宇宙人の廃墟惑星探訪記

 かつて地球は青かった――しかし、今は青くない。

 原因は、ある国が放った核ミサイルだった。それから核の応酬が相次ぎ、地球は濁った灰色になっていた。それは燃えカスのようであり、子供が遊んだ後の汚れたボールのようにも見えた。

 そんなかつての地球に、一隻の宇宙船らしき物体が近づいてきた。最初は彼も目を疑った。それは昔のオカルト雑誌でよく見るような、アダムスキー型UFOとそっくりだったからだ。

 不規則な動きを見ているに、どう考えても自然物ではないだろう。

 彼は核戦争で死んでいる。

 彼は幽霊になっていた。

 彼は幽霊になってから、地球上をさまよっていた。最初は死んだことが受け入れがたかったが、なんにでも慣れというのは訪れる。慣れてくると、幽霊の状態の方が便利であるとさえ思えた。

 何しろ、腹も減らない、テストも労働もない。あと、空も自由に飛べる。いくらでも好きなだけ眠れたが、睡眠も必要ないため、結局はこうやって地球の周りを回りながら暇を潰している。

 気づいたことがあった。いくら幽霊で好きに移動できるといえども、地球から完全に離れることはできない。ある程度の距離までしか離れられない。さらに地面を貫通して移動することもできない。人工物は貫通できたし、他の動物も貫通できたが、地球そのものは貫通できなかった。地面に潜っていくと、ある程度の深さでそれ以上潜れなくなるのだ。まるでゲームの見えない壁のようだった。

 というわけで、この幽霊は暇つぶしのために地球を飛び回っていたのだが、核戦争で荒野だらけの地球に暇つぶしになりそうな娯楽など残っているわけもなかった。

 生存者を探そうとしたが、生存者は全くいなかった。彼が飛び回って得たことは、人類は完全に滅亡してしまったという事実だけだった。そして、なぜか幽霊になっている人間は彼一人だけだということも。

 そういう退屈な死後の世界を生きていた彼だったが、その退屈にも終焉が訪れることになる。

 目の前に飛んでいるのは、いわゆるUFOだった。昔のオカルト雑誌に乗っているような、アダムスキー型(灰皿を逆さまにしたような形)のやつである。

 ただし、大きさは想像していたよりかなり大きいようだった。そりゃそうだろう、遠い星から旅行してくるのには、それだけの設備がいるだろうし、自然と大きな乗り物になるだろうね。

 幽霊の目の前で止まっていたUFOは、ショーウィンドウを眺めている女のようだった。目の前の虚無の海に浮かぶ薄汚いボールが、お買い得な掘り出し物なのかどうか、見極めているようだった。

 やがてUFOはいきなり猛スピードで発進した。それはもう、とある格闘漫画で描写されたゴキブリダッシュもかくやという急発進であった。

 UFOは地球へ、入店していったのだった。

 幽霊もすぐに後を追いかけて、地上へ戻ることにした。UFOの降り立った場所は分からないが、構わない。大体の方向はわかっている。

 探す時間はタップリあるのだから。

 退屈するくらいには……


 宇宙人たちは、これまたよく見たことのあるグレイタイプの宇宙人と、タコ型の宇宙人の二人だった。彼らが地球にやってきたのは、この星から電波が飛んでいることを発見したからだった。

 宇宙人たちの本星では、盛んに議論が行われた。

「これは知的生命体、いや、知的宇宙文明の発した信号だ!」

「観測のミスでしょ。もっとちゃんと調査しないと」

「ブラックホールから出てる電波を間違って受信しただけじゃないの?」

 彼ら異星人の文明は、すでに系外惑星へ到達する段階まで発展していた。今までに発見した惑星は、どれも不毛の大地だったり、知的生命の生存には厳しい場所だった。彼らは楽園を求めて宇宙という果てしない虚無地獄を彷徨ったが、そこで見つかったのは限りなく地獄に近い荒れ果てた楽園の残骸しかなかった。

 生命体すら稀だったが、たまに出会う生命体があっても、知的生命体は今までお目にかかったことがなかった。文明の痕跡を見つけようと調査が行われているが、今までに見つかったと正式に認められたことはない。調査には莫大な費用がかかるため、それら知的文明の探索も諦めかけていた頃だった。

 地球からの電波を彼らが拾ったのは、そんなときだった。

 議論は百出したが、彼らの居住惑星からそれほど離れてなかったことや、地球が生命の居住に適した惑星である可能性がかなり高い、ということが観測の時点で判明したため、調査隊が送られることになった。

