スイートコーヒー……とビタースコーン
翔
第1話「寒空コーヒー」
AM5:30
ジジジジジ……――。
そんな音が聞こえてきた。なんてことはない、目覚ましの音。
……。段々意識が覚醒してくる。
「………………――」
のそり。かぶっていた毛布から腕を伸ばす。騒ぎ続けている目覚ましの音を止めようとそれにを手をのせて――。
「…………」
手をのせて――。
「……」
手を――。
諦めた。
上体を起こしてあくびを一つ。毛布を体に巻き付けたまま、今度こそ目覚まし時計の音を止める。
あくびを一つ。まだ離れない瞼の間から涙の粒がこぼれる。
…………。
サラリ、と前髪が流れる。
頭が重い。
「ふぁ……」
大きなあくびをもう一つ。だらしない口から吐息が漏れた。
「起きるか……」
両腕を真上に伸ばして背伸びをする。そのきっかけで毛布が体から落ちて――。
「って寒っ!」
AM5:30
「寒っ!」
開け放った窓から冷たい空気が入り込んだ。予想外の空気の冷たさに顔がゆがむ。
「なにー? アカネ、なんか言ったー?」
2階から朝月お姉ちゃんの声が聞こえる。
私は慌てて答えた。
「何でもないですよー。気にしないでくださいー」
「ほーい。アマネ、あんた今日から店長なんだからしっかりしなさいよ~」
「はーい、分かってますよ」
ふー、掌を合わせて息を吐く。
今日は1月4日。私とお姉ちゃんの実家でもある喫茶店の新年初営業日である。
「やっぱりほこり溜まってますねー。大掃除はしっかりしたんですけど」
外はまだまだ暗い。でもかすかな日の光に照らされた喫茶店のフロアは小さなほこりが舞っていた。
「開ける前にもう一度掃除しますか」
AM6:00
プルルルル――。
何度か呼び出し音を鳴らすが、相手が出る反応は無い。
「なんだよ、『ちゃんとあそこに行くときは私に電話してね!』って言ってのに……」
10回目のコールを鳴らし終えて、俺は呼び出しを切った。
仕方ない。今日はいつも通り一人で行くか。
顔を洗って身支度を整える。先ほど外の寒さを体感したから、ここは何重にも上着を重ねて着る。
じゃ、行くか。と玄関のドアノブに手をかけて、ふと止まる。
『はい、これ。ハルタ寒がりでしょ? だからこれ。私が編んだんだよ』
「…………」
部屋に戻り、クローゼットの中から赤色のマフラーを手に取る。
「行ってきます」
AM6:00
「よし、こんな感じですかね」
ピカピカになったフロアを見て、頬が緩む。やっぱり掃除をすると気持ちがいい。
手の甲で額の汗を拭う。いや、汗はかいていないのですけれども。
「て、もう6時じゃないですか」
額に当てていた腕時計を見ると、開店30分前になっていた。慌てて掃除道具を片付ける。
両手を洗い、キッチンペーパーで拭く。
「エプロン、エプロン……」
キッチンの棚に置いてあるお店のエプロンをかける。亜麻色の生地の前掛けで、胸部にお店の名前のロゴが入ったお母さんの時から使い続けたもの。
「じゃあ、頑張るね。お母さん」
エプロンをかけて後ろ髪をゴムでまとめる。
「よし!」
AM6:30
しくじった。手袋を忘れた。
雪が降る明け方をナメていた。
行儀が悪いとは思いつつ、両手をズボンのポケットに突っ込みながら歩いていく。
冬の明け方は、それ以外のより空気が冷たい。部屋でぬくぬくとしていた身には少し応える。
「……寒い」
ちかちかと黄色が点滅する信号を横目に、横断歩道を渡る。
AM6:30
「おー、なかなか様になってるじゃん」
コーヒーカップを温めているところにお姉ちゃんがやってきました。
「材料の搬入と在庫確認は終わったから。あと、器具の在庫も」
「ありがとうございます。すみません、私が出来たらよかったのですが……」
「はっはっは。あんたはこういうのには向かないからね~。あんたが仕入れとかやったら、この店1週間で潰れるよ」
「うぅぅ……、その通りですけどいわれると傷つきます……」
お姉ちゃんがにこっと快活な笑みを浮かべます。
「まぁまぁ、別にいいじゃない。あんたが出来ないことは私がする。私が出来ないことはあんたがする。そうやってこの店を受け継ぐんでしょう?」
「……はい!」
お姉ちゃんは私の頭を撫でました。
「いい返事。 じゃあ私は旦那のところに戻るから、なんかあったら連絡しなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
AM6:45
大通りを一本裏道に入ったところ、閑静な住宅街のはずれに一軒だけ明かりのついた建物。その入り口の前には小さな黒板で『今日のおすすめ』とそれらしきメニューが綺麗な字で書かれている。
要するに喫茶店だ。
小さいころから通っていた俺は、そのメニューを最後まで読むことなく店の入り口に手をかける。
AM6:45
いつもこの時間――お店の開店と同時に、彼はやってくる。このお店の最初のお客様。
お母さんが笑顔で迎えていた彼のことを、私は自分自身の心の笑顔で迎える。
本当は心のどこかでほっとした気分になっていた。
(彼が最初のお客様でよかった)
チリーン。大きくはないけれど、部屋中に響く鈴の音がなりました。お客様が来られた合図です。
ドアの先に移るのは、彼の姿です。私はカウンターから出て、彼を一番の笑顔で迎えます。
AM6:46
ドアを開ける。そこには、今年からこの喫茶店の店長を務める女性の姿がそこにはあった。
彼女は艶やかな黒髪を揺らし、店長として初めて接客をするのだった。
「いらっしゃいませ。喫茶『コーヒー・メーカー」へようこそ」
スイートコーヒー……とビタースコーン 翔 @bikyakusennpai
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