少年の美学

神崎 綾人

少年の美学

 いやはや、娑婆の空気は美味しいねえ。特にこの燻る紫煙と併せると、極上のひと時を過ごせるよ。……ふぅ…………ああ、キミも一本どう? ――そう。もったいないなあ、美味しいのに。最近はどこもかしこも禁煙嫌煙、嫌になっちゃうね。ごく一部の人間のせいで、多数の人間が被害を被る。よくある話だね。

 最近この町でもそういったことがあってねえ。というのも、何やら妙な都市伝説が流れているらしくてね。なんでも恐ろしい人間がでたとか、そういう話なんだ。ごめんよ、詳しいことは覚えていないけど、兎に角そういう都市伝説が流れているせいで、ボクみたいな暗い顔した人間は、変な顔で見られることが最近は多くてねぇ。

 おやおや、怪訝そんな目をしないでよ。ボクはキミと少し世間話……いや、与太話と言ったほうが正しいかな? まあどっちでもいいか、兎に角お話がしたいだけなんだ。キミをここに連れてきたのも、ただそれだけの理由さ。ちょっと付き合ってくれよ、いいだろう? ――そっか、ありがとう。優しい人なんだね、キミは。

 さて、これから話すのは、つい先日塀の中から出てきた、ロクでもない人殺しせいねんの話だよ。まあ、肩の力を抜いて、ゆったりと聞いてほしいな。――無理って? まぁまぁそう言わずにさ、お茶でも飲んで……ありゃ、お茶もいらないと来たか。ボク、お茶と珈琲に関しては少し自信があったのになあ、残念だよ。まあ、それなら仕方ない、ありのままの状態で聞いててよ。これから話す、本当にどうしようもない人間の話を。

 はじまり、はじまり。……おっと、タバコはちゃんと灰皿に、ね。


 ×


 むかーし、昔。とあるところに一人の少年がいました。その少年はごく普通の家庭に生まれ、至極平凡な生活を送っていた、本当に取り立てて言うことがない少年でした。

 けれどそんな少年に、ある一つの転機が訪れるんだ。それはなんてことない些細なきっかけ――けれど、少年の今後の価値観を大きく変化させる些細なきっかけ。それによって、少年は『命』に興味を持った。その時の少年は大体小学校低学年……中学年だったっけ? ごめんよ、細かい話の内容はちょっと忘れちゃっててさ。

 ある一つの出来事から始まる、少年の負の連鎖を除いて……ね。

 ……おっと、さっきはなんて事のないきっかけ、と言ってさらっと流しちゃったけど、ちゃんと説明しておいたほうがいいかもね。起承転結、しっかりとした筋書きがあってこその物語さ。うーん、そうだね……どう説明したものかなあ……えーと、曲がりなりにも知恵がついてきていた少年は、ふとあることを考えたんだよ。「『命』はどこに向かうんだろう」、ってね。小学生らしい突拍子もない疑問、そして周りの子供とはズレた指向性のある興味……そう思わないかい? ――はは、だよね。ボクもそう思う。

 まあ、こんな問答は偉大なテツガクシャ――少なくともボクよりかはずっと立派な人間たちだね――が、探求し続けている議題テーマなんだ、オツムの弱いガキに追い求められる訳がないよね。

 それでも少年は、短い時間とは言えど、必死に考えを巡らせたわけさ。足りない脳みそを必死に使ってね。

 その結果、少年は子供らしい単純明快な考え方で、解決の糸口らしきものを見つけたんだよ。

「何かが死ぬところを見れば、それは直ぐにわかる」

 ね、単純だろう? でも、どこか理に適っている。ほら、考えてみてよ。死、これは命の一到達点だと想像できるだろう? ――そうだよね。数多の人間のうち、こう考える人間は割といる。けれどまだ知見が少なかった少年は、この発見をあたかも偉大な功績かのように思って、心酔していたんだ。「ああ、ぼくは世界のしんりを見つけた!」、可愛いものだろう? とっても世間知らずで、とっても純粋だ。

 ところで、純粋さっていうのは、時としてどこまでも恐ろしいものになりうると思うんだ。……何が言いたいのか、って顔をしているね。つまりさ、僕が言いたいのはね……その純粋な動機のもと、死を観察することを実行した少年は、どこまでも恐ろしく、同時にどこまでも狂っている。そう思わない? ――そうだよね、実に狂っているよ。もし、ボクのこの問いかけに対して、キミがノーを突き付けていたら、キミはボクより狂っているってことになっていたから、安心したよ……そうだったとしたら、それはそれでなかなか面白いかもね。もしキミが否定をしていたら、ボクは握手を求めていたよ。きっと仲良くできそうだから。まぁ、それも無理な話かな。

 おっと、話がそれたね。さて、斯くして少年は身近な死を探しに行った。命名をするならば『死の探検隊』、とかかな? ハハ、さながらB級映画のタイトルみたいだね。ごめんごめん、ボクはネーミングセンスってものとは疎遠らしくてね……こほん。そんな独りぼっちの探検隊を取り巻いていた季節は夏だったかな――死を見れる機会は実に多くて、渡りに船って訳だったのさ。勿論、少年はそんな好機を見逃すはずもなく。少し離れたところにあった公園で、少年はそんな生物の死が訪れるのをずっと座って待ち続けていたんだ。日が暮れるまで、ずうっと、ずっと。

 うだるような暑さの中、じっと座って居続けるのはこたえたけど、少年は何とか耐えていた。もしなんの目的もなく座っているだけだったら、すぐに気が狂っていたかもしれない――或いは熱に浮かされて、体のほうが先にお釈迦しゃかになっていたかもね。途中で少年は何度もこう思ったさ「一体ぼくは何をやっているんだろう」ってね。

 そんな心情の中、待ちに待って、蝉が鳴いている公園の中ゆうぐれどき。もう帰ってしまうか、そう思って腰を上げたと同時に、目の前の一本の樹に留まっていた蝉が突然鳴き声を潜めたかと思えば、途端に地面に真っ逆さまに落ちていったのを、少年は捉えた。

 その瞬間、少年の全ての負の感情が吹っ飛んだ。何をやっているか、その目的を改めて確認できた。自分が何を探していたのか、それをすぐに理解した。死とは斯くなるものなのかというものを、蝉が落ちる瞬間、つまり死の瞬間を目の当たりにして、直感的に理解した。するとだんだんと不思議と胸が疼いて、どろりとした心地のいい感情――快楽が湧き上がるのを少年は感じた。そして、それを忘れないように、じっくりと噛みしめながら、陽炎がひそんだアスファルトを踏みしめたのさ。

