第6話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean3
(堀の弟が明智家に!!!・・・知らなかった・・・)
奏司は、驚愕の事実を知って絶句する・・・。
(それにしても、驚きの連続だなぁ・・・あの多賀大社に久太郎と源左が絡んでいたなんて・・・更に・・・そう 多賀姓を持つ堀の弟、多賀秀種・・・ここで明智家までも関わってくるとは・・・)
実は奏司は、ここ数年来春先四月になると近江の多賀大社詣でを毎年の年度初めのルーティンのようにしていたのだ。
もともと彼が、お多賀さんと地元で親しみを持って呼ばれているこの多賀大社を訪れるきっかけになったのは歴史上の二人の女性が多賀大社に関わりがあった事に興味を抱いたためであった。
その二人の女性とは、年代順に述べるとまず元正天皇である。続日本記に慈悲深く落ち着いた人柄であり、あでやかで美しいと称せられ、35歳、独身のまま即位した美貌の女帝・・・そんな彼女に多賀大社には言い伝えが残っており、元正天皇が病気に苦しんでいた時にこの多賀大社で作られた
次いで二人目の女性とは、幕末その政治手腕の剛腕ぶりを発揮し、安政の大獄を引き起こした徳川幕府最強の大老となった井伊直弼が綿々とその慕情を手紙にしたためた相手・・・その彼女は村山加寿江といい彼女もまた多賀大社ゆかりの寺坊尊勝院の娘だったのだ。幕末史も大好きな奏司は多賀大社前にあるお土産屋が並ぶ小さな門前町の間にひっそりと・・・それこそひっそりとたたずむ彼女の生家跡まで実際に足を運んだこともある。
日本史上初めて独身のまま即位した女性天皇であり、『華夏載せ佇り』と公記に称せられた美貌の氷の女帝(彼女の幼名の氷高皇女からの由来か?)元正天皇・・・
そして当時世間から井伊の赤鬼と呼ばれた直弼の心の拠り所となり彼のために女性スパイとなった村山加寿江(たか、とも言う)・・・時代が離れて登場したこの二人の女性達の存在が奇しくも多賀大社と所縁があり現代を生きる奏司の心に留まったのは彼の眼前に映る久太郎と源左の邂逅シーンへの誘い《いざない》だったのかもしれない・・・。
(う~ん・・・多賀大社・・・お多賀さんかぁ・・・急に糸切り餅が食べたくなったよ・・・)
奏司はお多賀さん名物の赤と青の三本線が特徴のお餅を思い出している。
三味線の弦を糸の代わりににして、その弦で切られたお餅は白色のベースに中央に赤色、その赤色の線を挟むように青色の線が施されており、そのみずみずしい食感とあんこの絶妙な甘さが癖になる一品だ。奏司は多賀大社を訪れる度に必ず食べていたし悠にもお土産として渡していたのである。
(悠も・・・あの糸切り餅、大好きって言ってたな・・・一晩でペロリとひと箱食べちゃったって・・・フフフ・・・)
奏司は、糸切り餅のお土産へのお礼を可愛いい愛嬌のある表情で話す彼女の顔を思い出す。
(糸切り餅といえば・・・そう お店の女将さんが言うにはその起源が元寇の役がもともとの発祥だったって嬉しそうに話してたよな・・・モンゴルの元軍に対して戦役に出征する武士達が必勝祈願のために多賀大社を訪れており、役後、無事に戻ってきた武士達がそのお礼のために元の旗印であった三本線の入ったお餅を奉納したのがそもそもの起源だったて・・・それが事実だとすると今、糸切り餅を食べれるのは元寇のおかげかぁ・・・うん!?)