「今回の惑星は有望そうじゃないか」

 グレイがやや興奮した様子で言った。

「でも、知的生命体がいるような気配はないような……」

 タコ型の言う通りである。電波を送るということは、電気エネルギーの文明レベルには到達しているはずだ。地上に降りる前に、惑星の夜の面を観測してみたが、電気の光は観測されなかった。

「それに電波も観測されない。段々と弱まっていって、惑星に近づいたら消えたんだよね」

 確かにタコ型の言う通りであった。不思議なことに、電磁波は発信元と考えられる惑星に近づくほどに、消えていったのだ。

 彼らの艦は、まだ超光速を成し遂げていない。そのため、光速でかっ飛ばしても地球へ到着するまで30年近くかかってしまった。

 とはいえ、たった30年で、近代化した文明が滅んでしまう、などということは異星人たちの常識では考えられないことだった。

 だとしたら、最初から間違いだったのか、それとも、非常に小さな規模の文明なのか……

 今はまだ分からないが、自分たちの肌と同じような色をした惑星に降下した彼らは、グレイもタコも一様に落胆した。

 そこに広がっていたのは、汚染された大地だったからだ。

「放射能レベルが異常に高い……地表に生命反応は……あった」

 しかしかなり弱い生命反応であり、恐らく放射能に耐えられるような原始的な生物であることが予測された。

「やっぱり……ここも外れみたいだね」

 タコの声が、防護服の通信機から聞こえてくる。

「早く帰ろうよ。こんな殺風景な惑星、あまり長居したくないよ」


 幽霊は地表で異星人を探し回った。あまり早く飛ぶのには慣れていなかったせいもあって、探すのに時間がかかったが、ようやくUFOを見つけた。

 UFOには、今まさに奇妙な人影が乗り込もうとしているところだった。外見からは、防護服なのかロボットなのか、判然としない。

 ただ、彼らは今からUFOに乗って飛び立とうとしているところだった。

 このまま帰してはいけない。

 幽霊になってから、こんな強い気持ちを抱いたのは初めてだった。いや、生きていた時から数えても初めてかもしれない……

 生きていた時、自分は何をしていたんだろうか……ロクでもない人生を送っていて、それすらよく分からないうちに奪われていった。

 今回の客を逃せば、当分というか、おそらく永遠に知的な存在に会うことはないだろうと確信めいた予知ができた。

 何としても、彼らを引き止めなければならない……

 でもどうやって?

 コンビニ店員に声をかけるのも意外としんどいくらいなのに、まさか宇宙人(あるいは、その手下のロボット)にどう呼びかけたらいいのだろうか。

 迷っている間にも、宇宙人と思しき二つの影は、UFOの中へ吸い込まれようとしている。

 彼は決断した。人生始まって以来の決断を。それは多分、地球最後の決断になるだろう。


 異星人たちが宇宙船に乗り込もうとしたときだった。スーツの通信機が突然雑音をはき出した。

「ぴーーーー! がががっがががっ……!!」

「なんだ、通信機の故障か?」

「いや、通信機自体は正常だ」

「どうして分かるんだよ」

「ぴーぴっぴぴー! ががががががっ!」

「僕たちたちの声はちゃんと聞こえてるじゃないか。機械の故障なら聞こえないだろうから」

「ぴーーーーーー! ががっ、ぴーぷーー!」

「それにしても、鬱陶しいな、この音はよ。まるで亡霊に引き止められてるみたいで薄気味悪ぃな……」

「相当の電子パルスも飛んでいるからね。おそらく磁場がちょっと乱れてて、その影響じゃないかな」

「そうかもな。幽霊なんていたら俺、ビビって漏らしちまうぜ」

「じゃあ、漏らす前に戻ろうか」


 ヤバい……

 いくら語りかけても、宇宙人たちには通じない……

 幽霊は宇宙人の機械に干渉してみたが、なにぶん、宇宙人の機械なので彼らに意味のある言語を伝えることができなかった。

 早く伝えないと、去ってしまう……

 それは永久と悠久の虚無地獄に、たった一人で置いていかれることに等しい。このままUFOに乗ったところで、地球を離れることはできないから、結局地球付近の宇宙空間に取り残されるであろう。