 家に帰ってベッドに寝転がっても、頭をほだす高揚感はなかなか拭えなかった。そんな少年は、一旦落ち着くために、今日起きた出来事、記憶の整理を試みたんだ。記憶の整理、つまり出来事を反芻はんすうするわけだから、当然逆効果だよね。少年は少しは収まった興奮を再び呼び戻してしまった。けれど、その興奮は或る一つの気づきによって次第に収まり、悟りへと変化していった。

 「美しい」

 たかが蝉だけれど、少年は生物の死に美学を感じていたことに気が付いた。今まで生きていたものが、ふとした境にになり、静かになる。これって凄く美しいことだとは思わないかい? 静と動――小学生の夏、少年は命に、そんな美学を見出したのさ。

 まあ、そんなふうに美学を追い求めて、少年は虫の死をカンサツしていた訳なんだけど……どこか物足りなくなってきた。どうしてかって言うと、うーん……。――おぉ、そうそう! あと一歩で真理に近づけるって思っていたんだよ。キミ、結構いいセンスしてると思うよ。僕と同じ芸術家だねぇ――うん? こんな話をしている中で褒められても嬉しくないって? まあそう言わずにさ。斜に構えてるといろいろと損だよ? もっと人生を謳歌してくれば良かったのにねえ。

 おっと、また少し脱線したね。いけないいけない、ボクの悪い癖だなあ、こりゃ。

 こほん。さて、物足りなくなった少年は、あることを思いついた。まあ、大体想像はつくと思うけどね? それでも少年にとっては、その考えは天啓かのように思えたんだ。実際それは天啓であったし、今でも少年の人生を成り立たせている重要なファクターであることには間違いはないだろうね。

 自ら殺して死を観れば、より一層、美しさが分かると。そう直感的に少年は思った訳さ。

 はは、こんなものを天啓だなんて呼んだら、全国のナントカ信者に袋叩きにされちゃうかもね。いや、悪魔を崇拝している人間には、褒められるかな? まあ、今は宗教哲学の講義の時間じゃないから、この話はさておいて。

 思い立ったが吉日。覚えたてのことわざを信じて、少年は立ち上がった。そして、いつもと同じ樹の幹にしがみついて、ミンミン五月蠅うるさく鳴いているそれをつかんだ。途端にジタバタもがいて騒ぎ立てるもんだから、少年は堪らなく腹が立った。いつまでもジタバタと……さっさと静かになればいいのにさぁ……って、具合にね。けれど、不思議なことにねぇ、ずっと掴んで、蝉がもがき続けているのを見ているうちに、腹立たしかったき声が、いつの間にか、そう気にならなくなって……むしろ、哭き声を聞き、もがく姿を見ているうちに、体の内からたまらない愉悦があふれ出してきたんだ。いやあ……あれには堪らなくゾクゾクさせられたよ。因みに、お察しの通り少年は生粋のサディストだよ。女の子をロープで縛るのも、鞭でひっぱたくのも大好きさ。――ん? どうでもいいって? つまらないなぁ、キミは。

 でも、それだけじゃ――掴んで、もがく姿を見ているだけだと物足りなくなってくる訳だよ、少年は。更なる快楽が欲しくて欲しくて堪らなくなってくるんだ……ハハ、さながらヤク中ってところかな? 蝉の命一つでキモチヨクなれる、実に経済的だと思うね、ボクは。タバコやらハッパやらをキメてむざむざと散財している御仁には、是非この方法を試してみてほしいところだね。

 そういう訳で、年端もゆかぬうちに快楽主義ヘドニズムに目覚めた少年は、まだ生への渇望で本能的にもがく蝉の羽をじっくりと眺めた。気味の悪い色のそれは、バタバタとせわしなく動いて、鬱陶しいことこの上ない。

 ならもいでしまおうと、短絡的な思考に陥った少年は、やかましいそれを手でつかんで、思いっきり引っこ抜いてやったのさ……ブチッ! ってね。 アハハ、今でも思い出せるくらいインパクトがあったと思うね、当時の少年には。いやだってさ? もいだ刹那、これまでにない程ジタバタと暴れだしたもんだからさぁ……その流れで掴んでいた手に小便をひっかけられたね、そういえば。虫も失禁したりするのかなぁ……キミはどう思う? ――ああそう? ボクもそう思うよ、君に全面的に賛成するね。あれらに感情なんてモノは存在しないからね、ムシケラごときにさぁ……。

 まぁ、小便をぶっかけられたボクはまぁた腹が立ってね、そのお礼にと言わんばかりにもう片方の羽もブチッといってやった訳さ……あははは! あぁ面白い! 今思い出しても笑えるや、あのもがき続ける姿には……おぉっと、ゴメンゴメン、取り乱しちゃったね。

 そうして、羽根を奪って自由に羽ばたかせなくした後は、足ももいでやるのが礼儀だと思ったんだよ、少年は。だからそのまま六本くっついてるクソの役にも立たない足を、六本全部ちぎってやったのさ。あぁ、そういえば。その頃にはもう、ほとんど暴れなくなっていたのが印象的だったなぁ。まあ、羽根も無いし足も無いんだから、当然と言えば当然だけどさ、ハハ。

 そして、だんだん静かになったそれに、早く終わりを見せてやろうと思って、少年は動かなくなったいきてはいる蝉を地面に思いっきり投げつけて……片足で全力で踏んでやったんだ。そうしたらねぇ……あァ、堪らなかったよ! 踏みつけた瞬間に鳴き声が止まって、靴の間から白い液体がピュッと飛び出てさぁ……! それを見た瞬間にね、もう、体内からエトセトラな成分が突沸して、全てが快楽に返還されたかのように少年は錯覚したよ……! これはあくまでも比喩だけど、幼い少年はその強烈な快楽を、その比喩と同じくらいの強さで体に刻み込んだ……そして感じたよ! 更なる死への美しさを! ああ、探求というのは斯くも素晴らしいものなのか……! 死とは斯くも美しいものなのか! もっとこの美しさを味わいたい、噛みしめたい、独占したい……! その時のボクの胸中は、そういった感情がせめぎ合って、はち切れそうだったよ……。

