第2話 これだから朝の占いは信用できない②

「華蘭ちゃん! 望月くんの知り合いなの?」

 朝のホームルームが終わった直後、華蘭の席の周りにクラス中の女子が集まり机を囲む。

「はい。会ったのは今日が初めてですが父が優太朗さんのお父様と知り合いで昔から存じていました」

 ヘッドホンをしていても否応なしに耳に入ってくる女子の会話を、机に顔を伏せ寝たふりをしながら聞く優太朗。

ーーそうか、親父の知り合いなのか。

 親父の変わり者具合は重々身に染みている。華蘭も親父関連の人だと思うと納得がいくものだ。

「……でも華蘭ちゃん大丈夫……?みんな知ってるんだけど望月くんって他校と暴力沙汰事件の常習犯って噂が……」

 取り囲む女子の中の一人が華蘭に小声で耳打ちをする。

「……? いえ、大丈夫ですよ。優太朗さんはそんなことしません。その噂はデマです。でも心配してくれて嬉しいです。ありがとう」

 対して華蘭は優しく微笑みやんわりと否定と感謝の旨を伝える。

「華蘭ちゃん……なんて良い子なの」

「正直望月くんには勿体ないよね」

ーーおい、聞こえてるぞ。もう少し声量下げろ。というか俺の悪口なら他所でやれ。

 彼女たちは優太朗に構わずトークに花を咲かせる。優太朗は度々自身の悪口を言われているにも関わらずトークに水を指すのを申し訳なく思い終始寝たふりを貫いている。

「優、そろそろ移動教室行こうか」

 そんな最中次の授業の教材を持った誠が優太朗の元へ現れ優太朗のヘッドホンを外す。

「あ、ああ。行こう」

 一限目は移動教室だ。優太朗も引き出しから教科書を取り出し移動の準備をする。

 優太朗が席から立ち上がると、先程まで騒がしかった華蘭の周りに一瞬の沈黙が生まれた。優太朗も今更気になることも気分を害すこともないのだが、どちらかと言えば被害者は自分ではないのかと思えてくる。


