ミステリ好きなので異世界探偵事務所で助手をしています

六神京介

第1話

「以上のことから考えて、犯人はあなたしかいないの!」

 マギノさんは高らかに宣言しながら、ティーポットを抱えた家政婦さんを指さした。

「な――なんで私が!? そんなわけないじゃない! どこにそんな証拠があるって言うのよ!」

 指をさされて一瞬慌てふためいた家政婦さんだったが、すぐにマギノさんを見据えたかと思うと、ものすごい勢いで怒鳴り声を上げて否定し始める。これじゃ自白してるも同然なんだけれども、周囲の人たちはそういうお決まりのパターンをあまり分かっていないようだった。静かに事の成り行きを見守っている――というか、どちらの言い分ももっともだ、くらいの感覚で、マギノさんと家政婦さんを交互に見ている。

「証拠?」

 マギノさんはふふんと不敵に笑ったあと、豊満な胸を抱えるようにして腕を組み、家政婦さんを見下すような姿勢で――

「そんなものあるわけないじゃない! でも犯人はあなたしかいないの!」

 と、言い切った。

 言い切りやがった……。

「ほ、ほら、証拠もないのに私を犯人だと決めつけるなんて、どうかしてるわ! ねえ、そうよね? そうですよね?」と、家政婦さんは同僚の家政婦さんや、雇い主であるボイルロッツ侯爵に同意を求める。「私なら出来たっていうのは、ただの可能性の話でしかないじゃないの!」

「知らないわよそんなこと! あなたなら出来るんだもの。いえ……これは、あなたにしか出来ないことなのよ!」

 マギノさんは、なんだか励ましているようにしか聞こえない発言をしながら、腕を組んだ姿勢を崩そうとしない。相変わらず、すごい胆力だ。

 大抵の場合、マギノさんに名指しされた犯人はその場で犯行を認めるか、推理の穴を突こうとしてドツボにはまるパターンが多い。大体そうやって、なんとなくの推理を突き付けて犯人を言い当てれば仕事が終わるような仕組みになっている。しかしながら今回はどうやらマギノさんにとって相性の悪い犯人のようだった。

 マギノさんは、勘は鋭いものの、口論や議論には滅法弱いタイプだ。家政婦さんのように、何を言っても全力で否定してくる相手には、同様に頭ごなしに同じことを言い続けることしか出来ないのだ。

「話にならないわ! さっきの推理だって、全部想像でしかないじゃない!」

「想像じゃないの! ちゃんと私の第六感がそう告げてるの!」

「じゃあただの勘ってこと!? 想像よりたちが悪いじゃない!」

 女性二人が言い争っているところに割って入るのはとても気が重いけれど、これでも僕はマギノさんの助手という立場でここに来ている。容疑者たちが声を上げないのであれば、その役目は僕が負う他ないだろう。

「あのー……マギノさん? ちょっといいですか?」

「何よモトオ!」マギノさんは激昂状態にあるようで、僕にまで怒号を飛ばしてくる。「今話してるの、邪魔しないで」

「すみません。でもですね、えっと……証拠なんですけど」

 証拠がない、という犯人には、証拠を提示するのが一番である。

 この屋敷に来てから、僕は既に証拠の在処もなんとなく見当がついている。

 そもそも、今回の事件はごくごく単純なものだった。

 貴族の階級やら、権力の度合いなどはさておくとして――とにかく今回の依頼は、城下町の西区に屋敷を構えるボイルロッツ侯爵家からのものだった。事件内容は、ボイルロッツ侯爵の寝室に保管されていた宝石付きの指輪が盗まれた、というものである。血生臭さがなく、貴族からの依頼なので報酬も高いという、割の良い仕事だ。

 事件が判明したのは本日未明のことである。ボイルロッツ侯爵が目を覚まし、毎朝行っている装飾品の鑑賞会をしようとしたところ、指輪がひとつなくなっていることに気付いた。鑑賞会は寝る前にも行っているらしいので、つまり彼が寝ている間に犯行が行われた、ということだ。そんなに何度も見てどうすんだよという気もするけれど、彼の習性のおかげで犯行時間は明確に絞られている。

 彼の寝室のドアは鍵付きであり、彼は毎晩、寝る時は施錠をするのが癖であるようだ。この世界ではあまり馴染みのない概念らしいけれど、つまり事件当時、寝室はいわゆる密室状態にあったということになる。

 さて、指輪がなくなったことが判明してすぐ、ボイルロッツ侯爵は屋敷にいる全ての人間に対して身体検査を行った。だが無論、誰も指輪を所持していなかった。外部からの侵入も疑うべきだけれども、屋敷に入るための唯一の侵入経路には、二人がかりの寝ずの番がいたとの証言がある。もちろん、空を飛んできたとか、ロープか何かで侵入したという可能性も捨てきれないのだけれども、この世界の住人はそんな突飛な発想をしたりはしない。

 さてそうなってくると、容疑者は屋敷内の人間に絞られる。事件当夜、屋敷内にいたのは、ボイルロッツ侯爵、家政婦が三人、執事が一人、そして見張り番が二人だった。見張り番は夜間屋敷内に入ることはなかったので、容疑者からは除外する。残りは五名だが、ボイルロッツ侯爵自身も容疑者からは除外するべきだろう。そうなると、容疑者は四人となる。ちなみにボイルロッツ侯爵の奥さんやら子どもやらは、一週間ほどの小旅行に出ているようで、事件当夜も、今現在も、この屋敷にはいない。実に明快な登場人物リストと言える。

