第19話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean 1 6
(これは興味深い・・・)
山上宗二は対峙する秀吉と堀の二人の姿を
(宗匠様に羽柴様のお手伝いを残って致せと言われた時は、どうして私が宗匠様と羽柴様の
宗二は心の内でつぶやきながら、この場に居合わせる機会をくれた師である千宗易に違った意味で感謝するのであった・・・。
自分の存在を全く意に介さず、青天の霹靂のように勃発した二人の対峙する場面を間近に見る宗二には、互いに睨みあう秀吉と堀の沈黙の時間が途方もなく長い時間に感じる・・・
(このまま、この顛末を見届けたいとも思うが・・・)
心の奥底から沸き起こる言い知れぬ不安感に宗二は決断する。
(この場に残っておると、何やらとんでもない事に巻き込まれそうだが・・・いずれにしても、ここは礼儀として一言二人にことわりを入れるべきじゃな)
宗二は二人に正対し直すとその場で深々と頭を下げ言上する。
『はばかりながらも申し上げます。羽柴様、堀様、私めはこの場に居続けてもよろしゅうございましょうか? 何でございましたら、お二人様のお話しが終わるまで席を外し別室にてお声掛けをお待ちしたいと存じますが・・・』
『ん?』
秀吉は、断わりを入れた宗二をちらりと一瞥すると
『宗二殿が、こう申しておられるが・・・そのほうが良いかの堀殿?』
と、堀に尋ねる。
堀は秀吉からのうかがいに穏やかな微笑を浮かべながらはっきりと答える。
『宗二殿のご配慮、痛み入りますが私は構いませぬ。むしろ・・・』
そこで言葉を止め、宗二の目をじっと見つめる・・・そして
『堺の【
堀は宗二にそう告げると
秀吉は堀の言葉に何か感じるものがあったのか、暫く堀の顔をみつめていたが、一つ咳払いをすると
『堀殿がそのように申されるのであれば、わしにも異存はない。宗二殿もこの場に居られるがよかろう・・・』
秀吉は承諾する旨を宗二に告げる。
『承りました。場違いの身とは思われますが、ご相伴させていただきまする・・・』
秀吉は宗二が深々と頭を下げるのを見届けると、仕切り直すように気配を改める。
(気になるのう・・・【会合衆】としての感想だと?・・・何ゆえに敢えて宗二殿をこの場に残させたかったのか・・・いずれにしてもだ、ここはわしもこの男に怯む姿は見せられぬ、生野銀山について何を掴んでおるのだ・・・久太郎よ・・・)
『さて、生野銀山の銀についてそれがしの、なしように不審、疑念を抱いておると貴殿は申されるが、そこまで言うのであれば、はきとした証拠でもあるのであろうな堀殿?』
威を高め厳しい口調で詰問する秀吉に堀は間髪入れずすぐに応じる。
『証拠は、ござらぬ』
『ほっ ⁇ 証拠はない?・・・』
しれっと何でもないように答える堀に秀吉は意表を突かれる・・・
『・・・』
泰然とした表情ながらも自分を見る堀の瞳に挑戦の気配を感じ取った秀吉は手にした扇子を自らの首筋に一つ、二つと軽く叩きながら堀に問う。
『のう、堀殿・・・重ねて聞くが貴殿は証拠もなく生野銀山の銀についてわしのやりように不審、疑念を持っていると・・・そう申すのだな・・・?』
『いかにも、左様でござる “”羽柴殿“”』
『・・・そうか そうか・・・ はきとした証拠もないがわしを疑っておると・・・言うのじゃな・・・ ならば逆に問うが‼』
秀吉はそこで、ピシリ! っと 扇子を畳に打ちつける‼
