第25話 腹ごしらえをすることにしました
冒険者ギルドの二階から降りてきて、建物から外に出ても足元がおぼつかないのはなかなか治らなかった。私は何かを忘れている気がする。それが思い出せなくて、すごくムズムズする。
「ちょっとだけ、待っててもらえる?」
「あ、はい」
座って食べられるスペースのベンチに座らされて、アルさんが何かを屋台で購入しているのをぼんやりと見ている。神様から言われたというのに、まるで現実味がなかった。張り切ってはいたものの、やはり突き付けられると今ここにいる自分こそが現実で、ゲームをしていた自分が夢のようなものなのだと実感する。
(……怖い、のか。私は)
足元がふらふらとするのは、膝が笑っているせいだ。がくがくと震えるその感触に苦笑いを浮かべる。私は、本当は全然覚悟を決めてなんていなかったということだ。そりゃそうだ。だって、他の人の生き死にに関わるようなことなんて、あちらの世界ではほとんどなかった。ニュースを見たり、ネットで読んだりしても、どこか、他人事だったんだから。
(……はは。笑えないなぁ)
二度目の生を受けて、こんなことを考える必要が出てくるなんて思ってなかった。気軽に頼まれて、気軽に引き受けた。そういうものだと思っていた。でも、実際は違ったわけだ。
「……傷つくのは、嫌だな」
自分も、他人も。ウルフィーナさんが傷つくのも嫌だし、あの教会の子どもたちやセレネさんが傷つくのも嫌だし、もちろん、アルさんが傷つくのは嫌だ。これはただのエゴで、それ以外の何物でもないけど、私はずいぶん欲張りになってしまったらしい。
「お待たせ」
アルさんは飯盒みたいな小さな鍋を持って戻ってきた。
「屋台でスープを買ってきたよ。宿で食べよう」
何故だか、泣きそうになった。なんでだろう。なんでこんなに、私は情緒不安定になっているんだろうか。
「ありがと」
う、まで言おうとしたところで、目から涙がとめどなく溢れてきてしまった。熱くて痛い。ひりひりとする涙だ。ぼろぼろと泣き始めた私に、アルさんはあわてて小さな鍋を置いてから他の人から見えないように私を隠してくれる。
「マーヤ」
泣かないで、と聞こえた。私の名前を呼んでいるはずなのに、何故かそう聞こえた。
でも涙は後から後から湧いて出て、どうしようもなかったのでひとまず泣ききることにした。なんで、私はこんなに悲しいのだろう。何か、大事なことを、忘れているんじゃなかろうか。
「落ち着いた?」
永遠かと思うくらい、時間が経って私は顔をあげた。絶対目元が腫れている。
「はい。ごめんなさい」
「いいよ。俺は全然迷惑なんかじゃないから」
欲しい言葉をくれる、やさしい人。アルさんは何で勇者なんだろう。神様が選んだから?
「さぁ、行こうか」
優しく促してくれるその手をとって、私は歩き出す。涙はもう溢れてはこなかった。
「おかえりなさい! あら? まあまあ、アルが泣かせたの?」
「ちが、違います! アルさんは何も」
「ウル姉、腹が減ったからパンか何か出してー」
アルさんマイペースか! 私は少し笑ってしまって、ウルフィーナさんはそれ以上何も聞いてこなかった。テーブルの上に二人分の食器が置かれて、アルさんは手際よくさっき買ってきたスープを注いでくれる。あったかそう。
「ポトト芋をすりつぶしてギュー乳でのばしたものだって。王都で流行りのポタージュとかいうやつらしいよ。冷めてしまうから先にどうぞ」
「ありがとうございます」
木から削り出されたスプーンを手渡されて、私はそうっとすくって口に運ぶ。あたたかさとじわりと染み入るような滋味が体に広がって、ほうっと息を吐き出した。よく考えたら、なんだかずっと息をつめていたような気がする。
アルさんは私のそんな様子をじっと見つめて、息を吐き出したのを確認した後、同じようにスープに口をつけた。すごく所作が綺麗なんだよなぁ。見惚れてしまう。
「うん。なかなか美味しいね」
「あら、新しい屋台のやつ?」
「ウルフィーナさんも一口食べますか?」
「じゃあ一口貰おうかしら」
あーんとウルフィーナさんが口を開けて待っているので、私はおろおろした後、自分のスプーンでスープをすくってその口に入れた。
「うん。なるほど。うちで出すなら、もう少し塩味を足すかしら」
「ウル姉ずるい」
「何が?」
「マーヤにあーんしてもらうなんて」
口を尖らせてアルさんが拗ねだして、ウルフィーナさんが反論すると、私はさっきまでの緊張感など、本当にどこかへ行ってしまったなと思っていた。
時間が待ってくれないことくらい分かってはいたけれど、今のこの時間もとても大事で大切にしたいと思えたのだった。
引きこもり生産職の私は勇者様に気に入られて困ってます!~ポーションから始まる恋もある~ 小椋かおる @kagarima
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