第9話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean6
綺麗に整地された参道を進み開け放たれた玄関に一益に案内される。
そこでまず目に付いたのが正面に立て掛けてある二双の屏風画であった。
その屏風画には見事な鷹の絵が描かれている。
今にも羽ばたかんばかりの様子に描かれた鷹の姿に案内された友閑も堀も言葉もなく見惚れている・・・。
(見事・・・見事としか表現しようがない・・・)
左右対称に描かれた二羽の鷹の眼から発せられる強烈な視線をまじかに感じながら堀は感嘆する。
我を忘れたように見惚れている友閑と堀の姿に満足げな表情を浮かべた一益はその屛風絵について語り始めた。
『この絵を描いたのは、浅利牛欄殿でな』
『ほう 浅利牛欄殿と申せば出羽の国から参られた凄腕の鷹匠殿ではなかったか?以前は一城の主であった身分だったとか・・・亡き中将信忠様より伺った記憶がある』
『さすがは、友閑殿。ご存じであったか・・・今その名を蜂屋頼隆殿の計らいで橋本長兵衛殿と名乗られておるのだが、その長兵衛殿こと牛欄殿が現在建立中の大雲院の片隅にでも飾って頂ければとわざわざ持ってこられたのだ・・・それで牛欄殿の厚意に感謝致すため、大雲院が出来上がるまでこの暘国庵にて飾らさせてもらおうとした次第でござる』
『・・・そんな子細がのう・・・。一益殿、尋ねてもよいかの、牛欄殿は大雲院が信忠様の菩提寺である事を知ってこの絵を届けられたのであろうか?』
『いかにも、存じておられた』
『となれば、信忠様ご生前中に牛欄殿は何かご縁があったのであろうか?』
『ああ、その事であれば。実は今年、美濃の垂井の宿にて中将様は牛欄殿と会っておられてな。その折に中将様よりお声を掛けていただいた事に牛欄殿はひどく感激したようで、その時の感激と感謝のためにもとこの二双の鷹の絵を持ってこられたようじゃ』
『なるほど、今年にな・・・』
『うむ、あの甲州征伐からの凱旋途中でありましたな。牛欄殿は当時信高(信長七男)様に鷹匠として仕えており信高様は信忠様の命により美濃垂井の守りを命じられておられましたからな』
『ふむ・・・今年・・・甲州征伐からの帰りであったか・・・そうであるな、まだ今年の事であったわ・・・』
友閑は、今年、甲州征伐という言葉に何とも言えない表情を浮かべる・・・。
物思いに耽るそんな友閑の姿を一益は眺めていたが、ふと思い出したように玄関の踏み台に置いてあった一枚の紙を取り上げるのであった。
その様子を目ざとく堀は見咎め、一益に尋ねる。
『左近様、その紙は・・・』
『うん? これか』
一益から紙を受け取った堀の目が険しくなる。
『こ これは⁉』
その一枚の紙には詳細な絵図が描かれており、所々に朱色で書かれた添え書きのような説明文も記入されていたのだ。
『ああ、そうじゃ。山崎の宝寺の絵図面だ、もう単なる寺ではのうて立派な城砦であるのう・・・この一月ばかりでこの有り様だ、よおく働くのう筑前は・・・』
堀は友閑から秀吉が山崎にて築城を始めている事を最前に聞いていたのであったが実際にその状況を詳細に表している絵図を見て更に驚く。
(まさか、これ程の規模とは・・・いや そうではなく左近様あなた様は・・・)
『驚いたか、久太郎? わしは日毎、配下の
堀は凄まじい速さで築城を進めている秀吉にも驚いたのだが、むしろその山崎での築城の様子をこれ程、事細かに配下の乱破衆に命じて情報収集している一益に驚嘆していたのである。
『何を呆けたような顔をしておる。まだそちが驚くような報告をわしは受けておるぞ』
『いったい、どのような報告でありましょうや・・・?』
『筑前が築城を始めたのは山崎だけでない、その山崎と淀川を挟んだ反対側に位置する男山山腹付近にも最近砦を築き始めておる』
『えっ⁉ そ それはまことに 』