「優太朗さん、私も一緒に行ってもいいですか?」

 優太朗と誠が二人で廊下に出た瞬間後方から声を掛けられる。

 そこには同じく教科書を手にした華蘭の姿があった。

「……あのさ、お前俺のこと知らないだろうけど、あんまり俺と歩かない方がいいぞ?」

 ゆっくりと振り向く優太朗は一度大きく溜め息をはく。

「行くならクラスの女子と行きな」

 それ以上喋ることなく再び歩きだす優太朗。

「あー……ごめんね? 華蘭ちゃん。あいつ気難しいとこあるからさ」

 代わりに誠が手を合わせそのまま優太朗を追いかける。

「いいの? 優。ちょっと言い方キツかったんじゃない?」

「いんだよ、まとわりつかれる方が面倒くせえ」

「またそういうこと言って。だから勘違いされるんだよ」

 突き放したような口調の優太朗だったが、只でさえ捏造された噂が立てられやすい自分と一緒に居ることで華蘭を巻き込んでしまう事を心配しての言動だった。

 転校初日から他生徒と溝を作ってしまっては可哀想だ。

「そうですよ。だから他の子から散々言われているんですよ」

 優太朗の隣でうんうん、と頷く華蘭。

「うるせえ余計なお世話ーー?!」

 当たり前のように隣を歩く華蘭に跳び跳ね驚く優太朗。いつの間にかそこに居た華蘭に誠も目を見開き驚いている。

「なんで居んだよ!」

「いやーまさか優太朗さんが女の子からあそこまで嫌われているとは思いませんでした。凄かったですよーさっき。私色んな子に心配されましたもん」

「改めて言われるとムカつくな」

「勿論否定しましたが、安心しました。これなら彼女は居ないなと」

 ぐっと両手でガッツポーズをする華蘭。

「華蘭ちゃん、朝も言ってたけどそれってどこまで本気なのかな?」

 誠が爽やかな笑顔を華蘭に向け振り撒く。

「全て本気です。私は優太朗さんの彼女になるべく会いに来たのですよ」

 対する華蘭も目映いほどの笑顔を返す。

ーーなんだこの空間。俺を間に挟んで美形対決するのやめてくれないか。

 両端の放つオーラに圧を受けげんなりする優太朗。廊下に居る生徒たちがこちらを見てざわついていることに嫌でも気付く。

「その事だが、俺はお前の彼氏になるつもりは微塵もない。他を当たってくれ」

「いいえ、優太朗さんじゃないと駄目なんです」

「だって、優」

「知らねえよ……」

 そうこうしている内に次の教室に到着する三人。

「それではまた後で沢山話しましょうね、優太朗さん」

 にこりと笑う華蘭は入り口から足早に自分の席へ向かう。

 嵐が去ったとはまさにこの事を言うのだろう。

「まさかあの優があんな美少女からモテるとはね~」

 顎に手を当てしみじみと感慨を込める誠。優太朗はというと顔面を片手で押さえ、疲労感と解放感が同時に襲い深く溜め息をついた。


 ……だが本当の嵐はこれからだった。





 一限目の授業が終わり、本日の残りの午前中の授業は体力検査のみとなった。

 体力検査は毎年春の時期に男女混合で行われ、握力、柔軟性、持久力、その他諸々のデータを細かく測定していく。

 体育教師が指示を出しそれぞれが空いている項目から測定をしていくのだが、自由にペアが組め半ば自由行動なので校庭も体育館内も自由時間のような活気に溢れている。


「華蘭ちゃん凄い! オールAだよ!」

 体育館内の隅の方に女子の集まりが出来ている。どうやら華蘭がとんでもない記録を連発しているみたいだ。

「えへへ、運動は自信あるんです」

 ちょっぴり恥ずかしそうにしている華蘭。

所持している記録用紙の握力の欄に左右70㎏と記載されている。ちょっぴり恥ずかしいどころじゃない、驚愕の記録だ。

 可愛くて社交性も高い華蘭は一気にクラスに溶け込み、今話題の人気者状態だ。男子生徒の間でファンクラブが出来るのも時間の問題だろう。


「華蘭ちゃん、さっき見てたけど走力や投力もえげつなかったぞ」

 優太朗と誠は柔軟をしながら女子の様子を遠巻きに眺めている。実際は体育館内に居る優太朗たち以外の全ての男子生徒の視線も集めているのだが。

「すげえなゴリラなんじゃねえの」

 先程うっすら聞こえてきた内容によると華蘭の記録は男子の平均記録を優に越えているみたいだ。華奢な見た目も反し結果だけ見た者は誰も信じないだろう。

「それにしても懐かしいな。俺も中学にこっちに転校してきた頃は友達作りに必死だったよ」

 遠く懐かしむような表情を浮かべる誠。

 誠は中学二年の時に優太朗の在籍していた中学へ転入してきた。

 優太朗は中学の頃から男友達は居たが単純に群れるのが苦手で一人で行動していた。

 対する誠は持ち前のカリスマ性で苛めにあうこともなくすぐに生徒たちから受け入れられる。

 混じり合うことのない二人だと思われたが、誠が優太朗に声を掛けたことがきっかけでいつからか二人で行動するようになった。

「よく言うよ。お前初日からめちゃくちゃ声掛けられていたじゃん」

「優以外からはね」

 優太朗も初めは頻繁に構ってくる誠に対し多少の苦手意識を持っていたが、元より来るものは拒まないタイプであり、尚且つ誠と気が合うことも大きく今となっては優太朗にとって心から親友と思える存在となっていた。

