第4話 海蔵寺での邂逅 堀 久太郎と柴田 源左 Scean1

(あの少し赤い褐色肌の大木が妙に気になる・・・)


 奏司はなぜか心に引っ掛かる気持ちに逆らえずに振り返る・・・。


(あの巨木・・・樹齢はどれほどなんだろう・・・)


 奏司は石垣山城跡から車を数分走らせて、急遽目的地となった小田原海蔵寺の敷地からわずかに外れた場所で足を止めていた。


 むき出しの白色のコンクリートで作られた車が2台ほどしか停めれない狭い駐車場に愛車を停めて悠と二人で境内を少し歩いたあと、堀秀政の供養塔がある墓所へ移動しようとした時に妙に引っ掛かるものを覚えたのだ・・・。


 赤い首巻をつけた穏やかな表情の小さなお地蔵さんがその赤褐色の木肌をさらしている巨木の根元に佇んでいたのも鮮明に思い出される。


「奏司さん、どうしたの!?」


 ふと、自分の名前を呼ばれて奏司は声の聞こえた方を見上げると小道を挟んだ斜面に立つ悠の姿が目に入る。


「あ ああ ごめん。 今、行くから」


 彼女の声に促されて奏司はやや急な斜面を登り始める。


「何か、あったの?」


 自分を待ってくれていた悠に


「いや、ちょっとあの赤い木肌の大きな木を思い出して・・・」


「あの赤い木・・・ああ あのかわいらしい首巻をしたお地蔵さんがあった木ね?」


「うん」


「それで、あの大きな木がどうかしたの・・・?」


「いや 特にこれといった理由は無いんだけど ふと思い出してね・・・」


「ふーん・・・」


 不思議そうな表情で自分を見つめる悠に奏司は彼女を誘うように声をかける。


「待っててくれて、ありがとう。じゃあ、行こうか!」


「ええ、そうしましょう! ほら、あの看板がある辺りがQ太郎さんのお墓がある場所じゃないかしら」

 

 そう言って振り返りながら指差す彼女の白くて美しい二の腕に目を奪われた奏司は取り繕うように


「そうだね、行こうか!」


 と、悠に先立って歩き始める。


「ふうー・・・」


 茶色の枠に説明文が書かれている看板の前に奏司は立つと、無意識に一息ついてしまう。


「それにしても、10月だというのに今年は暑いわね・・・」


 奏司にやや遅れて登ってきた悠が奏司の隣に並ぶとそんなため息をつく。


「そうだね、今日も最高気温は25度以上かもしれないね」


「この服装で、良かったわ、フフフ・・・」


 悠は白色のノースリーブのブラウスに肩に掛けたカーデガンの服装を自画自賛しながら深みのあるグリーンのミディスカートを相模湾から運ばれる海風になびかせている。


(最近は、春と秋の季節感が少なく感じるのは自分だけだろうか・・・)


 奏司がそんな事を思っていると彼女は奏司の脇をすり抜けて説明書きの看板のすぐ隣にある供養塔の側に近づく。


「このお墓? 供養塔? これがQ太郎さんのなのかな???」


「うん? どうだろう・・・」


 奏司は悠の問い掛けに応じるように説明書きの看板から目をそらせ彼女の方を見る。


 前屈みになった彼女のなだらかな美しい稜線を描く双丘の曲線に奏司は知らず知らず注視しているのを本人は気づいていない・・・。


「あれ・・・何でこんなものが・・・」


「えっ?」


 奏司は、悠の言葉に我に返り彼女がじっと見つめている先を同じように見る。彼女の視線の先には前方後円墳のような形をした小さなものが置いてある。鉄かアルミなのか表に装飾された模様が覗ける・・・。


「これって・・・鏡の入れ物  かな・・・?」


「うん・・・?」


 奏司は供養塔に側に立ち、目に付いた供え物を見つめる。


(これは・・・まだお供えされて幾日も経ってなさそうだね・・・。生花も瑞々しいし綺麗に掃除されてる。このお菓子は・・・出陣餅・・・これって たしか新潟の春日山城の近くにあった土産物センターで目にしたものじゃないか!)