「秀種が・・・源左殿の許に・・・」
奏司が糸切り餅を思い出しながらのどを鳴らし始めたその時慌てて聞き耳を立てる、堀は大きく嘆息すると気持ちを切り替えるように源左に改めて問い直したのだ・・・。
源左は、うん と、一つ頷くと、
「秀種殿は、山崎の合戦後の互いの苦労話をした後、現在兄である秀政の堀家に仕官している現況を述べて、それがしにお願い事をするために当地に参った次第を正直に申されました」
「・・・秀種は・・・なんと申したのでしょうか・・・?」
「我が兄、秀政を助けてはいただけないでしょうか・・・と」
その源左の言葉に驚くような表情の堀を、源左は例の目を細めて優し気な微笑を浮かべながら見つめる・・・。
そして、ややあってから源左はとつとつと語り始める。
「それがしもその時は、秀種殿の申された意味が分かりかねて、秀種殿に再度聞き直したのですよ、秀政殿・・・堀殿を助けるとはどういう事なのかと・・・」
「・・・」
「更にそれがしは、問い続けました・・・主家である織田家に仇した明智家の重臣であった私に山崎の合戦で実際に矛を交えた久殿を手助けできる事など一つもないであろうと・・・。現に密かに私の許に足繁く通われた久殿からの仕官の話は断っていた事を秀種殿に告げ、その自分が久殿の手助けなどできる由もないと・・・そんな私に久殿を助けて槍働きをせよと秀種殿は申されるか・・・と」
「・・・」
黙ったまま身じろぎもせず自分の語りに聞き入る堀の視線を受け止めていた源左はそこで往時を思い出すためか堀の視線を外し宙を見るともなく見つめる・・・。
「秀種殿は、それがしの詰問にこう申された・・・」
源左は、その時の情景を回顧するのであった。
『源左殿のご懸念の申されよう、誠にごもっともかと。ただ源左殿に兄、秀政を助けていただきたいという理由は、今、
『きゅ 窮地とは!? ・・・久殿が何故に窮地に陥っておるのだ・・・?』
『はい、事の発端は先月10月に兄、秀政は羽柴の姓を頂くことになった事です』
『羽柴の姓だと!!! 久殿は秀吉殿の家臣になったのか!!!』
『ええ、その通りでございます』
『何故に久殿は・・・』
『源左殿のご疑念・・・推察できまする』
『そこまでして筑前殿に・・・秀吉殿におもんばからなくてはならぬのか・・・?』
『当然、そのように思われまするな』
『確かに、主君の仇であった日向守様をを討ち、清須会議では主導的な立場でその場を仕切り今や織田家家中において一番勢いがある人物である事は風聞で耳にしておったが・・・だが 織田家においては所領の大小はあっても同じ同僚ではないか!?』
『いかにも、仰せの通りです』
『言葉が悪いかもしれぬが、秀吉殿に媚びを売り己の立身出世のために羽柴の家臣になった・・・秀種殿には気分を悪くさせるやもしれぬがそなたの主、兄である久殿をそのような目で見られても致し方ないのではないか・・・?』
『はい、世間ではそのように思われております・・・。我が兄、秀政が何故を思って羽柴殿の家臣になると決心したのかその胸中を全て推し量ることはできませぬが、羽柴姓を受ける事により兄、秀政と志を同じにする同志の方々からも辛い当たられ方をされておりまする・・・。兄にとって、その事が一番苦渋の原因になっており織田家中においても当家の立場は今や孤立状態と言ってもよいでしょう。もっとも、羽柴様はご機嫌のようでございますが・・・。傍から見ても憔悴の影が濃い兄に追い打ちをかけるような出来事が先月10月下旬にございました・・・』
『追い打ち・・・とな?』
『はい。兄をここまで追い詰めたのは丹羽様からの詰問でございました・・・』
『五郎左殿からの詰問・・・それは・・・?』
『我が兄、秀政にとって丹羽長秀様はもっとも信頼おける年上の上役と言ってもよいお方です。また、これからの織田家の行く末を案じる同志でもあります。そんな肝胆照らし合わすような関係であった丹羽様からの詰問状を丹羽様の家老職であられる坂井直政殿がわざわざ口伝でお咎めに来られたのでございます・・・』
