つぎは あなたの もとに
ももも
つぎは あなたの もとに
「聞いてくれよ。今度のホラー話は絶対怖いぞ。絶対に見ちゃいけないアカウントの話なんだが、そりゃあもうヤバいよ」
「なんだそれ? 見たらどうなんだよ?」
「呪われるんだよ」
「ありがちな話だなぁ」
友人の新山のホラー話を俺はスマホ片手に頬をついて聞いていた。
『夏を制するものは受験を制する』
そんな言葉が予備校の教室には至る所に張られている。
夏と言えば海に水着に夏祭り。
そんな青春あふれるイベントなんて二次元でしか起こりえず、現実は来年なんて来なければいいのにと思いながらなんとなーく予備校に通って、ノイローゼ気味にぶつぶつ英単語をつぶやく三年生の先輩方を、あれが未来の自分の姿かぁ、ああはなりたくないなあと観察する日々だ。
受験やだなぁ。学部なんてどこでもいい。「へーすごーい」と言われるブランド名のある大学に入れればいいんだ。
じゃあひたすら勉強すればいい話だが、そう簡単なものじゃない。
せっかくの夏休みだっていうのに、ずーっと勉強勉強じゃあモチベーションがあがる訳がない。
ひたすら長々しい仏像の名前や歴代の首相の名前を覚えて終わるだなんて悲しすぎるだろう。ちょっとぐらい青春っぽいことをしたい。
そういうわけで夏らしいことしようぜと、予備校に通い始めて新しくできた友人の新山とオカルト板を巡っては、どっちがより怖い話を持ち寄ってくるか競い合うのが日課となっていた。おかげで有名どころはあらかた制覇している。
そんな中でも見たら呪われる系は結構な割合を占める。
見たら呪われる絵。
見たら呪われる人形。
見たら呪われる宝石。
見たら呪われる写真。
見たら呪われる案山子。
古今東西、色々なものに呪いがかけられてきたがここにきて見たら呪われるアカウントときた。
「怪異もSNSを使いこなす時代なんだな。流行の先端にちゃんとカスタマイズしている。そのうちタピオカとか言い出すんだ」
「貞子もスマホにでる時代だぞ」
「あれはもともとはビデオだっけ? ビデオってなにって聞いたら父さんがなんとも言えない顔をしていたな。それでどういう話なんだよ?」
「とある学生がツイッターをしていた時に変なアカウントを見つけるんだ。アカウント名はサエコ。つぶやいているのは『つぎは あなたの もとに』ってだけ。それを一度でものぞいてしまったら呪われるんだ。回避するにはリツイートするしかない。その学生は噂でそう聞いていたけれど真に受けずそのまま放置しちゃうんだよ」
「あるあるだな。それで?」
「翌日、ツイッターを見ていたら例のアカウントの『つぎは あなたの もとに』っていうツイートが新着で表示されるんだ。リツイートした覚えがないしバグかなと思って放っておくんだけれど、しばらくしたらまた『つぎは あなたの もとに』って次から次へとタイムラインに流れてくる。いよいよ不気味に思って噂通りリツイートしようとするんだけれど、今度はいくら捜してもタイムラインに見あたらない。アカウントも出てこない。検索しても無駄。その日はもうツイッターを閉じてもう二度と見ないと決意する」
「でも見ちゃうんだろう?」
「そう。しばらくたってからもういいだろうって思って見ちゃうんだ。そうしたら……」
新山はもったいぶるように、一呼吸置いた
「タイムラインが『つぎは あなたの もとに』で溢れかえっているんだ。
『つぎは あなたの もとに』
『つぎは あなたの もとに』
『つぎは あなたの もとに』
『つぎは あなたの もとに』って。
んで恐れおののいていると背後から聞こえてくる。『あなたの もとに きました』って。その後、学生は行方知れずになる。彼のスマホには『つぎは あなたの もとに』って表示されたまま……。怖くね?」
「うーん……。オカルトマスター的には典型的だなという感想だな。呪いの手紙とメリーさんと赤い部屋を合体させたスマホリメイク版って感じ」
そもそもタイムラインが同じツイートっていっぱいってどういうことだろうか。
1つのツイートに対してリツイートもふぁぼも1アカウントにつき1回しか出来ないのに、そんな状況に陥ることがあるのか。
この話を作った人はツイッターのことを実はよく知っておらず、同じツイートを何度もリツイート出来るものと思っているに違いない。