 何とかして伝える方法はないだろうか……

 少し考え、幽霊は何かを思いついた。


 異星人たちは放射能を落とそうと、洗浄装置のスイッチを押そうとした。

「ピーピーピー がっがっがっ ピーピーピー」

「おい、また通信機から信号が聞こえるぜ」

「だからさっき言ったじゃん、機械の誤作動かなんかでしょ」

「いや、待ってくれ、何かおかしいんだ……」

「ピーピーピー がっがっがっ ピーピーピー……」

「乱れなんかじゃない、これは! 定期的な信号なんだ!」

「ピーピーピー がっがっがっ ピーピーピー……」

「たまたま乱れの中に定期的な周波があったんじゃないかな?」

 タコがため息混じりに言った。

「ピーピーピー がっがっがっ ピーピーピー……」

「ほらな!」

「……これは、本当にそうなの?!」

「ピーピーピー がっがっがっ ピーピーピー……」

「やっぱり!」


 良かった。コミュニケーションはできていないが、とりあえず自分の存在を知らせることはできた。

 とりあえず、第一関門は突破した。

 しかし、モールス信号なんてSOSしか知らない。それに宇宙人にアルファベットが通用するかも分からないのだ。

 しかも彼は死んで幽霊になってから、一回も人と会話したことがない。彼が人類の滅亡と一緒に死んでしまったというのもあるのだが、なぜかあれだけ膨大な人間がいるのに、幽霊になって地球にとどまったのは、この彼の幽霊ひとりだけのようなのだ。

 これからどうやって伝えればいいのか……いくら時間があっても足りないような気がしてきた……


 しかし幽霊の心配は杞憂だった。異星人の知的生命体探索は、かなり気合の入ったものだった。なので様々な知的生命体の形態を想定していた。

 その形態の一つに、エネルギー生命体や情報生命体が含まれていた。

 ちょうどいいことに、そういった肉体を持たない生命体を想定して、それ用のガジェットも持ってきていたのだった。

 グレイの方が、さっそくタブレットのようなものを取り出した。左右にキーボードのようなものが付属している。一番よく似ているのは妊天堂のスイッチャーだろうか。もちろん、ゲーム機などより、グレイたちの持っている機器ははるかに高性能である。

 そのスイッチャーもどきのガジェットを空間に向けると……


 異星人たちも、ようやくこちらの存在には気づいてくれたようだった。

 何かゲーム機によく似たものを取り出したが、ゲームをするわけではないようだ。そのガジェットにはカメラのようなものがついている。カメラを周囲に向けだす二人のグレイ……

 ようやくカメラが幽霊の姿を捕らえた。捉えた姿は、ぼんやりとした霧のような感じではあるが、十分何かがいることは宇宙人たちに伝わった。

 幽霊はカメラにむけて、手を振ってみた。


 そう、これが互いに未知との遭遇になった。

 それから宇宙人と地球人の幽霊は、しばらくの間タブレットを通じてジェスチャーでコミュニケーションを取った。

 しばらくして、異星人たちは船のメイン・コンピュータの翻訳機能を使って翻訳を言語の解析を始めた。幸い、こちらにもグレイにも時間はあった。

 完全に翻訳するのに一か月かかったが、久々に幽霊は興奮して楽しみながら翻訳作業に参加している自分を発見していた。

「でもさ、どうして俺だけ幽霊になっちゃったんだろ?」

 翻訳作業中にかなりグレイたちと打ち解けてしまっている幽霊であった。

「う~ん、どうだろうな。これは俺の仮説なんだが――

 グレイが語ったところによると、核融合爆弾が命中したときにたまたま爆心地にいたため、莫大なエネルギーが直撃したのだろう、ということらしい。

 その直撃したエネルギーが、脳みその中の情報に生命を与えた。結果、その幸運であり不運でもある地球人は、幽霊化して生き延びることになったのだ。

「いや、でもさ、廃墟になってたとしても、地球(これはグレイたちの本星という意味)外知的生命体がいたなんて、やっぱり宇宙ってロマンがあるよな! 俺、この仕事やっててよかったよ!」

 幽霊もいやぁ、それほどでもぉ、などと言いながらかしこまっていた。まさか死んだ後に感謝されるとは思いもしなかった。人生とはどうなるか分からないものである。まあ、もう人生終わってるんだけどね……

