衝撃(1)

 サーヴィスエリアで休憩している最中も、永峯氏の話が頭を離れなかった。天賦の才。私が伶に固執してしまう理由は結局のところ、その一点にのみ因るのかもしれないという気がした。白く冷たい膚も、精緻な顔の造形も、皮肉めいた口調も、いっさいが才能を美しく飾り立てるために機能し、その傲慢さや自信過剰な態度をも正当化して見せている――そんなふうに考えては、ひとりで意味もなく溜息を繰り返した。自分には持ちえぬものを持つ人間への羨望、と割り切ってしまえば単純な話なのだろうが、その対象が伶であることがどうにも受け入れがたく、苦しい。自分はなんとみっともない人間なのだろうと思った。

 氏がトイレに立っているあいだ、気を紛らわそうと土産物のコーナーをふらついた。ひばりになにか買って帰ろうかと考える。先ほどの料亭で依頼すればもっと良いものを包んでもらえたかもしれないと後悔した。少し悩んで、彼女の好みそうなクッキーを選んだ。

「お待たせ。それは?」

 と戻ってきた氏。友人へのお土産と答えると、

「なんだ。今からでも女将さんに電話して送らせようか? 甘いものが好きな子なら、さっきの水菓子でも」

「それはなにか特別な機会に。誕生日とか」

 連れ立って車に戻った。走りはじめてから、氏が私に向かい、

「仲のいい子なんだな」

「その友達ですか? ええ、こっちに引っ越してきてからはずっと親しくしています」

「なら良かった」

「私に友達がいて?」

 氏は苦笑し、

「そこまでは心配してない。思い出したんだが、このあいだ帰りが遅かったとき、友達と一緒にいると言ってただろう? その子?」

「そうです。覚えてたんですね」

「なるべく覚えておくようにしてる。ちなみに名前を聞いてもいいか」

「朝霞ひばりです。朝の霞、ひばりはひらがな」

 ああ、と納得したように氏が発した。

「十和子に聞いた。君の親友だと」

 親友という語に気恥ずかしさを覚えはしたものの、否定しようとは思わなかった。私は小さく頷き、

「確かにそうです。大切な友達です」

「羨ましい。俺にはそういう相手はいないから」

「ちょっと意外です。交友関係には不自由していないのかと」

「そうでもないよ。ただ、今は家族がいちばん大事だ」

 氏は言葉を切り、しばらく沈黙を保っていたが、やがて、

「あのとき君に言われたな、伶には電話しないのかと」

 今度は私が口を噤んだ。少し考えて、

「――生意気な口を利きました」

「いや。中途半端な態度を取りつづけているのは事実だしな。十和子にも言われたよ、伶をなぜ好きにさせておくのかと」

 氏がウィンカーを灯した。高速道路を降りる。

 室姫市内へ至った。やがて窓の外が淡い火の色に満ちた。夜の濃密な黒を背景にして、無数の提灯のあかりが流れていく。

「なぜなんですか」

 とようやく私は訊いた。

「そうだな。こんな話をして、君にどう思われるか分からないんだが。まだ十和子にさえ話していないことだ。伶の父親として俺が犯した――過ちの話だ」

 氏は語りはじめた。低く穏やかな口調はそのままだったが、不思議なほどにはっきりと、その声は私の耳に届いた。

「伶は黒が好きだった。顔立ちのせいか肌の色のせいか、昔から黒がよく似合った。だから奮発して、俺は黒の浴衣を誂えさせた。十年前のことだ。四歳の伶にそれを着せて、人生で二回目の夏祭りに連れていった」

 氏の目はフロントグラスの向こう側を見据えている。私も黙ったままそれに倣った。周囲を柔らかな光に包まれ、まるで名も知れない異界ゆきの車に乗っているような気がしてきた。

 手を伸ばせば届きそうな、道のすぐ間近を一列に並走しているもの。ずっと遠くのほうで街灯りと交じり合いながら輝いているもの。群れを成す蛍のように、寄り集まって宙に浮かんで見えるもの。赤と黄、それらをより明るませたような白。

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