第18話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Seane15
『六右衛門殿が、この度晴れて蓮照寺の住職に就くことが決まりましたのでな、その報告をと』
『それは! かたじけのうござる頼廉殿』
堀は、玄関へと向かう廊下の途中で思わぬ朗報を受け、頼廉に礼を述べる。
『ホッホッホ、拙僧は何もしておりませぬぞ久太郎殿。これも全て大垣にある我が偶寺西円寺にて陰ひなたなく勤められた六右衛門殿の日々の行いが実を結んだものと拙僧は思います』
『いや、頼廉殿はそう申されるが・・・お心遣いに感謝致します・・・』
堀は、そう言うや足を止め頭を下げる。
頼廉はその堀の様子を好ましそうに目を細めて見つめながら語りかける・・・
『そなたの伯父上である掃部大夫殿もさぞ喜ばれるであろうな・・・』
『伯父上には、私や直政も幼少の頃から一方ならぬほどお世話を受け申した・・・足が不自由であったにもかかわらず食うに困った我らを実の子息のようにかわいがってくれました。その大恩のある伯父上が喜ばれるお顔・・・瞼に浮かぶようでござる。六右衛門にしても幼少の頃から同じ釜で飯を食べた間柄、あやつの性根の優しさはそれがしもよう知っております・・・少し気が弱いところもありますが逆に我らより慈悲深い性格の持ち主にござる。そのような気のいい奴が実父である伯父上の跡を継ぎ蓮照寺の住職への道が開かれたこと・・・こんなにも嬉しい知らせはござらぬ。頼廉殿、重ね重ね、同じ一族としてお心遣いに対しお礼を申し上げます・・・』
『よいよい、久太郎殿。お顔を上げられよ。周りの者も何事かと見ておられる、ホッホッホ・・・』
頼廉は顔を上げた堀に改めて少し小声で語り掛ける・・・。
『六右衛門殿の件とは別に久太郎殿の耳に入れたきことがこの地に来て生じてのう・・・』
頼廉は辺りをそっと覗うと、歩き出すよう堀に視線で促す・・・。
『拙僧がこの地に訪れた理由は明年、宗主様の宇治詣での許可を山城国主である羽柴殿に請う事にあったのじゃ・・・無論、今、機内において日の出の勢いと噂される羽柴殿の様子を直に覗いたかったのも事実であったが・・・』
『宗主殿が宇治詣でを・・・』
『うむ。宗主様も大坂を離れ紀州に居を構えられてから来年で
『なるほど・・・当家との石山合戦中の時期を顧みればかなりの年数、京の地を踏めていなかった・・・』
『ええ・・・。羽柴殿は拙僧の申し出に対し
『重い土産物・・・ですか?』
堀は、ため息をついた頼廉にそう尋ねると頼廉はまたしても辺りを覗うと小声で堀に答える。
『さよう、久太郎殿の耳に入れたき事とはその重い土産物の事であります・・・』
怪訝そうな表情の堀に、頼廉は小さく頷くと更に続ける。
『羽柴殿は、我が本願寺に協力を願えないかと申された・・・』
『協力を?』
『・・・
『門徒衆の力⁉ その時が来たならとは・・・何のつもりでいったい、いつ、どこで門徒衆の合力を羽柴殿は求めるつもりなのだ⁉』
『久太郎殿・・・お声が』
『あっ!・・・』
堀は頼廉に
頼廉は、目線だけでそんな様子の堀を促すと扇子を扇ぎながら歩み始める。
『羽柴殿は、はきと申されなんだが恐らくは・・・越前の門徒衆の力添えを期待しておられるのではないかと拙僧は愚考致したが・・・久太郎殿はいかが思われる?』
『越前・・・柴田様の所領でござるな・・・』
(羽柴殿は、どうあっても柴田様と事を構えるつもりか・・・)
堀は厳しい表情になるのを自覚しながらも頼廉に答える。