「ねえねえ、だったらさ、君たちの文明について早速教えてくれないかな?!」

 タコ型の方が、体をくねらせながら言う。

 おそらく、グレイ型がいわゆる理系、タコ型はいわゆる文系の専門家のようだ。

 とりあえず、幽霊は今まで地球を見てきたが、特に文明の跡らしきものは残っていなかった、ということを伝えた。

 タコ型の異星人は、それを聞くとガックリと肩を落とした。といっても、タコ型なので肩などないのだが……

「え〜、そうは言っても、なんかちょっとくらい残ってるでしょ〜、ねえってば〜!」

 と体をくねらせて懇願してくる様子は、動物番組に出てくるみたいでちょっと愛嬌もあった。しかし、なくなってしまったものはどうしようもないのだ。

「建物とかちょっとは残ってない?」

 さすがに、それくらいなら少し残っていた。特にハッキリと記憶しているわけではないが、そこらへんに廃墟くらいならある。

「うんうん、ちょっと案内してよ!」

「はぁ、また防護服着んのかよ……」

「何言ってるんだい、これは文明史を揺るがす大事件なんだよ!」

 とはいえ……実際にここで長い間、ファーストコンタクトに時間を費やしていた結果、すでに日も沈んでいる。幽霊といえども、なれないコミュニケーションで嬉しさ半分、緊張半分で疲れている感覚もしてきた。それをさりげなく宇宙人たちに伝えると、

「確かに、今日はもう疲れたね。時間はたっぷりあるんだし、明日じっくりやればいいか」

「ああ、そうしようぜ。幽霊さんもそれくらい待ってくれるだろ?」

「もちろんだよ。むしろ、君たちと話せて楽しいからね。明日も喜んで案内するから」

 スイッチャーもどきが、幽霊の言葉を翻訳して、よく分からない言葉に変換する。

 タコとグレイの宇宙人は、互いに微笑したあと、資料をまとめて休息についた。

 SF映画ではなにかと悪者に描かれる宇宙人だが、こうして見てみるとなかなか愛嬌があって可愛らしいと思えた。少し気味が悪いと思わないこともないが、微笑するなど、人類と通じる感情表現も持ち合わせているのは好感が持てた。

 幽霊は、明日宇宙人を案内する場所の下見をしたあと、少しだけ睡眠をとった。

 不思議なことに、よく眠れた感覚があった。



 翌日、幽霊は宇宙人を放射能まみれの廃墟に案内した。案内していて、幽霊は少し申し訳ない気分になってきた。もし核戦争がなければ、今頃宇宙人たちは地球人に熱烈に歓迎を受けていただろう。宇宙人たちももっと有意義な交流をできたであろう。

 地球人の自業自得とはいえ、自滅してしまって、廃墟くらいしか見せられないなんて……しかも案内しているのは幽霊とか以前に、ただの元社畜で自己退職したけど失業手当をもらいながらガチャを回していた、そんな駄目人間なのだ。

 核戦争さえなければ……もっとまともな人間が宇宙人たちを案内していただろう。

「君のせいじゃないんだから、そう気にしなくてもいいよ」

 タコ型がそう言うが、地球人としては、地球のこんな姿を見せるのは気が重い。

「そうだぜ、核戦争なんてお前とは関係ないし、むしろお前、被害者じゃねえか」

 グレイも気を使ってくれている。

 幽霊はとりあえず、廃墟と化した建物へ案内した。建物の中は崩れていて危険だった。そもそも、中身はほとんど朽ち果てていて、宇宙人たちに興味ある内容を提示できるとは思えない。

「なるほど、これは君たちヒトの住んでいた住居というわけか。こういう家に住んでいるんだね。大きさから察するに大型の知的生命体だったようだね」

 幽霊は、家には電気ガス水道などの基本インフラがあることを説明した。

「なるほど、これは僕らの文明でいうとレベル2くらいの工業文明くらいかな?」

 彼らの間ではそんな分類があるらしい。ちなみに、レベル3になると情報工学が発展し、工業生産はほぼすべて自動化され、工業の意味がなくなるようだった。

 さらにその先の文明は、惑星表面から飛び立ち、宇宙文明を築き上げる、ということのようだ。ちなみに、彼らエイリアンの文明はレベル3と4の中間くらいにあると言う。宇宙には進出したものの、まだまだ宇宙という広大なフロンティアからは、廃墟の探索以外の成果を得られていない。

「知的文明すらなかったんだよ」

 それで、ようやく見つけたのがこの廃墟の地球というわけで、幽霊はますます肩身が狭い感じがした。

 彼ら異星人たちは、地球よりも一歩進んだ文明を発展させ、わざわざ地球に来てくれたというのに、地球人たちはくだらない理由で核戦争をおっ始めて自滅してしまったのだから……