『播磨、但馬両国平定の褒美として亡き上様、信長様より生野銀山の管理を任されたのは天正八年(1580年)の秋であったか・・・その件は信長様の御そば付きの貴殿であれば十分存じておるであろう。わしはその後、但馬の領国経営を任せた小一郎秀長を通じて生野銀山からの銀の採掘量をこれまでより更に増やすよう心掛けてきたのだ!従来の採掘方法から改良に更に改良を重ねてきた結果、語弊があるやもしれぬが前の銀山の代官であった今井宗久殿の時代よりも採掘量ははるかに増えておる・・その件に対し信長様よりお褒めの言葉は頂いたが、不審、疑念のお叱りの言葉はこれまで一切無かったぞ、堀殿!!』
秀吉は、語尾を強くし再び扇子をピシリと打ちつける。
『・・・』
そして、顔を上げ目を細めると、黙ったままの堀を睨むや凄みのある口調で続ける・・・
『それとも・・・信長様が亡くなられた後、わしが銀山を私事のために使っておるとの疑念かのう・・・』
『・・・』
表情も変えずに口を
『他ならぬ久太郎殿にここまで声を上げとうはないが、はきとした証拠もないのに疑われるのは心外じゃて・・・正直申さば、気分が良うないわ・・・』
秀吉はそこでいったん言葉を止めると険しい表情で堀を睨みながら続ける。
『この件を問い質すためにわざわざ山崎まで来られたのであるから、それなりの覚悟で参ったのであろう? が、しかしじゃ、証拠も無いのにわしを詰問するにあたってわしが感じるこの憤りはどこに向ければ良いのであろうな・・・貴殿の考え、言葉次第ではわしもそなたへの接し方を改めねばならぬが、そこのところいかなる存念を持っておるのじゃ、掘殿!!!』
そう叫ぶや、秀吉は自らの太ももを、パン‼ と強く扇子で叩く。
堀はそんな秀吉のけん責にも少しの動じる気配もみせず応じる・・・
『それがしの言動で不快な思いをされことについてはお詫び申し上げるが、羽柴殿が今申されたようにこの地に本日参ったにはそれがしもそれなりに覚悟を持ってきておるしだいにござる。先程も一言断っておりましたが、それがしの今の心境は備中高松の陣に赴いた【監察官】としての
(これは、驚いた・・・)
山上 宗二は秀吉と堀の話しの邪魔にならぬよう置かれた置物のように身じろぎせず端座していたが、胸中にて驚きの声を上げていた・・・
(堀様が、これほど胆力があったとは・・・)
今、この時期畿内において、更に織田家中において最も威勢があり誰もが
(信長公の御側衆・・・いや、お取次衆であったか・・・信長公の陰に隠れていて気付かなかったが、これほどの胆力を持った人物だったとは・・・)
並みの者なら射すくめられるような秀吉の視線に動じた風も見せず泰然とした態度で座る堀の横顔をまじまじと宗二は見つめながら、ふと思い出す。
(ここへ来る前、堺にて宗及⦅津田宗及⦆殿が申されておったな・・・堀 久太郎様は人物が大きゅうなられたようだ・・・と・・・)
宗二は堀の秀麗な横顔を注視しながら、何か感じ取ったのか薄く口元を緩める。
(なるほど・・・信長公がお隠れになって、化けましたか久太郎様・・・)
これは面白い
(さて、私めにどのような感想、意見を求められるのや、フフフ・・・)
『羽柴殿に対する不審、疑念をここに至るまで抱くにあたった理由でありますが、はきとした証拠はござらぬ・・・が』
堀はそこで言葉を止め、自分を睨む秀吉の視線を平然と受け止め、凛とした口調で告げる。
『根拠はこざる!』
『ほう・・・根拠のう・・・』
『ええ・・・生野銀山から産出される銀の使用用途について疑念を抱いたのは何も上様がお亡くなられた今に始まった事ではありません、上様がご在世の時期からでござるよ、羽柴殿・・・』
『ほう・・・上様ご存命の時期からとな・・・』
秀吉は、力強くなった堀の視線に気づく・・・
少し身じろぎをし、パチリ・・・パチリ・・・と扇子を鳴らしながら堀を促す。
『その・・・根拠とやら、うかがおうか?』
『事の発端は天正九年(1581年)六月、鳥取城攻略戦からでありました・・・』
『鳥取城の戦いだと⁉』
堀の言葉に驚く秀吉に堀は一つ頷くと