 斯くして、少年は快楽ころしを覚えた。それからというもの、毎日毎日、家を飛び出して、みすぼらしい公園くんだりまで歩いて行って、色々な虫を殺していって、官能的な美学を知っていった。少年はそれまで、根っからのインドアで、幽霊のように白かったけれど、その年の夏は皮膚を小麦色に焦がしてみるからに健康的になっていたよ。少年の両親は、そのことを喜んだけれど、少年がしでかしたこと《生命への冒涜》を知ったら、どんな顔をしたんだろうねぇ? ――ハハ、違いないね。きっとそういう顔をするよ。でも、生命の冒涜っていうのは世間一般から見た感想さ。少年に賛同するボクに言わせれば、殺しっていうのは美の探究活動なんだ、けなされる謂れはないね。自分で言っておいてなんだけど。

 でもね、やがて少年は欲求不満になっていくんだ。一回快楽を体に刻み込んだら、忘れられなくなる。知ったらまだ知りたくなる。人は生涯、欲するモノだからね、当然さ。それに加えて、少年は虫の体をいたぶるだけで、加速度的に欲求が膨れ上がるキチガイだよ? 当然の帰結とも言えるだろうね。

 そんな中、凄くいいタイミングで、少年は衰弱した猫を見つけたんだよ! 多分、いや確実に少年は頬を釣り上げていただろうね。いや、考えてもみてよ。キミは新しいおもちゃを与えられたら、嬉しくなるだろう? それと同じようなことさ。おもちゃを見つけた少年は、直ぐに猫をもって家まで駆けて行った。ただいま! ……と少年は言ってみたものの、家には誰もいなかったんだ。いやぁ、共働きでよかったよね、本当に。これから少年がおっぱじめることは、知られたらまずいことだからね。いや、本当は凄く自慢したかったんだよ、少年は。でも、それをやっちゃいけないことだって分かっていたから、少年は我慢していた。そのちょっとした我慢と、やってはいけないことをやっている――つまり背徳感が、いい感じのスパイスになったことは、言うまでもないね。料理の最大の味付けは空腹、スパイス、そして背徳感さ。

 さて、そんな背徳感を抱いた少年は、料理をするために台所まで歩いて行った。少年は台所にあまりいなかったけれど、変に脳裏にこびりついた場所ほうちょうおきばがあったんだよ。それを即座に思い出して、軽い足取りで向かっていって、用が済んだら直ぐにパーティー会場こどもべやまで飛んで行ったんだ。

 少年がドアを開けると、弱った猫はシャーッって威嚇をしたんだ。いやあ、あれには驚いたよ。ドウブツサマの本能ってやつなんだろうね? 生命の危機を感じたんだろうさ。まぁ、それも無理ないよね。包丁を持ってニヤけた男の子なんて見ようものなら、ボクだったら威嚇をするどころか、失禁しているかもしれないしね。

 でも、猫は早く気付くべきだったんだ。その威嚇は全くもって無意味などころか、少年の嗜虐心を大いにくすぐっていることにね。猫はそれを理解していないと知っていても、自ら生命を危険に晒すその姿を、少年は酷く滑稽に思った。

 まあ、少年はそんな知性ゼロの挑発を見過ごす訳もなく。一歩一歩と、包丁片手にゆっくりと距離を縮めていった。一歩フローリングを踏みしめるごとに、鼻息は荒くなった。二歩距離を縮めるごとに、興奮で脳が絆されるようだった。そして、ついには彼我の距離が数センチといったところまで迫った。ああ、あと少しで、あと少しでボクはキモチヨクなれるんだ……そう思った少年の手はブルブルと震えていた。少し落ち着こうと深呼吸をしてみても、震えは止まらない。寧ろ、次第に興奮が増していき、それに比例するように手の震えも大きくなっていった。その間にも、諦めることを知らないそれは、未だに挑発を続けていた。……もう、我慢の限界だったよ。あんな滑稽で、情けない姿を見せられたら……! 狙いが定まらないまま、ボクはステンレスのチープな刃を深々と突き刺してやったのさ! あぁ……! あれは本当に堪らなかったよっ……! 突き刺した瞬間部屋に響き渡った害獣の汚らしい哭き声! 初めての肉を貫く、包丁に伝わるあの感触は!! まだ成熟してないせいもあってか、肉は少し切りごたえがなかったけど、ギャーギャー五月蠅うるさいそれの哭き声が、その物足りなさを相殺してくれた! 確かに柔らかくて切りごたえはなかった。けれどね、その柔らかさがかえって、生き物を殺しているっていう感覚をボクにありありと伝えてくれたんだ。生き物を、殺している……そう改めて自覚し、近くした途端に、ただでさえ興奮で震えていた手は、有頂天になったボクの心情を表すかのように、より一層震えだした。そうしたら、偶然にも刃がどんどん猫の肉をえぐって、血を床に散らした。ああ、なんて、なんて素晴らしい光景なんだろうか……! さながら一流の役者によるオペラでも観ているかのようだった……! こうして歳を取った今でも、反芻すると体に鳥肌が立って、あの手の震えがやってくる……! ヒヒッ、ギャハハハハ!! ……アァ、ごめんごめん、一人で勝手に悦に浸っちゃッテ。話の続きをしなきゃネェ……。その感動に身をゆだねている間にも、震える刃先に苛まれた肉は同時にぶるぶると震えて血を吐き出し続け、そしてボクの手には柔肉を突き刺す感覚がありありと伝わってきて、最高に官能的だった。――ん? ああ、まだまだ終わらないよ、ボクの素晴らしい体験談は! 寧ろこれからが本番といっても過言ではないかもしれない! もうやめてくれ、だなんて、そんなこと言わずにさぁ、黙って聞いてろよ! 今いいところなんだよォ! いいか? 次言ったらお前の寿命が縮むぞ! 黙れ!!

 ……はぁ。しけちゃったじゃないか……まぁいいや。そうやってボクは暫く余韻に浸っていたんだけど、また肉を貫く感触が恋しくなったんだ。飛び出る血だけじゃ足りない。さし続けている感覚だけではまだ足りない……そう思ったボクは、もう一度突き刺そうと包丁を抜こうとしたんだけど、勢いで床まで突き刺してしまっていたからなかなか抜けなかった。そうなると当然、抜けるまで何度も何度も包丁を持つ手に力を込めては抜いてを繰り返すわけだ。

 当然、いつしか刃先は床から抜けて、猫の腸を突き破ってでてくるよね。少年はそうなるだろうと予測はしていたけれど、力加減を少し誤った。刃先が抜けた途端、少年は強く尻餅をついてしまったけれど、目の前の美しい光景を目の当たりにした瞬間に、臀部でんぶの痛みなんて一瞬で忘れた……!

