第6話 アーティスト

 アーティストを観た。これは、無声映画とトーキー映画のちょうど転換期を背景にしており、そこで男女の俳優がそれぞれ別の道を進み他方は成功し、他方は失敗するという映画である。

 こんな風に要約するとちょっとラ・ラ・ランドっぽくなるのではないか。実際ラ・ラ・ランド的な場面はあったし、タップダンスで仲が深まる場面はそのまんまというかんじだったけれども、根本的には、ラ・ラ・ランドには両者に両者なりの成功があり失敗がある。対して、アーティストにおいては失敗と成功、救われる側と救う側という対立が素直に設定されているだけだった。それが、ぼくがこの映画をあまり面白いと思えなった理由のひとつなのだ。

 もちろん、このような設定があるからこそ楽しめる――面白いと思える人もいるだろうから、これは感覚の閾を越えない。むしろぼくが楽しめなかった理由はこれだけじゃなく(この理由は映画の構造を俯瞰する見方にしか従っていない。映画を観ている間はあんなに楽しんでいたのに、思い返してみると何が楽しかったのかよくわからない、ということが誰にもあるものと思う。)、たとえばこの映画が無声映画であることに関係しているんじゃないのか? と考えるわけだ。

 映画においては、主演男性の退廃と無声映画の零落がシンクロしている。そしてまた、主演女優の成功とトーキー映画の勃発も、シンクロしている。まずこの典型的な比喩がぼくにはつまらなかったのはそうなのだけれど、問題なのは、この無声映画が無声映画の零落を描きながら、無声映画の擁護めいた内容になっているということだ。例えるなら日本人が日本の零落を擁護するようなもので、もとはと言えば自分たちのせいなのになぜいまさらそんなことがいえる? という疑問が沸き起こってきてならない。あるいは自己言及と言ってもいいだろう。

 そういえばラ・ラ・ランドでもジャズに対する擁護が存在した。セブがジャズバーでミアにいかにジャズが素晴らしいかを説教するという場面。その直後にミアに一次オーディション突破の連絡がとどき関係が良いほうに流れるが、もしもそれが悪いほうの連絡だったら、おそらくミアはジャズを好きにならなかったのではないか。仮定が偽の命題を考えても仕方ないのだけど、そういう都合のよさがラ・ラ・ランドにはある。――その後、セブはあるジャズグループと合流し、セッションするうちに違和感を覚える。それはエレクトロミュージックに対する違和感でもあるし、ジャズの素朴なかんじやスリルが失われてしまったことに対する違和感でもある。それでもセブはグループの活動を続けデビューにまでこぎつける。その間に、ミアとセブは関係を発展させて、ミアはジャズの面白さを理解していく(この一連のシーンがぼくはとくに好きで、サウンドトラックで言えばsummer montageのあたりだったか?)が、セブのデビューライブが彼らの関係の転換点となる。音楽でつながっていた関係が、音楽によって分断されるわけだ。セブのグループのライブはエレクトロサウンドをふんだんに取り入れた内容で、ジャズとはかけ離れてしまっている。ミアは、本来セブが愛したジャズがきけると思ってライブに臨んでいたが、その予想は悪い方向で覆されたのだった。たぶん音楽の違いが分からない人には、ここでのミアの感情の変化に追いつけなかったのかもしれない(というかぼくも初めて見たとき追いつけなかった)。ライブ冒頭で舞台上のセブがミアに対して肩をすくめる動作をしたのが、このときのセブの感情をよく物語っている。それはミアに対する弁解と突き放し(ミアの理解を突き放している)であると同時に、バンドの音楽に対するなけなしの批判である。彼はこんなのはジャズでないと心の内で思っておきながら、ジャズの再興のために偽物のジャズを演奏することを選んだ。これと似た心理が、ミアとの別れの顛末でも描かれるし、ラ・ラ・ランドの一つのテーマでもある。一度失われたものを取り戻すことは不可能である。もし取り戻したいなら、それが偽物(模造品)であっても良しとせよ。ラ・ラ・ランドのジャズに対する観点は、ものすごくクールだった。

 対してアーティストはどうだったかということは、先に書いたこととほとんど変わらない。アーティストは無声映画に対して我が子のように甘い。自身が無声映画でありながら、現代の中に描かれる無声映画と当時の無声映画の状況の違いにはなにも言及しない(設定上できない)し、結局主演男性は無声映画の役者として再出発するのではなくミュージカルの役者として再出発する。それなのにトーキー映画の批判めいたことを行っているのだ。これがぼくには気に入らなかった。

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