 説明書きの看板の隣に大きな供養塔が四つ並んでいて一番左端の供養塔が掘のものなのか、その供養塔だけ小ぎれいにされている。


 悠は、興味深そうにその鏡のような物をじっと見つめていたがやがて手を伸ばしそれを取り上げた。


「やっぱり、鏡よね・・・かなり古そうだけどいったい誰がこんな片手鏡をここに置いてったのかな・・・何か意味が・・・?」


「うーん・・・わざわざここに置くって事は何か目的? 意味か訳があるんだろうね・・・」


 奏司はお供えに置かれた出陣餅を見て考え事をしながら悠の言葉に相槌をうつ。


(このお餅は春日山のお土産品・・・何でここに・・・春日山は謙信だよなぁ・・・どうして堀のお墓に・・・うーん・・・)


 奏司はその出陣餅を取り上げるとその箱の裏を何気なく見る。


(製造元はかな〇〇総本舗・・・住所は新潟県上越市・・・。うん? 上越市?

まてよ・・・上越市といえば・・・堀家の菩提寺があったかな・・・何というお寺だったろう・・・)


 考え事に浸る奏司にお構いなく隣にて思いつくまま話しをしていた悠が、ふと沈黙する。


 そこで黙った悠に気づいた奏司は彼女の方を見ると悠は何か発見したようだが・・・。


「ねえねえ奏司さん、この片手鏡の蓋に描いてある模様って何かの家紋じゃないかしら・・・」


「ええ? ちょっと見せてごらん」


「はい、これなんだけど・・・」


 悠に手渡された片手鏡の蓋に描かれた模様を奏司はじっと見つめる。


(こ これは  織田木瓜おだもっこう・・・)


 濃い紫色に彩色された上蓋の表面には緑色で彩られた蔓のようなものが蓋いっぱいに広がっておりその茎のような蔓のようなものが包むように花の模様を抱いていた。


「この花の形は織田木瓜おだもっこう織田家の家紋に似ている・・・」


「おだもっこう?・・・織田家の家紋???  それって信長さんの家紋なの?」


「恐らく・・・そうだと思う・・・。 それにしても悠さん」


「うん?」


「よく家紋だと気づいたね」


「うーん・・・何となくそのお花? のような模様に吸い込まれるように魅入られてしまって・・・思わず家紋? って口にしちゃっただけなんだけど・・・」


「いや、よく気づいたよ悠。悠に言われなければ多分僕は気づかなかったと思うよ、凄いなあ 悠は」


「ええっ! そう そうなの!! 奏司さんに改まってそう言われると ちょっとうれしいかな、ウフフフ・・・」


 ご機嫌そうな表情の悠を微笑ましそうに見つめていた奏司だが再び供えられている出陣餅と手にした片手鏡を見比べ考える。


(この二つを同じ人がここに置いていったのだろうか・・・もしかしたら織田家と堀家にゆかりがあった方かな・・・)


 自分の世界に入り考え込もうとする奏司を悠の言葉が呼び戻す。


「ねえ、奏司さん。その上蓋を取ってみない? 多分、鏡のようだから中身を見てみたいんだけど いいかな?」


「ああ、そうだね。中身を見てみよう。うまく外れるかな・・・」


 奏司はそう言いながら上蓋を外すとその中から太陽の光を反射させながら自分の顔を映しだす鏡面が現れた。


「うわーー、きれい・・・ピカピカじゃない~~」


 悠は曇りひとつない鏡面に感動しながら、鏡を見つめている奏司の右頬に触れるぐらいに自分の顔を近づけ鏡面を覗き込む。奏司は彼女から香る女性らしい、いい匂いに鼻腔がくすぐられるのを我慢しながらも彼女に好きにさせている。


「何か不思議な感じ・・・」


 鏡を覗き込んでいた悠がふとつぶやく・・・。


「うん? 何が・・・」


「こんなに私たちが近くで見ているのに、鏡から見る私たちの景色って・・・別世界のよう・・・」


「本当だ・・・」


 奏司は鏡に映った自分と悠の顔を見ながらそんな感想を抱く。


 小さな鏡に移る景色は鏡面からはみ出しそうに映る二人の顔とわずかに鏡面の上の部分に映る白い雲だけだ・・・。


 引き込まれるように鏡に映る景色に見とれていた奏司だったが以前にも経験した違和感に気づく。


(ああっ!! この感じは・・・まずいなぁ・・・)


 奏司は、眉間の奥から湧き出てくる既視感に覚えがあるのだ・・・。


「どうしたの、奏司さん?」


 奏司の異変に悠も気づき、慌てて彼を気遣う。


「悠、ごめん! また、例の状態になりそうだ・・・」


「えっ!? またあの状態になっちゃうの???」


「本当にごめん、ちょっとの間こちらの僕をお願い・・・」


「ええっ、ちょっと、奏司さんこんな急にだなんて!!!」


「悪いねぇ、あっちの世界に行ってきます!!」


「そんな ちょっと 奏司さん! 奏司さん!! 奏司さん ・・・さん・・・」







ーーーーーーーーーーー☆☆☆ーーーーーー★★★ーーーーーーーーーーーー







(今日は小田原泊まり・・・)