『坂井殿が・・・わざわざな・・・』
『兄が後に申すには、きつーく、五郎左様に叱られたと・・・そち程亡き上様の御薫陶を受けた者はいないというのに時が変わらばその御薫陶の恩も早忘れ、もともと同僚であった人物の尻馬に乗り果てたか・・・と』
『ふーむ・・・』
『そう言った時の兄の顔はひどく寂しそうにございました・・・』
『久殿は、その詰問に何と応じたのであろうな?』
『はて・・・私には何も・・・監物殿(堀直政)なら聞き及んでるやも』
『何故、そう考える?』
『あの時・・・坂井殿を佐和山城から見送りに同道した折、別れ際坂井殿が監物殿にこう申されたのを見ております』
『何と?』
「そなたの主殿は気苦労が多いいのう・・・すすんでいばらの道を歩むとは・・・」
『と、申され、監物殿がそれに対し深々とお辞儀をして丹羽様に宜しなに、と言っておりましたので・・・』
『ほほぉう・・・いばらの道とな・・・』
『ええ・・・』
『与右衛門殿が、そう申したのだな?』
『はい、与右衛門殿、い いえ 坂井殿が申されたのは間違いございません』
『・・・あの与右衛門殿がそう申すには、やはり・・・久殿の此度の羽柴姓受諾の理由には深謀遠慮があるのやもしれぬな・・・』
『そ それは、どういったことでありましょうや!?』
『いや憶測にすぎぬ・・・何となくそう感じただけじゃ・・・』
『はぁ・・・そうでございますか・・・』
『ところで、秀種殿』
『はい』
『先程、そなたは久殿は志を同じくする同志の方々からも辛く当たられておると申したな』
『はい、左様でございます』
『その同志の方々とは五郎左殿は別として、他にどなたが久殿の志に同意されておられたのか?』
『その件ですが、方々のお名前を申し上げる前に、源左殿にお見せしたい物がございます』
『見せたい物とな?』
源左はそこまで話しを終えると、唾を飲み込み舌なめずりをする・・・
のどが渇いたのであろうか・・・、その様子を見て堀は(ふっ)っと、息をつくとおもむろに近習の者を呼ぶ。
「誰かある!?、 すまぬが何か飲み物を持ってきてくれ」
「はっ、茶でよろしかったでしょうか?」
「ああ、そうだな・・・源左殿は茶でよろしいか?」
「拙者は
「茶と白湯を頼む」
「はっ!」
縁側からやや離れていた襖越しに堀は近習に命じる。秀種が源左の許を訪れた事実、また二人の会話の中身に、やや意外だったような表情を堀はその端正な顔に浮かべている・・・。
その堀の顔を見て、源左は胸中にて感心しきりなのである。
(さすが・・・改めて皆がこの人物を名人と称する理由が垣間見えた気がする)
源左は、今、目の前でなされたやり取りの中で堀の何気ない所作に感嘆するのであった。
(こちらの様子を窺いながらさりげなく心配りをする・・・名人 久太郎・・・なるほど誠にそつがない・・・)
「まさか・・・あの秀種が・・・」
(源左殿の許に伺い、そのような話しをしていようとは・・・)
堀は、そうつぶやきながらひと回り歳の離れた弟の顔を思い浮かべる・・・。
(子供の頃からあ奴は、茫洋とした性格で何を考えているのかよく分からなかったのだが・・・時おり・・・そうだ ふとした時にこちらが思ってもみない事を、さらっとやっており皆を驚かしておったな・・・それにしても源左殿にお見せしたい物とは・・・まっ、まさか!?)
「秀種殿がそれがしに見せたい物があると・・・」
源左は、美味しそうに白湯を飲み干すとその湯吞みをコトリと椀の上に置き、秀種との会話の続きを再開する。
「見せたい物とは何かと、私が尋ねると秀種殿は社の神職を呼び寄せこう申された」
『宮司殿に、お約束をしていただいた物をお持ちになっていただけないか、お伝えを』
「宮司殿と! 言われたか」
突然、驚く堀に源左は、頷いた。
「久殿は、もうすでに気づいておられたのでは・・・?」
「源左殿の先ほどの口ぶりにて、私どもの奉納した祈願文の存在を知られたのは気づいていましたが・・・秀種がまさか宮司殿にまで力添えを頼んでいたとは・・・ん!
