好きな人に好きな人がいた。両思いだった。

華月ぱんだ。

邪魔者妹分編

私には好きな人がいる。

7歳の頃から好きだった。

もう、本当に本当に大好きだった。

3歳年上のその人は、近所に住んでいて、頼りになるお兄ちゃんだった。

お母さんの帰りが遅くて、不安だったときに隣の自分のお家に入れて、一緒に待ってくれた。

同じ年の男の子とは、断然に違った。

大人だった。

優しかった。

彼に釣り合うように頑張った。

大人になろうと背伸びした。

小学校のころは、背伸びすれば届いたその身長は、中学校に上がる頃には届かなくなっていた。


今はもう、私が中学生になった。

お兄ちゃんに追いつきたくて、頑張って中高一貫の学校に進学した。お兄ちゃんもそこの高校に通ってるから。


高校生になったお兄ちゃんは、声が低くなって背も高くなった。でも、あの優しさは変わらなかった。

好きな気持ちに嘘はない。


小学校の頃から、一緒に登校は変わらない日常。

今日も、前を歩くお兄ちゃんを追いかけた。


「おはよ!穂高ホダカにぃ!」


「お!和泉イズミ!おはよう。朝から元気だなぁ。」


「うん!元気いっぱいだよ!それより穂高にぃ、早くしないととバスに遅れる!」


「お、もうそんな時間か…」


寝癖をぴょこぴょこさせて、あくびを噛み殺しながら走る、そんなお兄ちゃんは私のもの。私だけに見ることが許されたもの。

無防備にそんな顔をするお兄ちゃんが、可愛いくて、つい笑みがこぼれる。

朝のこんな時間が大好き。


学校じゃ、全然会えないから。


お兄ちゃんが恥ずかしがって全然会ってくれない。中学生と高校生では、場所も離れてるし。


でも、いい。

私しか知らないお兄ちゃんがいるから。

私だけのお兄ちゃんがちゃんといるから。



バスの中では2人で話す。

他愛もないことを沢山。

軽口だってたたきあう。


「宿題多くてさ…」


「高校って難しいんだね。」


「おう。この英単語見てみ。」


「おぇ…私には無理だわ。」


「頑張れ!数学主席さん!」


「もー!英語苦手なので知ってるくせに。」


「理数で取れば?」


「うーん…でもなぁ。」


「和泉は頭いいんだから、大丈夫だって!」


「んなことないって!」


「あー中間嫌だ…」


「同感。」


勉強を頑張ってるのは、お兄ちゃんに追いつきたいから。

数学主席なのは、本当の事だけど。


お兄ちゃんは、こんなこと言ってるけど、テストの順位は全科目トップ10入りしてるし、生物は主席なのは知ってる。


お兄ちゃんはお医者さんになりたいらしい。だから、私は看護師になる。お兄ちゃんの補佐を出来るように。いつまでも、お兄ちゃんの隣に居られるように。


「お、駅だ。降りるぞ。」


「うん。」


駅の中はいつも通りの混雑ぶり。

私たち2人はここでお別れ。


「じゃ、帰りにな。」


「うん。」


この瞬間は本当に嫌い。


お兄ちゃんは友達と一緒に行くから。

私もだけど。


「あ、和泉、おはよ。」


ウイ。おはよう。」


「明後日からテストだね。」


「あー本当に、嫌だ。自信なし。」


「またまたぁ。」


中1からの友達の愛は可愛くて優しい。どんな事でも、自分の事のように考えてくれる。

優しい彼氏さんが地元にいるんだって。

まあ、そりゃそうだよ。


ころころと楽しそうに笑う愛に、本当に癒される。


バスの中の会話は楽しくて電車は癒し。


毎朝毎朝の日常。


帰りは、駅でお兄ちゃんを待って2人でバスに乗る。


優しくてのどかな毎日。

大好きなお兄ちゃんと一緒にいれる。それだけで幸せだった。



本当に。



きっかけは、ほんの些細な事だった。

穂高の顔が浮かない。

悩みがありそうだった。


テストの点数はいつも通り高い。成績もいいだろう。

部活であるサッカーも、次期キャプテンとして頑張ってる。試合も順調に勝っている。


何が悩みなのだろう。


聞きたかったけど。聞けなかった。

怖かった。不安がただそこにあった。


でも、聞かずにはいられなかった。

これ以上、不安を広げないために。


「ね、穂高にぃ。」


「なに?」


「なんかあった?」


「別に。」


「テストが上手くいかなかったの?」


「ううん。」


「部活でなんかあった?」


「いや。」


「じゃあ、なんで?」


「なんでもいいだろ。」


「よくないよ。穂高にぃが元気ないと、私も悲しいもん。」


「…あのさ…女子ってどんな時に泣くんだ?」


