アビリティ・エラー

KUMA

第1話 これだから朝の占いは信用できない①



ピピピピッ


ピピピピッ


ピピーー


 枕元で鳴り響く時計のアラームを布団の中から伸ばした右手で静止する。

 カーテンの隙間から縦に線を作り漏れてくる日光と合わさり、鳥たちの鳴き声すら心地よいBGMに聴こえてくる。

 そこから数分間微動だにせず再び夢の世界コースかと思われたが、流石に意を決したのか勢い良く布団が捲り上げられ、少年ーー望月 優太朗もちづき ゆうたろうは上半身を起こし背伸びをした。



「ああ……眠い、眠すぎる。なぜ今日も学校なのか……」

 ぶつぶつと文句を言いながらも洗面所へと向かい、洗顔と制服への着替えを済ませる優太朗。

 現在マンションに一人暮らしの優太朗は日常生活の全てを一人でこなしている。


『今日の運勢1位は、おめでとうございます! 乙女座の方です!』


 ダイニングテーブルに座り、トーストと目玉焼きというお手軽な朝食を取りながらなんとなく流していたテレビから、本日の自分の運勢の太鼓判を貰う。

「お、俺じゃん」


『乙女座の貴方には、今日は運命の出逢いが訪れるでしょう。ラッキーアイテムは拳銃! それでは、今日も良い1日を、チャオ!』


「……は? 拳銃?」

 なんとぶっ飛んだ占いだろうか。

 内容は薄く在り来たりでラッキーアイテムは入手不可能な物体だ。

 決まり文句の チャオ! もなんとなくだが鼻に付く。


 朝食を終えた優太朗は歯磨きをすべく再び洗面台へ向かう。

 シャコシャコと歯を磨きながら正面の鏡に映る自分の姿を見た。

 生まれつき色素が薄く金髪の髪に、目が悪くつい眉間にシワを作り目を細めてしまう悪い癖も伴って、一端のヤンキーのような風貌で周りに人が近寄ってこない。

 相手が女の子なら尚更だ。

「運命の出逢いねえ……」

 そんな自分に出逢いがあるとは思えないが……。

 優太朗にとって友達と呼べる女子は中学からの腐れ縁のある一人しか居ない。

 しかし現状そこまで彼女が欲しいとは思っていない為、特に自分の見た目を変えることも恋愛に対する努力をすることもなく、ただ可愛い子と出逢えたらラッキーぐらいにしか考えていないのだが。

 歯磨きを終え、ささっと髪のセットをし学校へと向かうべくリビングにあるスクールバックを肩に掛ける。


 ーーん?鞄、こんなに重かったか……?

 昨日帰宅した時はここまで重くなかった様な気がするが、昨夜寝る前に今日の授業の教材をいくつか入れたこともあり、そのせいだろうと腑に落ちる。

「ーーっと、忘れてた」

 そのまま鞄を持ちリビングから玄関に向かおうとしたところ、直前に忘れ物に気付き踵を返す。

 テーブルの上に置いてあるオレンジ色のヘッドホン。優太朗が小学生の時に父からプレゼントされた、父お手製のヘッドホンだ。

 優太朗の父はアメリカで大学教授と研究室長を兼任している。稀に発明品が送りつけられることがあるのだが、このヘッドホンにもオリジナルの再生機器が内蔵されており、携帯などの媒体に繋げなくとも音楽が再生される仕組みになっている。

 流れてくる音楽はいわゆるリラクゼーションBGMみたいなものなのだが、これを聞き続けたなら頭が良くなるという父の言葉を小学生当時に真に受け、今でも習慣として一人の時は常に身に付け続けている。