『いかにも。あの凄惨な戦いとなった鳥取城を兵糧攻めにした戦の顛末でござった。山陰における毛利家の最前線の地となった因幡攻略にあたって最初の目標となったのが要害の地に築かれた鳥取城・・・吉川元春殿の一族にあった仁将の誉れ高い吉川経家殿を主将に迎えた鳥取城は文字通り難攻不落のようであったと聞き及びました・・その不落の城を陥すために羽柴殿が選択した手法が力攻めでなく兵糧攻め・・・この準備のため因幡鳥取城に隣接する羽柴殿が平定し間もない但馬の国において兵糧を高価な価格で買い占めを行い鳥取城に米が回らないように致された。更には鳥取城を包囲する以前に若狭小浜の豪商“”組屋源四郎“”殿、越前敦賀の舟持ち座の豪商“”道川三郎左衛門“”殿の両名に協力を持ち掛け、海路から鳥取城周辺地域に当時の相場の数倍の値で兵糧である米、麦の買い占めを行われましたな・・・見事としか申せぬ手管ぶり、感嘆致したものでござる・・・』
『なっ⁉ ど どうして、組屋 道川両名の名を⁉ いや、何故にその事を知っておるのだ⁉ ⁉ ⁉』
驚愕する秀吉に堀は淡く笑みを
『また鳥取城を包囲する様が凄まじいものであったと、実際にその地に行った松井康之殿が申されておりました。ご存知のように松井殿は細川幽斎様の与力衆で、上様より羽柴殿の援軍を命じられた細川様に代わって丹後松倉城から水軍を率いて海路から城内に兵糧を持ち込もうとする毛利軍を討つために向かわれた由にございましたな』
『・・・』
『松井殿から聞き及んだところその攻囲線はのべ四里に延び、その攻囲線には全て深さ三間ほどの深さの空堀とその上には土塁が築かれ、更には柵が打ち込まれ十丁ごとに
わずかな期間で、よくこのような大規模な包囲網を築けたものだと、そして最後に一言・・・どれだけ費用がかかったのか想像もつかぬ・・・と。後日、派遣していた戦目付が鳥取城から安土へ戻ってきてその事後報告を受けて菅屋殿や長谷川殿、矢部殿とそれがしを含めて四人で鳥取城の戦について吟味しておったところ、ふと松井殿が申されておった言葉を思い出しまして、菅屋殿にこの戦でかかった費用を羽柴殿はどのようにして捻出されたのであろうかと問うたところ、菅屋殿も同じく疑問を覚えていたようで、この件は上様に直接おうかがいをすることに相成ったのでござる』
『・・・』
秀吉は一瞬、上様という言葉にピクリと眉を上げ反応を示したが黙然として堀の言葉を聞いている・・・。
『当時の私は不思議に思ったものですよ羽柴殿・・・。その後但馬一国中の米、麦の価格崩壊をさせるほど国中の兵糧を高価な値で買い占めたこと、若狭、敦賀の豪商を通して鳥取城一帯の地域から兵糧の買い占めをさせたこと、それも通常の相場価格の何倍もの値で買い取ったという事実。そして、わずかな期間であれほど大規模な攻囲線を築き上げた工事に対する費用・・・いったい、この費用にかかわる莫大な銭はどこから捻出されたものか・・・何とのう、生野銀山の銀が関係しておるのではないかと漠然と想像はしておりましたが、銀だけでは百姓達を含め、商人達にも兵糧の売り買いはできませぬ、もちろん鳥取城包囲網のため設けられた攻囲線を築くための土木工事の人足らに与える諸費用は銀だけの支払いは不可能にござる。あくまでも銭、そう莫大な銭が必要であると・・・』
堀はそこまで話すと、
『この途方もない銭の量は、どこから羽柴殿のお手元に参ったのでありましょうな?フフフ・・・』
堀から突如視線だけで問われた宗二は、わざとらしく目を大きくし微笑を浮かべる・・・。
『羽柴殿が、どういった知己で若狭の組屋源四郎殿、敦賀の道川三郎左衛門殿と懇意になられていたのか・・・それも気にはなりますが、またの機会ということに致しましょう』
