第5話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean2
(源左は そうか・・・信長の居た本能寺ではなく、中将信忠の二条城を攻めてた・・・そうか そうだったんだ・・・)
奏司は、新たな歴史史実の発見に一人、深く感じ入る・・・。
(それにしても・・・)
慟哭をあげ続ける源左の姿に何とも言えない切なさを感じながら奏司はかねてからの疑問にたどり着く・・・。
(信忠・・・いや 信長、信忠父子を討った源左がどうして堀の配下に・・・)
体を震わせながら、積年の悔顧を吐き出した源左を労わるかのように五月の風がゆっくりと向きを変えながら彼の体を優しく・・・優しく包むように撫でかける・・・
堀はじっとその源左の姿を黙ったまま見つめている・・・
それから、どれ程の時間が経ったのであろうか・・・やがて頃合いが良いと判断したのであろう口を開き尋ねる。
「申し訳ござらぬ源左殿・・・辛い記憶を呼び起こさせてしまいましたな・・・」
「・・・」
源左は堀のいたわりの言葉に、小さく首を振る・・・そして詠嘆するようにつぶやくのだ・・・
「あの日・・・あの本能寺で森可成殿のご子息、蘭丸殿、坊丸殿、力丸殿が・・・二条城においては織田信房殿のご子息であった菅谷長頼殿がそれぞれ上様、中将様を守るために文字通り身を張って討ち死にされたことを想うと・・・稲生の戦いで信房殿、可成殿が亡き上様を必死にお守りしていた姿と重なるように想われます・・・誠・・・受け継いだ血が濃いと・・・源左は今更ながら感嘆させられます・・・」
「・・・」
「もっとも・・・上様、中将様を弑する側のそれがしが口に出す言葉ではございませんか・・・ハッハッハ・・・」
それこそ、申し訳なさそうに自嘲する源左の姿を見て何かを思ったのであろう
堀はそこであえて明るい口調で源左に話題を変えるように問う。
「源左殿・・・そういえば、あの折・・・貴殿は前田殿を助けられたそうですな・・・?」
「うん?」
訝しそうに、視線だけで問うようなしぐさの源左に堀は更に問い質す。
「前田殿、前田玄以殿ですよ・・・」
源左は、堀の問いに姿勢を正すと
「これは、お見苦しいところをお見せし申したな・・・申し訳ござらぬ」
「いや、気になさらず」
「長年の間抱えていたものを・・・鬱屈していたものを久殿のご厚情に甘えてしまってさらけ出してしまいました・・・本当に申し訳ござらぬ。いや ハハハ、歳は取りたくないものですな誠に・・・」
照れくさそうに目を細めて自嘲気味に語る源左はそう言いながらすっきりしたような表情を浮かべ堀に答える。
「前田玄以殿といえば・・・どこかでそれがしにお礼を言っていたような・・・」
「源左殿は、覚えておられぬようだ」
「はて・・・?」
「玄以殿が申すには、本能寺の変の折、二条城から信忠様からの主命を受けた玄以殿は京都を抜け岐阜城へ脱しようとした時に明智勢の検問に引っかかったとのこと。確か・・・山科へ抜ける東海道の裏通りの蹴上という場所だったか・・・あっ、そうそう、南禅寺の正門付近だと言ってたようだが・・・」
「南禅寺正門・・・」
「・・・」
「あっ! もしや あの時囚われてた住職殿か・・・」
「フフフ、そうでござる」
「いや・・・そうでござったか・・・」
「源左殿は、玄以殿と知らずに見逃されたのであったか・・・玄以殿がこの事を知れば少し気を落とされるやもしれぬな、ハハハ・・・」
「・・・あの時は・・・上様、中将様のお味方であった側の落ち武者狩りのため拙者は京の東玄関である南禅寺にて検問の役を命じてられてました・・・そこで警固の兵から何やら怪しい坊主を捕らえたと注進があり、それがしが確認のためそのご坊に詰問したことがありました・・・まさか、玄以殿であったとは・・・」
「源左殿は、その怪しいご坊の玄以殿を正体を知らずに何故見逃されたのか?」
「ふむ・・・」
源左は視線を落とし往時を思い出そうとしている・・・。
「玄以殿であったそのご坊は大事そうに青色だったか・・・それとも紫色のだったのか、梅の花のような模様の刀袋を持っておりましてな」
「ええ・・・」