 ヘッドホンを首に掛け玄関の扉を開けると、入り口横に同じブレザーの制服を着た男子高校生が携帯をいじり佇んでいた。

「お! おはよう、優」

 その少年は優太朗を見るや携帯を閉じ、爽やかな笑顔で優太朗に言葉を掛ける。

「おう、はよ」

「相変わらず目付き悪いなあお前」

「うるせ、今更だろ」


 彼の名前は津々見誠つつみまこと

 優太朗のクラスメイトで中学以来の親友だ。

 読者モデルをしているだけあって爽やかな顔立ちは世間一般のイケメンの類いの中でもトップクラスだろう。

 極めつけに全国模試上位の頭脳と、空手、柔道で全国大会優勝記録保持者という異次元なスペックを身に付けている。

 ここまでくると流石に女子も躊躇うのか、はたまた女子の間で牽制があるのか、そこまで告白されたこともないらしい。

 いや、告白されない理由の一つに、常にメンチを切っている(ように見られがちな)優太朗と共に行動していることも含まれているのかも分からない。


 優太朗たちの通う桜坂高等学校は優太朗の家から徒歩圏内に位置している。

 誠の家もそう遠くはない為二人で歩いて登校するのが日常だ。

 今日も曇りない快晴で、少しだけ吹くそよ風が春の気持ちの良い朝を演出してくれる。

「そういえば今日持ち物チェックがあるかもって高尾が言ってたぞ」

「まじ? まあ変なもの持ってきてないし大丈夫なんだけど」

「お前そのみてくれなのに真面目だよな」

 学校に到着し教室に入ると既に半数以上の生徒が登校していた。

「おはよう優太朗ー」

「おっす」

 教室に入るやいなや複数の男子生徒が優太朗に声を掛ける。

 優太朗とこれまで同じクラスを経験した男子生徒だけが優太朗と友達として普通に接してくれる。

 根は優しい為ヤンキーという偏見さえ無くなれば只のいい奴だ。

「優太朗~、今日提出の課題写させてくれ……」

「は? 高尾お前またかよ……たまには自分でもやってこいよ? ちょっと待っとけ今渡すから」

「いや母かよ」

 尚且つ面倒見が良いところもあり誠が反射的にツッコミを入れてしまう。

「しょっと……」


ーーガコン。


 優太朗が課題を出そうと自分の机に鞄を置いた瞬間、何らかの硬い物体が鞄の布越しに机に打ち付けられたかのような音が鳴る。


ーーがこん?


 今しがた発生した衝撃音を疑問に思い、鞄のファスナーを開き中を覗く。



 すると、そこには黒光りする拳銃が存在していた。


ーーん?


 優太朗の思考がフリーズする。


「どした? 優」

 不振に思った誠が優太朗に近付く。慌ててファスナーを閉める優太朗。

「あ!! いや! うん、課題な! ちょっと忘れたかもしれないから今からトイレに行ってくるわ」

「なにお前の家トイレなの?」

 やばい。“これ”を所持しているところを見られたら終わる。どうする。学校内の何処に捨ててもバレるのは時間の問題だし、構造が分からない故焼却炉に破棄して万が一爆発などしたらそれはもう立派なテロリストだ。

 取り敢えずはトイレに籠って考え直してーー

「はいお前らおはよう今から持ち物チェックするから席付けー」


 終わった。


 勢い良く扉が開き教室内へ現れたのは優太朗たちの担任にあたる女性だ。生徒からは 真木ちゃん と呼ばれており親しみやすく人気が高い。

 高身長で長髪を後ろでひとつ結びしており、整った顔つきと抜群のスタイル、極めつけはエロいタイトスカートと黒ストッキング着用で、他の男性教諭から口説かれたという噂は後を絶えない。

 まあそれも大体は初対面か数回しか接していない相手に限るのだが……。


「うわ、真木ちゃん今日は止めようよ!」

「そうだそうだ! 今は試験前だからその時間は勉強に当てた方が合理的さ!」

「うっせガキども。こちとらこれで給料貰ってんだよ。試験前だろうがなかろうが全ての時間は私の為に捧げろ」

「理不尽!!」

 正真正銘の元ヤンを隠そうともしない。

 更にはヘビースモーカーで今この瞬間煙草に火を付け咥えながら検査を始めている。

「お前ら、今更携帯やらエロ本やら隠そうが無駄だぞー。観念するんだな」

 前方の席から順番に鞄をチェックしていく真木。

 優太朗は一番後ろ且つ窓際の席なので、順番としては最後になる。

 だからといって今更どうすることもできないので、ただただ処刑の時間までじっくり焦らされ遊ばれている気しかしないのだが。


「最悪……私今日に限って携帯鞄に入れっぱなしだ……」

「やべ~、真木ちゃん鋭いから逃れられた奴居ないんだよな」


 いやいや、携帯どころの騒ぎではない。こちとら自動式拳銃が鞄の中にインされているのだ。

 これ程までに本来の目的に沿った“持ち物チェック”が行われる学校が日本に存在しているだろうか。


 そうこうしている間にも真木は刻一刻と優太朗の元へ迫ってきている。

 そしていよいよ優太朗の目の前に現れ鞄の中を覗き込んだ。


 詰んだーー。


「はい、望月オッケーっと……」


 ーーは?


