第31話 仕置


 李華曰く、


「下女が二人、勝手に宮に入って狼藉を働いておりました! 捕らえて縄で縛り上げておりまする。」


 とのことだった。


「じゃぁ、官憲に引き渡すの?」


「いいえ! 官憲では太后様に圧力をかけられれば、ひとたまりもない。」


「じゃぁ、一体どうすれば……。」


「刑部尚書に直接引き渡すのです! 太后とて手は出せないでしょう。」


 アトも一応知っている。

 六部尚書の内の一つで量刑を司る部署だ。

 しかし……。


「……。その下女は、どうなるの?」


 アトは思った。

 着物を破るなど、子供のいたずらみたいなことで、そんな大仰なところに引っ立てられれば……死罪――――。


「希勇君。下女の心配などしている場合ではありません!」


「死刑になるの?」


「当然です。」


 アトは、解っていたこととはいえ、喉の奥がすぼまる思いだ。


 勿論、服だって凄い銭がかかってる。

 子供のいたずらでも、鞭打ちになる。


 でも……。

 やっぱり人が死ぬのは……。


 アトは切り刻まれた襦裙を用意させた。


 何をするつもりなのか? 


 綾月も不安になりながらアトを見守っていると、ボロボロの襦裙に着替えだした。


 まさか……。


「その格好で茶会に出ると仰せですか!?」


 李華も綾月も翠蝶も、飛び上がった。


「違うよ。今から太后様に謁見に行く。襦裙が着れなくなったから、行けませんって、言いにいく。」


 李華が

 アトの腕を強く引っ張り止めた。


「なりませんっ!! これ以上の無礼は、何かしろの罰を与えられる口実となります! 私がご報告申し上げますから!」


「ううん。私が行く。決して裏がないこと証を立てて、それから、彼女達の処罰を任せてもらう!」


「希勇君!」


「私だって、元々は下民だった。」


「希勇君!!」


「何でか貴妃になっちゃったけど……。偉くなったからって! 簡単に人を殺すようなことしたくないよ!!」


「いい加減にしなさい。」


 綾月が声を張り上げた。


「あなた、自分一人がどうこなれば、周りにどれだけ影響があるのか、考えていますか!? 無鉄砲なことは今直ぐ止めなさい! その下女救って、何が残るというのですか!? 貴女が一番に守るべきものは何なのか、よく考えなさい。」


 綾月に言われて、アトはやっと止まった。


「刑部尚書には私が引き渡しに行きます。」


 綾月が、下女二人を連れて刑部尚書に向かった。


 そして、翠蝶が


「太后様には、私がご報告させていただきます。」


 と、申し出たが、李華が反対し、結局二人に行ってもらうことになった。


 こうして、下女二人は尋問の上、絞首刑となった。

 ただ、二人共、


『太后様のためにやったことだ! 太后様に不敬を働いた蘭玉めを懲らしめるためだ!』


 と、主張するばかりで、黒幕がいたかどうかは定かではない。


 このことに、安寿は舌打ちしていた。


 安寿は、茶会で希勇君を消す決定打を狙っていたのだ。


 太后に対する礼は失するが、刑部尚書にまで直接行かれていたとなると、手出しはできない。

 そもそも、希勇君の宮には、息のかかった者が何人かいるというのに……。


 何故、足止めをしなかったか!?

 イヤ、せめて下女の一人や二人、跡形も残さず始末をつけていればっ……!


 当然、陛下の耳にまで届いている。


 此度の事で、希勇君の宮の人員整理がなされれば、折角送った人を追い出されるに違いない。

 幸い、希勇君には太師以外のつては無いが……。


 今回はこれ以上何もしないほうがいい。

 また、機会を伺うまで!


 そして、泱容は、事のあらましの報告を受け、下女達を表向きには絞首刑にし、城の地下牢に隠し、


「殺さん程度に拷問しておけ。」


 と、命じた。そして、宦官に尋ねた。


「調べた結果は?」


「はっ! あの二人、以前、太后様の元で働いていた者共でして、病にて臥せっていた折に薬の下賜を受け、以来忠義を尽くしておるのだとか。」


「なるほど。尋問にも耐える理由はそれか。」


 泱容はため息をついて続けた。


「全く……希勇君の様子はどうか?」


「それについて、一悶着あったようで……。」


「良い話せ。」


「その、太后様に罪人の処遇を一任してもらおうと、直談判しようとしたようでして、側付きが止めたようですが……。」


「無茶苦茶だな。」


「えぇ。」


 宦官が返事をすると、プッと泱容は吹き出して、笑った。


「今宵は希勇君の元へ行こう。しょうがないから、罪人二人も連れて、あいつの好きにさせてやる。」


「宜しいので?」


「あぁ。どうせ喋らぬのら、殺すだけになろうしな。」


「はぁ。」


 こうして、夜――。

 アトの前に下女二人が並ばされた。

 アトは二人に訊ねた。


「どうしてこんなことしたの?」


 すると、掠れる声で彼女たちは叫んだ。


「お前のような女! 不釣り合いではないか!?」


「命をかけてでも?」


「それは……。」


 二人は言い淀んだ。

 きっとここまでになるなんて、思ってもみなかったのだろう。太后様のためと言えば、私相手なら、大抵は許されると思ったのかもしれない。


「分かった。それでは罰を与える。」


 そう言うと、木剣を一振り持ってこさせた。

 アトは手触りを確かめ、ぎゅうっと握りしめた。


「なっ……何をっ!!」


 下女二人は怯えた。

 アトは二人を取り押さえさせ、両腕を差し出させると――――。


 メキっ! ゴキっ!


 ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 二人の両腕を一撃で折った。


「最後の温情だ! 医者に手当を! 城から出ていけ!」


 こうして、二人の仕置が終わった。


 二人は、医者に診てもらう間、


「どうしてっ! こんな事に!」


 と恨み言を言ったが、医者は静かに言った。


「……。その腕。綺麗に折られている。」


「? え……。」


「普通、罰を受け折られた骨は粉砕されてることが多い……。悪くすればそこから腐って死ぬ。しかし……、そこまで綺麗に折れておれば、治った後は普通に生活ができるだろう。一からやり直しなさい。希勇君はその機会をそなた等に与えたのだ。」


 二人は城から出ていった。

 もう行く宛もないが……

 必ず生き延びることを誓った。


 二人の処罰を終え、泱容はアトに言った。


「良かったのか? 逆恨みをするかもしれんぞ?」


「うん。いいの。ありがとう。」


 アトはそう言って少し泱容に笑いかけた。















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