ムジカ様と歌うたいの娘

 ムジカ様と歌うたいの娘


 山際に、小さな村がありました。村にはおおぜいの子供が住んでいましたが、ひとり、とりわけ村人たちから可愛がられている娘がありました。

 まんまるい瞳と、立派に黒い髪の毛をした、誰でもはっと驚いてしまうほどの、それは見事な器量の娘でした。けれども、村人たちに可愛がられていた本当のわけは、それだけではなかったのでございます。

 娘は、歌が上手でございました。その素晴らしさといったら、山の鳥たちでさえもびっくりして、さえずるのをやめてしまうほどです。娘の声には、とても人間のものとは思えぬ、不思議な力が備わっていたのであります。

 村人たちは、仕事に疲れてしまうと、手を休めて、その歌声にうっとりと聞きほれました。すると、岩のすきまから美しい水がわいてくるように、こんこんと力がわいてくるのでございます。ですから、この働き者ばかりの村は栄えて、ずっとおおぜいの人が集まるようになりました。

 まもなく、娘の歌は評判になりました。誰もがその歌を聴きたがり、娘のもとへとゆきます。娘もまたそれを喜んで、ますます美しい声で、朝も夜も、歌っていたのでございました。

 そんな暮らしが長く続いたものですから、娘ののどは、すっかり疲れはててしまいました。村人たちの疲れを除いてやることは出来ても、自分ののどにだけは、歌の不思議な力もおよばなかったのであります。娘はしかたなく、ほんのしばらくのあいだのつもりで、歌うのをやめることといたしました。

 娘は心のやさしい働き者でしたから、歌をやめているうちも、わずかでも村のお役に立ちたいという思いをもっていました。ですから、すぐに、せめてみなの仕事を手助けしよう、と決めました。次の朝から、村の一軒一軒をまわって、なにかすることはありませんか、と申し出たのであります。

 村人たちは初めのうち、静かに養生しているようにと断ったのですが、娘は聞き入れません。次の日も、また次の日も、村人たちのもとへ出かけていっては、仕事をしたいと言うのです。村人たちはとうとう根負けして、娘に仕事を手伝わせることといたしました。

 しかし、どんな仕事をしてみましても、娘には、上等に出来ることがなにもありませんでした。生まれてこのかた、歌うことのほかには、なにひとつしてこなかった娘です。手は細く、体はやせていて、満足に働くことがかないません。それどころか、村人たちがけんめいに仕上げた仕事を、ふいにしてしまうようなことも、たびたび起こったのです。

 娘がいても、ほんの少しの助けにもならないので、やがて村人たちは、娘を邪魔もののように、不吉なもののように、厭うようになりました。娘は悲しんで、ひとりでひっそりと、家に隠れてしまうようになりました。

 あるとき、村に黒いかぶり物をした、なんとも奇っ怪な身なりの旅人がやってきました。この村に珍しくおもしろいものがあると聞きつけて、はるばる遠い国から、高い山をこえて、旅してきたのでございます。ですから旅人は、自分を驚かせるようなものを見せてもらえたなら、いくらでも金を払ってよい、そう村人たちに言いました。

 村人たちは、なんとか旅人の機嫌をとって、大金を儲けようと考えました。そこで自信のあるものから順々に、自分の持ち物や、芸などを、旅人に披露いたしました。しかしなにを見せても、旅人は悲しげに首をふるばかりで、けっして驚くことはありませんでした。

 旅人が立ち去る前の晩のことです。村人たちの集まりに、娘がひょっこりと顔を出しました。ほんとうに長いこと、家に隠れたきりでいたものですから、村人たちはみな、娘のことをすっかり忘れておりました。娘は、深々とこうべを垂れて、

「どうか、わたしに、あの旅の方のために歌うことを許してくださいませ」

 と、頼みました。ところが村人たちは、

「おまえのような、ひとつの役にも立たない娘に、なにが出来よう」

 と笑って、取り合いませんでした。村の誰もが、娘の歌に宿っている不思議な力のことをも、忘れてしまっていたのであります。

 その様子をどこから見ていたものでありましょう、旅人がそこへやってきて、娘に歌うように命じました。村人たちは呆れた顔をして、なんと気まぐれで、わからず屋であろうかと、心のうちで、旅人のことを思いました。

「ならば仕方がない、やってみるがよい」

 娘は、静かに前へと進み出ました。そして、ついにあの美しい声を響かせて、歌いはじめたのでございます。

 誰もが、娘の素晴らしい歌声に、心を震わせました。高い山々に棲む小鳥のさえずりのような、小川の清らかな流れのような、世の中のいっさいの悪いものをぬぐい去ってしまうような、それは見事な歌でした。

 みなが、心からの幸福を感じました。涙ぐんだ者もありました。それほどの歌でございましたから、いままでけっして驚きを見せることのなかったあの旅人も、とうとう、立ち上がって手を打ちはじめたのです。

 そうして旅人は、ついに、ずっとかむりつづけていた布を取り去りました。今度は、村人たちが驚く番でありました。異国からの旅人と思われていたのは、ムジカ様という、それはほんとうに尊くありがたい、神様であられたのです。

 ムジカ様は娘に、神の国で、永遠に歌いながら、人々を守り助けるようにと、お命じになりました。娘はむろんのこと、そのお言葉を承知いたしました。村人たちも喜んで、娘を送り出すことを決めました。

「しかし、長らく可愛がってくださった方々に、もうお会いできないのは、さびしゅうございます」

 そう娘が申しますと、ムジカ様は、

「では、一年に一度だけ、この村へ帰ってきてよい」

 とおっしゃいました。

 ムジカ様と娘が神様の国へゆかれたあと、人々は、丘の上にお宮を建てました。そうして、帰ってくる娘を出迎えるための祭りを、年に一度、開くようになりました。お宮にともしびが焚かれると、娘はふるさとへ帰るための仕度をはじめます。まるまるひと月をかけて、遠い神様の国から、人々の住む村にまで下りてくるのです。

 神様の国に行った娘は、いまでも、不思議な歌の力で村を守っています。そのおかげで村はますます栄え、高名となって、おおぜいの人々が豊かに暮らしているのです。

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