第22話  海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean 19

 

 チリィ~~ンン~~~ チリチィリ~ンン~~~~




「何故、久殿は羽柴の姓を承けられたのであろうな・・・」


 源左は、何度目かのおかわりであろう空になった湯呑の底を覗き込みながら堀に尋ねるのであった・・・


「まあ・・・今更でござるが・・・」


 源左は湯呑をそっと置くと堀に視線を向ける・・・


「・・・私は・・・私には力が無かったのです・・・」


 堀は源左の問いに自嘲気味に答えると目を伏せ、言葉を止める・・・


「ふむ・・・」


 源左は、肩を落として落胆するような堀の様子を優しい瞳で眺めながら堀を促すように問い重ねる・・・


「力が・・・無かった・・・。それが羽柴の姓を承けた理由にござるか・・・?」


「・・・ええ・・・。私は、上様、中将様亡き後も三法師様を戴き、宿老衆の方々や織田家一族の皆様方と共に織田家を守り立ててゆく事が当然だと思うておりました」


「・・・」


「さりながら・・・事はそうならず、目に見えぬ時の勢い・・・とでも申すべきでしょうかその時の勢いを背景にした羽柴殿の圧力に屈してしまったのですよ・・・フフフ・・・情けないお話しですが・・・フフフ、ㇵㇵㇵ・・・」


「久殿・・・!?」


 自身をまことに卑下し揶揄しながら苦笑する堀の姿に源左は驚き、堀の痛々しいその様子にその当時において堀が尋常ならざる心の葛藤を繰り広げていた事実を源左は改めて認識する・・・。


「山崎で羽柴殿との会見の後、私は羽柴殿が兵を挙げないようするため岐阜に何度も足を運び信孝様に三法師様を安土へ御動座していただくようお頼み申し上げたのです・・・が、しかし言葉を尽くしても信孝様は頑として三法師様の安土への御動座は認めぬの一点張り。私はそうしないと羽柴殿がここ岐阜に向けて兵を挙げるのですぞと喉元まで出かかった言葉をすんでにて飲み込み、更に言葉を尽くし三法師様安土への御動座こそ道理であると懇願致しましたが・・・信孝様は挙句の果てには激高されて、そちは、秀吉の家臣か!!織田家の家臣であろうが!!!何ゆえに筑前の申す事ばかりわしに勧めるのじゃ、まるで筑前めの家臣のような振る舞い、織田家に取って代わりもう天下様を気取った秀吉に尾を振るようになったか、見損なったわ、久太郎!!!・・・と、痛烈に面罵されてしまうしだいにございました・・・」


「そのような事が・・・」


「ええ・・・さりながら心が折れそうになった自身を励ましながら、於市の方様のお言葉添えにより柴田様に三法師様の安土へ御動座を信孝様に促すようお頼み申し上げたところ柴田様はその件はもう少し時間をおいて運ぶが良いと・・・藤吉郎や五郎左(丹羽長秀)勝三郎(池田恒興)には書状を送っておくとの仰せ・・・時期がきたなら自らが信孝様を説得するので今暫し時を待てとのお考えにございましたな(それでは、遅い、遅すぎる!!!)私は胸中にて何度叫んだことでしょうか・・・」


(・・・久殿は、羽柴殿の挙兵の意思を告げられておった・・・一人・・・ただの一人だけで苦悩されておったのか・・・)


「その後十月の初旬、私は信孝様の説得失敗の報告並びに羽柴殿の挙兵に対する反対の意思表示を再度するため上様のご葬儀の準備に追われる羽柴殿のと洛中にて面談することになりました・・・私はその時に羽柴殿からの頼み、羽柴の姓を承けることを断り、もし兵を挙げるのであれば佐和山にて迎え撃つ覚悟を伝える決心をしてその場に臨んだのです」


「ほう・・・」


「私はその時羽柴殿に決別の意思表示を述べ、その後で丹羽様、池田様に羽柴殿挙兵の意志ありと伝え善後策を協議するよう考えておりました・・・ところが・・・」


「ところが・・・?」


「羽柴殿に己の決意を告げたところ、羽柴殿から新たな提案をされたのです・・・」


「うむ・・・して、その提案とは?」


「大徳寺にて上様の葬儀をおこなった後日、二十八日に相国寺において羽柴殿の挙兵の是非を問う会合を丹羽様、池田様とで開くとのこと。その会合の結果を経て改めて私の判断を伺おうとの提案にございました・・・」