「そんなに気を落とさなくていいよ。僕たちからすれば、こんなすごい文明を築いた種族がいた、という事実だけで大発見だしね」

「そうかぁ、ど田舎みたいな感じだけどな」

 とグレイの方が茶々を入れる。

「もう、そんなこと言っちゃ駄目だよ。彼らの文明はたまたままだ発展途上だった、というだけなんだから。僕らの文明だってこういう歴史をたどって発展していったんだよ」

「ところで、なにか当時のモノなんて残ってないかねえ……」

 幽霊はしばらく考えた。

「う〜ん、そういえば車とかあったような気がするけど……」

 幽霊はとりあえず、車の残骸まで案内した。車は外殻のフレーム部分だけ残っているような状況だった。幽霊が宇宙人たちに、

「ここにはガラスがハマっていて、ここにはゴムでできたタイヤがあって……」

 という風に説明していったが、やはり見た目の資料がないために、いまいち伝わりづらいようだった。

 何か文献やデータがあればいいんだけど……

 異星人たちは、そこでとりあえず調査する、ということだった。防護服に身を包んだ彼らが、いそいそと作業を始める。

 幽霊は、とりあえずその場を離れ、図書館を探してみた。

 しかし、図書館には何も残っていなかった。

 やはり、何もなかったか……

 文献があれば、もっと彼らにも地球の歴史などを教えてあげられるのに……

 さすがに幽霊には歴史の知識などそれほどあるわけでもなく、地球人の歴史についてももう少し教えてあげたかった。やはり、最後の地球人として、少しでも地球人の文明の痕跡を残したかったのかもしれない。

 だが、幽霊にも一つ思いあたることがあった。

 核戦争で、全ての人間が一瞬で死んだわけではなかった。

 しばらく生き残っている人もいたが、食糧不足、物資不足による飢えや貧困、やがては放射能の嵐に曝されて死んでいった。

 その間、スマホなどの電子機器が生き残っているはずだった。

 もちろん、電池は切れているだろう。でも宇宙人ならなんとかしてくれるのではないか――そう考えた幽霊は、すぐにスマホを探し始めた。

 思っていた通り、それはすぐに見つかった。

 すでに白骨化した死体が、大事そうに握っていたスマホだった。幽霊は勝手に取ったら呪われるのではないか、とも思ったが、そもそも自分以外に幽霊がいないことから、まあ大丈夫だろうと思って手を伸ばした。

 スマホの感触は冷たく、墓石のようだった。幽霊はそれを大事に抱えながら、宇宙人たちの元へ戻っていった。


「これはすごく貴重な資料だよ!」

 タコ型の宇宙人は興奮を隠しきれないようだった。それを見ていると、幽霊は少しいい気分になった。宇宙人とはいえ、他人にいいことをしてここまで素直に喜んでくれれば嬉しいものだ。

 電気の問題もすぐに解決した。グレイがすぐに電気を供給する装置を作りあげたのだ。どういう装置かは幽霊には分からない。多分、地球人の専門家が見てもよくわからなかっただろう。おそらく3Dプリンターのもっと複雑なやつだと思われるが、とにかく電気が供給され始めると、スマホの画面にリンゴのマークが灯った。ロックがかかっていたが、それもグレイは簡単に突破した。

 スマホの画面……一体いつぶりだろうか。人間のころを思い出して、思わず涙ぐみそうになった。核戦争さえなければ、きっと今頃、スマホでもいじっていたのだろう。

「どれどれ……」

 タコ型が触手でスマホの画面を触ると、異星人にもスマホは反応した。まさにユニバーサルデバイスである。

 画面が点灯したとき、幽霊は少し躊躇した。

 完全に痛いホーム画面だったからだ。

 アニメ調の女の子が、デカデカと写っている。このナイフォンを持っていたやつは、相当なオタクだったに違いない。

「これは一体、何なんだ?!」

 グレイが声を上げる。幽霊は説明しようと試みたが、なかなかうまく行かなかった。そもそもアニメと言ったところで、

「アニメってなんだよ?」

 と返されてしまうからだ。

 幽霊はとりあえず、「人間を描いた絵だと思えばいいよ」と大雑把な説明をしておいた。これはあながち嘘ではないが、後にこれが後悔の始まりになろうとは、このときは想像すらしていなかった。幽霊の説明を聞くと、タコ型が

