飛翔
桜々中雪生
飛翔
屋上から見える景色が好きだ。晴れていても、雨の日でも。山の上の学校、さらにその上から、町を一望できる。そうしたら、嫌なもの全部、私の視界の下に見下ろせるから。雑多に並べられた高さのちぐはぐな建物、けたたましくクラクションを鳴らす車、下を向き、電子機器を弄りながら周りの人間などさも存在しないかのようにすれ違う人たち。そういう嫌なものを足元に積み上げて、踏み潰すように上に立つ。そうしている間だけ、身体をぎゅうぎゅう締めつける
始業を知らせるチャイムが鳴る。ああ、今日もさぼっちゃったな。機械的にそう考えるけれど、それはもうルーティンみたいなもので、嫌悪にまみれた日常から逃げるための手段だった。理由も罪悪感も必要なかった。
いいよね。どうせ、戻ったって嗤われるだけだし。
誰にともなく言い訳をしたとき、視界がさっと暗くなって、鋭い風が頬を走った。導かれるように宙を見上げた。茶色く大きな鳶が、くるくる回っていた。
ピーヒョロロロロ……
澄んだ高い声で鳴く。神の遣いと言われていた鳶の声は、神託のように脳を響かす。呼応。共鳴。私の思考もクリアになる。幸運の印。もしかしたら、あれは私を幸せにしてくれるものかもしれない。心も身体も透明になって、空に融け込んでしまいそうだ。そうして、空という存在に初めて気づく。
幾度も屋上へは逃げ込んできたけれど、上を見たのは初めてだった。いつも、自分が押し潰されないように下を見下ろしてばかりいた。けれど、鳶の声と同じ澄んだ空は、私の視界の外までずっと続いていて、果てしなかった。天井なんてないように見えた。私を上から押し潰そうとするものなど存在しなかったのだ。空の下にいる私は、あまりに小さな存在だった。小さいけれど、私は融けて、空の一部になる。雄大で、包み込むような青の一部に。
からからと晴れた空は、私の瞳にすぅと吸い込まれていく。空色に染まった瞳は、もう下を見下ろすことはない。風に髪を舞い上げて、身体もふわりと宙に舞う。鳶みたいに背中に翼が生えて、自由に空を飛び回っているみたいだ。くるり、くるり、私の身体と思考は回転する。
真っ青な空を見上げる。見つめ続ける。どんどん、どんどん青が近づいてくる。そうして、青でいっぱいになって視界に雲すら映らなくなる寸前に、私は静かに目を閉じた。
もう一度、鳶の鳴く声が脳髄に響いた。
——さよなら。
飛翔 桜々中雪生 @small_drum
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