 包丁が腸をずたずたに切り裂いた後に大気に触れた。刹那! 今までも威嚇交じりに弱々しく哭いていた猫が、突き刺した時以上の悲鳴を上げたんだ! その哭き声をまとった包丁は、カーテンの隙間から零れ出る日光をバックに、身に纏った血と臓物のカクテルをきらびやかに反射して少年のほうへと駆けていった! そして、その包丁からは血が飛び散って、ボクの頬に生暖かい感触を残していった……ああ、ああ、ああああ!! 気持ちがいいッ! なんて心地よい時間なんだッ! これ以上に勝る快楽がこの世の中に存在するのかッ!? いや否断じてないッ! 殺しはこの世の中で最も崇高で最も原始的で最もキモチガイイモノなんだよォッ!! キモチガイイから何度でも突き刺す! 突き刺すたびにキモチガイイ! 生きてるか死んでるかもわからないし興味もないソレがビクビク痙攣してやがったんだヨォ!! もう噴き出してゲラゲラ、腹抱えて笑っちゃったよネェ!! 面白すぎて何回も何回も突き刺してやった! その度にビックンビックンねるもんだからもう本当に面白くてさァ! 思わず手元が狂っちゃったんだよ! ズルッっていって、狂った刃先はカスの腹を掻っ捌いたのサ! イヤァ、偶然だったとはいえ、あれは最高に気持ちよかったねェ! 包丁に今まで以上に血と内臓がこびり付いて、クッサいナマモノの臭いをぷんぷんさせてさァ! そんな有頂天の状態でまたソレの血を飲んだらもう最高ったらありゃしないッ! 内臓と血のカクテルの味は堪らなく美味しかったよ……ああ、これが酒に溺れる大人クソの気持ちなんだなって、幼いながらにして悟ったねェ……!

 ……フゥ、取り乱した、いけないねぇ……そして更に堪らないのが、撥ねた血を掬って舐めた時の感動だよねぇ……。あの貧相な体相応の、殆ど鉄の味がしないクソみたいな血液。みすぼらしい、自分より下位のモノをいたぶっていることがありありとわかるその感覚と味蕾を貫く生っぽい味ッ! もう本ッ当に最高だったヨォ!! 霊薬の類でも飲んでいる気分だった……。

 ハハ、さてさて。そんな中毒性のあるものは、一度飲んだらやめられなくなってしまうのが道理だろう……? 少年は勿論、その道理に抵抗することなく……それどころか、自ら足を運んでいった。血を求めて再びナイフを構えて、ぎゃんぎゃん哭きわめくそれに再び! それも今度は別の、血が一番出そうな喉元を突き刺してやった! そうしたら、面白いことにねぇ……今度は腹を刺した時よりも手ごたえがあったんだ……! 突き刺した瞬間、何かを砕くような感覚が包丁越しに伝わったのを少年は感じた。そして直感的に骨を貫いたと悟った!

 結果的に、少年の目論見通り、喉元から血がどばどばと流れ出した。アア、クソが垂れてるクソの血だ……もう堪らなくなって、ボクは首筋に齧り付いて、血を無我夢中で啜った……アァ、美味しいナァ……美味しいナァ! 今まで食べてきたどんなものよりも、今まで飲んできたどんな飲み物よりもおいしい、最高級のご馳走だァ……!

 けれどねェ、血を啜っている最中、少年は少し冷静になった。そして冷静になったらだんだんと考えがまとまって、もっとこの虫の息の肉で何か面白いことができるんじゃないかって思った。面白いことってなんだろうなぁ……あっ、そうだッ! 腹と喉笛だと全然感触が違ったなァ……もっといろいろな部分も試してみよう! そう思った少年は、改めてそれを見据えた。あるよあるよ、刺したら面白そうな箇所が、沢ッ山ねぇ……。まずどこから突き刺してやろうか……少年は包丁をべろべろなめながら、ニヤニヤ嗤って考えた。

 少し迷った結果、少年は目を突き刺すことに決めた。でも猫ちゃんはなんだかオネムみたいでさぁ、目が閉じてやがるんだよ……本ッ当に、手間がかかって腹立たしいねぇ……でも、それもまた、そそるんだけどねえ。まあ、簡単なことさ。閉じているんだったら無理やりにでも開けてやればいい。そう考えた少年は、包丁を持っていないほうの手で片方の目を無理やり開けて……包丁の切っ先を震える眼球の目の前でちらつかせてやった。すると、それは何をされるか悟ったんだろうねェ、なけなしの体力を使って前足を動かしてきたんだ。無駄な抵抗、ご苦労様……そういうメッセージを込めて、思い切り包丁をボクは突き刺してやった!

 ブチュッ! ……ふひっ、ギヒャハハハハ!! ああああ!! あの確実に潰れたっていうような感触ッ! 飛び出た白くてブヨブヨした眼のナニカ! 悲痛な哭き声を上げるナマゴミッ!! 最高っ最高最高だよっ!! ああ、ボクはなんて天才的な発想をしてしまったんだ……罪深いボクを赦してくれェェ! 今からもう一つも潰すからさァッ……フヒッ、アッヒャハハハハ!! もう最高だよ!!

 ハァ、ハァ……でも、もう潰す目がなくなっちゃったねぇ、どうしようか……次は、何をしようか……そう思考を巡らせていたけど、少年はふと気が付いた。猫がぐったりとして、哭き声一つ上げなくなっていることに。つまり、いたぶることに熱中するあまり、最も美を感じられる瞬間を見逃してしまった訳さ。ああ、どうしてくれるんだい、どうしてくれるんだい? そう思って所かまわず包丁で突き刺したり、床に死体をたたきつけて八つ当たりをしても、見逃したっていう結果は変わらない。けれど、少年はどうしても、どうしても悔しかった。

 そんな執念に苛まれた少年に、再び悪魔が囁くんだ。今までに楽しいコトをするように唆してきた悪魔がね。「だったらもっと、徹底的にできることがあるだろう」って具合に。勿論、とうに悪魔に魂を売り払った少年は、愚直にもそれを信じた訳さ。「屈辱的なこと? 知りたい、知りたい!」ってね。

 さて、唐突ながらここで問題っ! 少年は一体何をしたのでしょうか? ――おぉ、大正解! そりゃそうだよね、血を飲んだときたら、次は肉を食すのが道理というものだよね! では、正解したキミには、特別に少年の料理の様子をお伝えしようと思います! 皆には内緒だよ? 正解したキミへの特別なご褒美さ。

 それではお待ちかね、少年の残虐クッキングの時間です、拍手!