『いかにも・・・。久太郎殿もご存知かと思いますが、越前の門徒衆の力は我ら本願寺にとって伊勢長島の門徒衆の勢力と双翼を成していた程の実力です。天正三年に御家(織田家)に屈服したとはいえ、いまだその力は侮れぬと思いますが・・・』
『頼廉殿・・・もしその予想が現実になったなら、越前において門徒衆に蜂起させるおつもりでござるか・・・?』
頼廉は、ふわり、ふわりと扇ぎながらそれまでの柔和な視線を一変させ断言する。
『そのつもりは、ござらぬ!』
頼廉はきっぱりと言い切ると、また穏やかな表情に戻り続ける。
『ホッホッホ・・・あくまでも想像の範疇の話でありますから・・・。今後その話しが実際に現れても拙僧の気持ちは変わりませぬ・・・宗主様の下、門徒衆達の采配を預かるこの身は、先程も羽柴殿に申したように戦はもう懲り懲りでありますからな、ホッホッホ』
『左様でござるか』
『ただし、羽柴殿からの本願寺への協力要請については宗主様にはお伝え申し上げます。拙僧の一存で握りつぶす事は出来かねますので・・・さて』
二人の目の前にはいつの間にか開け放たれた玄関が映っている・・・
『久太郎殿、お見送りかたじけなく思います』
頼廉は、丁寧に堀に告げると供の者を呼び寄せ草履を履かせるや、改めて振り返り堀を見つめ最後に別れを述べる。
『今日は思いがけなくも久太郎殿とお会いでき、とても良い時間を過ごせましたぞ。これも御仏のお導きかと存ずる。それと・・・』
頼廉はそう言いながら堀を手招きすると、顔を寄せた堀の耳元でそっと囁く。
(久太郎殿の願いであれば、拙僧はおろか、宗主様も
『ホッホッホ・・・それではまた』
そう言い残し玄関先から外へ歩く頼廉の背中を堀はじっと見つめ胸中にて呟く・・
(本願寺へ協力要請とな・・・同じ家中にて戦をするつもりであるのか・・・?)
☆ ★ ☆
『堀様、お願い致したい儀があるのですが・・・』
『ふむ?』
堀は、秀吉から案内を仰せ仕った三成に途中そう尋ねられる。
『差し支えなければ、お帰りの際お時間がありましたならそれがしとお話しをしては頂けませんでしょうか?』
「話しを?」
『はい! 堀様が当地に参られると聞き及んでから少しの時間でも堀様と会話ができないかと切に願っておりましたもので・・・いかがでございましょうか?』
『・・・時間が許せばでござるが、・・・承知、致した』
『あ、ありがとうございまする!』
『フフフ・・・』
『いかがされましたか、堀様?』
笑みが自然に
『失礼いたした。いやさ、ここへ来る道中にて大谷殿からも同様の申し出があったので、つい思い出してお二人は仲が良いのであろうなと思い、不覚にも笑ってしまい申した。無礼の段、許されよ』
『滅相な、堀様が恐縮する必要はございませぬ。我ら二人の勝手な申し出こそ無礼であるにもかかわらず、快く応じていただけるのでありますから』
『左様でござるか』
『はい、その通りでございます。あっ、話しがつい長くなり申した。殿がお待ちしております、ささ、こちらへ』
感謝の表情でそう言って自分を案内する三成の後姿を見つめる堀には、三成が腰に付けている筆入れまでが、嬉しそうに揺れているように見えるのであった・・・。
『殿、堀様をご案内致しました』
『おお、ご苦労! 堀殿に入っていただくように』
三成は秀吉の声に応じ、跪いて丁寧に障子を開く。
『堀殿、ささ、入られよ』
堀は部屋の主である秀吉に目礼をすると、秀吉の傍らに座るもう一人の男に目を向ける・・・
(
山上宗二は、堀の視線を受け目を伏せながらその場で小さく頭を下げる。
堀もそれに応えるように目礼を返し、入室する。
堀が着座するのを待っていたかのように三成が障子を閉める・・・
それを見届けると秀吉が満面の笑みを浮かべ、堀に労いの言葉をかける。
『改めてだが、堀殿よくぞ参られた!』