 奏司は、眼前に見える景色を見ながらこの場所に来る直前の状況を思い出している・・・。


(悠には迷惑かけてるから今晩の食事でお礼をしておこう・・・そうだ! 以前友人と行った美味しいおでん屋さんがあったよな・・・何というお店の名前だったけ・・・とっても気のいい大将が話しをしてくれながら料理の説明をしてくれてたんだよな・・・彼女 喜んでくれるといいけど・・・)


 奏司は、美味しそうに食事をする悠の姿を想像しながら笑みを浮かべる・・・


 その時、


「木戸を潜り抜ける時に、その木戸のかんぬきを抜こうとする物頭の指先が・・・震えているのを・・・今でも・・・鮮明に覚えております・・・」


(おっ!!!会話が始まる!!!!)


 奏司は押し殺すような口調の源左の声に心が高揚させられるのであった。


「もっとも・・・あの本能寺の変の日の出来事で一番覚えているのがその事なんですが・・・」


「木戸・・・ですか・・・」


 堀は、少し驚いたように源左に問い直す。


「それがしは、その時、利三殿の部隊に所属していたので光秀殿の軍団の最先鋒の位置に居たのです・・・」


「ふむ・・・」


「沓掛より山陰道で洛中を目指し西大橋の手前にて桂川から対岸の洛中の市街が夜明け前の薄明かりの中に浮かんで見える場所で利三殿が私の耳元でこうつぶやかれた・・・」


「・・・」


(上様を・・・信長様を討つこと相成った・・・)


(・・・!?)


「それからは・・・お恥ずかしい限りだがあまり覚えてはいないのですよ・・・無意識に部下達に戦支度を命じて桂川を渡り市中に入るまでの木戸を何箇所か潜り抜けたのであろうか・・・その時の木戸のかんぬきを抜こうとする物頭の小刻みに震えている指先が妙に記憶に残っております・・・今考えてみれば、利三殿の言葉を聞いてから心・・・ここにあらず・・・と いった体だったのでしょう・・・」


「震える・・・指先・・・」


 堀は、そうささやくとその先を促すように源左を見つめ頷く。


「本能寺を包囲して幾ばくもなく、呆然自失のそれがしを見かねたのか利三殿が光忠殿の部隊に加勢するよう命じられたのです。光忠殿の率いる部隊は妙覚寺に宿泊されていた信忠様への押さえとして配置されておりました・・・」


「・・・」


「利三殿はそれがしが上様に直接手を下す事に対し慮られたのでしょうな・・・」


「・・・」


「その後の事は以前手前が殿に申し上げた通りでございます。私は中将様を討つ部隊の将となり結果的に殿の盟友であった菅屋長頼殿を討ち申した・・・」


「・・・」


 堀は、源左の言葉を受けるとおもむろに顎を上げ、虚空を見つめる・・・。

 

 暫しの間、往時の事を思い出していたのか、やがてまぶたを落とすと源左に問う。


ちょう殿・・・いや・・・長頼殿は見事でありましたか・・・?」


「ええ、それは それは見事でした・・・」


「・・・」


「・・・今、改めて思い出すに・・・菅屋殿の獅子奮迅のお働き・・・群を抜いておりましたな・・・。妙覚寺より二条城に居を移された中将信忠様のご一同は二条城から誠仁さねひと親王様や和仁かずひと親王様らを内裏に脱出させた後、中将様御自ら門から討って出られ事にはそれがしも驚かされ申した・・・。何度か討って出ては戻り また討っては戻りを繰り返した後、中将様は怪我をされたようで屋内に戻ろうとした時に追い打ちをかける我が軍の武者たちを遮ったのが菅屋殿でありました・・・。恐らくはこの時点では菅屋殿はご子息達を本能寺や二条城で亡くしておられたのを知っておられたやもしれませぬ・・・さりながら、そのような落胆ぶりをいっさい気取られないような見事な戦いぶりでありました・・・」


「そうでしたか・・・」


「私はその時・・・」


 源左は、そう言いかけると胡坐をかいた太ももの上に置いていた右手のこぶしを広げ自分の右眉の上を指でなぞり始める。そこには戦場で受けた刀傷であろうか、小さな傷痕がわずかに覗かれる・・・。