 ……ノリ、悪いな、お前。ああ? ……そうそう、そういうのでいいんだよ! やっぱりノリってのは大切だからね! これからも素直に、そういう調子で頼むよ! でも欲を言えば、盛大に拍手してほしかったなぁ。無理なのは分かっててもね。

 さて、話の続きをしようか。まず、少年は食べるのに邪魔な毛を全部むしり取ったんだ。それまでに思いっきりいたぶって、ぐっちゃぐちゃになってて、血も沢山こびり付いていたから、凄く苦労したし、少年にとっての初めての経験だったけど、悪魔のおかげなんだろうね、綺麗に抜き取ることができたんだ。ああ、その毛は今でも大切に保管してるけど、見たいかい? ちゃんと小さい部位の毛もとっておいてあるんだ……って、乗り気じゃなさそうなヤツに見せても面白くないからね、今の発言はなかったことにしていいよ。

 まぁ、毛を抜いたら当然皮膚が露出するわけだ。いやあ、なんともみすぼらしいっていうか、気色悪いっていうか。UMAみたいな見た目になった、見るも官能的むざんな猫ちゃん。でも、少年はもうこの時には料理をすることに夢中になっていたからね、そんな猫の姿は一ミリも視界には入っていなかった。ああ、それでもちゃんと、本体から離れた小さい肉とかは回収したよ。環境に配慮できて優しい子だねぇ……でもこれからの調理の過程は、褒められたものじゃないかもしれないね。そうやって丁寧に下ごしらえをした肉を、あろうことか少年は脂も引かずにフライパンにほうりこんだんだ! そのまま焼けば当然焦げて美味しくできるわけないよね、血抜きだってしていないし。だからもうひどい有様なわけですよ、猫ちゃんは。真っ黒こげで、舌も飛び出てて。これを皿に盛りつけたら、いくらかマシになるかな、そう少年は思って盛り付けてみたけど、たいして変わらなかったね。

 まあ、そんな見るも無残なゴミを食べたって美味しい訳ないんだけどね? 少年は焦げた肉にかぶりついて、こう口にしたんだ。「美味しい」って。アハハハハ! 笑えるだろ!? 狂ってるだろ!? 確かにまずかった、焦げてた、苦かった! でもねぇ、美味しかったんだよ! これが生命の、自らころした命の味だって思うと、全身に鳥肌がたって、ゾクゾクして、堪らなくなって……! いやぁ、今でもあの味を思い出せる! 確かに美味しかったよ……!

 そうして、少年は文字通り噛みしめながら猫の丸焼きを完食したんだ。……あぁ、流石に骨は捨てたけどね。もう興味もなくなっていたし。

 少年がこんなことをしていたとは露知らない両親は、帰宅した後にリビングに向かうと、なにやら少年が料理をした痕跡を発見した。それを見た両親は、初めて自分で料理をした少年を叱り、同時に褒めた。少年の両親は冷蔵庫の中にあった豚肉を使ったと勘違いをしていたから、気づくはずはなかったんだよ。そりゃあ当然だよね! カモフラージュにちゃんと豚肉も調理したんだからさ。少年は凄いねぇ。この年でこんなにも悪知恵が働くなんて……将来は有望だよ、きっと。まぁでも、良心はとっくにストライキを起こしてたから、マイナスな意味で有望な人間になっちゃうだろうけどね! というか実際なっちゃったよ、アハハ!

 ……どうだい? 少年を褒める気にはなる? ――ま、それならそれでいいよ。答えられないなら、無理には聞かないよ。どうせ聞けなくなっちゃうからね。

 さて、そんな少年はだんだんと歳を取っていった。気づくと少年は中学生に。この頃にもなると少年は器用になっていって、家の台所はおろか、家事全般さえも両親に任せられるようになっていたんだ! まあ当然だよね。少年は勤勉なんだ、次こそはもっと上手く調理して、美味くってやる。そんな一心で、自腹で料理本を買ってひたすらに料理の練習をした。そのほかの家事が上手くなったのは、両親がどうせならってことで、家事もやらせるようになっていったからだね。家事を一つ一つ教えて、自分らだけが楽をしている姿を見るのは最高に腹立たしかった――それこそぶっ殺してやりたいくらいにはね。でも、ボク……いや、少年はヒンコーホーセーだったから、黙って従っていた。いつの日か、たっぷりとお返しをするためにね。

 さてさて、そんな少年はさっきも言った通り、中学生――多感なお年頃だった訳でね。やがて一人の少女に瞳を奪われたんだ。

 きっかけは少年が開催したホームパーティー。彼は自らの腕っぷしを自慢したくて、知り合った友人と、その友人経由で女子を家に招いて、ありったけの「リョウリ」を振舞ったんだ。

 そうして楽しい楽しい時間が過ぎていく中、少年は一人の少女のかんばせが、やけに気になっていることに気が付いた。その気持ちに気付かないまま、少年は食い入るように見つめて――少女がリョウリを食べるところを目の当たりにした。すぐ、すぐだったねぇ、少年が堕ちたのは。リョウリを口に入れて、じわりと顔をほころばせて「美味しいね」なんて言われたものだから、少年は凄く嬉しくなって……胸が熱くなって夢中になって……猛烈に殺したくなった。

 こんな可愛い子は逃したくない、離したくない……永遠に自分のものにしたい。そう少年は強く渇望したんだ。やがて、そんな少年は驚くべき行動に出た……なんと! 明るい将来のために、殺しをやめたんだ……凄いだろう!? このコロシ中毒者の少年がだよ!? やめたんだよ!! キミはどう思う!? ――怖い? うんうん、そうだよねぇ、怖いことだよ。中毒症状が一日にして改善されるんだ……何、違う? そういうことじゃない? まぁいいや、ならどうでもいい、黙ってろ。

 さて、なんで殺しをやめたか、凄く気になっていそうな表情をしているから教えてあげるよ、少年が殺しをやめた理由を。簡単な事さ、さっきも言っただろう? 夢中になったって。殺しよりも夢中になれることを見つけた少年は、そっちのほうにエネルギーを割くようになったという訳さ。