『お 男山じゃと!⁉』
一益の驚くべく報告に絶句する堀の言葉を遮るように友閑が口を挟んだ。
友閑の言葉に同意と言わんばかりに一益はニヤリと笑う。
『お 男山には、石清水八幡宮があるではないか!! 上様があれほどご腐心されてやっと再建された石清水八幡宮近くに砦だと! 筑前は・・・あ奴は何を 何を考えておるのじゃ・・・外敵相手への備えの為の築城ならわしも納得できる、が、山崎 男山だと⁉ いずれも織田家領内であり外敵なぞありゃせぬわい・・・』
『お言葉だが友閑殿、それがしは筑前の着眼点には感心しておるのですよ』
『うむ・・・ それは如何なる事であろうや、一益殿?』
少々気色ばむ友閑に一益は動じずに答える。
『まあまあ友閑殿、そう怒らずに。 久太郎、おぬしも見てみろ』
一益は友閑をなだめながら堀の手元にある一枚の紙を注視するよう促す。
『この山崎は筑前の居城がある姫路へと抜ける西国街道の要衝にある。そして』
一益は紙に描かれた地図の一ヶ所に人差し指を置くと
『男山、石清水八幡宮へと続く参道の入り口前には大坂、堺へと続く京坂街道がある・・・これはご存じでありますな?』
一益は、友閑と堀の顔を代わる代わる見ながら確認する。
『仮に、京方面から軍勢が南下し筑前の本拠がある姫路へ行こうとすればこの二か所のどちらかを抜けなくてならない・・・』
『あっ!』
『あっ!』
同時に声を上げる友閑と堀に一益は頷くと
『お分かりになられたようですな、それがしが筑前の着眼点に関心致したのはそれが理由でござる』
『されど、一益殿。 いったい誰が筑前に攻めかかるというのだ?』
『いやさ、ですからあくまでも・・・仮の話でござる。筑前は自国の安全を図りその上で先を見据えて手を打っておるですよ。 おお、手を打つといえば筑前は囲碁が好きでその腕前もかなりの者だと聞いたことがある・・・広い盤面を眺めながらあらかじめ要所となる場所に布石を打って置く・・・なるほど囲碁は奴の心情に合う娯楽であったか・・・やや、これは悪うござった話しが逸れましたな、ハハハ・・・』
何が言いたいのかという表情で自分を見る二人の視線に気づき一益は更に続ける。
『筑前が先を見据えて手を打っておるのは何も自領の安全だけではない。逆に自領から討って出る算段の事もあ奴はきちんと布石を打っておる・・・例えばだ、久太郎』
『はっ』
『そちは
堀は小首をかしげて思い出そうとしている。そして
『京入りの道程はいつも通り瀬田の大橋を渡り山城に入っては山科を抜け当地に参りましたが・・・それが何か?』
『うむ、して、瀬田の大橋を渡った時に何か気づいた事はなかったか?』
『瀬田の大橋でございますか・・・そういえばかなり復旧されておりましたな・・・ただ唐橋中央に設けられてあった茶店はまだ再建されてはなかったかと・・・』
『茶店か! まず思い出したのはそれか!! フフフ、そうだなまだ茶店は再建されておらなんだな。わしが通った時もまだ無かったからのう。旅人達のために設けられたあの休み処は瀬田の唐橋の名所であったからな。それで久太郎よ、その大橋の復旧工事は誰が請け負ったかそちは存じておるか?』
『近江瀬田城城主、山岡景隆殿ではないかと・・・元々上様御世の時から架橋奉行であったのは山岡殿でありましたから、その山岡殿からは以前に佐和山の私あてに本能寺の変の後、安土に侵攻しようとした明智勢と戦うために焼き落とした唐橋の復旧工事の許可とその工事にかかる費用の捻出を願われた書状が来ておりましたので』
『フッフッフ・・・やはり存じておったか、流石は今の織田家を事実上の家宰である堀 久太郎殿であるな、ハッハハッハ・・・』
『お
『いや、けっしてそちを
『はぁ・・・』
『得心しておらぬようだな・・・まあ良い。 して、その山岡殿の請いにそちはどう応じたのか?』