「なるほど、人類ってこんな見た目だったんだ!」と感動していた。

「ていうことは、君もこんな風な見た目なの?」

 今までの幽霊の姿は、異星人たちにはディスプレイを通じて、ぼんやりとした姿でしか認識されない。

 一瞬、嘘を言うのはどうかと思ったが、どうせバレないだろうし、バレたところで冗談だったんだ、とか言えばどうとでもなるだろうと思って、

「そうだよ、まあこんな感じだったかな」と話を合わせておくことにした。

 そもそも、幽霊は女ですらなく、ただの社畜のオッサンに過ぎなかったのだが。

「なるほど、人間ってこんな姿だったんだね!」

 タコ型の方が感動している。嬉しいのだが、何やら若干の罪悪感も湧き上がってきた。

 あとは色々な質問に答えていった。身長はどれくらいで、どういう生活をしているのか、などである。

 やがてタコ型が適当に触っていると、その中に……まあ、何と言うか、ようするにエロアニメが入っていた。

 幽霊は止めようとした。しかし、その前よりもタコの触手が画面をタッチする方が速かった。

『あっあっあっイッちゃうから~~~っ!!』

 スマホから大音量で流れ出る映像と音声に、一同は宇宙空間のような沈黙に包まれた。

『イクイクイッちゃう!!!』

「これは一体……?」

『ねえ、一緒にイッちゃお……?』

「ああ、それはね……」

 気まずいけども、答えなくてはいけない。というかスマホの持ち主は何を考えてスマホの中にエロアニメをぶち込んだのだろう。意図が全く分からないが、そのせいで宇宙人と地球人の幽霊に気まずい沈黙をもたらそうとは、まさか思わなかっただろう。

 とにかく、宇宙人にはどうやって答えたらいいだろうか……正直に言うべきかどうか迷ったが、もう幽霊だしそこまで気を使う必要ないんじゃね?という開き直りの境地に達したので、アニメキャラが絶頂に達した後に

「これはね、地球人の生殖行為を描いた映像なんだよ」

 と簡潔に答えた。

 しばらく宇宙人たちは顔を見合わせていたが、やがて

「「えーー、すっごーーーーい!!」」

 と叫んだ。

 なんか昔に流行ったアニメを思い出しそうになったが、具体的なタイトルまでは思い出せなかったが、そんなことはこの際どうでもいい。

「なんだよ、人類ってまだ生殖してたのかよ! そんな非効率システムでよく工業文明維持できたな、おい!」

 とグレイが大げさに言った。

「もう、きみはそうやってすぐに他文明を馬鹿にするねぇ……セックスだって精神的な快楽を得るという効用もあったんだよ。それに生殖の分野では工業化はまだ先だったのかもしれない」

 幽霊には宇宙人の言っていることがよくわからなかった。

「生殖の工業化? って何それ……?」

 思わず口から洩れた。

「ああ、地球人はまだ知らないんだね。僕たちは生殖ではなく、細胞からバイオテクノロジー的に培養されて繁殖するんだ」

 幽霊は、宇宙人の文明が想像する以上に進んでいることに驚愕していた。さらっと言っているが、相当すごいことじゃないだろうか。クローン技術ですら確立できていなかった地球人たち。哺乳類で一部成功しただけだ。しかもクローン細胞を作ったら、あとは母親の子宮を借りなければならない。人工培養など、世界中の科学者が集まっても無理だろう。

 というか、セックスをせずに数を増やせるなら、高齢化問題も解決しそうだけど、なんだか味気ない人生になりそうな気もしていた。それを宇宙人に伝える。

「うん、それは僕たちの文明でも議論されているんだけど――」

 かなり長いので宇宙人たちの言うことを要約すると、生殖の工業化によって、少子高齢化や家族間の問題のほぼ全てが解決されたが、ただ一つ問題が残ったとされる。それは人生の意義を喪失したのではないか、ということだった。

 生殖の工業化によって、必要な人間を必要なだけ、生産できるようになったわけだが、それによって人生の意味というのが社会によって最初から大きく決められてしまうわけだ。まるで工業製品のように。

「そんな人生ってちょっと嫌だろ?」

 ちょっとどころではないのは、ブラック企業に勤めていたことのある幽霊には非常によく理解できた。仕事のために生きている人生に、何の意味も感じられなかった。しかも宇宙人たちは、生まれる前に誰かに設計・設定されて生まれてくるわけだ。

 生殖もしないなら性欲もないので、それはそれでいいのかもしれない。しかし、それだと人生の味が薄くなるような気もする。

 その代わりと言っては何だが、宇宙人たちは知的好奇心だけは異常に高くなっていったようだった。こうやって無駄だと思われるような、知的文明の探索を飽きもせずに数世紀も続けているの言うのだから、驚くべき気の長さである。

 そこまで語ったところで、タコとグレイが同時にアヘ顔でよがり始めた。その光景はまさに「アヘ顔でよがり始めた」としか言いようがないのだから、そういうしかあるまい。床の上で恍惚した表情を浮かべながら、のたうち回る宇宙人たち……

 どうやら、彼らは知的絶頂に達すると、人間でいうところの性的絶頂に似た感覚になるらしい。古くはアルキメデスが風呂から飛び出して走り回ったりしたのだから、そういうこともあるかもしれないが、見ていて気持ちのいい光景ではない。しかもその間、エロアニメはあい変わらず再生され続けていた。