 夢中になった恋する少年は、手始めに少女の情報を収集しだした。ありとあらゆる情報をね。趣味、性格、好きな食べ物、電話番号、住所……そういったベーシックな情報から、グレーを通り越して真っ黒な盗撮写真も。全部、ぜぇんぶ、集めた。そうして集めていると、次第に少年の部屋は少女に関する情報で埋まっていった。乱雑な文字で書きなぐられたメモの切れ端や、切り取られた少女の笑顔。肌色が多く含まれた写真……いろいろね。そうやってどんどん集めていく度に、少年は殺しと同等――いやそれ以上かな? それ程の快楽を覚えていった。いやぁ、恋心ってのは凄いねぇ。そんな少年は再三言うけどもう中学生だ、当然自慰行為ってモノを知っている訳でね? 情報一つにつき、一回。自分のナニをシコシコ情けなくこすっていたんだ。いやぁ、好きな人を想いながらするオナニーってのは気持ちがいいものだよ……おっと、失礼。下品な話をしちゃいけないね、マナー違反だ、すまないね。

 そうして、少年の中学時代は平凡に過ぎ去っていって、気づけば中学校も最後の一年。もう皆受験ムードに切り替わるのを少年は見物する予定だったけれど、思いがけず少年はそのピリピリした雰囲気に巻き込まれることになったんだ。それは勿論、少年が受験勉強をせざるを得ない状況に回ったからだね。

 少年の想い人ってのは、可愛いだけじゃなくて頭もよかったんだ。少年が少女の希望進学先を聞いた時に、一瞬めまいがするくらいにはね。けれど、少年のたぎる恋心はその程度では折れなかった。もっと少女と一緒にいたい。もっと少女と触れ合いたい……少女を他の奴らに触れさせない、少女をボクだけのものにしてやる。そんな想いのもと、少年は必死に受験勉強をした。辛くなったときは、部屋にピン止めしてある少女のあられもない姿を見て癒されて、時々快楽にふけったりしながらね。

 そんな努力の甲斐あってか、少年の学力はみるみる向上。もともと悪くはなかった少年の学力だけど、一回目の模試では平均を軽々と越えて、二回目では上位数パーセントにランクイン。最後に受けた模試の順位は堂々の一位だった。そんな実力をつけた少年が受験する高校は難関校とはいえど、最高まで高まった少年の実力で試験に失敗するはずもなく。少年は見事合格することができた――少女とは別の学校にね。

 少年はそりゃもう驚いたし、頭が真っ白になった。あんなに頭がよかった彼女が落ちるなんて、あり得るはずがない。今まで頑張ってきたのは何のためだったのか。

 こんなにも彼女のことを愛しているのに、離れてしまうはずがないってね。

 普通の人間ならここで諦めているだろうね。学校が違うんだ、もう接点なんて殆どないようなものさ。けれど少年は例外、諦めが異常に悪くてね執着心が異常に強くてね。合格発表から帰ってから、彼女のことばかり考えていたら、直ぐに別の糸口を見つけたんだ。それは少年が小学生だった時よりかは少しは複雑になったかもしれないけど、とってもとっても単純なものだった。

 受験に失敗した彼女に付け込んで、親密になる。ね? 凄くシンプルだろう? 勿論彼女に執着をしていた少年は、すぐさま行動を起こした。

 けれど、学校が変わったことによって、少年が今まで調べ上げてきた彼女の帰宅ルートはどれも約に立たなかった。使えないなら当然、新しいものを調べ上げなければいけなくなるよね。だから少年は学校を休んでまで少女をストーキングした。

 今までの経験あってか、それはものの一日足らずで成功した。おおよそA時半に家を出て登校。そして校門を出るのがおよそB時CD分あたり。そして、家に着くのがE時FG分。これらの情報を頭に叩き込んだ少年は、口元を歪に曲げたんだ。そりゃ当然だよねぇ、これから好きな子――それも殺しちゃいたいくらいな子と、仲良くなれるんだからさ。

 調べ終わったら、あとは偶然を装って道路でばったりと鉢合わせる。そして一言二言会話をしてから帰る。最初はこれを月に数回行ってから段々と回数を増やしていき、最終的には互いに帰るようにまでなっていた。

 そうしてだんだん仲良くなっていた先にあるのは勿論告白イベントな訳なんだけど、いかんせんこの少年はプライドが高かったんだ、自分から告白するっていうのは、どうしても我慢ならなかった。彼女のほうから告白させるっていう形にしたかったんだけど、天真爛漫だった彼女は受験に失敗したせいで、すっかり臆病になっていた。いつまで経っても、少年と少女は友達同士という関係だった。

 それから高校を卒業するまでの間、結局付き合うことがなかった二人だけど、少年の想いはどんどん強くなっていった。コールタールのようにどす黒く、どろりとした想いがね。

 そんな想いは中学生からの我慢の末、ついに溢れてしまったんだ。もう堪らない、耐えられない! こんな生殺しの状況下に置かれて我慢なんてできるわけないんだ! そう思った少年は、頬を釣り上げて、美の探究活動の準備をし始めた。盛大な殺人けっこんしきの予定日は、少年の卒業式の日だった。

 時はまた流れて。晴れて少年は高校の門を有名大学の推薦を手にして後にすることになった。勿論その大学は少女と同じ大学。今度こそは離れてしまわないようにと、少年は熱心に少女と勉強会を開いたのさ。賢いだろう? 人間は学ぶ生き物さ、そこら辺を間抜けな面してほっつき歩いているゴミとは違うんだ――なあ、そうだろ? お前もいい加減、学んだほうがいいと思うよ、抵抗は無駄な行為だってね。

 そして少年は少女に連絡を取って、自宅へと招いた。ホームパーティーを開くから、ぜひ来てくれとね。少年の考えを知らない少女は二つ返事で家までほいほいと来た。――これから始まる、とってもとっても楽しいことなんて、露知らずにねぇ。

 それから暫くはリビングでつまらないことをしていた。やがてボクはしびれを切らして、少女を自室まで招いた。何を勘違いしたのかは知らないけど、彼女は凄くそそる、恥ずかし気な表情を僕に向けて、小さくうなずいたんだ。いや、おおよそ彼女が想像したであろうことはあっているのかな? まあいい、今ここでネタをばらしても面白くはないからな。

 ゆっくりとボクは少女の手を引いて階段を上がっていった。一歩上がるたびに床が軋んでぎしりと重い音を立てた。緊張で汗も出たし、手も震えていた。いや、緊張という言葉には少なからず語弊があるかもね。興奮のほうが、ボクの感情を多く支配していたからね。

 そしてボクは部屋の扉を開けて、彼女を中に入れた。扉を開けた瞬間に、彼女が短く悲鳴を上げたけど、もうその頃には遅かったよね。ボクは部屋に彼女を無理やり押し込んで、無理やりベッドに押し倒した。

 凄く美しい声色で悲鳴を上げるものだから、ボクは直ぐに彼女を犯したくなったけど、それをぐっとボクは我慢した。そして恐れが露になった瞳を見つめて、ボクは彼女と少しばかり会話をすることにした。