『京への玄関口である瀬田の大橋は交通の要衝である故にすぐにでも復旧工事へ取り掛かられるようにと、そして工事費用に関してはこちらで捻出致すのでとりあえずのとうざの費用ほどを山岡殿に送っておきましたが・・・うん? そういえば・・・あれから山岡殿からは何も言ってこられてはおりませんな・・・されど、橋は復旧されていた・・・まさか工事費用を山岡殿が全て自腹で⁉』
『やはり知っておらなんだか、瀬田の大橋の復旧工事の費用は筑前が用立てておったぞ』
『えっ!』
『それは、まことか一益殿⁉』
『まこと事実でありますぞ、友閑殿。 なぜならば山岡殿本人から直接それがし宛に唐橋復旧工事の件でその諸費用を筑前が合力したいと申し出があった事を知らせる書状をいただいておりましたのでな』
『山岡殿が・・・』
『ええ、山岡殿は南近江において我が滝川一族はもとより甲賀五十三家と称せられる甲賀衆達にとっては旧主筋でありましてな、紆余曲折はありましたが同じ織田家中に属するようになってからも色々と
『筑前がのう・・・』
考え込む友閑に一益は更に続ける
『恐らくは筑前は京への出入り口の要衝に在る山岡殿と誼を持ちたかったのでしょうな。ご存知かと思いますがあの山岡殿は本能寺の変の折、京から安土へと攻め寄せようとした明智勢の降誘に対し毅然と拒絶し瀬田の大橋を焼き落として彼等の進軍を止めもうした。更には明智の居城があった坂本城から応援に駆け付けた明智配下の水軍を湖上において山岡景隆殿は弟の景友殿に命じて配下の水軍に迎撃させております。筑前にしてみれば自領の山城から討って出る際に敵に回せばやっかいな山岡殿と事前に誼を通じておきたいと考えるのも当然かと』
『それ故に、唐橋復旧への合力か・・・筑前め、抜け目がない・・・』
『いかにも、抜け目はないですな広い視野で布石を打っておる。あの信長様がお手ずから鍛え上げ今の地位まで登った男だ、さすがとしか申せぬ。カッカッカ・・・』
『ほお・・・意外ですな一益殿が筑前を誉めるとは・・・貴殿が筑前の事を認めておったとは・・・』
『意外ですかな?』
『
『アハハハ! いやいや友閑殿。それがしはあ奴には何も含むところは無いのですよ。だが・・・どうにもあ奴、筑前めはどうしてかわしの事を嫌うておるみたいでな、そうであろう久太郎?』
『えっ⁉ そ そうでありましょうか・・・確かに言われてみれば・・・筑前殿は左近様の事を苦手にされておるようには見受けられましたが・・・』
『ふむ・・・苦手とな・・・』
一益は堀の言葉に考える風情を見せる・・・
(カラーン~ がラーン~ キィーイッ カラーン~ )
風が出てきたのか、屋根の四方角に吊り下げられた
(カラーン~ ガラーン~ ・・・)
『筑前は・・・』
一益は、そこで少し言いよどむと眉を上げ
『あ奴は信長様には大気者と呼ばれておったが、裏を返せば非常に小心者で周りの人間が自分の事をどのようにおもっておるのかを常に気にしておった・・・それが己の出自の卑しさから来るものか あ奴の元々の性質なのかはわからぬ・・・そのことで何時ぞや わしがあ奴に問い尋ねた事があった・・・』
一益はそう言うと耳に差してあったクチナシの花を手にし、じっとその白い花びらを見つめながら語り出す・・・。
『清州城・・・いや、岐阜城であったか・・・信長様も同席した酒の席でわしは筑前に、「おぬし、いつも人の顔色ばかり覗って疲れはせぬか・・・?」と な・・・』
『・・・』
『・・・』
『奴は、確かこんな風に言っておった・・・』
「滝川様にはわからぬのじゃ、滝川様は拙者がもってないものを全て持っておられるではないか! 鉄砲の腕前、馬上で戦場を眺めている時のその風格、そして立派な体格、そしていつも堂々としているその仕草!!! 皆が貴方様を見る目には敬意が籠っておる が、それがしに向ける目にはいつも蔑むような視線ばかりじゃ、滝川様にはそんなそれがしの気持ちが分かるはずがない!!!」