堀はそう告げると、宗二はただ黙ったまま頭を下げる・・・
その宗二の姿を見届けると堀は改めて秀吉に視線を向け言葉を続ける。
『さて、羽柴殿にはこの場をお借りしてお礼を申し上げまする』
『礼だと?』
『昨年の暮れ、羽柴殿が上様に歳暮の挨拶のために安土に参られたおり上様にお
『ふむ・・・』
それがどうしたのだと言わんばかりの不審そうな秀吉である。
『昨年、天正九年(1581年)の師走、年末の挨拶に安土詣でをされた時の羽柴殿から上様に贈られた歳暮のおびただしさは空前絶後の量にございましたな・・・上様に贈られる備前物の御太刀一対、御小袖が百点、鞍置物が十、播州でしか作れない杉原紙三百束、この珍しい紙は本当に見事な物でござった・・更に、なめし革二百枚、野里産の鋳物が多数・・・そして我らもおすそ分けでいただいた播磨特産の明石の干し鯛千匹、蜘蛛蛸三千・・・鯛に蛸・・・本当においしゅうござった・・・。また更に特筆すべきは何と安土城に住まう織田家の女房衆達にまでも小袖を二百ほど進上されましたな、さすがは羽柴殿、誠に気配り上手なお方よ! と、城の内外でもてはやされたものです』
『う うむ・・・そうであったかのう・・・』
堀の話しの意図を図りかねれない秀吉は
『上様におかれては、あまりにも莫大な歳暮の品に驚かれそのあげくお側に侍る者達に羽柴殿をこう申して絶賛されました・・・』
「「天下無双の大気者というのは、きゃつのことを言うのであろう!!!」」
『おお! ・・・そ そのように上様が・・・』
『さようでござる。それがしも確かにこの耳で聞きましたから・・・』
『そうか・・・上様が、わしのことを・・・そう言ってくれたのか・・・』
秀吉は、亡主を信長様と先程まで言っていたのに、いつの間に上様と呼んでいることに気づかないでいる・・・。
そんな往時を偲ぶ秀吉を見つめながら堀は核心の言葉を告げる。
『そのようなおびたただしい歳暮の品々の中で上様が特に興を惹かれ、我ら御取次衆が注目した物がござった・・それが何であるか羽柴殿、想像できまするか・・・?』
『うん⁉・・・』
『その注目した物とは・・・一千本の銀の延べ棒にござった・・・』
『ぎ 銀の延べ棒だと⁉』
『さようでござる』
『・・・』
『その銀の延べ棒の美しさといったら、驚かせられました!それがしも初めて見る物でありました・・・その光沢といい、その銀の延べ棒からにじみ出る品の良さ・・・素人目の私から見てもただごとでない質の良い銀だと拝察できましたからな・・・』
『むっ・・・』
『それがしは、その見事な銀をながめながらある考えに至ったのでござるよ、羽柴殿』
『・・・』
『鳥取城での戦いに有した莫大な戦費、そして安土へのおびただしい歳暮の数々を取り寄せる膨大な費用・・・それらがための途方もない銭はどこから参ったものなのか?・・・。羽柴殿は上様の了承を得ず、この銀を元手にして多大な銭を集めたのではないか・・・と想像した次第にござる』
『・・・』
『いかがでござるか、羽柴殿? それがしの羽柴殿に対する不審、疑念の根拠となったのは・・・【銀の流れ】と【銭の流れ】にござる!!!』
『ぬぅ・・・』
図星をつかれたのか、苦渋の表情を浮かべる秀吉に堀は、爽やかに、ニコリとすると告げる。
『ですが、この件については上様より不問にいたせと命じられました故に、これ以上は申し上げますまい・・・』
『上様が、不問に・・・?』
秀吉は覗き込むように堀に尋ねる。
『ええ。羽柴殿が上様に許可を得ずして生野銀山から産出する銀を使用して戦費となる銭を調達しているのではないかという疑念をそれがしと菅屋殿で上様に申し上げたところ、上様はこう仰せられました・・・』