「どうだい、この部屋は。素晴らしいだろう? ボクが中学生の頃からずうっと、キミのことを愛し続けていた証拠だよ。ほら、あの写真なんて、キミを本気で愛していないと撮れないだろう? あの写真も、この写真も――ボクが今手にしている包丁だって。全部、ぜぇんぶが、キミへの愛の結晶なんだ……受け取って、くれるよね」

 ボクがそういうと、彼女は大きな悲鳴歓喜の声を上げて全てを肯定してくれたんだ……ボクは嬉しくなって、堪らなくなって、彼女の腹に包丁を突き刺した。瞬間、彼女はこの世で一番美しいあえぎ声をあげて、ボクの包丁を受け入れてくれた……ああ、もう最高だ……突き刺した瞬間に腹から鮮血がじわりと服に広がって、彼女の甘い香りと混ざり合ってボクの鼻腔をくすぐった。柔らかい肉を貫いて、子宮を貫いた感覚が、包丁越しに伝わる……彼女の愛が、ボクに伝わってくる……。

「愛してるよ……大好きだ」

 って伝えてあげると、涙を流して喜んでくれた。防音をしていたせいで、周りの住人にその喜びの声を伝えられなかったのが悔やまれるよ、本当に……ハハ。

 ボクはゆっくりと包丁を腹から抜き取って、紅に染まったその場所にゆっくりと顔を近づけた。するとたちまち彼女の甘い体臭と、血液の甘美かんびな匂いが強くなっていった。なんていい香りなんだ……頂きます……あぁ、あぁぁ……! とても、とてもすごく超絶凄く凄くスゴクスゴクスゴクオイシイ……! 今までに飲んできた血液なんかと比べ物にならないくらい美味しいよ……! もっと、もっとボクに飲ませておくれよ、なぁ、いいだろう? ……そうか、ありがとう、なら遠慮なくいただくことにするよ! ……あぁ、舌でまろやかに流れて味蕾をくすぐるこの感覚、嚥下すればたちまち香り立つキミの鉄分の匂い……もう最高だ。あぁ、そうだ……明日も飲みたいからね、しっかりと保存をしないと……ちょっと注射をさすけどいいかい? ああ、その前に包丁を刺し直さないと……ホラッ! ……全く、包丁を刺しただけで喜ぶなんて、キミは敏感なんだなぁ。さて、注射だけど、少し長い時間さしっぱなしになってしまうけど、構わないよね……? あぁ、キミはなんて優しいんだ、許してくれるんだね、ありがとう……そんなに、血を採られるのが嬉しいのかい? さっきからそんなに嬉し泣きをしてくれるのは嬉しいけど、なんだか悪いことをしてる気分になってしまうじゃないか………………ほら、終わったよ。もう血は採らないからね。ごめんね、痛かったね。癒しになるかは分からないけど、キスをしてあげるよ。ほら、口を開けて……あぁ、素直でいい子だね。もう一度、今度は舌を絡ませよう……いいだろう? ……ほら……ハァ、ハァ……想い人との口づけってのは、こんなにも気持ちがいいモノなんだね。もう一度キスをするよ……アァ、キミの美しい顔が、ボクの唾液でべとべとになってしまった。でも、これからの行為で、キミは快楽でもっとべとべとになってしまうだろうからね、あまり気にしないでほしいな。ああ、キミの唇を味わっていたら、キミの身体ももっと味わいたくなってしまったよ。ほら、ボクがキミのことを食べてあげるよ。キミのことをボクが食べて、ボクの身体の一部になって、ずうっと一緒にいられる……素敵だろう? ほら、いくよ……っ! ほら、見えるだろう? キミの綺麗な右腕に一本の紅い線が入った。綺麗な血と脂肪、筋肉が丸見えだよ。今から、食べてあげるからね……いただきます……あぁ、なんて、なんて美味しいんだ! 柔らかい、とても上品な歯ごたえだ。……一回噛むごとに、キミの想いがしっかりと伝わってくるよ。…………あぁ、美味しかったよ、ご馳走様。右腕、ちゃんとボクが食べてあげたからね。今度は、左腕も食べてあげよう……あぁ、左腕と言えば、薬指がしっかりとあったね。骨ばっていてあまり食べられないけれど、左の薬指には特別な意味が込められているからね。ちゃんと食べるよ……まずはこう、包丁で切り取って……ほら、これがキミの薬指。ボクの薬指と、赤い糸でつながってるのが分かるだろう? さあ、いまから、ボクたちは夫婦になるんだ……あぁ、とても硬くて、筋張っている。でも、これでしっかりと刻み込めた。これでキミとボクは夫婦だ。……ねえ、もう、我慢ができないよ。……ほら、これがみえるかい? キミのことをずっと想い続けて、やっとのことでキミの子宮を包丁で犯してからというもの、ずぅっとこうなっているんだ。もう、いいよね……? ほら、キミの破瓜はかの跡があるこのお腹に……ああ、包丁を抜いておかないとねっ! ……キミの血はいつ見ても綺麗だね。ほら、キミの鮮血が飛び散って、ボクのペニスに当たっているよ。これからボクが、裂傷箇所ここにペニスを挿入するからね。優しくするから、ちゃぁんと、みてるんだよ……いくよ…………あっ、ああ、あぁぁ……! 熱くて気持ちがいい……肉が、絡みつく…………ああ、ごめんね、初めて包丁で犯したときからまだそんなに経っていないから、まだ痛むよね? でもそのうち、気持ちよくなるから、もう少し辛抱してくれ……。ほら、ゆっくり、動くからね……ああ、気持ちがいい……ほら、わかるかい? ボクのペニスがキミの子宮にキスをしているよ。動くたびにキミの子宮が鈴口に当たるのがありありと伝わってくるよ……おやおや、そんなに大きな声を出して、もう気持ちよくなっているんだね。全く、キミは見かけによらずいらやしいんだね。そんなキミも勿論大好きだけどね。ほら、唇でも接吻せっぷんをしよう……ほら、横を向いたら口づけができないじゃないか。こっちを向いてよ……ああ、凄く瑞々しい唇だね。水羊羹みずようかんみたいに甘くて美味しい。大好きだよ……ああ、キミの血が、キミの肉と一緒にペニスに絡んでる。ほら、見てごらん、凄くいやらしいよ。ボクがこうやって腰を引いてあげると、ぐちょって音を鳴らして。押し込むとぐぽぐぽって、入ってる。そのたびに血が飛び出て、凄くえっちだよ。こんなに気持ちよくしてくれたら、ボクはすぐにでも果ててしまいそうだ……っはぁ、はぁ……本当にすぐにでちゃいそうだ。ごめんね、いったん休憩させてくれよ。ああ、勿論キスもしようね……ぷはっ……ああ、美味しいね。