「相国寺での・・・会合とな・・・?」


「はい。私は迂闊にも羽柴殿が丹羽様や池田様に水面下でそのような手回しをしているとは思いも及ばずその言葉を聞き、驚きました・・・なぜなら、あくまで岐阜に向けて挙兵する意思を捨てないということであれば私は丹羽様と池田様に協力をお願いし、お二人の力添えによって羽柴殿の暴挙を諫めてもらい挙兵には協力はせぬと断じてもらおうと考えておったからです・・・」


「うむ・・・」


「私はその時、恐れておりました・・・三法師様をお迎えするという大義名分のため兵を挙げた羽柴殿に対して、織田家の正式な家督相続者である幼君の三法師様を傍らに預かる信孝様が三法師様の命として羽柴殿を織田家に弓引く謀反人であると宣言し織田家中の諸将に討伐を宣言されたならどうなるのか・・・三法師様が戦火に巻き込まれるは必定、更には織田家が真っ二つに割れ、織田家の行く末に暗澹あんたんさしか感じえなかったですから・・・」


「なるほど・・・その時分では・・・そうであろうな・・・」


「私はすぐに行動に移ったのですよ・・・丹羽様、池田様に書状を送り、羽柴殿との間にあったこれまでの経緯の説明と今後の見通しを含めお二人には織田家の行く末ならびに三法師様の御身を危うくさせないようとくと羽柴殿に自制を促すように協力をお頼み申し上げました・・・丹羽様には・・・その時初めて羽柴殿から家臣になるよう乞われたことも併せてお報せ申し上げたのです・・・」


「ふーむ・・・、秀種殿がそれがしに多賀大社にて申された五郎左殿の返書とは、その時の事であったか・・・? 坂井殿が佐和山に赴いたという・・・?」


「いかにも、私はその時は羽柴殿の姓を承ける、家臣になるなどお断りするつもりでありましたが、丹羽様は私が前向きに考えていると勘違いされたようで、かなり御立腹で叱られました、ハハハ・・・」


「であれば再度伺うが、何ゆえに、またいつ羽柴の姓を承けようと決心されたのかな?」


「・・・私が正式に羽柴殿の姓を承けようと決意したのは、あの洛中全体が狂騒となり果てた上様の葬儀が余韻が残る京、相国寺にて羽柴殿との会合にてです」


「・・・?」


「その日私は、先日私宛に出された柴田様からの羽柴殿に対する弾劾状を持参しこの件について羽柴殿はどう対応されるのかと問うためでございました」


「弾劾状と!?」


「ええ、その中身は羽柴殿の清洲会議の制約違反、不当な再領地配分、並びに宝寺城の築城を非難するものでございました」


「ほう・・・」


「・・・羽柴殿はその弾劾状を読み終えた後、清洲会議の約定違反とな、と、ひとことつぶやくと私にこう告げられたのです・・・」



             ☆  ★  ☆



『久太郎殿には、この場で申しておくが、そなたがどれだけ頑張られようともこの期においてわしは兵を挙げることを止めるつもりはない。このことは丹羽殿も池田殿も了承済みであるのじゃ』


『そ それは、いかなることでござろうか!? 今月二十八日の相国寺での会合でお決めになられるのではなかったのですか!!?』


『そなたには、申し訳ないが・・・実はもう丹羽殿、池田殿とは下打ち合わせは済んでおり信雄様にも御了解済みなのじゃ・・・悪いのう・・・』


『の 信雄様も御了解済みとは!? どういうことでござるか!』


『うむ、そのことじゃが・・・そなたが頑張ったせいであろうが二人ともわしの挙兵には断固反対でな、御両人ともわしの挙兵には協力せず兵を出さぬということであった・・・うむ、そなたの手回しにはほとほと困ったものであったわ、カッカッカ!!御両所共々、織田家の家督相続者であられる三法師様がお在す岐阜表に兵を向けるなどとは主家筋に弓を引くことぞと強く叱られたわい・・・そこでじゃ、わしはお二人にこう申し上げた・・・主家筋に弓を引く、つまり謀反人と糾弾されずに三法師様をお迎えすれば宜しいかと、それならば丹羽殿、池田殿も問題ないであろう・・・とな? どうであろう久太郎殿、そのような手立てがあればそなたも不満はないであろう・・・いかがじゃ? わしの存念は、あくまでも三法師様をお迎えすることが第一義である!、清洲会議の約定違反を続ける信孝様に向かって正々堂々と三法師様を安土へお返し願うよう武力を背景にして申すつもりじゃ。そなたは、それでもわしが行く手を阻むか・・・?』