『はっ・・・』
『わしも、貴殿とはゆっくりと話しをしたいと思っておったのでな、先触れの使者が来てからというもの、堀殿が当地に来られるの今か、今かと楽しみにしておった。カッカッカ・・・』
『過分な、言葉にございます』
『何分にも急ごしらえの在所ゆえ、凝った茶室など無くてのう・・・このような部屋でしかもてなせぬが、勘弁いたせ。近頃は、様々な来客がこの地に来られるようになってな、その中には高貴な公卿衆達のお顔を見かける・・・わしもこれではいかんと思い、宗易殿にこの地に茶室を設けてくれぬかと頼み込んだところじゃ』
『ほう、この山崎の地に・・・確かに水が美味しく感じられましたが・・・』
『うむ、であろう。だがのう・・・』
そう言って秀吉は、宗二の顔を見る。
『わしの物言いが、宗易殿は気に召さなんだようでな、宗二殿を一人置いてとっとと堺に帰られてしまったわい・・・』
堀は、秀吉の言葉を受け宗二に視線を移すと、そこには苦笑している宗二の顔が見えた・・・。
『はあ・・・それは何と申せばよいか・・・』
困惑気味の堀に秀吉は雰囲気を変えるように敢えて明るい声で口を開く。
『すまなんだのう、堀殿! これは貴殿に関係ない繰り言だったわい、カッカッカ』
『いえ・・・』
『さて、話しは変わるが尾張、美濃の
改めて威儀を正した秀吉は堀に労いの言葉を掛けた。
『いえ、大したことはしておりませぬ。羽柴様を含めた他の宿老である柴田様、丹羽様、池田様の意見を基に道理を説いただけでござる。信孝様も最終的には御納得していただきましたので』
『堀殿はそう言うが、我らがその道理を説いてもあの御二人は自らの主張を曲げなかったためここまで揉めたのであろうが・・・信雄様、信孝様には、ほんに困ったものであるぞ。事あるごとに角を突きおうてばかりじゃ・・・』
『・・・』
『で、いかにして貴殿はあの信孝様を説得させたのであろうか?』
『信孝様御主張の大河切りでの国境を決めるという案は、理に適っておらぬと申し上げました。なぜならば毎年のように氾濫が起きる木曾三川流域に流路変更ごとにその都度国境を改めるという効率がよろしくないと・・・仮に今回とは逆の流路変更が生じ信孝様所領の美濃領が削られた場合、信孝様は諾々とお認めなされますかと・・・そして最後に決め手となったのが美濃、尾張の国境の決定は亡き上様が流路変更前の国切りで決められたことにございます・・・と』
『ふぅーむ・・・なるほどのう・・・。確かに・・・そう言われると強情な信孝様も折れざるをえなかったか・・・。ふむふむ・・・さすがは久太郎殿じゃな。信長様の下で様々な奉行職を仰せつかったそなたならでの言葉の重みじゃ・・・いずれにしても解決のために何度も岐阜まで足を運んだのであろう・・・本当にご苦労にござった・・・』
『羽柴様にそこまで労いの言葉を頂けると、少し
さも当然のように涼やかな表情を見せる堀に、秀吉は瞠目する・・・
『三法師様といえば、お変わりはないか? わしはここ久しく会うておらぬのでな』
『お健やかに見受けられまする。少し、大きゅうなられたやもしれませぬ』
『そうか、そうか・・・また早くお会いしたいものだが・・・』
そこで、秀吉は虚空を見上げたが、視線を堀に戻すと懸念そうな表情で尋ねる。
『信孝様は、まだ三法師様を安土へはお戻しになられぬつもりであろうかのう?』
『ええ・・・未だにそのお気持ちになられぬようで・・・。それがしも何度も三法師様の安土へのご帰還を申し上げてはいるのですが・・・』
少し
『安土の三法師様をお迎えする仮の御座所はすでに完成しておるのであろうか?』
『その儀なれば、丹羽様のご腐心もございましてほぼ完成しております』