粗が見えれば現実味がなくて減点ものだし、なにより、お化けがスマホをポチポチ触っている姿を想像すると怖さなんてどこへやら。
やっぱり田舎の原風景の中、這い寄る暗い影の方がよっぽど怖い。くねくねとか尺八様とか。
「あーこれは朗読版をまず見せるべきだった。この怖さはやっぱ音付きじゃないと伝わんねーわ。俺、『つぎは あなたの もとに』って字面がずらっと並んで耳障りな機械音が流れたときは、思わずスマホなげだしたもん。失敗したー」
新山はあちゃーと手のひらで自分の頭をぽんとたたいた。
こいつはいつもオーバーリアクションだなと眺めていたら、ぐいっと顔を寄せてきた。
「でもさ、実際そのツイートが流れてきたらどうするよ? こういうのってさ、噂したらきちゃうじゃん?」
「もちろん俺なら即リツイート。怪談のほとんどは、もともと主人公が言われた通りにやっておけば、あるいはやらなければなにも起きずに終わるパターンが多いだろう? だというのになにもしないか、もしくは余計なことをやらかすから巻き込まれるんだよ」
怪異と万一関わりあってしまったら、接触は必要最低限にするべきで対処したら知らんぷりが一番。
鉄則といってもいい。
そんな分かり切ったことをどうして今更言うのかと思っていたら、新山はいじわるそうな顔をした。
「でもさ、もしリツイートしたら呪いが拡散されてフォロワーさん全員に被害が及ぶじゃん? そこらへん、良心は痛まないわけ?」
「ないな。もちろん、こういう理由があって変なの流れますってツイートはするよ。そうしたら回避できるだろう?」
「どうだろうねぇ。フォロー数が多かったり、その日忙しかったらタイムラインを全部眺めている時間ってないだろ? 呪いのリツイートを見て『なんだろう、このツイート』ってアカウント先を見て呪いをうけても、その回避方法のツイートを見ていなかったら、そのまま知らずに呪怨コースだってあるわけですよ。そうなる可能性もあるって考えたらおいそれと出来なくない? 原因はどう考えたってリツイートした奴じゃん」
「そうだけど」
「それにさ、これの怖いところはたとえフォロワーが呪いを受けてしまって行方しれずになっても、本当にそうなのか分からないってとこですよ」
「あ……」
確かにそうだ。
もしフォロワーの誰かがそのホラー話の主人公と同じ目にあっても、俺には知る術がない。
毎日よくつぶやいている人だなと思っていたら、ある日突然ぱたりとなにもつぶやかなくなることなんてよくある。
沈黙のアカウントが呪いの結果なのか、ただ単にやめてしまっただけなのか。
DMしても返事が返ってこないのなら、どちらなのか永遠と分からない。
毎日ツイッターを開いては、わいわいフォロワーさんたちと色んな話題でもりあがるけれど、彼らのことで知っていることといえば、そのアイコンとつぶやきのみっていうパターンの方が圧倒的に多い。
ちょっと前に、一緒にフォロワーとゲームしている最中に相手が急に具合悪くなったけれど、どこの誰か分からなくて救急車が呼べなかったっていう話が回ってきていたな。
本名が分からない。
どこに住んでいるのか分からない。
男か女かだって知らない。
広大なネットの海の中、たまたま出会って気があってフォローになってフォロワーになったりした、友人たち。
趣味とか性癖とか内面をリアルの友人以上に知られているけれど、その実、ほとんど知らない。
ツイートがなければ、つながりは消える。
画面の向こう側でなにが起きているか分からない。
「あーそう考えたら怖いかも」
「だろ、だろ? 呪いのツイートをリツイートする時は一度フォロワーさんのこと考えろよー」
「いや、そもそもこねーし。万一、お前のスマホに流れてきても絶対リツイートすんなよ? したらアカブロだからな?」
「ひっでー自分はリツイートするくせにー」
新山が文句をいったところで昼休みは終わり、日本史の講義の教室へと向かう。
正直な気持ち、この話題が終わってちょっとほっとした気分だった。
リツイートするか、しないか。
軽く流してはいたけれど新山のホラー話が頭にこびりついて離れない。
リツイートしたあと、別の人がそのスマホで例のアカウントを見たらどうなるのだろう?
