悪くない


「ほんと、手に入ったのっ、やったぁ、ありがとうぅっ」


 あたしが弾ませた声で甘えたお礼を言うとスマホ越しの彼も喜ばれて嬉しげな声。フフ、あたしのためにガンバってくれたんだろうなぁ。


「うんぅ、次のデート、楽しみにしてるからっ、バイバアァイ」


 とびきり可愛い声で彼との通話を切る。うん、自然と笑みが溢れちゃうな。


「はいはい、もう一台いただきまーす。あんがとねー」


 片手間作業って感じで、あたしはスマホを操作して次のスケジュールを確認する。

 いやいや、またお小遣い稼げちゃったもんねぇ。さて、また業者さんに連絡して転売してもらっちゃおっかな。やっぱ、転売の元を探すのはアホな男等を使うに限るよねぇ。みんな、あたしが喜ぶと嬉しいって言うし、あたしも業者さんに転売品サバいて貰えて、みんなハッピーだよね。世の中転売は悪いことだって言うけど、あたし自体は全然悪いことしてないし。


「よし、次はこいつに連絡してっと、あっ、もっしもーしっ!」


 今日はこいつから転売品プレゼント貰って終了かなぁ。夜も遅いし、美容に悪いしね。




「はあぁっ、待ち合わせ場所って……ここ?」


 あたしは思わずハンドバッグを落としそうになる。待ち合わせに指定されたのはキッタないラーメン屋だった。いやいや、常識的におかしくないこれ? 普通待ち合わせって言ったらお洒落なカフェとかじゃない? というか、夜の23時30分だからカフェやってない、いや、深夜に開いてるラーメン屋もおかしいけど。せめて、駅前だよねぇ。向こうは一応デートだと思ってるはずなんだけど……やっぱラーメン屋って。


「あのデブ。アタオカ頭おかしいだなぁ。このあたしと深夜ラーメンデートする気?」


 はんっ、そんなんだからデブなんだわあいつ。これは、転売品もらったらとっとと帰るかなぁ。深夜ラーメンなんて一口だって食いたくないっての。


 あたしは、ハンカチを使ってアブラがギットギトしてそうな建付けの悪いドアを開いた。このハンカチは捨てよう。どうせ他の男からの貰い物だし。



「……あれ?」


 店の中に入ると待ち合わせてる筈のあいつどころかお客さんがひとりもいないんですけど……。


「いらっしゃい」


 いるのは不気味なおじさんだけ、お店の人なんだろうけど、あんまり話し掛けたくない。けど、一応、あいつが来てないか聞かないと。


「あっのう、ここで待ち合わせしてる筈なんですけどぅ。こう、お腹にバレーボール入れたくらい太っちょな男の子。来てません?」


 あたしは、いつもの甘えた声と笑顔で不気味なおじさんに聞いてみた。こんなおじさんに振りまくような愛嬌じゃないんだけど、反射的についやっちゃったなぁ。ま、おじさんも悪い気はしないでしょ。


「さあ?」


 おじさんは真顔であっさりと、仮にもお客さんな可愛いあたしに、簡単な言葉で質問を終わらせた。さあ? て、おいっ、客商売ナメてないですかおじさん。


「で、なんにしやす?」


 おじさんは何事も無かったように注文を聞いてくる。いや、食事なんてする気は無いけど、でもあのデブ遅れてるだけかも知れないから待つしかないかなぁ。転売品のため、お金のため。貰ったら、これでバイバイだけどね、このあたしを待たすんだから。ま、ヒマ潰しにおじさんからかうかな。


「あっ、ごめんなさい注文はいいんでっ、なにかお話しません。おじさんっ」

「お話ってぇと、アレですかい?」

「???。えと、面白いお話でもあるのかなぁ」

「へへへ、まあぁいどおぉ〜〜」






「ぇ……ちょ」


 しばらく待たされたと思ったらおじさんはいきなり頼んでもないのに大盛りラーメンをあたしの前に置いた。


「それじゃ、食べながら聞いてくだせぇ」


 こんな深夜に大盛りラーメンなんか食べるわけ無いでしょっ。おじさん頭に虫でもわいてるのっ。


 おじさんは構わずにわけのわからない話を始めた。




 ーーーーこいつはうちの弟の嫁の友達の友達がお祖父じいさんから聞いた話を弟から聞いたんですがね。

 ある村にそれはそれはそれは可愛い娘がいたそうです、村の男共が夢中になるほどにね。しかし、この娘。よく嘘をついちまう娘でして、男共に嘘がバレちまうと


 ーーーーあたしは悪くない。


 と、つい口をついてあやまりやせん。ただね、村の男共はその見た目の可愛さとちょっとした後ろめたさから、娘をすぐ許しちまってたんですよ。そんなことを何度も続けるもんだから娘はそのまますくすくと二枚舌な嘘つきに育っちまいました。