『ならば・・・ますます動座してもらわなくてはならぬのう・・・』
『・・・』
『信孝様が、三法師様を安土へお戻しになるのを拒まれる理由はやはり・・・?』
『柴田様のご意向にございましょう』
『三法師様は御幼少のため、機内静謐のうえ、安土城の普請がしっかり整ったうえで宿老衆の総意をもって安土城に御帰還させ、天下に三法師様が織田家の家督を継いだという披露をするべきだと・・・今月初めのあの書状にはあったのう・・・』
『・・・』
『修理殿にも困ったものじゃわ・・・』
秀吉はそう零すと、目を閉じながら続ける・・・
『そもそもかの清州会議において、三法師様を岐阜へお預けするという事に関しては灰燼に帰した安土城に三法師様をお迎え出来ないがためであったはずじゃ・・・事ここに至って仮の御座所が出来上がっておるのにこれは約定に反する申し出である。更にじゃ、畿内静謐と修理殿は申しておるが、畿内においてどこに争乱の場所があるのじゃ⁈ そして更にじゃ、宿老衆の総意と修理殿は言うがのう、三法師様を安土へ御帰還させる事に反対しておるのは修理殿だけではないか・・・』
『・・・』
『これは・・・真に理不尽である!』
秀吉はそこで、カッと目を開けると
『丹羽殿、池田殿と語らって此度ばかりは連名で修理殿に糺す事に致そう。少しばかりきつく詰問調でな・・・』
堀は、俄かに威を高めた秀吉の様子を感じ、驚きの目でその小柄な体を見つめる。
『ところでじゃが・・・』
急にその威を消すように、穏やかな表情になった秀吉が言い辛そうに堀に尋ねる。
堀はその変貌に引き込まれるように、秀吉を促す・・・。
『いかがされましたか?』
『修理殿の名が挙がって思い出したのだが・・・於市の方様はお変わりないか? お元気であられるか・・・?』
『於市の方様にございまするか?』
堀が応えると秀吉は瞳だけあちこちと動かせながら言いにくそうに語る・・・。
『うむ・・・先日の妙心寺での信長様の百日法要の時もわしはお会いすることが
『・・・』
『わしも是非お会いしたく思っておったが、翌日に大徳寺で信長様の百日法要を執り行う準備に忙しゅうてのう・・・』
秀吉は、心底心苦しそうに伏目がちに下から覗くように堀の目を見る・・・。
『先だって岐阜城にて於市の方様とお会いしましたところ、晴れ晴れとしたご様子でとてもお元気そうに見受けられました』
『おお! そうか、そうか! お元気そうであったか!!』
堀の言葉に、嬉しそうにする秀吉である。
『それがしが思うにご懸念されていた御兄上様である上様の法要も無事済まされて、心、安んじられたのではないかと』
『うむ うむ そうであろうなぁ』
『その時、於市の方様はこう申されました・・・』
『むむ、どう申されたのあろうか?』
身を乗り出すように、顔を突き出す秀吉に堀は苦笑しながらも答える。
(久太郎殿、兄上様の法要も済ませましたので私は、修理殿の
『と・・・』
『修理殿の
秀吉はそう言って
『来月、十月に岐阜城において、柴田様と御祝言を挙げられ、その後は三人の姫様方を伴なわれ北ノ庄へと向かわれる予定だと、仰せでございました・・・』
『岐阜を離れ、北ノ庄へ・・・』
秀吉は眼を
『岐阜を離れ、北ノ庄にな・・・』
再度、同じ言葉をつぶやく・・・。
『於市の方様におかれては、上様、中将様の法要を済ませなければ御自身の婚儀祝言などとても
堀は控えめに自分の推察を述べる・・・
秀吉は堀の言葉に黙然としていたが、やがて目を開け堀に視線を戻す。
『北ノ庄は、冬は雪が多く寒いのであろうな・・・いずれにしても於市の方様の今後のお幸せを切に願う次第である・・・』