『・・・しからば、羽柴様にお尋ね申すが大軍を催し岐阜表へ攻め込みながら織田家の家督相続者であられる三法師様を擁する信孝様があなた様の行動に対し織田家に対する謀反であると断じることができなくなるような、そんな都合の良い手立てがありましょうか?』


『フッフッフ・・・あるのじゃよ久太郎殿。丹羽殿、池田殿もわしが提案した手立てを了承してくれたじゃ。まあ、もっとも御両人とも岐阜へは出兵はせぬという点は変わりはないのじゃが、わしの挙兵に関しては黙認ということで話しはついておる』


『な お二人様が黙認・・・そんな・・・』


『信じられぬ・・・と、言うような顔をしておるぞ久太郎殿。そこでわしの手立ての肝となるのが信雄様であられる・・・ここまで言えば聡いそなたなら気づくであろう・・・?』


              ☆  ★  ☆



「羽柴様の手立てとは・・・三法師様を織田家の家督者から外し信雄様を新たな織田家の家督相続者と認める・・・ということでした・・・」



 堀はそこまで言うと、スッ と立ち上がり軒下に飾られている風鈴の側まで進み手を伸ばして風鈴を軽くつつ


チリィ~ン~~~ チリィチリィ~ンンン~~~ チリィ~~ン~~~~



「三法師様は、織田家の家督相続者から外され、ただの・・・ただの中将様の御嫡男というだけのご存在となられもうした・・・」


 チリィ~ン~~~!!!


 堀は一度強めに風鈴を突くと手を下ろし、そして虚空をぼんやりと見つめる・・・


(久殿・・・)


 源左は、その瞬間堀の強い思いがぜたかのような錯覚を覚え黙ったまま堀の後ろ姿を見つめる・・・







(これって・・・【クーデター】じゃないか!!!)


 奏司は、驚愕する・・・


(主家である織田家の家督相続者を共通の思いを持つ実力者達だけで自分達の都合の良い人物を当主に据える・・・まさに、【クーデター】そのものだ!!! まさか、秀吉、長秀、恒興の三人で清洲会議での一番重要な約定であった三法師を織田家の家督相続者とする事項をあっさりと反故ほごにし、同じ宿老の勝家には一言も相談なく決めてしまうとは・・・三法師の守役であった堀は・・・堀の胸中はいかに・・・)


 奏司は、ぼんやりと虚空を見つめる堀の姿に源左と同じように憐憫れんびんを感じながら見つめる・・・


(・・・しかし、秀吉は凄い手を考えたものだ・・・宿老の多数で信雄を織田家の家督相続者としてしまえば三法師はただの信忠の嫡男というだけの幼子・・・織田家の家督相続者として三法師の名前で【御教書】を発し、秀吉を謀反人として糾弾しようとする信孝にとってその根拠の拠り所が無くなってしまう・・・そう、伝家の宝刀が消滅してしまったというわけだ・・・更に旨いのが、岐阜に向けて兵を挙げても謀反でなくそれはただの三法師という幼子を清洲会議の約定を守るためにお迎えにあがるためだと天下に声高く喧伝できることだ・・・うーん・・・凄まじい手妻ぶり、恐るべき秀吉というべきか・・・それにしてもまさか、秀吉が長秀、恒興を巧妙に抱き込んで三人でそんな会合が相国寺でおこなわれていたとは・・・知らなかった・・・うん? 堀が動くのか・・・?)





「私は、羽柴殿の野望の前には、本当に非力でありました・・・」


 堀は、そう言うと懐からあの片手鏡を取り出し蓋を開け覗き込む・・・


 暫しの間そのまま鏡をみつめていたが、やがて口を開く・・・


「さすが三法師様のお守役よ・・・織田家の実質上の家宰よと、まわりから褒め囃され、実際自身もそれなりに織田家家中においてそれなりの発言力も高くなったと自負しておったのですよ・・・ところが、それはとんでもない自惚れにございました・・・」