「長さは・・・そう、脇差ほどの長さがありましたか・・・そんな物を持って歩いておればどうみても不審者です。それがしが、役目柄、質問をすると必死な表情である高貴な方のお遣いで京から尾張まで戻る途中であるとの一点張りの答えでした・・・
どう見ても何やら仔細があるのは一目瞭然の体でしたが・・・その使命感にかける熱意のこもった視線に心が打たれたのか、行かれるが良いと・・・そう言った覚えがあります・・・」
「・・・」
「そういえば、あの折・・・」
「あの折・・・?」
「いえ・・・そのご坊が立ち去り際にそっとそれがしに近づくと・・・(かたじけない・・・)と言われたような記憶がありますな・・・」
「フフフ、そこまで玄以殿に言われても源左殿は気づかなかったと」
「いや・・・面目ござらぬ。言い訳がましいですが、平時ならばいざ知らずあの時ははやはり・・・平静ではなかったのでしょうな・・・一面を預かる将としては失格でござった・・・」
「では、玄以殿を開放された時に不審に思う部下達に何と叫ばれたかも憶えてはおりませぬか?」
「はて? それがしが叫んだと・・・」
「玄以殿は、あの時の事を私に話をする時はいつも愉快そうに申される」
「な 何と?」
「あの時、源左殿はこう申したらしい、我らは、落ち武者は捕らえるよう命じられたが落ち坊主は捕らえよとは言われてはおらぬとな」
「そんな事を!?」
「ハッハッハ・・・、玄以殿は愉快そうに笑いながら私にそう申しておられた」
「・・・」
「源左殿の一声で重い雰囲気だった番所が一変に明るい笑い声が広がったと、言っておられた」
「・・・」
堀は、目を伏せて自分の話を聞く源左を見つめ続ける・・・そして、
「更に玄以殿は、こうも申しておられましたぞ・・・源左殿の機転のおかげで坊主頭も首の皮一枚でつながったと・・・そして大事な中将様からの最後のご命令のお役を無事に果たせる事になった・・・本当に源左殿には感謝の言葉もござらぬと・・・」
「中将様の最後のご命令ですと!?」
堀の言葉に、源左は食い入るような視線で堀の顔を凝視する。
「やはり・・・知っておられなかったか・・・」
堀は、軽く頷き答える。
「源左殿が先程気にされた、玄以殿が大切そうに抱いていた脇差のようなもの・・・あれは中将様・・・信忠様が三法師様に授けた形見の品だったのです・・・」
「信忠様の形見・・・?」
「・・・
「そ そう そうでしたか・・・」
「ええ、玄以殿は中将様の形見の品を当時岐阜城にお在せられた三法師様にお届けするお役目の途中だったのです・・・」
「あっ、あれが中将様の・・・」
「源左殿は、知ってか知らずか信忠様のご遺命に沿うように行動されたのですよ」
「・・・」
源左は、その堀の言葉を聞き届けると暫しの間黙然と庭先の地面を見続けている。
二人の間にまた沈黙の時間が訪れそうなそんな一瞬の垣間に、どこからともなく一羽の
その鶺鴒は、縁側から見下ろす源左を見上げるように視線を上げると、やがて尾をフリフリと上下に振りながら源左の座る側まで平気に近づいてくる。もともと、この鶺鴒は人懐っこい性格なのか物おじせず源左の視線の正面で餌でも探しているのか小石をつついたりして、行ったり来たりを繰り返す・・・。
(そういえば・・・あの時もこのように鶺鴒が遊びに来ておったか・・・)
白いものが目立つ鬢のほつれ毛を風になびかせて源左は思い出す・・・。
そして、おもむろに源左は優しい口調で語りだす。
「・・・この鶺鴒という鳥は幸せをもたらす・・・そう聞いた事がある・・・
改まった口調に、堀は丁寧に答える。
「いえ、浅学の私は存じ上げませぬが・・・」
「わしが、世を儚み、隠棲しておった庵に久殿 貴殿が足を運んでくるようになった時もこの鶺鴒はよく庭とは呼べるまでもない貧相な庭先によく遊びに来ておったのだが、憶えてはおられぬか・・・?」
堀は、少しの間思い出そうとしていたのか、考え込んでいたがやがて眉を開き答える。
「申し訳ござらぬが、記憶にありません・・・」
「ハハハ、まあ当然でしょうな・・・」
淡く笑みを浮かべながら急に目の前に遊ぶ鶺鴒について語り掛ける源左に堀は戸惑いの表情を見せる。
「鶺鴒の所以は、それがしも又聞きなので詳しくもないが何でも元々は男女間の幸せをもたらす神様の使いだったそうですな・・・」
「男女間の 幸せ・・・ですか・・・」