 ーーーーそれから、数年経ちましたかねぇ、見目の麗しさに磨きをかけた女となった娘が村外れを歩いていると、ひたり、ひたり、誰かが着いてくる気配がするんです。ぎょっ、とした女の子が恐る恐ると振り返ると、そこには顔面蒼白となった男が立ってやした。


 ーーーーほっ。


 娘は胸を撫でおろします。その男は知ってる男だったからです。気弱で、扱いやすい男だったもんで、恐ろしい気持ちなんて露と消えちまいました。娘は気づかなかったんです。その狂気に満ち満ちた、男の眼をね。男は言いました。


 ーーーー死んでくれ、一緒に、死んでくれ。


 いつもの気弱な男とは別人のようだと耳を疑いました。男は続けます。


 ーーーーおまえのせいで、犯罪の片棒を担いじまった。もう、生きることに耐えられねえ、だから、一緒に死んでくれ。


 娘には心当たりがありました。それは、村の金持ちの家から流行りの着物を一着盗ませたんですよ。どうしても欲しいと言ってねぇ。まあ、その着物は直ぐに町の質屋で金に変えちまったんですがね。その事を男は知らない筈です。娘は嘘が上手く、男は気弱。下手は打っていないと娘はいつものように男に言います。


 ーーーーあたしは悪くない。


 悪いのは盗みを働いたおまえの手だと、あたしの手は汚れのない綺麗な手だ。だから、悪いのは、あなた、あたしは悪くない。この男に対する強気な悪くない。男は娘に嫌われたくないためにグッ、と、呑み込む。それがいつもの締め方でした。


 ただ、今日という日は、いつもと違い。男は胡乱な目で娘の綺麗なだけの顔を見つめると。


 ーーーー悪くないとかどうでもいいんだよ。




 その日を境に、この村で二人を見たものはいません。ただ、夜な夜な村外れからそよぐ風の音はこう聞こえるそうです。


 ーーーーあたしは悪くない。


 



「とまぁ、以上です……以上なんですが……はぁ」


 勝手に変な話を終わらせたおじさんは、ため息を吐いてあたしと大盛りラーメンを交互に見つめていた。を。


「なによ、勝手に出したのそっちでしょ。深夜にラーメンなんて食べるわけないじゃん気持ち悪い」

「気持ち悪い……ですかい? ラーメンが?」

「あったり前でしょ。それになにそのつまんない話。最後らへん話端折ってんじゃねえよっ。変に繋がってなくてラーメン以上に気持ち悪いんだけどっ!」

「…………」


 おじさんは表情ひとつ変えないでジッとあたしを見下ろしてくる。


「な、なによ、あたし別に悪くないもんっ」


 もうやだ気持ち悪い。早く出たいだけどこんな店。もうデブなにしてーーあ、ようやく電話きた。あたしは迷わず電話に出た。


 「もうぅ、なにしてーー」

『ーーねぇ、転売ヤーだって、ホント?』

「ぇ……」

『ちょっと、どうしていいかわかんなくて、転売ヤーの片棒担いでたって、ショックで、あぁ、すぐそっち行くから、待って、まっててゼッタイ!!』

「こ、来なくていいからっ!?」


 あたしは青くなって急いで電話を切った。あの声、絶対普通じゃない。どうして、なんでたかが転売くらいであんなに……。あたし、悪いことなんてしてないのに……逃げなくちゃ、早くっ! 入り口、ダメだ。鉢合わせしちゃうっ。


「お、おじさんっ。裏口使わせて」

「……」


 おじさんはまるで聞こえないように新聞を広げ始めた。


「おじさんっ! 聞いてーーヒッ!」


 すぐ後ろでガラリと扉が開く音がして、荒い息づかいが聞こえーー。


「ち、ちがっ、話聞いてっ! あたし、あたしっ」


 ーーーー悪くないっ!?










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怪談ラーメン もりくぼの小隊 @rasu-toru

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