『・・・いかにも・・・』
自分の言葉に首肯する堀の様子を見た秀吉は、はっと、思い出したのか相好を崩すや敢えて朗らかな声で堀に話し掛ける。
『おお!! これは、すまなんだのう堀殿! わしの方ばかり喋ってしまったわい。つい貴殿と話すのが楽しくなってしまってな、申し訳ない』
そこで秀吉は姿勢を正すと、‘’聞くぞ‘’ と言わんばかりに堀に告げる。
『して、改めてわしに尋ねたい事があると。何であろうか?』
堀は秀吉の言葉を受けるや、秀吉の瞳を見つめ穏やかながらも凛とした口調で問う。
『生野銀山からの金銀蔵納の件でございます』
『生野銀山からの金銀蔵納の件と⁉』
『左様でござる。あの本能寺の変以降、安土への蔵納が滞っておりますが・・・?』
『あっ‼』
秀吉はそこで気づいたかのように突然声を上げた。
『もうお気づきなられたようで・・・変の直後、確かに機内も混乱があり安土への蔵納が滞るのも無理はございませんが既に三月を越えようとしております。そこで生野銀山を管理されておる羽柴様にどのような状況かを確認するために当地に参った次第にございます・・・』
『すまぬ、堀殿! わしが失念しておった。明智が変の事もあり、わしが小一郎(羽柴秀長)に命じて蔵納を控えさせるよう指示を出したままであったわ!!』
堀の言葉に狼狽しながらも詫びながら事の顛末を語った秀吉は申し訳なさそうに重ねて詫びの言葉を続ける。
『本当に、申し訳なかったのう堀殿・・・うっかり蔵納の件を忘れておったわしの完全な手落ちじゃ、この通りである・・・』
堀は真に恐縮したように頭を下げる秀吉を何か探るように一瞥したがすぐに言葉を返す。
『羽柴様、どうかお顔を上げてくさだい』
秀吉が顔を上げるのを待って、堀は穏やかな口調で続ける。
『失念されておられていたのでは仕方ございません。それで、今後蔵納の件は?』
『当然じゃ! 今日これからにも小一郎に使者を出させ安土への金銀蔵納を至急行うよう命じるように致す!!』
『そのお言葉を聞き、安堵いたしました。安土において三法師様の蔵入地の代官を承っておるそれがしにとってこの上ない心強いお言葉にございます。更には安土城の再普請に御尽力されておられる丹羽様におかれても生野銀山からの蔵納が届くようになれば大層喜びなされるでありましょう。丹羽様は安土城の再普請のための財源に心を痛まれておりましたので・・・』
『何と⁉、それが安土のお城の再普請が遅れておった理由であったか?』
『・・・』
『それならそうとわしに言ってくだされば良かったものを・・・』
『お言葉ではござるが、かの清州会議において安土城の再普請の御役を受けた丹羽様の立場で考えれば銭金が無いので安土城の再普請ができないとは、とてもとても同じ家中の方々には申されにくいのではなかったかと推察しております・・・』
『ふぅーむ・・・、なるほどのう・・・。いずれにしても知らなかったとはいえ、丹羽殿には迷惑を掛けてしまったようじゃ、お詫びの手紙でも出すことに致そう』
『・・・』
微笑を浮かべ自分の言葉に黙って頷いた堀に秀吉は思い出したように尋ねる。
『堀殿がわしに尋ねたいというのは、生野銀山からの蔵納の件だけであったか?』
『蔵納の件も大切な件でありましたが、もう一つ生野銀山について重要なことを羽柴様に確認したいと思っております』
『もう一つ、生野銀山について重要なこと・・・とな?』
『左様でございます』
秀吉は、そう答える堀の顔色から何やら読み取るように注視するのだが泰然として涼しげな表情で自分を見つめる堀の視線からは何も読み取れない・・・。
『ふむ、何であろうか?』