 アニメのあえぎ声に合わせてよがる宇宙人たちを見ていると、自分は一体何を見ているのか、少し虚しい気持ちもこみあげてきた。この宇宙人たちはきっと地球人たちより賢いのだろう。

 しかし、その賢さを極めた先がこんな間抜けなアヘ顔で床をのたうち回ることだとしたら、一体知性や知能とは何を指すのだろうか。

「いやぁ、失礼、少し取り乱してしまったようだね……」

 ようやく話が前に進んだ。とにかく、この場ではできることも限られている。そこで宇宙人たちはいったん成果物を本星に持って帰り、そこで本格的に研究を再開したいということを提案してきた。

 幽霊からしてもありがたい話だ。なにせ、このまま廃墟を永遠に彷徨うことになるかもしれなかったのだから……

「あ、でも……地球から離れられないんだよなぁ……」

「それなら心配ないよ。船内中央コンピュータの中に、デジタル空間の余裕があるから、そこに入ればそのまま地球を離れられる思うよ」

「どうして地球から離れられないんだろ?」

「多分、地球の磁場を超えると消滅すると思う」

「え、マジで?!」

「うん。だって宇宙には放射能とかいっぱい飛んでるし。地球の大気圏はその放射能をほぼ全部カットしてくれてるけど、宇宙空間にそのまま飛び出したらきっと焼け死んでたと思うよ」

 聞くだけでぞっとする話だ。死んだ後も放射能で焼かれるなど、悪夢でもお目にかかれない。

「あとは、君の精神が地球と結びついているっていう心理的障壁も大きいのかも。とにかく、船内の安全な場所にいれば、ちゃんと宇宙空間でも安全に移動できるよ、たぶんね」

 最後の一言が気になったが、とりあえず一緒についていくことにした。まあ、船の中なら安心だろう。あとは、この気さくで時々アホになる宇宙人たちに、愛着を感じ始めていた。本当にアホなことだと後になって思うのだけども……



 それから、しばらくの航続距離を経て、ようやく宇宙人たちの本星にたどり着いた。実時間で30年だそうだが、その間幽霊はコンピュータの中で凍結された時間を過ごしていた。また、宇宙人たちはコールドスリープで、同じく凍結した時間を過ごしていた。

 とりあえず、異星人惑星にたどり着いたわけだが、まずは巨大な宇宙ステーションがあって……と言いたいところだが、正直いうと幽霊は眠っていたので、そんなものは全く見ていなかった。というより、目覚めたときには、すでに研究所のような場所にいた。そこでは数々のタコやグレイがいた。みんな興味深そうに幽霊を眺めている。顔はどれも同じような感じだったが、その中に地球で出会った宇宙人たちの顔は無いように思えた。

 とりあえず、沈黙が怖いので、何かあいさつでもしておくか……

「あ、どうも、地球人の幽霊ですけどもぉ……」

 と軽くお辞儀をしながら言った。誰も何も答えない。

「えっと、ここって一体、何なんですかね?」

「………」

 宇宙人たちはしばらく沈黙していたが、やがてみんなアヘ顔でのたうち回り出した。

「あひぇっ、あひゃあっ、あばばばっばば、ひぎいぃっ!!」

「………」

 今度は幽霊が沈黙する番だった。

 宇宙人たちが一通りのたうち回ると、やがて落ち着きを取り戻して立ち上がった。その中の一人のグレイが、幽霊に近づいて手を差し伸べてきた。

「やあ、私がこの研究所の主任、◎△※だ。異星人交流、よろしくお願いしたい」

 と割と渋い声で言ってきたが、あんな光景を見せられたあとでは笑いをこらえるのに必死だった。ちなみに名前は地球人では発音できないので、仕方ない。

「さて、これからだが、とにかくまずは君に元の肉体を取り戻してもらいたいと、我々は考えている」

「え、それって復活できるってことですか?」

「まあ、定義的にはそうなるかもしれない。ただ、君は完全に元通りの人類になるのではなく、あくまで我々が再現した人類の体で生まれ変わる、と言った方が正しいかもしれない」

 よく分からないが、このときはラッキーだと幽霊は思った。だって死んでよく分からない生き残り方したと思ったら、普通に復活できるんだもの。

「そこで、君の肉体をデザインして欲しい」

「え、俺にですか?!」

「ああ、何せ君が一番、地球人について詳しいからだ」

 そういうことなら仕方ない。

「でも、デザインなんて……」

「大丈夫だ、問題ない」

 エルシャダイ感を感じたが、主任グレイの言うことによれば、機械の中に入って生前の姿を思い浮かべるだけでいいらしい。そしたらAIが思考から勝手にデザインを読み取って、その通りの肉体を再生してくれるらしい。