 そんな筈は……。

 無言で驚く優太朗は真木が去った後に再度鞄の中を覗き込む。すると、あろうことか自分の鞄の中にあった拳銃は綺麗さっぱり姿を消していた。

 自分の妄想だったのだろうか。

 鞄を持った時の重さは確かに感触として残っているが、そもそも拳銃が日本に、ましては自分の手元に存在する筈がない。

 そう、全て妄想だったのだ。

 これは今朝占いを見て出逢いに焦がれた自分が作り出した妄想だったに違いない。

そうなるとかなり痛い奴だが優太朗はそう思い込むことにした。


「よし、終わったな。じゃあ急だが転校生を紹介する」

 生徒からの没収品を詰め込んだビニール袋をぎゅっと絞った真木は再び教壇に立ち生徒たちに視線を向ける。

「え、転校生?」

「五月のこの時期に?」

「イケメンがいいな……」

「いや、ここは女子だろ!」

 転校生というイベントは幾つになってもワクワクするものだ。

 生徒全員がそわそわした雰囲気を醸し出している。

「あー、入っていいぞ」

 真木が教室の入り口のドアの向こうに合図をすると、ガラッと引き戸が開きひとりの女子生徒が現れた。


「みなさん初めまして。チン 華蘭フア ランと申します。からん と呼んでください。父が日本人で母が中国人です。先日まで海外に住んでいたのですが日本語は分かるので気軽に話しかけてくださると嬉しいです」


 流暢な日本語を喋りながら桜坂高等学校の制服を身に纏う華蘭という少女は、誰が見てもハッと息を飲むほどの美しさとオーラを放っていた。

 勿論それは優太朗も例外ではなく、机に肘をつき顎を乗せたまま数秒間見とれてしまう。

「美少女……」

 教室のどこからか聞こえてくる声。

 華蘭は変わらずにこやかな笑顔を浮かべている。

「はい!華蘭ちゃんは何でうちに転校してきたの?」

 空気に飲まれない事が特技の高尾が手を上げて華蘭に定番の質問をする。

 質問の直後、華蘭は優太朗の方を向き不意に目が合う。


「それは優太朗さんの彼女になるためです」

 そして発せられた驚愕の返答。

「……は?」

 優太朗は現状が飲み込めず目を見開き固まってしまう。同時に教室内の全ての人が勢い良く優太朗の方へ振り向いた。

「……え? は? 俺?」

 優太朗は自分を指差し華蘭に問い掛けるが、その問い掛けに対し華蘭もにこりと笑って無言で頷く。

「おう、やってんなー望月。良かったな」

 教壇横の椅子に座り新しい煙草に火を付ける真木が無感情で言葉を発する。

「いや初対面ですよね?」

 思わず立ち上がり反応する優太朗。

「そんな!優太朗さん……まさか私以外にも彼女が……」

 優太朗の言葉を受けた華蘭は少々わざとらしく泣き真似をする。

 生徒全員が言葉を発せない中、優太朗の前方に座っている誠だけが肩を震わせ笑いを堪えていた。

「くく……良かったな、優」

「誠、お前面白がってるだろ!」

「はい、まあそこんとこは勝手にやってもらって……おう、偶然空いてる席が望月の隣しかない。良かったな」

「いや良くない!」

 真木に席の指示を受けとことこと優太朗に近付く華蘭。

 隣の席に着席し優太朗を見てにこりと笑う。

「よろしくお願いしますね! 優太朗さん」

 何がどうしてどうなっているんだ。

 朝から立て続けに起こる非日常の連続が原因なのか、頭痛がしてきた優太朗はそれ以上考えることを放棄し、そっとヘッドホンを耳に当てた。

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