 堀は、そこでクルリと振り返り自分を見上げる源左に向けて寂しそうに嘲笑を漏らす


「フフフ・・・お笑いくだされ、源左殿。その時ほど自身の力の無さを痛感させられたことはござらぬ・・・」


「久殿・・・」


 堀は、うん と一つ頷くと、再び源左の眼に正対し腰を下ろす・・・


「・・・確かに、織田家の家督相続者を決める権限は四人の宿老の皆様方の専権事項にございます。ですが、私は憤りを抑え切れず後日丹羽様をなじり、詰問したのでございます・・・何故に織田家の家督相続の変更を承諾なされたのや・・・と・・・」


「五郎左殿は、何と・・・?」


「丹羽様苦渋に満ちた顔でこう申されました。織田家を存続させるため、また三法師様をお守りするためにはそうせざるを得なかったと・・・」


「ふむ? それはいかなる・・・」


「羽柴殿が挙兵の後、岐阜表で戦となり信孝様が三法師様を人質にして籠城になったらどうするのだと丹羽様が羽柴殿に問い質したところ、織田家の家燭かしょくを守るために挙兵する前に信雄様に暫定ながらも家督を相続していただく。そうすれば万が一、三法師様の御身に何かあっても織田家は跡目は残る・・・更には織田家の家督相続者という地位を離せば政争の道具の対象になられている三法師様の御身を結果的にお守りすることになるのだと・・・」


「ほう・・・」


「相国寺にて、お三方の会合の後、羽柴殿は事あるごとに声高々と叫ばれるようになられました・・・これは三法師様の御身をお守りするためじゃ!! これは三法師様の御為である!!!・・・と・・・」


「うーむ・・・」


「・・・私は、羽柴殿に内々でもうすでに信雄様が暫定ながらも織田家の家督を継ぎ、丹羽様や池田様の承諾されていると告げられ猛烈に憤りを感じたのです。織田家家中において、宿老の皆様や、織田家一族の方々が清洲会議の約定反故を声高々に相手を批判してる現状に怒りを覚えました。約定違反をそれぞれ訴えているにもかかわらず、また更に清洲会議において決められた約定を新たに反故にするような家督相続者の変更なんぞ、言語道断である!! 詭弁! 詭弁!! 詭弁!!!・・・まさに詭弁の連呼ではないか!!!・・・と・・・」


(久殿・・・)


 源左は珍しく感情を顕わにする堀の様子を見て憐憫の情を浮かべる・・・


「その後宿舎に戻った私は、己の無力感にさいなまれ途方に暮れておりましたが・・・これに救われました」


 堀は、手にしていた手鏡を源左に指し示す。


「その手鏡が・・・?」


「はい、そうでございます。その夜、いつもの癖で何気なく手鏡を手に取り鏡に映る自分の顔を見ながら思い出したのです、源左殿」


「ほう・・・」


 薄い微笑を浮かべた堀に源左は尋ねる。


「何を、思い出されたのであろうか・・・?」


「そうであった・・・自分は上様、中将様亡き後は三法師様をお守りすることを信条とするのではなかったのか。今後、家督も信雄様に譲られただの幼君となられた三法師様を誰が守るというのだ・・・守役の自分でなく誰がその役目を果たすのだ・・・守役・・・堀 久太郎 秀政・・・そなたでなく誰がこれから務められようか!!」


「ほう・・・」


「信雄様が家督相続者となったのは、あくまでも暫定でありその後はいずれまた三法師様が御成人となりまた家督を継がれるやもしれぬ・・・ならばそれまでは身命を賭して三法師様をお守りすることが己の上様、中将様への忠義である・・・と・・・」


「まさに・・・」


「そこで私は決心したのです。羽柴殿の姓をいただき、羽柴様の臣下となることでかのお人の懐に入りいち早くかのお人の考えを酌み誰よりも早く三法師様の御身に危害が及ばぬように油断なくかの人を見張ることを・・・織田家家中で同じ同僚という立場ではかの人の動向に目を光らせることはでき申さぬことは今回のことで実感させられましたので・・・まあ、織田家家中でのそしりり中傷など想像に易く苦渋の決断でありましたが・・・」


「うーむ・・・、なるほど筑前殿の懐に入り込むことによって三法師様をお守りするということだった・・・今であれば羽柴の姓を承けるのはごく普通のことであるが、その当時では・・・恐らく久殿が初めてではなかったのであろうか、同じ織田家家臣の中で臣従の決断をしたのは・・・?」