もうリツイートはできない訳だが、呪いはそのまま継続するのだろうか。
その場合、呪いがかかるのはその人か、それともスマホの方だろうか。
リツイートを解除してもう1回リツイートしなおせばいいのか。
それにアカウントを削除すれば呪いを回避できるのだろうか?
話を聞く限り、タイムラインを見なければいい話な気がするし。
そもそもサエコって誰なんだ。
なにが原因で、そんな呪いを振りまいているのか。
理由も目的も分からない。
単純なホラー話なだけに、どこまでも妄想が広がっていく。
その日一日、講義は上の空で聞いて終わった。
予備校から帰り晩ご飯を食べ風呂に入り自分の部屋に向かってベッドに転がると、ツイッターを開く。
今日覚えたことを復習しないと頭に残らないぞと散々言われているが、まだ二年生だし来年になったら本気だすから大丈夫だろう。
フォロワーたちの今日の主な話題は、先日公開されたばかりの邦画映画の感想。
公開前は期待値がかなり高かったのに、いざ封切りされると悪評しか流れてこない。
ここまで酷い映画はナンチャラマンの再来だと言われると、俄然観たくなる。
これはネタバレされる前に早めに観ておかないと思っていたら新着ツイートが表示された。
ニューマウンテンさんがリツイート・11s
サエコ @iwantyou00003
つぎは あなたの もとに
画面を眺めて鳥肌がたった。
今日の今日の話でいきなりきやがった。
しばらく頭の中が真っ白になったが、少し冷静になったところで新山に腹が立ってきた。
リツイートすんなって言っておいたはずなのに、あいつ、やりやがった。
俺には散々、フォロワーさんのことを考えろって言っていたくせに、いざ、自分に回ってきたらとっととリツイートしてんじゃねぇか。
ていうかそもそも、このサエコってアカウント自体、あいつが作ったものじゃないだろうな。
見たら呪われるというアカウントをのぞくと、アカウント自体は結構前に作ったものだったが例のツイートはそんなに古くない。
そうか、分かったぞ。
もともとのホラー話が、やつの作り話なのだ。
ここで俺がリツイートしたら今度会ったときに
「やっぱリツイートしちゃうんだな。お前は自分のことしか考えないクソ野郎だわー。え、なに? あの話、真に受けちゃった訳? うけるわー俺の創作話、怖かった?」
って残念そうな顔をされるんだ。
リツイートしなければ呪われる?
馬鹿馬鹿しい。
こんな訳の分からないのがタイムラインに流れてきたら迷惑千万だ。
無視だ、無視。
新山は会ったら一発殴っておこう。
そうしてスマホを閉じようとしたときに、タイムラインが目に入った。
リツイート済み
サエコ @iwantyou00036
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リツイート済み
サエコ @iwantyou00035
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サエコ @iwantyou00034
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サエコ @iwantyou00033
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サエコ @iwantyou00032
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サエコ @iwantyou00031
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リツイート済み
サエコ @iwantyou00030
つぎは あなたの もとに
映し出された画面を見るなり、速攻でリツイートした。
俺のスマホから、呪いのツイートが36名のフォロワーに向け発信されていく。
中学生の頃からつき合いのあるフォロワー。
最近相互フォローになったばかりの、子持ちのサラリーマンっぽいフォロワー。
つぶやきを見る限りかなり年上と推定されるが、毎日リプをとりかわすフォロワー。
常につぶやいていて、いつ寝ているのか分からないフォロワー。
一人一人のつぶやきや家族やペットの写真が頭に浮かぶが、そんなこと考えたところでしょうがない。沈黙のアカウントが増えないように祈るだけだ。
説明をそえておくから各自呪いを回避して欲しいという気持ちを込めて、釈明ツイートし、すぐにスマホを閉じた。
嘘か本当か分からない話を真に受けて格好悪い?
勝手に何度もリツイートしている、このツイッターの仕様を無視したバグ現象を俺に説明してくれ。
フォロワーさんに迷惑がかかる?
呪いがどんどん拡散されていく?
そんなこと知ったこっちゃない。
我が身が一番可愛いに決まっているだろう。
つぎは あなたの もとに ももも @momom-
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