「え…んと…悲しい時とか、嬉しい時とか…?」


「男の前で泣くときは?」


「…分かんない。でも、好きな…人の前だったら、辛いとき…の方が多い…」


「…そっか。」


それ以上、喋れなかった。

何も聞けなかった。


踏み込まない方がいいと思ったから。


でも、どれだけ避けても、逃げても。

その時は訪れる。


私にも訪れる。最悪の形で。


部活のときに、軽く転んで怪我をした。

手当をしに保健室へ行った。

話し声が聞こえた。


お兄ちゃんだった。


でも、それだけじゃなかった。

すすり泣きとともに聞こえたのは、女性の声だった。


「…日雀ヒガラくん…」


サカキさん…」


「放っておいて頂戴…」


「なんで?」


「お願い…」


「じゃあ…泣かないでよ。それとも、俺じゃ頼りにならない?」


「…っ違う!」


「じゃあ、話してよ…泣かないで…お願いだから…」


入らなかった。

入れなかった。


泣いていた女の人が、本当に綺麗で儚げで。

お兄ちゃんの顔が本当に愛おしげで、切なげで。私に見せた事のない顔だったから。


その後、どうやって帰ったのかわからない。

体調不良で部活を早退して、気づいたら家だった。


辛かった。

悲しかった。


お兄ちゃんの顔を見ればわかってしまった。

私が彼を見る時にそっくりだったから。

痛いほどに分かってしまった。


お兄ちゃんはあの人が好きなんだ。


涙が溢れて止まなかった。

それが、お兄ちゃんの片思いなら、まだ救われた。

でも、違った。


しばらくして、私は校内で2人を見かけた。


2人は…お兄ちゃんと榊先輩は仲睦まじく歩いていた。

まるで彼氏と彼女の様に。


お兄ちゃんの前をお兄ちゃんの友達が通る。


「ラブラブだねー!笑笑」


と言いながら。


2人共否定をしなかった。



つまり、そういう事なのだ。



つらくて辛くて、痛くていたくて。

泣いても泣いても、治らなくて。


涙が後から後から頰を伝った。


こんなのずるい。

まるで後出しじゃんけんだ。


私だけ先に出して、負けた。


意気地なしだから。本気でぶつかる度胸が無くて。

逃げた。目を背けた。


ううん。そうじゃない。断られる事なんて分かりきっていたから。


でも、どんな事実を突きつけられても、お兄ちゃんを嫌いになれなかった。

好きで好きでどうしようもなかった。


朝は、あの人と行きたがってた事を知っていたのに邪魔をした。

無理やり私の隣に、いさせた。

普段は別れてたはずの駅でも、べったりくっついて。ギリギリまで一緒にいた。


2人で話していたら、学校でもどこでも、突っ込んで邪魔をした。

妹だと言って。それを唯一の武器にして。

防着はなし。武器は1つ。

無理して笑って。


お兄ちゃんが、困った顔をしていた事も本当は気づいてた。知らないフリをした。


愛は、辞めなと止めてくれた。これ以上傷つかないでと。

でも、聞かなかった。聞けなかった。必死に知らないフリをして、笑顔を作った。


分かってた。


自分がどんなに醜いのかも。まるで漫画の悪役のようだという事も。


でも、止められなかった。止めたくなかった。


だから、


貴方に突き放された時、泣いて喚いて止めようとした。

もう何も残っていないから。

貴方を好きだという気持ちしか残ってないから。

貴方はやめてくれなかったけど。


だから。


私の感情は崩れてしまったのだ。


だから。


私は私じゃなくなったのだ。


だから。


感情らしい感情は全て無くなってしまった。


元々穴だらけの感情なんてゴミ箱の中。


代わりに残ったのは、醜くて汚い貴方を好きだという気持ちだけ。


嗚呼。


きっともう。


私は空っぽだから。


手遅れだから。


せめて貴方を応援しよう。

貴方に突き放されても、知らないフリをして。

最後まで悪役で。

うざい妹でいてやろう。


「ーでね。」


「へぇ…」


「ほーだーかーにぃ!!」


「?!お!ビックリした!」


「和泉ちゃん?!」


「ねぇーねぇー穂高にぃー?」


「ん?何?」


「大好き!」


精一杯の虚勢と嘘の笑顔を貼り付けて。

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好きな人に好きな人がいた。両思いだった。 華月ぱんだ。 @hr-panda

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