「クックック・・・ハッハッハ・・・猿めは、稼いでおるか! ハッハッハ!!! 其の儀なら、捨ておけい。秀吉が、わしがため、織田家のために銀山の銀を利用しておるのならば不問にいたせ・・・ただしじゃ、もしも不心得にも私事に銀を使っておったと分かったら余が自ら出向いてあの横着者の禿ネズミがでこを
『う 上様が・・・そのように・・・』
『いかにも。そして、羽柴殿が管理する生野銀山から産出する【銀の流れ】に対する疑惑が確信に近くなったのが先般私自身が【監察官】として赴いた備中高松城の戦いでござった・・・。あの前代未聞の規模の水攻めの有様・・・あの途方もない巨大な堤を短期間で築堤するにあたってそれがし自身が検分したところ、堤に必要な土俵一俵を誰でも持ってくれば一俵あたり銭百文と交換したとのこと・・・いったいどれほどの銭があの地で散財されたのか想像もつきませぬ・・・更に申せば、その戦費として費やされた膨大な銭の数は織田家の一家臣にすぎぬ羽柴殿の分限を遥かに超えるものでござる。平定し間もない播磨や国人一揆が続発していた但馬からの所領からの税収でまかなわれるものでは決して能うものではない・・・。何度も申し上げるが、この莫大な銭はいったいどこから集められたものなのか?、言い換えると誰がこの銭を用立て致したのか・・・?』
堀は再びそこで宗二に視線を向ける。
『それがしが、考え及ぶ限り短期間でこれほどの銭の数量をそろえれる方々というと日の本広しといえども堺の【会合衆】の皆様方のほか、思い浮かべませぬが・・・どう思われますか、宗二殿?』
『・・・さようでございますな、はっきりとした銭の量が分かりませぬから確かなことは申し上げませれんが、堀様のお話しをうかがう限りそれだけの財力を持っている方々・・・もしくは、その集まりとなると・・・』
宗二は、チラリと秀吉を覗うと堀に視線を戻し答える。
『やはり堺の会合衆の方々か、もしくは石見銀山を擁する博多の【年行事】と称せられる豪商の方々・・・その中でも三傑と称せられる方々が中心の博多衆の皆様方でございましょうか・・・』
『ほう・・・博多の年行事衆の財力はそれほどですか・・・なるほど・・・。宗二殿、ありがとうございました』
『いえいえ』
『更に、今ひとつお聞きしてもようござるか?』
『何なりと申し付けくださいませ』
『南蛮との商いにおいて、あの者達から購入する品々、例えば明国産の生糸や絹織物、陶磁器、そして鉄砲の弾薬に使う火薬の元となる硝石や鉛への支払いは全て銀でございましたな?』
『さようでございます。日の本で扱う銭は南蛮人にとってはそれこそ一銭の価値もございませぬゆえに』
『であれば、銀をたくさん所有すればするほど南蛮人との商いの量が増え、そこで購入した高価な品々を更に高価格で日の本中で売りつけ、莫大な銭を手にするということですな・・・その最たる物が鉄砲でござるか?』
『はい』
『となれば、銀は南蛮人との交易を営なむ堺衆の方々にとっては最も重要な物ですな
?』
『さようでございます。銀は、特に良質な銀は南蛮との商いを営む上、こよなく大切な物、交易のための命綱と申し上げてもよろしいかと・・・』
『感謝いたします、宗二殿』
堀は正直に答えてくれた宗二に感謝の言葉を述べると改めて背筋を伸ばし沈黙する秀吉に向かって口を開く。
『話がよそ道に逸れて申し訳ござらぬが、長々と拙者が申し上げてきた羽柴殿に対して抱いておった疑念、生野銀山の銀を勝手に使用しておびただしい銭を集め、更にその銭を不正使用していたのではないか・・・その疑念を覚えさせたのが【銀の流れ】と【銭の流れ】についてでござる。上様がご存命の際に感じていた根拠が以上でござるがこの件に関しましては先ほども申し上げたとおり上様の不問に致せという仰せががございましたゆえにそれがしが今この場でとやかく申す必要がござらぬ・・・が、上様ご不慮後の羽柴殿のなされように対してはこの堀 久太郎 秀政・・・いささか “異”を唱えさせていただく所存にござる・・・』