ま まさか源左殿・・・もしや 三法師様長寿の祈願文とは別の物の存在まで!?」
珍しく、うろたえる堀に源左はその問いに答えるように微笑むと、こくりと頷く。
「宮司殿は、それがしの前に色鮮やかな山吹色の絹の布で包まれた木箱を置くとこう申された」
源左は、その場の情景を静かに語り始める・・・。
『こちらが、秀種殿とお約束していた【多賀大社文章】の一部でございます。門外不出の物でございますが
「それがしは、秀種殿と宮司殿の二人に改めて了解をとり、箱の中に納められていた祈願文書に目を通し申した。その書には、淡い墨色で書かれていた淡海国 多賀大社
の
源左はそこで喋りを止め堀の顔を注視すると、堀は何を思ったのか、まつ毛を伏せるようにうつむきまぶたを閉じる・・・。
「私は思わず、この最初に署名されている【慈徳院】様とはどなたであろうか? と、尋ねたところ秀種殿はそれがしの顔を見て少し言いずらそうな表情をしており、それを見かねたのか宮司殿が教えてくれたのです」
『【慈徳院】様とは故右大臣信長様のご側室のお一人で、三法師様の実父であられる中将信忠様の乳母であった、かずえ様のご法名でございます』
『か かずえ様の法名・・・』
『中将様にとって幼き頃より亡くなられた母親の代わりをそれこそ慈母のごとく陰ひなたなくお世話をしていただいた方・・・そんなかずえ様のご様子を遠くから覗っていた故右大臣信長様のお目に留まり側室にまで請われられた事はあまりにも有名なお話しであります。そのかずえ様が信長様亡きあと仏門にお入りになり僧籍に帰依なされた御名がそちらに書かれた【慈徳院】様でございます』
『あの・・・あの かずえ様が仏門に・・・』
『かずえ様こと【慈徳院】様は安土のお城にお住まいのおりから延命長寿のご利益が名高い当社に時間を見つけてよくお参りになられておりました。その祈願の内容は主様である信長様への御祈願はもちろんのこと、さりながらやはり一番気になされていたのは幼少の御身の頃から育て上げた中将信忠様への御慈愛の御祈願だったのです』
『くっっ・・・くっ・・・』
「それがしは、不覚にもその時涙をこぼしておりましてな・・・」
源左はそう言うと、空になったはずの湯飲みを取り上げると口元に寄せるのだが、気づいたようにそのまま椀の上に戻す。
「その・・・かずえ様、いや【慈徳院】様のいと優しげな筆の跡を見て在りし日の中将様とかずえ様のご様子が偲ばれまして・・・号泣しておりました」
「・・・」
堀は、いつの間にか瞳を開け源左のその様子を黙ったまま見つめている・・・。
「いや、これは 余談でしたかな、ハハハ・・・」
源左はまたもや自嘲気味に小声で笑うと、気を取り直すように瞳に力を込めて語りを再開する。
「祈願文に署名された方々は、【慈徳院】様を始めに、蒲生賢秀殿、蒲生氏郷殿、長谷川与次殿、長谷川秀一殿、前田玄以殿、矢部家定殿、蜂屋頼高殿、そして我が殿である堀秀政様、最後に・・・丹羽長秀殿・・・で、ございましたかな・・・?」
堀はコクリと頷く・・・。
「私はその祈願文を拝見して署名された歴々の方々の名前と顔を思い浮かべながら、三法師様への忠誠の念に関し、さもありなんと納得し申した・・・しばらく得心ゆくまでその祈願文を眺め、宮司殿にお返ししようと持参された木箱を覗くと一通の書が残っておりました。そこで私は、この書は何でござろうかと尋ねたところ秀種殿が」
『我が兄であり、主である秀政の偽ざる
「と・・・申された。それがしは秀種殿の申されるままその書を箱から取り上げ中身に目を通すと・・・久殿 もうお分かりですな・・・」
「・・・」
「その書は、久殿が書かれた三法師様への忠誠を誓う祈願文・・・血判状でございました・・・」
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