エピローグ

 無事高校を卒業し、俺と百合は最寄りの大学の生徒になった。仕方ないから四年はあの家も残しておくことにしよう。百合は自分が巻き込まれた数々の事件から犯罪心理学を選択し、俺もそれに続いた。百合は何も気づかなかったが、犯人側としては中々ヒヤッと来るものもあったりして、この授業を取って良かったと思う。取ってなかったら最悪捕まってた可能性もあるのだ。

 大学生探偵再び、なんて新聞の地方欄に載ったりもしたが、大学になってからは不思議なことに殆ど悪趣味なパーティーにはあまり呼ばれなくなった。皆無ではないが招待状の数は劇的に減り、やっぱり高校生って言う響きが良かったんだろうな、と思う。天斗はロンドンで黒い髪に緑の目の綺麗なガールフレンドが出来たと写真を送ってよこした。緑の目の意味は嫉妬だが、そんなことは考えていないぐらいにラブラブの写真を寄越すので――しかも時差関係なく――携帯端末の電源を切り、戻し忘れるのが最近の俺の落ち度である。おかげで小学生ぶりに目覚まし時計を買った。為替か日本円の現金で返せ、天斗。

 百合は長かった髪をショートボブぐらいにばっさりと切り落とし、そのままでもなんだからボランティアに寄付をした。病気の人のカツラになるそうだ。百合ぐらい長いと大層喜ばれて感謝されたそうだ。俺としては思い出が一緒に無くなったようで少し寂しかったが、百合は髪も洗いやすく乾かしやすく、満足していたのでそれはそれとしよう。耳にはピアスも開けて、朝には薄化粧もして、一気に女性らしくなっている。男の俺の旅立ちとは、と考えるとやはり社会人になる頃なのだろうか。まだまだ遠い。進学してしまったから学生結婚と言うのも言い出しづらくなってしまったし、また四年俺は悶々とし続けることになるのだろう。誤差一年の間に天斗が帰国してこないことを祈る。あいつが来ると厄介だし、英語はヒアリングがせいぜいでスピーキングは得意じゃない。あの彼女は日本語専攻で天斗とも付き合っているらしいが、そのまま吸い取られるだけ吸い取られてしまえとも思う。そしてばっさり捨てられろ。俺は別に悪魔じゃないからそれを笑ったりしない。胸の奥の悪魔は笑うかもしれないが、それも天斗が無様に振られるのを待ってからだ。まあ写真を見る限り、その可能性は低そうだが。グラマラスで背の高い、ヒールを履くともしかしたら天斗より長身な女性。お前も大学入っても伸び続けるタケノコのままだと良いな、天斗。そうでなかったらゲラゲラ笑ってやる。やっぱり笑うのか、俺。ふと気付くと天斗の事ばっか考えてるのにちょっと落胆する。とりあえず五年ぐらいこっちくんな。そしたら俺達の新婚生活を見せつけてやるから。と思ったら先に向こうのラブラブ生活動画送られたりしてな。はは、期待を裏切り予想を超えないお前の事だ、その可能性はマジ高い。

 パトローネは少しずつ弱って来て、散歩も近所一周、なんかで満足するようになっている。食欲はあるようなのでまだ病院には行っていないが、それも近いうちになりそうだ。少し寂しいが、長く生きた方だろう。十九年、もう二十年になる。百合の薬袋を持って来てくれたり、空っぽになったカップを持って来てくれたり、したものだが――今は一生懸命息をするので大変そうだ。パトローネが死んでも百合は悲鳴を上げたり死体を蹴飛ばしたりするだろうか。それほどひどい発作は起こさなくなって来て、薬も半分程度に減っているから、それはないだろう。多分。夏は疑心暗鬼の館に行こう、なんて笑顔で話せる程度に、百合は、ほつれなくなっていた。微妙じゃなかったのかと訊くと、斎の河原も人が死んだ後の場所だよ、と可愛くなく言い返される。にゃろ、っとベッドに押し倒しても、百合は笑ったままだ。笑ったまま、俺といてくれる。