『・・・“異”を・・・のう・・・』
不退転の意思を込めた堀の言葉に秀吉は表情をやや硬くしながら扇子を広げゆっくりと扇ぎながら応じる・・・。
『されば申し上げるが羽柴殿、この山崎の宝寺や川向うの男山での城塞ともいえる砦を築くにあたってかかった費用はどこから捻出されたものでござろうや? 山岡殿に供出された瀬田の唐橋の復旧工事費用はいかが? 先だって行われた宗易殿、宗二殿が肝いりとなって主催された大徳寺での上様の百日法要で羽柴殿が奉納された多額の銭は? そして付け加えればここに築かれたばかりだという立派な三重塔の建造にかかった費用は全て、生野銀山の銀から捻出された銭は一銭たりとも使わず羽柴殿の領内で納められた税収で賄われたものでござろうか・・・? 仮に羽柴殿におかれて上様ご存命時と同じような心得で生野銀山の銀を使用しているのであれば、それは断じて心得違いである! 生野銀山は銀は羽柴殿の所有でなくあくまでも織田家の直轄地、所有であると改めて申し上げたい、これは先ほど羽柴殿からも言質をいただきましたな・・・いかがでござろうか、羽柴殿・・・?』
秀吉は少し前のめりになって口調は穏やかなれども気迫のこもった堀の言葉を聞いていたが、話しを聞き終えると大きく息を吸い、胸をそらす・・・そして扇いでいた扇子を閉じ、パチリ、パチリ、と鳴らしながら堀に答える。
『堀殿のお考え、よぉく承った。わしのやりよう・・・うん、そうじゃ、銭の使い方に堀殿は違和感を持ち、そしてわしに対する不審、疑念を生野銀山の銀を絡めて今日この地にわしを
秀吉はそう言うと堀の目をのぞき込むように目を細める・・・
『・・・』
堀は無言でそれはいかなる所存かと問うと
『わしは、信長様より生野銀山の管理を命じられた時より産出される銀の使い道に関して安土への蔵納以外の銀については上様の了解を得ず使用しても良いと思っておった・・・』
『ん⁉ それはいかなる⁉』
『いやさ、わしは信長様より生野銀山の管理、運営を全て任されたと思っておったのじゃよ、見解の相違かのう・・・?』
『ふむ・・・羽柴殿の申されようでは銀の使い方は羽柴殿自身の考え方で使用しても良いと・・・?』
『そうじゃ。であるからして、信長様が不慮にお隠れされた後も生野銀山の管理、運営の命は生きておると、わしは理解しておる・・・更に付け加えれば、貴殿はわしのやりように不審、疑念を先ほどからその理由となる事象を挙げ、貴殿の考えの根拠としておるがそれはあくまで証拠でなく貴殿の憶測である・・・違うかのう、堀殿?』
『いかにも、羽柴殿の仰せの通り証拠はござらぬ』
『うむうむ・・・しからばわしが貴殿の詰問にあくまでも見解の相違からくるあらぬ疑いであると返答をしたならば、久太郎殿、貴殿はいかが致す所存か?』
秀吉は笑みを見せながら余裕の表情で諭すよう堀に問う。
『重ねて申し上げるが、羽柴殿は生野銀山の管理、運営に関してはこれまで通りの方針で行われる・・・と?』
『・・・そういう事になろうな・・・』
『・・・【見解の相違】にござるか・・・』
『いかにも・・・である、久太郎殿・・・』
堀は秀吉の最終回答を聞くや、短く吐息をつくと静かに目をつむる・・・
ほんの僅かな時間であったが、決断したのであろう再び目を開けると秀吉を見て告げるのであった。
『羽柴殿の御了見、確かに承りもうした。本来、それがしが単身でここに参ったのは事を公にせずそれがしと羽柴殿の間で話し合いで解決すれば、三法師様を奉じる我ら織田家家臣にとって今後の行く末にも誠にもって
『ん⁉ それはどういう事じゃ・・・』