「それより次、行くぞ」

 ぐっと肩をならし屋外種目を測定すべく体育館出口へと向かう優太朗。


ーーガシッ。


 突如何者かに背後から抱き着かれる。

「なーー?!」

 驚いて顔だけ振り向かせると、優太朗の予想通りにその人物の正体は華蘭であった。

 突拍子もない行動に顔を真っ赤に染め上げる優太朗。

「ななな何してんだ!」

 対する華蘭は冷静な表情で思考を巡らせている。

「うーん、筋力はそこそこありますね」

 ぎゅっと抱き着く腕に力を込める華蘭。どうやら優太朗の上半身の筋力をオリジナルの方法なのか測定しているみたいだ。

「おい! 放せ!」

「しっ! 今測定中です。データ収集です」

 目を瞑り手を肩から胸、そして脇腹の方へ動かす。

「くすぐったいからやめろ!」

 抵抗を試みる優太朗だが信じられない程の力で絞められており、まるで樹木を相手にしているのかと錯覚してしまう程に身動きがとれない。

「どれ下半身の方は……」

 そのまま下の方へ自身の指をつたらせる華蘭。

「やめろそれ以上は進むな!」

 同時に女子生徒の黄色い歓声のような悲鳴が沸き上がり、男子生徒からは嫉妬と妬みが入り交じったどす黒いオーラが放たれている。

「ちょっ、いやあの本気で!」

 優太朗の抵抗も虚しく徐々に股間方面シャイニングゾーンへ忍び寄る魔の手。


「いや、や、やめろおおおーーー!!」


 この日桜坂高等学校に新たな伝説が生まれることとなった。



「やっと一日が終わる……」


 下校時刻になり誠と二人で校門を出た優太朗は肩を落とし疲労しきっている。

「熱烈だね~お前の彼女」

「なんなんだよあいつ! 気が付けば隣やら背後にいるんだよ! 誰だよ!」

 ここでいうとは、想像通り華蘭のことだ。

 体育検査以降、昼休憩も午後からの授業も気付けば優太朗の側に出没している華蘭。

これまでにない疲労が蓄積されただけでなく、周囲の男子生徒からの風当たりも相当厳しくなったように感じる。

「お前近日中に野郎共に殺されるかもな」

「……勘弁してくれよ」

 つい先程男子生徒の怨念から解放されたばかりだ。明日からの学園生活を考えると旅にでも出てしまおうかと思えてくる。

「けどあれだけ熱心に追いかけてきていたのに帰る時は現れないんだね」

 誠の言う通り、今日一日あれだけしつこく付き纏っていた華蘭だったが意外なことに終礼後からその姿を見ていない。

「転校初日だし職員室とか色々寄るところがあるんじゃねえの。ありがたい限りだけどな」

 優太朗としてはやっと解放されたわけだ。


 程無くして優太朗のマンション前まで辿り着く。

「ま、また明日頑張れよ。それじゃあな」

「おお」

 誠と別れ自分の部屋へと向かう優太朗。

 扉の鍵を開き部屋の中へ入る。



「お帰りなさい、優太朗さん」


ーーなんで居るんだよ……。


 制服姿のままの華蘭がリビングでソファに腰掛けながら優太朗を出迎えた。

 異常事態には変わらないのだが、優太朗には最早突っ込む気力も残っていなかった。

「どうやって入ったんだ」

「合鍵です」

「分かった、そこはもういい。だから帰ってくれ」

「いえ、私は私が来た本当の理由を優太朗さんにお伝えしなければなりません」

 華蘭はソファから立ち上がり、真剣な面持ちで優太朗と向かい合う。

「ただその前に……」

「……?」

「……お腹がすいて死にそうです」

 すると華蘭の表情が一転し、へなへなと力が抜けたように床に座り込んだ。

 その様子を見て優太朗は今日何度目か分からない深い溜め息をついた。




「ほらよ」

 先程あまりの空腹で床に座り込んだ華蘭をダイニングテーブルの椅子に座らせた後、今日の夕飯で食べる予定だったパンケーキを作りテーブルに運ぶ優太朗。

 パンケーキには生クリームや蜂蜜といったこの世のありとあらゆる甘いトッピングが施されている。

 優太朗はかなりの甘党であった。

「……甘い物、好きなんですね」

 パンケーキを前にし無表情で固まる華蘭。

「悪かったな。いいからさっさと食って家に帰ってくれ」

 初対面からずっと自分のペースを貫いていた華蘭から感情を奪う程に自分の嗜好はやばいのだろうか。

「……イタダキマス」

 あれだけ流暢な日本語を話す華蘭が片言を発しパンケーキに手を付ける。

「それで、本当の理由ってのは何なんだ」

 華蘭がパンケーキを食べ終わる頃合いを見て話の本筋を進める優太朗。華蘭は一度自身の口元をハンカチで拭い口を開く。

「私が日本に来た理由は優太朗さんのボディーガードをする為です」

「ボディーガード?」

 華蘭の正面に座っている優太朗は普段聞き馴染みのない言葉に怪訝な顔をする。

「詳しくは望月教授からビデオを預かっているのでご覧くださいませ」

 そう言って鞄の中から一台のノートパソコンを取り出し机の上に置く。

 パソコンを起動させ動画フォルダの中の一つを再生すると同時にディスプレイを優太朗の方へと向ける。

 そこに映っているのは間違いなく優太朗の父親、望月 ゆたかの姿であった。


『おう。久し振りだな優太朗。早速だが俺の秘蔵っ子の華蘭がそっちに行っている。お前のボディーガードになってもらおうと思ってな。何から守るかって? ……そりゃあ世界の驚異からだよ』