 百合にとってあの事件が遠いものになりつつあるのか、遠いものにしようとしているのか。大学は杖で通っているが、たまに階段で動けなくなっているのを同級生に教えられて負んぶしていくのも良くあることだ。髪の分だけ体重が減ったのか、高校で三年続けた陸上がバネを作ったのか――一応都大会までは行っている――、ひょいっと起こすことは出来る。お姫様抱っこだって余裕だし、背だって伸び続けている。タケノコみたいだね、と言われて講堂に向かう足をぺしっと叩く。危ないよと言われて、危なくしてるんだ、と言う。

「喜世盛は少し意地悪になった」

「天斗もいねーしな。油断ゆえの意地悪だ」

「ぶー。杖だってだいぶ慣れたんだよ。あとは足がもう少し付いてきてくれれば」

 別に車椅子でも良かったのにな。いつでも一緒に居られて、その理由を与えられている気がして。俺がいないと何もできないような、そんな感じになっているみたいで。

 ウェッジウッドのカップでざらざらと薬を飲んでいた頃の方が良い、と言うのが本音のところだ。病んでいる方が扱いやすかった。変なのもいっぱいいたけど、今は天斗と水原嬢ぐらいしか連絡は取り合っていない。鍵村さんにはたまに頼まれごとをするが、国会図書館に行けば済むことが多かった。この辺に家欲しいなあ。と思ったら百合籠グループの社宅が近くにあるのを見つけた。あの爺ちゃん、どこまで先読みしてたんだ。

 がりがりとアッパー系の薬を飲みながら、百合はさっさとレポートを片付けてしまう。俺はやっぱり百合に付いて行くには多少の努力が要るようだ。だがそれでもかまわない。一緒に居られるなら、問題ない。

 百合は将来の展望を母校の教授職、と固めているようだ。まあ百合籠グループにまた面倒な事件が起きたら、名探偵として乗り込んでいくのだろう。俺はその介護人として。階段はやっぱり危ないし、バリアフリーでないところに行くには俺は必要だろう。俺は――百合籠グループの、とりあえず一社員から始めて行こう。その内誰かの目に留まるかもしれないし、天斗が色々ばらすかもしれない。あの頃の名探偵の介護人だったと。

 やめて欲しいが、きっと天斗は気にしないだろう。本当の事じゃん、何で? と訊かれるのがオチだ。あいつはどうするんだろう、大学出たら。向こうの駐在職員にでもなるつもりか? 百合籠グループの。それはそれで良いが、クリスマス休暇の度に百合をハグしに帰って来るのは止めて欲しい。悋気のある彼女を抱えてるなら尚更に。


 ちなみに俺達はお互い大学を卒業出来たら、結婚しようと約束をした。

 名探偵と介護人からレイプ犯と被害者のカップルになるのは変な感覚だったが、誰にも理解されない感覚だろう。

 それで良い。

 それで良いんだと、俺は開き直る。

 百合が俺を好きなら、俺は悪魔にでもなる。

 もっとも専門知識を得てしまった百合相手には、何にも出来ない気がするが。

 もうあの絶叫もないだろう。

 うん。それで、良い。

 ホームズに対するモリアーティからワトソンのように、裏で手ぐすね引いている方から助手として引っ付いて行けば良いだけだ。

 俺達は変わらずにそうする。変わらないようで真逆の関係を持ち続ける。

 階段の下りでぜーぜーしてるのを見付けて、苦笑い。

 ぺしんっと叩いた髪は短い。


「機動しろ。『名探偵』」

「被害者、御園生百合。加害者、喜世盛勇志」

「おいおい」

「負ぶって」

「はいはい」


 この関係が壊れないように。

 俺は丁寧に、ショートパンツの百合を負ぶった。

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名探偵の介護人 ぜろ @illness24

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