源左の意図が図りかねない堀は益々戸惑う・・・。
「ええ、それどころか何と! 日本の神々の父母とも言うべき神様に男女和合の教えを伝授したと言い伝えがあるのですよ」
「神様に男女和合の教えを・・・この鶺鴒が伝授を・・・」
「フフフ・・・さてこの源左は何を考えてこんな事を言っておるのだと久殿は不審に思われてるのでしょうな、ハハハ・・・」
「いや・・・」
「何事にもそつなく振舞われる久殿に、不作法者のそれがしが男女間の和合についてわざわざ教えることもございませんでしょうにな、ハハハ・・・」
「いえ・・・そちらの方面は・・・いささか不案内かと自覚しておりますが・・・」
堀は、几帳面にも丁寧にまたも答える。
そんな堀の顔を源左は好ましそうに眼を細めて見つめながら続ける。
「世間で、名人と尊称される久殿にも苦手な分野がありましたかな?」
「いやいや、ご勘弁を源左殿・・・」
「ハハハ、こちらこそ、戯れが過ぎましたな久殿申し訳ござらぬ」
「それで・・・源左殿は何を私にお聞かせしたかったのでありましょうや・・・?」
「うむ・・・」
源左は、気息を整えるよう少し顎を引くとまだ地面を啄む鶺鴒の姿を目で追いながら口を開く。
「この鶺鴒達が男女間の和合の幸せを伝授した神の名は、イザナギの大神、イザナミの大神と言って何でも天照大御神をはじめこの日の本の
「イザナギ・・・イザナミ・・・」
「はい・・・そのイザナギ、イザナミ両大神を祀る神社を久殿はよくご存知かと源左は愚考致しますが・・・」
暫し堀は、源左の問いに考え込む・・・
(イザナギ・・・イザナミ両大神を祀る神社・・・はて・・・)
堀は考える・・・その時、
『チリ~ン~~、チリリーン~~』
優しく堀の頬を五月の風が撫でると彼の心の琴線に触れたかのように風鈴が心地よい音を奏でる・・・。
「
「ええ、そうです。思い出されたようですな・・・」
呆けたような表情で茫然と多賀大社とつぶやいた堀を見つめ源左はニコニコと笑いながら同意する。そして更に続ける・・・。
「
「そ その事を どうして源左殿がご存じなのか!?」
動揺を隠せずにいる堀に、源左は柔和な微笑みをたたえながら語る。
「それがしが・・・私が久殿の請い・・・久殿が家中に仕官をしてくれないかとの請いに対し、お受けした理由がその多賀大社に奉納した祈願文について知ったためなのです・・・」
源左の心からの吐露に、庭先にいた先程の鶺鴒は源左を見上げると用は済んだと言わんばかりに尾を上下に振り、サッと飛び立つ・・・。
源左は飛び立った鶺鴒の方向に目を細めながら視線を移し更に語りかける・・・。
「当時、何度もあの庵に久殿が足を運んで私を家臣にと請われたにもかかわらず頑として首を縦に振らなかったわけは、それがしが久殿の下に参る理由・・・必然性が無かったからです・・・。天下の謀反人である日向守様配下で重臣の末席にあったそれがしを世間の評判を いや、当時の秀吉殿の思惑に反するように私を家臣にしたいと申された久殿の心持ちには非常に感激もしましたし、うれしくも感じました。ですが落武者狩りの影に怯え敢えて人里離れた洞窟近くの庵に居を構えた私の気持ちは正直申すと・・・もう、そっとしてくれ・・・それが偽りない心情だったのです・・・」
「・・・」
「ですが・・・その年、本能寺の戦いのあった天正十年の秋、十一月でしたか・・・もうその頃は清須会議も経て旧明智家の残党狩りもほぼ無くなり世を忍ぶそれがしも安穏の生活に喜びを感じてた時分でした。その十一月のある日、懇意にしていた多賀大社の神職がいつも通りに私の隠れ家に食料を持ち運びに参った時に、多賀大社宮司殿より私宛の手紙を預かってるとのこと。その手紙の中身を読むと社にて行われる豊年御礼の秋期大祭の
久殿もよく存じておる人物の名前でしたので・・・」
源左は、そう言うと堀を探るように視線を合わせる・・・。
堀は、自分がよく存じている人物だとの源左の言葉に一瞬眉をしかめたが平静を装って源左に尋ねる。
「どなたで・・・あったのか・・・?」
「久殿の、弟君の秀種殿・・・多賀秀種殿でござった・・・」
「なっ⁉ 秀種が!!」
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