「私は・・・二条城での戦いが始まる前に本能寺の戦いを終えてこちらに来た利三殿配下の伝令から上様は、既に討ち死にされたと事を聞かされて呆然としておったのでしょう・・・戦いが始まった時分はもう午の刻・・・そう 正午を過ぎていたにもかかわらず自分がそれまで何をしていたのか・・・情けない事ですがよく憶えておらぬのですよ・・・ハハハ・・・」


 うつむき加減に自嘲気味に小声で笑う源左を、いたわるように堀は優しい視線で見つめている・・・。


「ただ・・・ただ 顔をよく見知った母衣衆達が・・・一人・・・また 一人と戦いの中で倒れてゆくのを黙って・・・そう・・・ただ見ているだけでござった・・・」


「源左殿・・・」


「わ 私は・・・信忠様を・・・中将様をこの手で追い詰め・・・自害させてしまったのですよ・・・。心の奥底で本能寺にて上様を弑逆する事にためらいを感じながら妙覚寺、二条城方面に配置転換させられた事を良いことにして武将としての務めを周りに示すために中将様を・・・中将様を上様の代わりに討ってしまった・・・」


「げ、源左殿・・・」


「お笑いください、きゅう殿。自分のやましさを隠すために少しでも気が楽な戦いに専心した狭量の男の性根を・・・いや 呆れた見苦しさを醸し出すこの男の姿を・・・」


 堀は、源左を見つめている・・・ただ ただ見つめているしかなかったのだ・・・


(この人はそこまであの日のことを悔やんでおったのか・・・)


 堀の視線の先には背中を曲げ、苦し気にまた自嘲気味な表情の源左姿が映る。


 源左の両肩は幾分、震えているように見える・・・。


 ややあってから源左は重い口を開く。


「中将様はどういうわけか、それがしから昔の戦いの出来事を聞くのがお好きだったようで事あるごとにそれがしが岐阜に立ち寄る時はお側に呼ばれもうした・・・これは当時、中将様お付きの後見人であった一益殿からも聞き及んでいたのですが」


「滝川殿から!?」


「はい」


「滝川一益殿が 何と・・・?」


「一益殿が申すには、稲生いのうの戦いでの出来事の思い出話しが特に感銘を受けられたようにございます・・・」


「い 稲生の戦い!!」


「ええ・・・稲生の戦いはきゅう殿もご存知の通り亡き上様と勝家殿が織田家の相続を巡る決戦でした。私はその戦いにも若輩ながら上様を亡き者にしようと勝家殿に従い直接戦場に赴いており、その戦いの一部始終を見ておりましたので戦場での勝家殿側から見る上様ご自身の戦いぶりや上様をお守りしていた信房殿や可成よしなり殿の奮戦ぶりを事細かにお話したのがよほどお気に召されたようです」


「織田信房殿に森可成殿・・・」


「その戦いの話は、その時、上様のお側廻り衆で上様をお守りして戦った丹羽長秀殿や前田利家殿から中将様は何度かお聞きしていたらしいのですが、敵側であった私共達からの視点での話を特に聞きたかったらしいですな・・・」


「なるほど・・・」


「さすがに、敵方の大将であった勝家殿に直接聞くことは、憚れたようでそれがしに白羽の矢が立ったのでありましょう・・・」


「・・・」


「中将様は・・・何度も何度も お父上様であった上様の戦いぶりをお聞きになられてましてな・・・。特に・・・絶体絶命の状態の戦況において上様がどう振舞われたかを・・・そう・・・何度も繰り返し 繰り返し お聞きになられました・・・ん!

 あっ!!!」


「いかがされた、源左殿!?」


 堀の目に映る源左の身体は、傍から見ても大きく震えているのが分かった。


「ま まさか・・・信忠様は・・・信忠様はそれがしに・・・」


「げ 源左殿! どうされた?」


 一目、只事でない状態になった源左の姿に堀は慌てる。


「そ それがしに・・・絶体絶命の状況の戦場で自分がどう振舞ったか・・・お父上様である上様に比べてどうであったか・・・それがしに・・・そ それがしに、くっ!!  問うておられたか! 信忠様!!!」


「なっ!?」


「討ち手の将であるそれがしに気づき・・・何度も・・・何度も門から討って出られたのは、そ そういう事でしたか・・・わ 私は・・・何という事をしてしまったのか!!!  おっ おおお!!!」


 堀は、突然慟哭を上げる源左の姿を黙って見つめている・・・そう 黙ったまま見つめている・・・。


 



 


 







 














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