 さてその四人のうち、夜間に寝室に侵入可能だったのは、清掃担当の家政婦、給仕担当の家政婦、そして執事の三人だ。残りの家政婦は専門担当を持たない見習いのようなので、まだ鍵束の所持を許されていないようである。現実では案外そういう怪しくなさそうなのが真犯人というミステリーが多いけれど、残念ながらこの世界ではそんなに複雑な事件は滅多に起こらない。

 そしてこのうち、執事と清掃担当の家政婦には、夜間は遅くまで二人でボードゲームに興じていたというアリバイがある。まあ、実際はボードゲームではなく、怪しい密会をしていたのだと僕は睨んでいるが……今回の事件とは関係がないのでどうでも良いだろう。

 消去法で犯行が可能だったと思われる人物は、給仕担当の家政婦ということになる。

 以上がつい先ほど、マギノさんがみんなの前で披露した推理だった。

 まあ、内容を考えたのはほとんど僕だが。

「要するに、動かぬ証拠があればいいわけですよね」

「ないから困ってるんでしょ?」と、マギノさんは聞き分けの悪い子どもに言うように、優しく言う。「そもそも証拠って何よ。盗みなんだから、凶器もなければ血痕もないでしょ。推理で言い当てる以外に解決なんてないわ」

「いや、盗みなんですから、盗品があれば証拠になりますよね」

「だから身体検査したって言ってたじゃない」

 基本的にこの世界の人たちは、ミステリに耐性がない。素直というか、疑り深くないというか、頭が悪いというか……二手、三手先の可能性を読むということをしないのである。一度明確になった事実が全てであり、今回の場合なら、身体検査をして潔白だったら、誰も疑わしくないというような、頭の悪い考えに至るらしい。言ってて悲しくなってくるくらい、彼らは素直なのだ。

「でも、自分自身が身に着けていなかったとしても……どこかに隠しているという可能性もありますよね」

「盗品を? でもそんなことしたら、誰かに盗まれちゃうじゃない」

「いやまあそうなんですけど……」論ずるより産むが易し、という言葉が脳裏を過ぎる。「いいです、いいです。僕がやります。ちょっと、代わってもらってもいいですか」

「何よその態度は」

 僕は不愉快そうなマギノさんを押しのけ、容疑者の前に躍り出る。本来、推理は助手がやる仕事ではないのだけれど、探偵の脳が頼りないので仕方がない。いや頼りにはなるのだけども、こと論理的な推理であるとか、発想の転換みたいなことに関しては、ほとほと頼りにならないのだ。

「えっと……すみません、ちょっとお茶を頂きますね」

 僕はティーカップを手に取って、お茶を一口飲む。

 この世界で起こる何らかの事件では、怪しいと思ったことが、普通に怪しいのだ。ミスリードもクソもない。トリックも何もない。相手の裏をかこうとか、他人に罪を着せるとか、そういう発想がそもそも起こらない。だから、一見して怪しいことが、そのもの真実だったりするのだ。

 だから僕は、ずっと気になっていたところに突っ込んでみることにした。

 ずばり、マギノさんに犯人認定された、給仕担当の家政婦さんがずーっと手に持ち続けている――ティーポットである。

「あー、美味しいお茶ですね。これ、どんな茶葉を使ってるんですか?」

 僕は、警戒されないような足取りで近づくと、給仕担当の家政婦さんが持っているティーポットの蓋を手に取り、開いてみる。

「あっ……」

 家政婦さんは間の抜けた声を出して、ポットの中に視線を向ける。

 当然、僕の視線もポットの中――茶葉に埋もれた輝きに注がれていた。

 予想通り、茶葉の中には、宝石の付いた指輪が埋め込まれている。

 茶葉の中に入れたことにより、お茶を注ぐ時に音を出すこともなかったようだ。

「あっ、指輪!」

 声を上げたのは、ボイルロッツ侯爵だった。マギノさんの推理が始まってからようやくの第一声である。

「貴様ぁ……よくも!」

 家政婦さんを睨みつけ、ここぞとばかり激昂し始めるボイルロッツ侯爵を宥めるように、「まあまあ、制裁は推理を終えてからで」と僕は手の平を向けて彼を制する。

「じゃあマギノさん、あとはよろしくお願いします」

 僕はティーポットの中に視線を釘付けにしているマギノさんに進路を譲る。

「え? あ、そうね」マギノさんはぽかんとした表情を僕に向けたが、すぐにキリッとした真面目な顔をして、「えっと……ほら! やっぱりあなたが犯人だったじゃない! それが動かぬ証拠よ!」と大見えを切った。

 冷静に考えると、これは別に動かぬ証拠にはならない。真犯人が罪を着せるために忍ばせた可能性もあるし、言い逃れのしようはいくらでもある。が、家政婦さんはこの世の終わりのような顔をして、ティーポットを震わせながら、膝をついてしまった。側面からはボイルロッツ侯爵の、正面からはマギノさんの怒号が飛んでいる。そんなに責められているのを見るとなんだか可哀想な気もしたが、犯罪者をどのように処分するかは、探偵の助手が考えることではない。

 僕は、仕事は終わったとばかりに、喧騒から離れるように隅の席に腰掛けると、もう一杯、美味しいお茶を頂くことにする。

 純粋にお茶としても美味しいのだが、恐らくはルビーと思われる紅い宝石で淹れられたお茶だと考えると、なんとも言えない味わい深さがあった。

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