『そんな事がのう・・・』
頷く友閑に一益は視線を上げると
『他にも何か言っておったがしかとは思い出せぬ・・・ただ・・・その時はあ奴の心の奥底の苦渋を垣間見えたように思ったものだ・・・わしの言葉が奴にとって触れてはいけない部分に踏み込んでしまったのやもしれぬ・・・』
(カラーン~ ガラーン~ ピュゥーーゥー カラーン~ ピッ ヒュゥーー)
風が奏でる風鐸の
堀はボンヤリとその音を聞きながら一益に訴える秀吉の姿を想像した・・・。
『だが、その事が原因で筑前めがわしの事を嫌っておったり苦手にしておったとしてもだ!』
一益は手にしたクチナシの花を無意識に二回振ると、苦々しそうな表情を浮かべながら強い口調で二人にこぼす。
『最近のあ奴がわしに対するちょっかいというか、嫌がらせにしては少し度がすぎるのう・・・』
『ふむ?』
『ちょっかい⁉ 嫌がらせ・・・ですか?』
一益の言葉に同時に反応する友閑と堀に一益は更に手にした花を振りながら続ける。
『うむ、久太郎そちはここに来た時どの門をくぐって来たか?』
『門ですか? 南門でありますが・・・それが何か?』
『門の辺りに物乞いはおらなんだか?』
堀は視線にて友閑に問うが友閑は黙って首を振る。
『さあ・・・急なにわか雨に追われて急ぎで門の軒下に駆け込みましたので確かな事は申せませんが・・・物乞いの姿は無かったかと』
『そうか・・・』
一益は花の匂いを嗅ぎながら答える。一益が花を何度も振ったせいかクチナシの甘い香りが堀の鼻腔にもそこはかとなく漂ってくる・・・。
『その物乞いが、どうかしたのでしょうか?』
『物乞いのなりをしていたが、きゃつらは筑前めが放った乱破だったわい・・・』
『なんと⁉』
『えっ! まさか⁉』
『おうさ、そのまさかよ久太郎。あまりにもうっとおしいので昨日のうちに何人か捕らえて
『うむ?』
『羽柴筑前守秀吉は今や播磨、山城、河内の三か国を有する大大名ぞ。そんな奴が何故に北伊勢の一郡である桑名群のまたその中の一郡に過ぎない長島に居城を構えるそれがしにあ奴は何を考えて諜報活動をさせておるのだろうな・・・川と海に囲まれいつも塩害に苦しむ輪中の土地に一つの城しか持たぬわしにあ奴は何を気にしておるのだ、全く気分が滅入る・・・すっきりせぬのう・・・いかが思われる友閑殿・・?』
『それは・・・』
友閑はそこまで言って、言いよどむ・・・。傍らに立つ堀も苦渋の顔をしている。
(そうであった・・・この男はついぞ二か月ほど前は上州群馬一国に信濃二群に居城である伊勢長島を領し関東探題役まで担った大大名であったのだ・・・それが今や一郡とも言えない伊勢長島に一城しか持たぬ所領・・・自身が不在の間に開かれた清洲会議において織田家内の新所領決定には全く関与しておらず自分の意見など顧みられる事など無かったのであったな・・・)
『そ、其の儀なれば、清州会議の件であればそれがしは左近様に何も言い応えすることもできませぬ! 会議に列席した身なれど力及ばず左近様の所領決定や重臣としての席次へも能わないという結果にはそれがしは何も申し開きできませぬ・・・自らの力の無さを痛感しておりまする・・・』
珍しく慌てふためきながら答える堀に、一益は
『いや、そちが自身を責めることはない久太郎。確かに清州会議での決定には初めはわしも思う所があったが所詮わしは関東で惨敗して命からがらに帰ってきたわけであるし、重臣としての席次も今となれば織田家の
『されど・・・』
『よい、よいのじゃ久太郎。わしが気にしておるのはあくまでもわしの近くに諜者を放とうとする秀吉の心根よ。その事といい、山崎や男山での築城といい、あ奴は何を恐れ・・・いったい誰に怯えておるのであろうな・・・』
(カラーン~~ ガラーン~~ ・・・)