 ――どうして、こんなことをするのかって? 何を今更言っているんだい、ボクがキミのことを愛して、そしてキミもボクのことを愛しているからじゃないか。セックスは、お互いの合意、そして愛があってこそ成立するものだろう? ――体を許してない? あはは、面白い冗談を言うんだね、キミは。こうしてボクのペニスを受け入れてくれているじゃないか。

 ……違わないよ、違わない。キミはこうしてボクのペニスを受け入れてくれている。受け入れてくれているんだ。そうだろう? 受け入れてくれている。ねぇ、ほら、見てごらんよ、こうやってちゃんと交わっている。ボクとキミは愛し合っている。そうだろう? ………………そうだ、そうだそうだそうだそうだそうだそうだろう!! 煩い煩い! 黙れよ! キミはボクのことを愛しているんだろ!? 違うのか!? 違わないだろ!? 中学生の時からずっと好きだったんだろ!? 嘘をつくんじゃない!! ………………ハハ、分かったぞ、キミは本物の彼女じゃないな? 本物だったらやめて、だなんてことは絶対に言わない筈さ。ちゃんと笑顔でボクのペニスを迎え入れて、ボクのほしいままになっている筈だからな。キミは最後の最後でぼろを出してしまったねぇ…………! このクソ野郎が!! 出ていけ!! 彼女の美しい身体を乗っ取る悪魔め!! 殺してやる殺してやる殺してやる!! ほらっ、ほらっ、ほらァッ!! この野郎この野郎コノ野郎コノヤロウ!! まだか!? まだ包丁で刺しても死なないか!? まだ抵抗するか!? まだ出ていかねぇってのかぁ!? 息ができないようにこうして肺だって潰してやったのに!! あぁそうか!! 肺を潰しても駄目なら目を潰してやる!! 見えないのはさぞ不便だろうからなぁ!! ほら、ホラッ!! 死ね、死ね死ね死ね!! ボクの美しさを邪魔するな!! 彼女を穢すな!! 邪魔するならお前が死神であってもブチ殺してやる!! ああああ!! 煩い、喚くな!! 煩いんだよ!! 二度とやめろと口走るな!! クソが、喉笛も潰してやる!! うるさイッ!! 黙れッッ!! 彼女の声を穢すなッ!! 彼女の眼で勝手にボクを見るなァァ!! やめろよォォッッ!!!!

 …………はぁ、はぁ……悪魔はいなくなったよ、ほら、何も見えないし、聞こえないだろう? でも、ボクのことは見える筈さ。ボクの鼓動の音は聞こえる筈さ。ボクの愛はちゃんと感じ取れる筈さ。だって、魂でつながって愛し合っているからね、僕たちは。ほら、その証拠にキスをしてあげよう。今まで怖かっただろう? 悪魔に体を乗っ取られるだなんて、災難だったね、本当に……はぁ。悪魔と戦ってたらペニスが萎えちゃった。でも、ほら、感じるだろう? キミの本当のぬくもりを感じて、絡みつく肉ひだの感触を感じていたら、すぐ硬くなってきた。今から動かすからね。もう痛みも感じないだろう? ああ、そうだろう、キミの気持ちよさそうな顔を見ていたら分かるよ。最初から激しく動いても構わないかい? そうか、なら遠慮なくいくよ。キミも存分に気持ちよくなってくれて、いいからね。……はぁ、はぁ……気持ちいいよ、最高だ……こうしてペニスに刺激を与えられて気持ちよくなるだけじゃなくて、キミの愛が与えられているから、ボクは快楽を感じることができるんだ。キミもそうだろう? ボクの愛を感じているかい? そっか、とても嬉しいよ……ほら、ボクのペニスがまたどんどん硬くなっているのを感じるだろう? 今、キミの子宮に射精をして、愛の結晶を作ろうとしているんだ。キミとボクの子供だ、きっと可愛い子が生まれるよ……ほら、出すからね、いくよっ……あっ……うぅっ……くっ…………はぁ、はぁ……はぁ…………全部、出し終わったよ。キス、しようか……ふぅ……ありがとう、とても気持ちよかった。元気な子供、生まれてくるといいね……。


 嗚呼、それにしても、なんて美しいんだろう。ボクが求めていたモノは、きっとこの子の死だったんだなあ。

 蝉でもない、猫でもない、人でもない。この子が、この子だけが、ボクの哲学を大成させてくれたんだ。


「きゃあああああ!!」

「うわああああっ!! お、おっ……おお前何をやっているんだ!」

 ああ、煩い。折角ボクが余韻に浸っているというのに。記念すべき日の静謐を、無茶苦茶にしていく輩は誰だ……? ……ああ、親か。かねてより喧しいし、迷惑だったから、殺したいと思っていたっけなあ。……どうせ出頭するんだ、この場で処分してやろう。……ヒヒッ、アハハハハ……!


×


 …………ああ、落ち着いた。すまないなぁ、興奮してしまって。彼女との行為はとても神秘的なもので、つい、ね。あの時のことを思い出してしまったよ。

 ……あのよ、男が漏らしても、誰も得しないんだよ、分かるか? 邪魔だし、処理が面倒くさいし、匂うんだ。この家、誰が掃除するのかわかっているのか? あー……まあ、別にボクは掃除しないんだけどな。糞尿が転がっていようが、死体が転がっていようが構やしねぇ。

 さて、これにてボクの話『少年の美学』はおしまいだ。めでたしめでたし。拍手はできないだろうな、別にしなくてもいい。代わりにロープが括りつけてある椅子をガタガタ鳴らしておいてくれ。……代わりに奥歯がガタガタ言ってるみたいだけどな、ハハ。

 ところでよ、この町のこんな都市伝説を知っているか? どうやら新しくできた都市伝説みたいなんだけどよ。

 塀の中を出てきた殺人鬼が、気まぐれに人を誘拐して、家の中で昔話をしてから殺してしまうらしい――っていう、とぉっても怖い、都市伝説があるんだ。誰がこんなくだらない噂を流したのかは知らないが、本当に恐ろしい話だよなぁ。本当に、迷惑極まりない話だよなぁ。

 お前も、そう思うだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少年の美学 神崎 綾人 @Inorganic_sloth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