『羽柴殿! 生野銀山の管理の件それがしは従来通り織田家直轄地として
『なっ 何だと!!』
堀の発言に驚愕する秀吉に堀は更に続ける。
『(生熊 佐兵衛)・・・という者が生野銀山の代官を努めておりましたな、この者は秀長殿の家臣でありますか?』
『うん⁉ ・・・ああ、そうじゃ』
『であれば、その者を安土へ召喚いたし
(佐兵衛の名を⁉ この男・・・いったい、どこまで掴んでおるのじゃ・・・)
秀吉は目の前に端座する堀に初めて怯えを抱く・・・
『その件は無用じゃ・・・と申したら貴殿はどうするのじゃ?』
『それがしの一存だけでは、受けかねるということであれば他の宿老衆の同意書をいただき織田家の正式な使者を山崎に伺わせる所存にござる』
『他の宿老衆から同意書を取るだと‼』
『いかにも』
『・・・クックック・・・カッカッカ!!!! これは、これは、どうあっても堀殿は、わしが不正をしておるとの証拠を掴みたいということであるな、ハッハッハ!!!』
『見解の相違にござる、羽柴殿!』
『なっ 何ぃ⁉』
『あくまでも羽柴殿が、私の証拠がなく憶測だけの疑いとの仰せでしたのでされば証拠に繋がる事実を求めたいがためでござる』
『言われるのう・・・堀殿。されどその使者が参ったとして、わしがその件についてはこちらで詮議するによって委細後日報告すると申したらいかがいたす?』
『仮にそうなれば、生野銀山の管理を羽柴殿の元から離れさせ、従来通りであった織田家直轄地として然るべき者を代官として派遣しその者に管理、運営致せるよう他の宿老衆に図る存念にござる・・・』
『ほう・・・亡き上様から直々の御遺命であった生野銀山の管理をわしから手放せと申すのじゃな、貴殿は・・・』
『・・・』
『ならば申そう。仮に宿老衆達の同意がありその上で生野銀山の管理を手放すよう使者が参ったとして、亡き上様の御遺命があるかぎりその件は一切受け入れぬ・・・と申さばいかが致す所存じゃ?』
『仮の話しでありますが、羽柴殿が申された事態になればそれがしは宿老衆だけでなく主だった織田家家中の諸将宛に羽柴殿の生野銀山の管理、運営について不審、疑念有り、この件につき糾弾致す所存と書状を回し、更に岐阜表に参り三法師様からの【
バキリッ!!!
『このわしを・・・この羽柴筑前守秀吉を “”弾劾“” するだと・・・』
堀の言葉に、無意識に手にしていた扇子をへし折った秀吉の表情には先ほどまでの少し余裕のあった表情とは打って変わって憤怒の表情になっている・・・
『・・・織田家にあって、いささか勲功があったと自負しておったわしを・・・このわしを “”弾劾“” すると申すのじゃな!!!』
へし折った扇子を震わせながら、秀吉は憤怒の表情で堀を睨む・・・
『あくまでもそうなれば、仮の話しでございます、“”羽柴様“”・・・』
涼しげな表情で、穏やかな口調で答える堀に秀吉は感情を爆発させるように、ヌグっと立ち上がるや、更に険しい表情で上から堀を睨みつける・・・
(クッ・・・この男これほどとは・・・わしは見誤っておったか・・・)
見下ろす秀吉・・・それを真っ向から見上げる堀・・・
いつまで続くかという情景であったが、その沈黙を破る音が “鳴る”
(ポトッ・・・)
秀吉に指先から折れた扇子の一片が秀吉の手から零れ落ちる・・・
(凄い・・・凄いぞ、この場面、この情景、決して忘れまじ・・・)
山上 宗二は、わけもなく震える指先を抑えながら胸中にて呟く・・・
宗二はもちろん、この場の主役の二人である秀吉、堀の両名もこの時期の後年運命のいたずらか、小田原攻めのおりに早雲寺にて三人で回想しあうとはつゆとも思わないでいる・・・
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