風鐸の音を聞きながら一益は少し考えこんでいたがやがて、
『クックック・・・そうじゃ 面白いことを思いついた。友閑殿、それに久太郎、今日・・・さすがに今日は無理か、 では明日にでも皆で山崎に行ってみようか?』
『山崎に⁉』
『それは いかなることで・・・』
自分の言葉に戸惑う二人に、一益は更に面白そうに笑うと
『クックック・・・これはいい、面白い。山崎にそう、筑前めの所に皆で押しかけましょうぞ。それがし一人があ奴の所に行って面会を求めても何だかんだと理由をつけて秀吉は断りおるであろうな、嫌われておるようだしのう クックック・・・、されど友閑殿と久太郎も一緒だと聞けばあ奴は会わない訳にはいかない。そこであ奴の存念を直接聞き質すのはどうであろうか友閑殿?』
『フッフッフ・・・それは面白いのう』
『それで、あ奴の存念が己の野心だけにかまけて織田家の事を少しでも
『その時は?』
『あ奴の赤ら顔の、猿が
『なっ⁉』
『うっ⁉』
そう言って不敵に笑う一益を絶句しながら見る友閑と堀であった・・・。
と、その時・・・
『御仏を崇めるこのような
お香の良い香りとともにとても耳に心地よいの良い女性の声が堀の心に届く。
鼻梁にかかった、少し甘えるような声・・・彼女の声と共に辺りに良い香りが揺動するように感じられる・・・。
『なんじゃ、かずえか・・・』
『なんじゃ、かずえか・・・では、ありませんよ
『また小言か・・・やくたいもない・・・』
まるでいたずらを見つかって心底困ったというような表情で悪態をつく一益の姿に友閑はふき出してしまう。
『ぷっ、クックック アハハハ さすがの一益殿もかずえ様にかかっては形なしじゃ。まるで叱られる腕白小僧とかわりないのう~ ハハハハ』
『・・・友閑殿、ちと笑いすぎじゃ・・・』
『これは、申し訳ござらぬ一益殿。そして、かずえ様 いや失礼・・・今は【慈徳院】様でございましたな』
『はい、慈徳院でございますよ友閑様。ようこそお越しになられました、暑い最中のこの時期に堺からの道中はさぞ大変だったでございましょうに・・・私共の無理なお願いを聞き届けていただき本当に感謝しておりまする・・・』
『なんのなんの、お安い御用でありますよ。それどころか、今日催される特別な茶会に声を掛けて頂いたことにむしろ感謝させてもらっておりますぞ、ハハハハ・・・』
『そう言っていただくと、心安んじます・・・』
慈徳院は友閑にお礼を述べると堀に視線を向ける。
『久太郎殿も、突然な呼び出しにもかかわらず、よく参られましたな・・・うん? 少し貴方は雰囲気が変わりましたか・・・?』
そう言うや彼女は、堀に顔を近づけまじまじと堀の姿を見つめる・・・。
堀は慈徳院のされるがままじっとしていたが、やがて耐え切れなくなったのか
『慈徳院様から見て私は変わりましたでしょうか? 久太郎は久太郎のままでございますが・・・』
『フッ、ホホホ・・・そうですね、久太郎殿は久太郎殿のままですよね。その困り果てた表情・・・昔のままのです、ホホホ・・・』
堀は口元を指で押さえながらころころと笑う慈徳院の顔を見つめながら胸中にてつぶやく・・・
(このお方は変わられていない・・・あの頃のままだ・・・整った形の鼻梁に人好きのする両の瞳・・・片笑窪を浮かべながら嬉しそうに笑うその表情・・・そして上様をも魅了させたその美しい指先・・・何も変わられてはいないのだ・・・そう 尼となったそのお姿以外は・・・)
(カラーン~~ ガラーン~~ ヒュウーウウー カラーン~~・・・)
時おり、遠くから聞こえる笛の音と風になびかれながら奏でられる風鐸の音が慈徳院 彼女が眼前に現れたことによって、以前と違うように堀は感じた・・・。
その違和感は堀の胸の奥に秘めていた
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