黙をつづける。ここが批判の対象になり得るということだ。たぶん現実にぼくが同じ目に遭ったとしたらぼくも同様になにもいわずに黙っておくだろう。しかし岡目八目で映画上の事件を眺める視聴者は「ベイビー、そこは言ってやらないとダメだろう」と考える。人としての弱さをはっきり視聴者に見せることで、映画全体を通した主人公の成長過程が浮き彫りになっていくという寸法だ。(実はそのすぐ後のシーンでベイビーはガールフレンドに秘密の手紙を渡しているから、このような見方は一面的にとどまるけれど)


 ちなみに、反社会勢力モノの主人公にはもう一つ設定をつけることができる。それが、4:正義観と実際に行っている犯罪との間での葛藤であり「ベイビードライバー」の主人公はこの四つを持っているという点から、ぼくにはすごく魅力的だった。


 もちろんこういう見方をしなくても、純粋な少年が反社会的勢力に巻き込まれて青春を無茶苦茶にされながらも、周囲の優しい人々やガールフレンドに救われるという話としてもおもしろい。このような結末は「フォーカス」にはできなった。


 まとめるとこの映画の楽しい点は次の通りになる。

 1、粋な犯罪行為(カーチェイス)

 2、主人公の魅力

 3、周囲の人間のやさしさ


 ちなみに「フォーカス」はこのうち1くらいしか当てはまらないような気がする。もちろん感想の域を越えないから、フォーカスの女主人公に魅力(性的な意味ではなく)を感じる人もいるのだろう。

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映画の話 寺尾小針 @one-one

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