 幽霊は期待に胸を膨らませながら、機械の中に入った。後に本当に胸が膨らむことになろうとは、思いもよらなかった。



 機械の中に入った幽霊は考えた。普通に前のオッサンに戻っても面白くない。できることなら美少女にでもなるか――そう考えたときに、すぐにエロ漫画やエロアニメが思い浮かんだのが、幽霊の運の尽きだった。

「ビー……思考スキャンを開始します……」

 AIの声が天井から響き渡るように、聞こえた。



 幽霊は、機械から外に出てみた。もう幽霊ではない、体重のある人間として生まれ変わったのだ。一歩ずつ、足を踏みしめながら機械の外に出る……そこで自分の体を確認しようと首を下に曲げた。そこには爆乳と言っていいような胸があった。

(やだ、本当についてる……!)

 思わず勃起しちゃいまして……となりそうだったが、そっちは無くなっちゃってた。

 とにかく、念願のアニメ美少女に生まれ変わったわけだ。社畜のオッサンから考えると、相当なレベルアップと言えよう。問題は、他の地球人がいないことくらいだが。

 カプセルの周囲には、相変わらずアヘ顔でのたうち回るエイリアンたちがいた。この光景ももはや見慣れてきたようだ。

 やがてその中から地球で出会ったタコとグレイが歩み出てきた。

「わぁ、資料の通りの見た目だね!」

 タコが感嘆の声を漏らす。

 この間、一糸まとわぬ姿である、元幽霊は、さすがに少しは恥ずかしくあった。

「あの、ちょっと服欲しいなって……」

「ああ、そうだね、忘れていたよ」

 服も同じように資料から作り出された。そう、エロアニメを元にね……

 露出は多いが、それはまあ許そう。宇宙の果てで、贅沢を言うつもりはない。宇宙人たちはよく用意してくれた。責任は、核戦争で滅亡して、エロアニメくらいしか資料を残せなかった地球人にある。

「それじゃあ、早速始めてもらうか」

 グレイの方が切り出した。元幽霊の美少女アニメキャラは、異文化交流かなって思ったが、その予想は裏切られることになってしまう。

「何って、生殖行為に決まってんじゃん」

 いつの間に決まっていたのか、分からないうちに、隣の部屋にホイホイ案内されてしまう元幽霊に拒否権も何もあろうわけもなく……

 その部屋に入ると、後ろで扉がプシュッと音を立てて閉まった。その時に、元幽霊は宇宙空間に放り込まれたような孤独感を味わった。

 上には透明な材質でできた窓があった。そこにたくさんの宇宙人たちが並んでいる姿が見える。

「それじゃあ、今から気兼ねなく始めてくれよな!」

 グレイの声が、スピーカー越しに響いた。

 出てきたのは、触手だった。

 そう、エロゲーとか同人誌で出てくるような。

 どうやら、あのアニメは触手ものだったらしい。スマホの持ち主はなぜ、そのようなマニアックな性癖のアニメをスマホに入れていたのか、そしてなぜ自分がピンポイントでそんなスマホを選んだのか、なぜ核戦争で大半の物が破壊されたというのに、あのスマホだけが割といい保存状態で残ってしまったのか、そして宇宙人たちがやってくる確率がどれくらいなのか、その全てが重なるなんて天文学的確率なんだろうなと想像しながら、触手に抱かれ、絡みつかれていく。

 最初こそは抵抗していたが、やがて体内に侵入した触手に犯されて無理やり快感を与えられるようになっていくにつれ、快感で脳みそがマヒしていき、何も考えられなくなってしまった。

「すごい、この資料の通りの反応だ!」

「今までの宇宙探査で得た最高の成果だ!」

「我々は歴史的瞬間に対面している!」

「異星知的生命体に関する研究の長足の進歩だ!」

「科学と歴史の両方の分野で最大の発見だ!」

 窓越しに、宇宙人たちがアヘ顔でのたうち回っている様子を、元幽霊はぼんやりする視界の端でとらえたが、そんなものはもうどうでもよかった。

 今はもう、触手のもたらす快楽の虜になりつつあり、やがてそうなった。

 何も考えることなく、ただ快楽に身を任せた。

 元幽霊が最後に考えたことは、きっと自分もあの宇宙人たちと同じようなアヘ顔になっているだろう、ということである。

 

 こうして宇宙はアヘ顔で満たされた。



 

 


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