『それがし本日この地に参り、羽柴様と面談しこの儀を確認するにあたり去る今年の五月、備中高松において羽柴様の陣に赴いた時の心持で参上した次第にございます』
『備中高松の陣での心持だと⁉』
思いもよらぬ堀の言葉に驚愕する秀吉の声は、少し上ずったかすれた声になっている・・・。
『されば、これからそれがしが語る言葉に羽柴様は少々御不快になるやもしれませぬが三法師様の守役として、また更に申さば織田家の一家臣としての赤心から湧き出る言葉にございますゆえにどうかご容赦を・・・』
堀は、そこで頭を下げすぐに秀吉に向き合う・・・
秀吉は、戸惑いながらも堀に応じる。
『これは、これは・・・堀殿がそこまでの覚悟で申されるのであればわしの方もそれなりの気構えで聞かなくてはならぬのう・・・。堀殿・・・その前に一つ尋ねたいのだが・・・』
『何なりと・・・』
『備中高松の陣にての心持と申されたが、それは、軍監として・・いや、【監察官】と同じゅうする心持であると理解すれば宜しいか・・・?』
『いかにも、左様でございます』
『カッカッカ!!! これは、まるで上様から遣わされた御上使のようであるな、久太郎殿?』
『はばかりながら、それがしはその気持ちで臨んでおりますが・・・』
秀吉は少しおどけ口調で堀に尋ねるのであったが、堀が表情も変えずに答えるのを見て方針を変えたように目元に険しさを表しながら堀に問う・・・。
『ならば問うが、そこまでして貴殿はわしに何を確認したいのであろうかのう?』
『生野銀山、並びにその周辺に散在する金銀の鉱産地群は織田家の直轄地でございます。されば、その地から産出される金銀は全て織田家の所有物であること羽柴様も当然ご存知でありましょうな?』
『何を申されるかと、思いきや、カッカッカ・・・当然、存じておる』
堀は、秀吉の言葉に満足したように、うんうんと頷くと
『そのお言葉を伺って、安心いたしました。羽柴様から言質も頂きましたので久太郎の胸の内もすっきり致しました』
涼やかな表情で笑顔を見せる堀にたまらず秀吉は尋ねる。
『その事を確認するだけに、あれほど大層な決心で臨まれたというのか、堀殿?』
『はい、そうでございます。生野銀山の所有は織田家の物であり、当然・・・』
そこで堀は言葉を途中で止め、毅然とした表情で告げる・・・
『羽柴様の所有では、ございませぬ・・・』
穏やかな口調ながらも発せられた堀の言葉に並々ならぬ強い意志を感じ取った秀吉は慎重に言葉を選ぶ・・・
『ふむ・・・何やら堀殿の言葉に含むところがあるように感じられるが、それがしの邪推であるかのう・・・』
秀吉はそう言うと相手の出方を見るように堀の表情を注視する・・・
堀もまた、その秀吉の視線を逸らすことなく真っ向から受け止めている・・・
暫しの間、二人はお互いに相手の出方を探るように沈黙を続けていたが、やがて堀が気息を整え、その沈黙を破る・・・。
『羽柴様の邪推、うん? これは失礼な言い方でございました。 羽柴様の思し召しは
『・・・クックック・・・、カッカッカ・・・』
秀吉は堀の言葉に、敢えて堀に見せつけるように哄笑のような態度を取る・・・
そして、余裕の笑みを浮かべながらも目元には剣呑さを漂わせながら、膝元で扇子を、‘’パシリッ‘’ と、一つ鳴らすと
『堀殿の申し出・・・これは、御上意であるかのう・・・しかと答えられよ‼』
急遽、その小柄な身体から圧倒的な威圧感を
『上様が、ご存命であればそうでしょうな・・・ “”羽柴殿“”‼』
『ほぉう・・・(羽柴殿と今、言いおったか・・・羽柴様から羽柴殿とな・・・)』
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