  研究所で撮っているのだろうか、裕の背後には白衣を着た人達の姿も数名見受けられる。

 身振り手振りが付いたコメディアン風なノリで中二男子が吐くような台詞を発する父親に対し苛立ちを隠せない優太朗。

『可愛くて器量もいい子だから、まあ面倒見てやってくれよ。なお早々に手は出すなよ。子供を作るのは結婚してかーー』

 動画の途中でパタンとノートパソコンの画面を閉じる。

「あ、まだ途中なのに」

 華蘭はコテンと首を傾げる。

「お前が親父と知り合いということはよく分かった。だが合鍵は今すぐ返せ」

 結局動画からは何も詳しい情報は得られなかったが、これ以上裕のテンションに飲み込まれる訳にはいかない。華蘭のお腹も満たされたことだ、合鍵だけ回収して直ぐにでも帰っていただきたい。

「はい、どうぞ。ただ同じ合鍵をあと56個所持しています」

 最早意味が分からない。深く考えることも無駄に感じてきた。

「……そして当たり前のように監視カメラを仕掛けるな! 」

 優太朗は先程から気になっていた部屋の天井隅にいつの間にか設置されてあるカメラを指差し怒声をあげる。

「監視じゃありません、防犯カメラです。優太朗さんに何かあったら私もう……あ、夜の処理とかは気にせずされて大丈夫ですよ。私気にしませんしそこら辺の理解力はありますので、あれですよね、仕方ないんですよね」

 ポッと顔を赤らめ目を逸らす華蘭。

「お願いだから誰かこいつをつまみ出してくれ!」

 どうやら今後優太朗にはプライバシーという言葉との共存は許されないようだ。

「でも今朝の所持品検査には驚きました」

 先程の恥じらいある表情は演技だったのだろうか、ころっと表情を戻し話を変える華蘭。

「は?」

 優太朗は二転三転する話題についてこれないでいる。

「日本は平和だと思っていたのですが、流石、しっかりと不定期にああいった検査が行われるのですね。生徒であろうと万全のセキュリティーを護るためには確かに欠かせませんしね」

 始めは華蘭の言葉が何を指しているのか理解出来なかった優太朗だったが、徐々に今朝の記憶が甦り一つの答えに辿り着いてしまう。

「おい、もしかしてあの拳銃って……」

「はい、私が昨夜の内に護身用として優太朗さんの鞄に入れました。だって優太朗さん、何も持っていないんですもの」

 どうして彼女はこうも期待を裏切らないのか。

「いやいやいや! おかしいでしょ!!」

 何もかもがぶっ飛んでいる。というか今、昨夜とか言わなかったか?

「あ、自動式拳銃は嫌でした? それならマシンピストルをーー」

「いやおかしいのは拳銃の種類じゃないから! お前の持つ価値観且つ常識だから!」

 椅子から勢いよく立ち上がる優太朗に対し、腕を組ながら息を吐いて首を横に降る華蘭。

「優太朗さん、甘い、甘いですよ。パンケーキにバター乗せて砂糖かけて生クリーム絞って蜂蜜垂らすほどに甘いです」

「さっきの食事そんなに気に食わなかったのな?! ごめんな?!」

「このご時世どこで裏組織の人間に襲われるか分からないですからね! 目には目を、念には念を、武器には武器をです!」

「いや、どんな国からやって来たんだよ!」

 人差し指を立てムンッと教訓じみた言い方をする華蘭に、優太朗は両手で顔を押さえ天井を仰ぐ。

「でもまあ明日からは私がずっとお側でお守りするので安心してください」

 そんな優太朗にも構わず、にこっと可愛らしい笑顔を浮かべる華蘭。

「いやいい、間に合ってる。そして早く帰ってくれ」

 華蘭のパソコンと鞄を突き返し半ば無理矢理に玄関へと向かわせる優太朗。

「望月教授から聞いてはいましたが本当に照れ屋さんですね。仕方ないので今日は帰ります。それではおやすみなさい」

 やれやれ、といった表情を浮かべる華蘭はローファーを履いた後、優太朗に向け一礼をし玄関の扉を開ける。


ガチャ。バタン。


ーーガチャリ。パタン。


「いや隣かよ!!」

 部屋から出ていったものの数秒後に、隣の部屋の扉が開く音が届いた。

 今日という一日だけで一体何が起こっているのか。これまでの平穏な日々は二度と戻らないのだろうか。

 確かに運命の出逢いはあった。だが運勢1位ということだけはどうも納得いかない。

 それともこれからの人生トータルにおいて運命的で最高な出逢いということになるのだろうか。そんなことを言ってしまえば誰にでも該当してしまうだろう。


 どっと襲う疲労感に頭を抱える優太朗。

 やはり朝の占いは信用できない。心からそう思った優太朗であった。

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アビリティ・エラー KUMA @kumadati

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