「おそらくは」


「さりながら・・・つろうござったなぁ・・・久殿・・・」


「・・・確かにつらい時期が続きました・・・懇意にしてもらった織田家の先達の方々からの批難、お叱りの言葉・・・また心を許した朋輩達からも阿諛あゆ、追従の者に成り下がったのかと罵倒されたこと・・・フフフ・・・蒲生氏郷殿におかれては、わざわざ自城の日野からわざわざ佐和山まで、えらい剣幕でそれがしを怒鳴り込みに来られまして、『あの猿めに媚びを売るとは、いかなる料簡ぞ!!!』と・・・さすがにこれはこたえました・・・誰にも我が胸中をこぼさず、世間から権力者に尾を振る男と批判の目を向けられた私はその時期孤独にございました・・・されど」


 堀はそこで言葉を止め、源左の顔をじっと見つめるや、微笑を浮かべ源左に告白する・・・


「そんなつらい時期にはございましたが、私にも心安らぐ時間があったのですよ、フフフ・・・」


「ほう・・・」


「それは、源左殿と他愛ない話をかわす、ほんのひとときの時間でした・・・」


「んん!?」


「多賀大社の集落より人里離れた庵に源左らしき人物が住んでおることを小耳に入れた私は一人で足を運びその人物の確認に赴いたのです。そこで私は源左殿ご本人を確認してその場で思いついた言葉を口にしてしまいました・・・当家の…私の家臣になっていただけないかと・・・」


「・・・」


「まあ、結果は源左殿に素気無く断られもうしたが、ハッハッハ・・・」


「い いや、それは・・・」


「ええ、源左殿が気をもむ事ではございません、あの時期の源左殿のお立場であれば無理もありませんでしたから。それからも、源左殿を仕官に誘うという理由で何度もあの静謐な場所にある源左殿の庵に足を運ぶうちに私は気づいたのですよ・・・仕官へ誘うというのを口実に源左殿とただ話しがしたいがために足繁く通っているのだと・・・煩わしい現世から離れた静謐な場所・・・木々や清流に囲まれた空間で鳥たちのさえずりを耳にしながら源左殿と他愛ない話しをする時間がどれだけ当時気を病んでいた私の心を癒してくれたことか・・・」


(久殿・・・それほど気を病んでおったとは・・・)


 源左は多賀大社にて堀の実弟である秀種から打ち明けられた当時の話しを思い出している・・・


「とは言え、つらい立場に身を置いた分、羽柴様の家臣になることによって受ける利

も多大なものだったのですよ、源左殿」


「うむ、それは?」


「一番の利は、かのお人の考えが、すぐに情報として手に入ることです」


「うむ・・・」


「十月二十八日、相国寺において丹羽様、池田様との会合に臨むにあたり羽柴様は参加者であるお二人はおろか、織田家の諸将達も気づかないような企てを胸中に隠されておったのを私は見抜きました・・・その企てとはまさに凄まじい陰謀としか表現できぬような謀り事だったのです・・・」


「それは、いかなる企てであったのであろうか?」


「その会合の席で羽柴様はさらりとお二人にご提案されたのですよ、信雄様を織田家家督相続者と認めた以上我らは信雄様と主従関係を結ぶということで相違ござらぬな・・・と」


「はて・・・特に問題は、無いかと思われるが・・・信雄様が織田家の家督を継がれるのであれば羽柴殿を始め、丹羽殿、池田殿も信雄様の臣下になるは当然であろうと思われるが・・・それが、久殿が申すような凄まじい陰謀なのであるのか?」


「ええ、確かに信雄様と主従関係を結ぶことには何も問題はありません、が!」


「むむ?」


「信雄様が織田家の家督を継がれた以上、信雄様の意に反する行動をする者は織田家にとって謀反人と認定されるというでございます・・・この意味、源左殿お分かりでございますな?」


「うん?・・・あっ!!!」


 源左は気づき、驚愕の表情を浮かべる・・・


「左様でございます。羽柴様は自らの口利きで信雄様を織田家の家督相続者に祭り上げ他の宿老の丹羽様、池田様にも信雄様との主従関係を結ぶことに言質を取り信雄様に対して恩を売り自らの発言力を増加させたのです。その結果、恐るべき事態が予想されるに至りました・・・信雄様、羽柴様の意に反する行動をとる者とは・・・清洲会議の約定違反を続け三法師様を手放さない信孝様、そしてそれを咎めない筆頭家老である柴田勝家様・・・このお二方を謀反人と認定するのは火を見るよりも明らかでございました・・・」





















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